表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第一章
45/292

適合者

紅河淳くれかわあつしの事情聴取を一旦区切り、取調室から出て来た刑事局捜査一課の刑事と『使い手』である聴取員、そして押塚おしづかの三名は、有識者会議を行うための会議室へ入った。


「む!」


押塚は会議室にいた人物を目にし、驚きの声を漏らした。

そこにいたのは刑事局捜査第一課の伴瓜ともうり課長と、深越美鈴ふかごしみすずであった。

伴瓜は捜査指揮官であり捜査外出はほとんどしない。警視正待遇で、県警の押塚も何度か面識があった。

深越は器物損壊罪及び暴行未遂罪により目下拘留中の身柄である。

伴瓜警視正が三人に着席を促し、言った。


「紅河淳の供述について、野神のがみ聴取員、彼の偽証有無について簡潔に報告を。」


野神と呼ばれた『使い手』聴取員が答える。


「はい、偽証は見受けられません。」

「ふむ。深越さん、どうですか?」


押塚は深越美鈴に目をやった。

拘束具や腰縄の類いは一切身に付けておらず、彼女は穏やかな表情をしている。


「ありませんでした。彼はもともと嘘をつくような子ではありませんよ。」

「そうですか。で、あるならば…」


伴瓜警視正は手元の書類に何か書き加えると、書類を両手で持ちトントンと揃える仕草をした。


「まず、紅河淳について…彼は器物損壊を行った若邑湖洲香わかむらこずかの逃亡に自ら協力した点、刑事局捜査一課の刑事に暴行を加えた点、これに彼の主張する正当防衛を加味して起訴、と考えますが、何かご意見は?」


押塚が発言する。


「条件付き不起訴ですな。裁判に掛けるまでもない。条件とは、紅河に暴行未遂を行った『使い手』の聴取、それと、若邑に暴行を行った『使い手』もです。急迫不正の侵害、その事実確認だけで充分でしょう。」


伴瓜警視正は押塚の目を見据えた後、刑事局の刑事へ聴いた。


谷元たにもと警視、昨夜の件、報告書はまとまっていますね?」

「はい。提出が遅れ申し訳ありません。」

「…では、報告書の検証を、当事者の事情聴取とともに直ぐに行いましょう。若邑の確保に当たった者を全員集めて下さい。」


刑事局の刑事…谷元警視は歯切れの悪い返事をした。


「は、ですが、骨折した者もおり、ラボへ送還した者も…」


伴瓜警視正は強い口調で言い放った。


「関係ありません。意識不明ではないのであれば、全員を直ちにここへ。聴取には深越さんに査定して頂きます。深越さんの起用は佐海さかい局長のご指示だ。」


谷元警視は血相を変えて立ち上がった。


「は、直ちに!」


彼は『使い手』の野神を連れ、昨夜の関係者を呼び戻すべく会議室から出て行った。

押塚は伴瓜警視正に軽く頭を下げると、深越に声を掛けた。


「脚の怪我、申し訳なかった。もうよろしいのか?」


深越は恥ずかしそうにうつむきながら答える。


「まだ完全ではありませんが、もう歩けます。刑事さんが止めて下さらなかったら、私は人を殺めてしまっていたかも知れません。本当に有難うございました。」

「そうですか。」


押塚は深々と数回頷いた。

自分の発砲により怪我をした人物と言葉を交わすのは、実に身の切られる思いだ、と押塚はつくづく思う。

確か赤羽根あかばね博士の診断では、深越美鈴には躁病の傾向が見受けられるとのことだったが、今後順調に社会復帰出来るのであればそれに越した事は無い、と心底思う押塚だった。


伴瓜警視正が思い出したように言った。


「そうだ、押塚警部、県警特査の赤羽根博士が上程してきた報告書、佐海警視監が警部にも意見を伺えと言っておりまして、目を通して頂けますか?」

「報告書?」

「ええ、南條義継なんじょうよしつぐ仔駒雅弓こごままゆみの行動に関する記述です。」

「自分には管轄外ではないですかねぇ。」

「そうでもありませんよ。警部は喜多室君の上司ですから、是非見ておいて頂きたい報告書です。」


…権限と責任は抱き合わせ、か。


「わかりました。拝見しましょう。」


押塚が応えると、伴瓜警視正は深越を連れ、書類を取りに会議室を出て行った。


…何で今年定年の俺が超能力騒ぎの真っ只中に立たされるんだかな。


今をもって押塚は、自分は有事の際のトカゲの尻尾にされているのだ、と認識していた。

だが、規格外の『使い手』でありラボの教育対象外として現場投入となった若邑湖洲香と喜多室祥司、その使用権限を与えられている一人として彼は、もっと別の意図もあるのではないか、とも考え始めていた。


