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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第一章
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灰色の傘

「紅河さん、その『人命救助』という侵入目的の供述、慎重に話すこと。記録を取っていることはご承知でしょう。偽証が含まれた場合は罪に問われるからそのつもりで。こちらもそれなりの対応をする。私が戻るまで待っていてくれたまえ。」


そう言うと刑事局捜査第一課の刑事は取調室を出て行った。

紅河は『使い手』聴取員を睨む。

押塚は紅河を睨む。

『使い手』聴取員は紅河を睨み返す。


重苦しい空気の中、15分程で局課の刑事が戻って来た。


「こちらの準備は整った。紅河さん、話を聴こう。」


紅河は軽く頷くと話し始めた。


「僕が入れる入り口を探していた時、その窓が開いているのに気付いた。中を覗くと、赤羽根あかばね博士と仔駒雅弓こごままゆみさんがおり、『地下二階で湖洲香さんが襲われている、なんとか助けたい』と言った。」


彼がここまで供述した時、『使い手』聴取員が不審な表情を見せ、局課刑事の顔を見た。

刑事は言葉に出してこう言った。


「君は君の仕事をしろ。」


『使い手』聴取員は頷くと、椅子に腰を据え直した。

押塚が『使い手』聴取員をチラッと見て、口元に右手を持って行った。


…なんだ?心外そうな顔しやがって。


紅河は話しを続ける。


「それを聞いた僕はその窓から入った。赤羽根博士の話では、地下二階の部屋で、仔駒雅弓さんは強制投薬で体の自由が利かない状態だったところを連れ出したが、5名以上の『使い手』から『光の帯』による物理打撃の攻撃を受けており、湖洲香さんはその急迫不正からの防衛目的で地下の天井二枚に穴を開け、一階まで博士と雅弓さんを押し上げて逃した…」


一部始終を事細かに話す紅河の話を聴きながら押塚は思う。

…ほお、高校生にしちゃあよく専門用語も知ってるな。

…スラスラとスムーズ過ぎる供述が、子供らしくないと言やあないがな。


「…それで、左腕を怪我している湖洲香さんを僕が抱き、それを同じ天井の穴を通して雅弓さんが『光の帯』で引き上げた。その後、赤羽根博士の指示で雅弓さんが資料室の壁に穴を開け、四人で駐車場まで行き、博士が乗ってきた車でここを離れました。」


局課刑事が腕組みを解き、言った。


「何か言い忘れたことはないか?」


紅河は少し考えると、こう付け加えた。


「状況説明は以上ですが、僕の当初の目的、仔駒雅弓さんの無罪証明に関係する情報についてはまだ話していません。それは?」


局課刑事が言う。


「聴いておこう。」


紅河はポケットからスマートフォンを取り出した。


「これは僕の後輩から借りてきた携帯電話です。彼は授業中、パズル形式のネットゲームをしていました。アクセスするユーザーの中で、点数上位50人のゲーム時刻が秒単位まで記録公表される仕組みです。それを今表示しています…この、三位にランクされている『MAYUMI』というユーザーの記録、送信端末は仔駒雅弓さんの県警支給携帯電話です。

つまり…私鉄脱線事故の原因となった線路鉄鋼の損壊、その時刻、雅弓さんはゲームの真っ最中でした。

このゲームはほんの数秒目を放すとあっという間にゲームオーバーになるパズルゲームです。

ゲームをしながら線路を分断、しかも狙った一本だけをキレイに斬り、その周りは損傷の跡もない。こんな器用なこと、雅弓さんに出来ますかね?…以上です。」


局課刑事は県警特査からの状況報告を思い返した。


…赤羽根博士作成の仔駒雅弓アリバイに関する記述と一致、その裏付け証拠の提示というわけか。


「それは、君が調べたのかね、紅河さん。」

「いいえ。」

「では、誰が?」

「知り合いの探偵です。」

「名前は?」

「黙秘します。お好きに心を読んで下さい。」


…だから、その好戦的な態度やめろってんだ、紅河よ。


押塚は気が気ではない。


局課刑事と『使い手』聴取員が立ち上がった。


「話は頂いた。少しここで待っていて下さい。県警さんは我々と来て下さい。」


押塚も立ち上がり、紅河を残して三人は取調室を出て行った。

入れ替わるように、警官服姿の女性が入ってきて、クッキーとコーヒーを紅河の前に置いた。


「お疲れ様です。学生さん、悪い事をしていないと確信があるなら、頑張って下さいね。」

「あ、ども。」


紅河は肩の力を抜いた。

彼はもともと、それ程気の強い気質ではない。

激しい気疲れが、一気に紅河を襲った。


「あ、あの、婦警さん、」

「はい?」

「もう一人はどうしてます?」

「ああ、詰襟の学生さんは、隣の部屋で事情聴取中みたいですよ。」

「そうですか、どうも。」


紅河は橋石が心配ではあったが、余計な事を思考しないようサッカーの地区予選を思い描いた。

橋石の場合、白木接骨院での家探しが話題になると少し不利であり、それが紅河の思考から漏れるといった失態をする訳にはいかないからだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


