愛は二頁の間に腐敗する
女神カイチャ・ルケンはパソコンの中身までお見通しだった。
「まず言わせてもらうと」
彼女がカブトムシの幼虫並みのぶっとい人差指で画面を突くと、そこに次々とアタシの文章が現れた。
「どれもダメ、駄作。下らない、おもしろうない、サイテイ、小学生以下、創作の風上にも」
「いいです、もういいですってば」
アタシは涙目。分かってる、分かってるんだって、そんなこと。
一回だけなけなしの色気と習いたてのマインドコントロールを駆使したゴリ押し戦法で、某大手出版社に持ち込みしたことがある。
その時の担当者の名前はタケダという名前だった。
というか、たまたま入口で待ちかまえていて出入りしている中から野生のカンで選んで飛びかかって引き倒したのが彼だった。
タケダさんは思ったよりずっと若くてあごにちょっとだけ髭を蓄えててかなりのイケメン。
出だしは上々だった。
始めは、ライオンに引き倒されたシマウマみたいに白目を剥いていた彼も、
「ほーらほらほらー、落ちつけ、こわくないのよー」
低く語りかけるアタシの声音でようやく目の中の色を戻し、清楚ながらもきわどい詰め具合の制服姿と上目遣いな悩殺オネダリ視線に
「ぐふ」
と鼻血を呑み込んだ。
そして動揺を隠すよう、目を泳がせながらもとりあえず手近な打合せブースにアタシを招き入れた。
彼が胸元に伸ばしてきた手に、アタシは原稿を押しこんで、
「さあどぉぞ」
とニッコリ。
ちょっぴりスケベ色の残った目つきだったけど、彼はうながされるままその場で原稿の第一枚目に真正面から向き合った。
けどね……ものの五枚程めくってから、ふう、と息をついて涙目のままアタシに視線を戻す。
ラブコメだったはずなのにどうして泣く?
そう首を傾げたのもつかの間、彼は言った。
「まずね……学校で国語ってあるでしょ? 現国、かな。その授業を一生懸命受けてごらん」
何だよ、さっきまでのスケベ目線はすっかり消えて口調までホゴシャじみたし。
「それから、お父さんお母さんを大切にね、ご飯は一日三回ちゃんと食べて、それから……」
アタシはその時、薄々気づいたの。ああ、アタシの文章、そこまで酷いんだ、って。
女神は容赦なく続けた。
「その中でも一番の駄作は、これ」
画面が切り替わり、固定される。あっ!
アタシの代表作(予定)、タイトルは
『転校生はバンバンジーニョ☆(仮題)』
「……ださく、ですか」暗いくらいアタシの問いを無視したまま、女神は画面をまるで見ようともせず、内容を語り始める、一字一句たがわず。
******
はっと目が覚めた女子は転校してきて一日目の今日の朝から寝すごした。
「いけない! 遅刻だわ」
ママがご飯を食べて行きなさいとお茶碗を出したのを持ったまま家を飛び出しました。
でもそれでは自転車に乗れないわ、そうだ茶碗を頭にかぶってレッツゴー。四つ角から飛び出してきた犬をよけてこけそうになるけど、茶碗を落としただけで済んだわ。
漕いで、こいで、どうにか学校に着いた彼女。はあはあはあ。息が切れて頭痛が痛い。
あ、転校生ですね、どうぞこちらへと担任が言った。私は、教室の中へと入っていった……
******
「これのどこが、いけないか分かる?」
いいえ、アタシは力なく首を横にふる。
分かればとっくに直してるわよぉぉ。アタシの中では既にこれは傑作なのに。
「ホントに?」
「はい全然」
ペロリ、と今、舌舐めずりした? この女神。
「仕込みがいがあるわね、アンタ」
まず、これにはラヴがないのよ。わかる?
三秒ほどたって、ようやく意味が大脳皮質にまで浸透した。
「えっ!?」ありますよ、口を尖らせてアタシは反論。
「同じクラスの男子が転校生に惚れるんです、」
「いつ」
「放課後」
「遅っ」
「……じゃあ、ランチタイム」
「アンタの作品じゃあ、ランチタイムまで二十五頁あるわよね」
「でしたっけ」
「二頁以内、いや、一頁のうちでラヴがなければ、アンタの恋は腐るわよ」
女神さまは、おごそかに腐敗宣言を発した。