告白
「我々の目に見えない、ということは、光を反射しない性質であるか、或いは分子自体が存在していないか、どちらかと言うことになるが…。」
特査班の事務所で、班長の蓮田は、被験者証言聴取と題された報告書を見ながら、赤羽根と仮説を議論していた。
「…物質を『分断』できる、という事象を正とすると、何らかのエネルギーであるはずだが、エネルギー伝達媒体となり得る性質を示さない…そんなものが本当にあるのか?」
物理学の博士である蓮田は、被験者自身に『見えている』という『所々が赤く明滅する透明の帯のようなもの』の性質につて、本部報告の期限までに結論はおろか仮説すらも立てられずにいたのだった。
結果、報告書には『物理学的に説明のつかない』と記載せざるを得なかったのだ。
「波動エネルギーの新たな性質、という仮説では駄目なのですか?」
赤羽根が、班長に解らないものが自分に分かる訳ないでしょう、という皮肉を込めて言った。
蓮田は苛立ちを含んだ面持ちで、
「振動数も、振幅も、周期も、何も計測出来ないんだぞ?」
と言い、冷めたコーヒーをクッと一息に飲んだ。
赤羽根は右手の人差し指を自分の首筋に当て、
「この辺が、ヌルッと温かく感じた、あれ、なぜサーモグラフィーには映らないんですかね?」
「放射される赤外線に変化が無いからだ。つまり、実際には温度が変化していないからだ。」
「ヌルッとあったかい、のに?」
「その辺は君の分野かも知れないぞ。神経が、温度ではない別の変化を、脳に温度変化として伝えているか、或いは…」
「…肉体ではなく霊体で感じる温度?」
蓮田は空のコーヒーカップをコンコンっとデスクに当てると、呻いた。
「波動エネルギーとか、霊体とか…超ひも理論でも紐解かないと先に進まんな。」
「高次元理論ですか。そこまでいくと、私にはさっぱり…。」
「今、君が自分で『霊体』と言ったじゃないか。」
「私、医学なんですけど。」
二人の博士の議論が全く進展しないほど、『光の帯』は難解なものであった。
特査の『被験者』は、テレパシー、テレキネシス、クレヤボヤンスの三種の超能力を使える。
そして、その能力の媒体としているものが、赤く明滅する透明の帯だ、と『被験者』は言うのだが、本人以外の者には視認できず、各種測定機器にも反応しないのだ。
一刻も早く『被験者』以外にそれが『見える』者を、実証手段の一つとして入手しなければならない状況にあった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
登校中、小林京子は、今日こそ舞衣に自分の能力のことを話さなければ、と考えていた。
結局あの日は、青い『光の帯』の使い手を捜すことが出来ず、部活動中だった舞衣の留守電に「話はまた今度。」とメッセージを残し、一人帰宅したのだった。
助けてくれたあの三年生にも会いたい…
この学校に、私の居場所、あるのかな…
京子の気疲れはひどく、何かにすがりたい気持ちでいっぱいだった。
昼休み。
いつものように、舞衣が京子のA組を訪れた。
「京子、今日は作ってきたんだ、お弁当。」
舞衣の様子は、いつもと変わらない。
京子は、開きかけた弁当を閉じると、弱々しく言った。
「悪虫さん、来てる?一緒に、話したい。」
舞衣は口をモグモグさせながら答えた。
「うん、いるよ、多分学食。食べないの?」
京子はコクっとうなずくと、
「舞衣さん食べ終わったら、悪虫さんと、ね。」
と言い、手を付けていない弁当を鞄にしまった。
急いで弁当をかき込んだ舞衣は、頬をパンパンに膨らませ、モグモグ動かしながら、行こう、と京子に目配せして歩き出した。
急かしてしまった、と思った京子は、
「ごめんね。でも、お行儀悪いよ。」
と言うと、モゴモゴ動いている舞衣の口元のケチャップをティッシュで拭き取った。
…ああ、やっぱり言いたくない。
…舞衣さんが離れていくなんて、辛すぎる。
京子は、まるで処刑台にでも向かっているような心境だった。
二人は学食で悪虫愛彩と合流すると、人気のない場所を探した。
