ブラウザさん游ゴシックとメイリオとヒラギノと、それがダメならユーザのサンセリフの書体でよろ
草木も眠る丑三つ時。
深夜のオフィス街に、煌々と電気がついている部屋がありました。
たかし君が務める会社の仕事場です。
無数に並んだデスクトップと、無駄に並んだディスプレイ、過剰に並んだスマホ等のガジェットが部屋を埋め尽くしています。
その中で、たかし君はじめプロジェクトのメンバーは深い眠りについていました。
すると、栄養ドリンクの空き缶の影で、ゴソゴソ何かが動きました。
ゴキブリでしょうか?
「みんな寝たかな?」
「眠ったみたい。おーい、みんな出てきなよー」
「「「おー!^^」」」
なんと、現れたのは色とりどりの服を着た、小人さんたちです!
彼らは「うんしょ、うんしょ」と机の上によじ登ると、深いため息をつきました。
「やっとみんな寝たね……」
「ドイツの靴屋さんで働いていた頃は、もっと早く寝てくれたのにね」
そう、彼らはブラウニーと呼ばれる妖精の一種。
働き者の職人の家に住みつき、夜な夜な彼らの仕事を手伝うという、まさに社畜の救世主のような小人たちでした。
しかし、彼らの様子は少し違うようです。
「さあ、高橋名人ごっこしよう! 16連打できた人が一等賞ね」
「よーし、俺『あ』を連打するぜ!」
「僕は『s』ね!」
「ちょっと待ったー!」
喜々としてキーボードに向かう小人たちを、ひとりが昭和臭ただようセリフで阻止しました。
みんなが不思議そうに振り返ります。
「どうしたのミドリ? 告白タイム?」
「違うよ! みんな遊んでばかりいるけど、たまには人間を助けてあげないの?」
「えっ」
どうしたのでしょう。小人たちは苦虫をかみつぶしたような顔になりました。
「そうは言うけどなあ……ミドリにはアレの意味が分かるのかよ」
赤い服の小人が指さす先、輝くディスプレイには謎の文章が表示されていました。
『ブラウザさん游ゴシックとメイリオとヒラギノと、それがダメならユーザのサンセリフの書体でよろ』
仲間たちの視線がミドリに集まります。彼は、たどたどしく言葉をつむぎました。
「分からないよ。でも『ブラウニーさん』『よろしく』って書いてある。これは僕たちへの仕事の依頼じゃないのか!?」
「「「おおーっ」」」
小人たちの間から拍手が上がります。
そう、彼らは人間の流行りすたりに追いつけず、もうずっと仕事をしていなかったのでした。
え? 靴職人なら現代にもいるだろうって?
いえいえ。靴の大半は大量生産されてしまい、仕事がないのです。
オーダーメイドを頼まれるような職人さんには、もっと上等な妖精が担当につきますし。
「よし。今日は、たかし君の依頼に応えてあげよう」
「じゃあ現代用語に詳しい人、手を挙げてー」
「はいはいはーい、俺知ってるー!」
元気よく手を挙げたのは黄色い服の――もう色が名前でいいですよね――キイロ君です。
しかし彼がcssの何を知っていると言うのでしょう?
「昨日、近所の吉野家行ったんです。吉野家。そしたらなんか人がめちゃくちゃいっぱいで座れないんです」
「ストーップ!」
すかさずミドリが割って入りました。
「古い、お前の流行は古すぎる。今時『ピーヒョロヒョロ』とか鳴るパソコン、存在しないだろ。エロ画像をダウンロードするのに分割保存とかしないだろ」
「じゃあミドリは現代語が分かるのかよ?」
キイロの反論にミドリがひるみます。いつもなら、ここでミドリが根負けして高橋名人ごっこに戻るところです。
しかし今日のミドリは一味違いました。
「ふっふっふ。そう言われると思ったよ。だから昼間たかし君のポケットに潜んで、会話を盗み聞きしておいたのさ!」
「「「な、なんだってー!?」」」
「たかし君いわく『重要なのはバブみ』らしい。他にも『おぎゃあ』とか言ってたな」
深い沈黙が訪れました。流行にうとい小人たちにも、この二つの単語を結び付けた際に出る、ろくでもない結論については察しがついたからです。
「ほ、他には何か無いの?」
「うん、えっと、そうだな。たかし君のスマホを見てみるか」
机に散らばったスマホの一台をミドリが引っ張ります。
するとそこには、こんな文章が書かれていました。
ぽきたw 魔剤ンゴ!? ありえん良さみが深いw
二郎からのセイクで優勝せえへん? そり!そりすぎてソリになったw
や、漏れのモタクと化したことのNASA✋
そりでわ、無限に練りをしまつ