日比谷公園の霞門付近にいる刑事局の『使い手』は味方の到着を待つつもりでいたが、テレパシー返信による指示は違っていた。


『相手に手を出させて公務執行妨害を成立させろ。もう一人すぐそこへ向かわせる。』


『了解です』


舞衣と京子へ向かって歩いてくる刑事局の『使い手』。


「来るよ、ほら、舞衣さん、どうしよう…」

「あ、えっと、なんだっけ、関わってから逃げると『逃亡』?えっと、任意、なんだっけ、断ればいいやつ。」

「任意同行。」

「それか、一応、あっちが先に手を出したし、生徒防衛だよね、断ろう、ちゃんと。」

「正当防衛、ね。」


刑事局の『使い手』は歩きながら灰色の『光の帯』を舞衣に向けて伸ばしてきた。


「えええ!?ちょっと、やだ…」


舞衣は両手を前にかざし、少し後退った。

オレンジ色の『光の帯』は、出ない。


「わ、わ、来た…」


灰色の『光の帯』は、舞衣の右手にヒタヒタと触れた。

『使い手』は彼女達の2メートル手前まで近付いてきた。


「きゃ!やだ、気持ち悪い…」


京子も身を固くして震えている。

二人とも『光の帯』は出さなかった。

舞衣が両手を胸の辺りに置きながら言った。


「あの、ちょっと、何ですか?いきなり京子の手を…ひどいじゃないですか。」


刑事局の『使い手』が応えた。


「先に警察庁へ潜入したのはそちらでしょう?お話を伺いたい。ご同行願います。」


舞衣は両手を降ろした。


「え?私達ずっとここにいましたよ。入ってないです、警察なんか。」

「『光の帯』を庁内で知覚しました。観ていたのでしょう、勝手に。」


舞衣は京子を見て言った。


「あれ、えっと、身体が入ってなくても、入った事になるの?」

「え、んと、入った事にはならないと思う…」


舞衣は刑事局の『使い手』に振り向き、言った。


「ほら、入ってないと思います…ちょっと、それ、灰色のヌメヌメ、しまってくれませんか?」


…む、防衛行動で『光の帯』を出すと思ったが…


刑事局の『使い手』は予想に反した二人の反応に戸惑った。

彼は公務執行妨害を誘うため、二人に対し灰色の『光の帯』を更に数本放出し、目の前で振りかざした。


「ちょっと、いやあっ…」

「きゃ、やめてよ…」


二人は怯えながら後退り、防御や反撃の気配を一切見せない。

これは考えての行動ではなかった。はなから『光の帯』で抵抗しようという認識自体が無いのであった。

舞衣に至っては、自分の『光の帯』の出し方を、まだよく解っていなかった。

京子が、内心怯えながらも、思い切って言った。


「あの、あの!それ、武器を向けられてるみたいで怖いです!警察ならなんでも、なんでもしていいんですかっ!」


言った後、舞衣の背後に隠れるように下がる京子。

舞衣も乗っかる。


「そう、そうよ!鉄砲出してるのと同じでしょ!こういうの、脅迫とかじゃないんですか!?警察なら市民に優しくしてよ!雨、それで避けてくれるとか!」


…あ、雨避け?


刑事局の『使い手』は面食らった。

全く防衛行動を起こさないとなると、公務執行妨害を誘うどころでは無い。


「う、む…。」


仕方なく、彼は灰色の『光の帯』を風呂敷状に拡げ、舞衣と京子の頭上を覆った。


「あ。」

「あら、どうも。」


舞衣と京子はポケットからハンカチを取り出し、顔を拭った。

京子が恐る恐る、自分のハンカチを刑事局の『使い手』にも差し出した。


「あの、よかったら、どうぞ。」

「いや、結構。」


彼は自分のハンカチを出し、顔を拭った。

妙な空気が三人の間に出来てしまい、舞衣が気を回して言葉を発した。


「あ、あの、便利ですね、『光の帯』。」


刑事局の『使い手』はかざしている『光の帯』を二人の頭へ近付け、思考を読んだ。


…気まずさ、取り繕い…この二人には敵意が全く無い。

…こんな子達を、盲目的に確保させる局の方針、我々は果たして正しいことをしているのだろうか?