…若邑や喜多室を最も自由に使いたがっている男は…


その男の手には渡さなかった刑事局の意図は?…


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


警察庁の中へ入った房生舞衣ふさおまい小林京子こばやしきょうこは、保安課や交通指導課の前を通り越し、刑事局刑事企画課へ通された。


曇りガラスの仕切りで囲まれた狭い場所にデスクとパイプ椅子が置かれている。

ここで待っているように言われ、舞衣まいはクギを刺すように言った。


「お二人とも逃げないで下さいね!傘の人は京子の左手を締め付けたし、もう一人はお腹を殴ったんだから!女の子のお腹はね、とっても大事なの。赤ちゃん産めなくなったらどうするつもり!?」


京子は顔を赤くして俯いている。


「我々は公務に従って行動している。言い分は後で聴く。」

「謝っただけじゃ許さないからね!」


言い捨てる舞衣をよそに、刑事局の『使い手』二人は一旦姿を消した。

舞衣と京子は手持ち無沙汰になったが、監視カメラなどで観られているかも知れないと思い、キョロキョロしつつも黙って待っていた。

しばらくして、若いスーツ姿の女性警官が二人を呼びに来た。


「お待たせしました。捜査第二課の風見かざみと言います。こちらへ。」


舞衣と京子は、風見と名乗る女性警官に連れられ、捜査第二課の取調室に入った。

舞衣が中を見渡しながら言った。


「うっわー、ドラマとかで見るより明るくて綺麗ね。」

「うふふ、事情を聴く部屋ですから、ドラマみたいに怖いことはありませんよ。」

「あ、ね、婦警さん、さっきの人達呼んで下さいね。この子が暴力受けたんです。」

「え?暴力?」

「はい、左手とお腹です。」

「そう、ですか…ちょっと待っていて下さいね。」


女性警官…風見巡査もラボ教育を受けた『使い手』である。

だが、捜査第一課のような強行犯は相手にしておらず、詐欺や窃盗等の偽証対策として現場投入されたテレパスで、舞衣の発言から、テレキネシス防御策として捜査第一課の『使い手』も同席させるべきかを確認しに行った。


その短い合間を縫って、舞衣と京子に接触してきた『光の帯』があった。

その色は肌色ベージュである。


『あなた達、城下桜南の生徒ね。』


「え!」

「うあ…」


二人は面食らったが、そのテレパシーの主が誰なのかすぐに判った。

登校中、正門での指導がやたら厳しい女教師…深越先生だった。

一ヶ月も経たないうちに、新入生の間で『スカート丈矯正マシーン』とアダ名された先生であり、化学準備室が立ち入り禁止になった事件で大怪我をして長期入院しているはずの教師だ。


『深越先生ですか?』

『どうして警察に…』


『細かいことは抜きよ。警察がサインを求める書類は全て、絶対にサインしたら駄目よ。』


『はい。』

『はい。』


二人が返事を返すと肌色ベージュの『光の帯』はスッと消えた。

舞衣と京子は小声で話した。


「先生、捕まってたのかな?」

「先生が化学室壊したのかな?」

「やっぱ怪しいね…」

「ね…」


取調室のドアが開き、風見巡査と男の『使い手』が入って来た。

男は『光の帯』を傘状にして雨を避けてくれた方の『使い手』である。

男が開口一番、京子に頭を下げた。


「捜査第一課の枝連えづれです。先ほど、『光の帯』で手を縛り付けたことについてお詫び致します。大変申し訳ありませんでした。」


京子は椅子から腰を浮かせ、


「あ、え、あ、えと…」


と、何と返したらいいか判らずオドオドとした。

舞衣が両手でバンッと机を叩き、


「こっちがどれだけ怖い思いしたか解ってます?何罪?恐怖罪?京子ね、必死に縛られてたところ取ろうとしてはたいてたのよ。それでも取れなくて、どう弁償してくれるの!?」


…恐怖罪とか弁償とか、ちょっと言葉違う…


京子は少し緊張が解けると、一生懸命になってくれる舞衣が嬉しくあり、心強くもあり、椅子に腰を落ち着けると、まともな言葉を発することが出来た。


「あの、私、他の人が『光の帯』で蛍光灯を割るの、見たことあるんです。あんな風に私の手も千切られたりしたらどうしようって、言いようのない怖さで、いくら警察でも、やってはいけないと思います。」


枝連えづれと名乗った『使い手』の表情が見る見る沈んでいき、額には汗が浮かんでいる。

彼は京子の言葉を聴き、その表情を見て、なんと恐ろしいことをしてしまったのだと心底反省した。


「申し訳…ありませんでした…」


舞衣は京子を見た。


…どう、許してやる?