ぽやしみ〜
「「「・・・・・・」」」
小人さんたちの間に、深い沈黙が訪れました。
最初に発言したのはアカでした。
「ねえ。これを書いた人は、死ぬ間際の幻覚でも見ていたの?」
「違うよ! 普通に元気な会社員だよ! たぶん」
ミドリが言い返しますが、彼にも確証はありません。
読んで意味が理解できたら、仲間に見せる必要なんて無かった訳ですし。
それでも手がかりはコレしかありません。
小人たちは額を突き合わせて、暗号の解読にかかりました。
「魔剤『ンゴ』ってのは何だろう。何かの薬かな?」
「なるほど。ンゴっていう薬を飲むと、こんな風になっちゃうんだ……もがっ!」
「バカ! たかし君を『こんな』とか言うな!」
アカが失言したのをキイロが止めました。
そうです。小人たちは、たかし君の祖父が靴職人だった縁で、ずっと同居してきたのです。
同居は郊外に大型量販店が出来、『靴のヤスデ屋』が倒産してからも続きました。そう。彼らは、たかし君が生まれた時から今日まで、ずっと見守ってきたのです。
たかし君が家を出て、単身会社員になると決めたとき、小人たちの間に大きな議論が巻き起こりました。
――実家に残るべきか、たかし君に着いていくべきか。
最初は実家に残る派が多数を占めました。
しかし、たかし君が「手に職をつける」とご両親に話しているのを聞き、彼ならきっと立派な職人になるだろう、その時には自分たちの力が必要になるだろうとキイロが説得しました。
そしてブラウニーさんは都会へと大移動してきたのです。
「ごめん、たかし君。俺たち、きみのこと少しも分からない。でも今夜中に理解してみせるから」
アカが、しんみりと言いました。ミドリが深く頷きます。
「そうだよ、それがブラウニーと人間の絆だよ」
「あと一時間ちょいで日が昇るけどね」
キイロの一言でブラウニーたちは真っ青になりました。
今日は6月30日、夏至をひかえて日の出が順調に早くなる一方、たかし君たちの睡眠時間は順調に削られていったのでした。
アカがみんなに気合を入れます。
「よーし、一気に読み進めるぞ! 二郎ってのは誰だ!?」
「成句って言ってるから俳句を作る人だな!」
「モタクって何だ!?」
「モーターバイクの略じゃないか?」
「なんだ、単車だな!」
「NASAって何だ? どうしてアメリカ航空宇宙局が出て来るんだ?」
「予算獲得のために単車を貸し出す仕事を始めたとか?」
「実は最新の研究によると、宇宙の果てにはうどん職人がいて無限にうどんを練り続けているんだよ!」
「「「な、なんだってー!?」」」
そして出来上がった翻訳文は、こんな形になりました。
(サイリウムを)ぽきった、魔剤『ンゴ』持ってるの!? ありえない(以後興奮しすぎて支離滅裂)。
二郎さんの俳句で角川俳句賞に優勝せえへん? (要らない季語を)そり(落とし)!そり(落とし)すぎて(季語が)ソリになった。
いや、(オイル)漏れの単車と貸したことの(アメリカ航空宇宙局の)無さ。
(季語が)そりでは、(宇宙の果てでうどん職人が)無限にうどん練りを始末する。
ぽやしみ〜
「翻訳……終わらなかったな」
「ああ。最後の『ぽやしみ』が、どうしても分からなかったな」
「『あげぽよ』って流行ったのいつだっけ?」
ブラウニーたちは、げっそりした顔で朝日を眺めていました。
すると、窓から差し込んだ光が当たったのでしょうか、たかし君が目をこすりました。
「おい、そろそろ隠れないと」
「そうだな――おっと?」
そのときです。たかし君のスマホがヌーッ、ヌーッと振動しました。LINEメッセージを受信したのです。
ブラウニーたちは顔を見合わせた後、にっこりと笑いました。
「あれ、いま何時――?」
たかし君は眠い目をこすって起き上がりました。
睡眠不足ですが、納期までに上げなくてはならない仕事が山積みです。
スマホで時間を確認しようとしたとき、たかし君はLINEのメッセージ欄が増えていることに気づきました。
LINEに書き込んできたのは、お母さんでした。そこには、こう書かれていました。
『たかしへ。元気にしていますか。そろそろ仕事が終わる時間だと思ってメールしています。
お米を送りました。ちゃんとご飯食べるのよ。母より』
それに対する、たかし君からの返事は簡潔。
『バブみ。おぎゃれる』
「ぎゃあああーっ!? 俺いつこんな返事を送ったんだー!?」
さあね。小人さんの仕業じゃない?