北階段の3階の更に上、屋上に繋がる途中の踊り場を選んだ。
いつまでも黙っている京子に、愛彩が言った。
「もしがして、キラキラんごと?」
うつむいていた京子はチラッと上目遣いを返すと、うなずいた。
「たまげだども、思ったんは、小林さんさ優しい人。」
「え…」
「思いやりの光っこ。ぬぐい光っこ。」
舞衣がニコッと笑い、付け加えた。
「愛彩はね、霊が見えるんだって。だから、京子のオーラも見えたんだと思う。しっぽ振ってる犬系オーラ。」
「え?しっぽ?」
「恨みとかあるオーラは、牙を剥いてる犬系。」
「そそ、小林さん、けやぐ想い。」
「けやぐ?」
京子と舞衣がハモった。
「あ、友達のこと。」
愛彩が答え、三人はクスクス笑った。
京子は覚悟を決め、言った。
「あの、あのね、私、えと、ね、心、あの…」
目頭が熱くなってきたが、京子はグッと目をつむり、後ろめたさを振り払った。
「私、心が、人の心が読めるの!」
開いた京子の両の目から、大粒の涙が一つづつ落ちた。
舞衣と愛彩は、ポカンとして聴いている。
「私、いつもじゃないけど、その、時々、人の心を見てて、その時、光の帯みたいのが出るの。
あの日も、舞衣さんが体育館にいた時も、舞衣さん、詐欺師のこと、困ってないかと思って、舞衣さんの考え、読んでたの。
えっと、黙って、舞衣さん、心、勝手に覗いて…ごめん…な…さ…う…
うう、うあぁ、うあぁああぁああ…」
京子は声をあげて泣き出していた。
ポカンとしていた舞衣と愛彩は、顔を見合わせると、京子の方に振り返り、ほとんど同時に言った。
「すご!」
舞衣は、泣き続ける京子の両肩に手を当て、軽く揺さぶると、
「ほんとなの?」
と聴いた。
京子は嗚咽しながら、コクっと頷いた。
「すごい…超能力じゃん。」
「うん、たまげだぁ。」
そして、舞衣と愛彩がまたハモった。
「どうやんの?教えて!」
京子は、想定していたのとは違う二人のリアクションに、真っ赤な目をパチクリさせた。
「うくっ…んと、どうやるって言われても…」
京子は思った。
…この二人は、心を読まれることが嫌ではないのだろうか?
…そんなはずはない。
…知られたくない気持ちだってあるはずだ。
…一方的に心を知られて、不愉快になったはずだ。
そんな京子の気持ちをよそに、舞衣は愛彩に向かって言った。
「じゃあ、京子はジャンケン最強だね。愛彩、なんか勝てる策、思いつく?」
「ね。無理無理。」
「だよね…。」
そんなこと…そんなことより…
今度は京子の方がポカンとしている。
その時、屋上のドアがギイッと開き、誰か降りてきた。
三年生の男子生徒のようだ。
かなり背が高い。
三人は驚き、踊り場の隅へ身を避けた。
「あら?君ら、一年か?三階まで上がってくんなよ。」
男子生徒は眠そうな声で言った。
逆光で顔はよく見えない。
「でかっ…」
舞衣である。
「でったらだ…」
愛彩である。
「うあ…」
京子だ。
男子生徒が三人の前を通り過ぎる時、逆光で見えなかった顔が、見えた。
京子が声を上げた。
「あ、ああ!」
…助けてくれた人!
「あの、あの、あの…」
京子が追いすがるように、男子生徒に声を掛ける。
男子生徒…紅河淳は、面倒臭そうに振り向くと、
「お、この前の。元気か?じゃな。」
と言うと、ノソノソと階段を降りて行った。
彼のリアクションも、京子がテレパスだと知っているには、普通過ぎる。
京子は追いかけ、聴いた。
「あの、私がテレパスで、気味悪くないの?」
紅河は、不機嫌そうな顔で、聴き返した。
「なんで。」
「なんで、って…」
「あのな、俺の心を読んだって、女の裸のことしか考えてねえぞ。じゃあな。」
京子は『光の帯』をフワリと出し、去っていく紅河の思考を読んだ。
『親友にテレパスであることを話したのか。
これであの子もスッキリしたろ。
信頼で繋がっている友人は簡単には離れていかないしな。
よかったな。テレパスちゃん。』
…どこが女の裸よ。
…嘘つき。
京子の目には、さっきとは別の涙が溢れていた。