京子は言った。


「解ってもらえたなら、これからは普通の人に、優しくしてあげて下さい。」


枝連は下を向いたまま頷いた。

舞衣が腕組みをして言った。


「よし。あなたは傘もさしてくれたし、今回は許す!」


舞衣の言葉に風見巡査は軽くため息をつくと、枝連と二人、机を挟んで舞衣達と向かい合うように座った。

だが、舞衣の言及はまだ終わっていなかった。


「もう一人は?お腹の方が重罪よ。」


警察としては、こちらから手を出した以上、示談で済ませなければ後々不味いことになり兼ねない。

枝連が再び頭を下げて言った。


「彼は別の仕事でここに来れない。私から謝ります。病院で検査を受けるなら費用は持ちますので、どうかご勘弁願いたい。」


舞衣が言った。


「あ、そうだよ京子、病院でお腹すぐ診てもらった方がいいよ。」

「うん、もう痛くないし、平気と思うけど…」

「いこいこ。」


舞衣は椅子から立ち上がった。

風見が慌てて言った。


「あ、あの、それではですね、警察では今後、『能力者』に対して不慮の事故を起こさないように『特別講義』を行っていくことになりまして…」


彼女はカサカサと書類を広げ始めた。

舞衣は書類を見もせず答える。


「あ、私達、そういうのいいです。受けません。じゃ、病院行くので、お金後でお願いしますね。」


京子も立ち上がった。

風見の役割は、舞衣と京子に、白楼での能力者ラボ教育を受けさせる書類に承諾のサインをさせることであった。

必死に説明を続ける風見。


「これは、あなた達のためになる講義で、『能力者』として社会の治安に貢献できる…」

「と言うか、ですね…」


舞衣は少しはにかみながら言った。


「…私、『光の帯』の出し方、よくわからないので。」


京子も言った。


「私も物に触れないし、これからは使わないと思うし。」


取調室を出て行く舞衣と京子を、風見も枝連も止めることが出来なかった。

任意の聴取であり、病院に行くと言っている被害者を止める訳にはいかないからだ。


指示通りの書類サインが取れなかった風見が肩を落としている。

それを見て、枝連が言った。


「風見さん、あれで良いのかも知れないな。あの子達が『使い手』犯罪など起こすと思うか?」

「うん、でも、指示を全う出来なかったとなると、別の形でまた彼女達はここへ引っ張られるでしょうね。」

「公務は公務、その時は仕方ないさ。我々は指示通り動くことしか出来ない。」


風見はサインの無い書類を折りたたみながら、タブーである質問を枝連に投げかけてみた。


「枝連主任、『光の帯』の色、最初から灰色でした?」


枝連は即答した。


「憶えていない。」


風見は遠い目をした。


「私達は、適合者として、警察庁勤務を与えられたんですよね?」


枝連が答える。


「そうですね。」


風見はしばらく考え込んでいたが、「詐欺の聴取が入っているので。」と言い、取調室を出て行った。

枝連は右手の平を見て、自分の灰色の『光の帯』をジワリと出してみた。


…白が混ざり始めている。

…次回の定期検診ではラボ戻りだな。


何か確信が欲しい。

国家公安委員会が掲げる正義は理解出来る。

だが、それに基づく『能力者』への抑制、その小さな犠牲が本当に世の為なのだ、という確信が欲しい。


枝連は今現在『赤羽根伊織、若邑湖洲香、仔駒雅弓、三名の捜索及び確保』という急務が出された捜査第一課におり、その二係の『使い手』を束ねる主任を任されている。

現場指揮は谷元警視であるとは言え、現場では細かな判断が無数に発生するのだ。


…迷いがあっては、あの鉄壁の赤い魔女は崩せない。


枝連は眺めていた自分の右手を、静かに握りしめた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