危険分子の特定と確保…『使い手』の『光の帯』は治安を脅かす凶器であり、犯罪の抑制と防止という大義の元に、白楼のラボで教育を受けた『使い手』達はその役割に務める。

その教育の中で、最も矯正された部分は、自己判断の抑制と迷いや疑念の除去、であった。


自己判断の抑制……人間は全て不完全であり、個々の都合から無尽蔵に『正義』が生まれ、それはもはや正義とは言えない『エゴイズムの正当化』に過ぎない。特別な能力を持つ者こそが一つの『正義』を共有し、その元に行動する。すなわち自己判断は悪だ、とする教育。


迷いや疑念の除去……国家公安委員会の存在意義を根幹とし、完全『正義』の元に多少の犠牲は在って然り。いかなる状況でも揺るがない鋼鉄の意志を持つことが、特別な能力を持つに値する資格である、とする教育。


この二つの教育が、『能力者』の『光の帯』から個別の色を奪い、理性の『白』を内包しつつ分離しない『灰色』を形成させた。


「あ、なんか、よく見ると、ちょっと白っぽいところもあるね。」


舞衣が傘の役目をしている刑事局の『使い手』の『光の帯』を見て言った。


…!


彼は焦った。

白が混ざっているのは、ラボ基準において不適合者なのである。


…疑念を抱いたからだ。迷ってはいけない。


舞衣が続けて言う。


「あの、それで、これ、任意同行ですよね?でしたら、私達は行きませんから。」


刑事局の『使い手』は気を持ち直し、言う。


「『使い手』による損壊や傷害の事件が発生している。君達が『能力者』である以上、確認を取らなければならないことがある。ご協力願いたい。」

「ここでなら、質問受けてもいいですよ。私達やましいこと何もないですから。」

「聴取係が他にいる。来て頂きたい。」

「嫌です。ね、京子。」

「うん。」

「今、学校の授業中のはずではないのか?補導することも出来るんだぞ。」

「お休みの連絡はしてもらってますよーだ。」

「うん。」

「親御さんはご承知なのか?」

「あ、それはちょっと、今、紅河さんと勉強中ってことに…」

「うん。」

「あ、でも、ほら、なんかの自由研究で日比谷公園にいることにすれば、ね、どうかな、京子。」

「うん。」

「おい、丸聞こえだぞ。」

「あー、んー、それくらい大目に見てよ、ね、お巡りさん。」

「私は巡査ではない。」


…全く調子が狂う。

若邑湖洲香わかむらこずかのように抵抗してくれれば楽なのだが。


京子が上目遣い気味に、言った。


「あの、紅河さんと橋石さんの事情聴取、えっと、嘘とか本当とか見分けるの、私達も参加させてもらえるなら、行ってもいいです。」

「それは無理だ。全く別件だからな。」


その時、もう一人の刑事局の『使い手』が三人へ近付いてきた。


『何をグズグズしている。早く引っ張ってこい。』


バシッ!


「いたっ!」


新たな『使い手』が灰色の『光の帯』で京子の腹部を叩いた。


『…』


一人目の男は無言で見ている。

舞衣が叫んだ。


「ちょっと、ひどい!なによ!」


『ん?抵抗しないのか?』


京子はお腹を抑えていたが、軽く小突かれた程度で大事には至っていない。

舞衣も京子も『光の帯』を出さない。


「もお怒った!名前、後から来たあなた!名前教えて!婦女暴行、訴えてやるから!」

「舞衣さん、いいよ、もう平気だから。」

「よくない!こっちから警察に行ってやるわ。こんなひどいことして、許されると思わないでよね!」


『おい、こいつらは抵抗しないのか?』


『ああ、公務執行妨害を付けるのは難しい。』


「ちょっと、傘の人!あなた証人だからね!見てたでしょ、あいつが京子のお腹殴ったの!」


舞衣は京子の腕を掴むと、警察庁の方へ歩き出した。

小雨が二人を濡らす。


「傘係の人!ちゃんとさして!行くよ!」


『何か妙なことになったようだが…』


『ひとまず、刑事局へ連れて行くことは出来るな…』


京子を連れて先頭を歩く舞衣に付いていく二人の刑事局の『使い手』、その一人は、舞衣と京子に灰色の『光の帯』で傘を作り、雨を防いでいた。

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