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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第一章
41/292

不確定要素

崎真さきまは携帯電話のコール音を聞きながら独り言ちた。


…どうも、あの押塚おしづか警部を騙すというのは気が進まんな。


崎真は白木接骨院の隣のビルに停まっている治信のバイクまで歩くと、バイクに寄りかかった。

押塚が電話に出た。


「おう。どうした。」

「新たな情報を入手しまして。」

「なんだ?」

皆月岸人みなづききしとは、例の『白楼』に居るらしい、との情報です。」

「なんだとぉ!?」


押塚の声に、驚きと苛立ちが混じる。


「おかしいじゃねぇか。サッチョウの管理機関にいるなら、なんで俺らに捜させてるんだ。」

「ええ、私も不審に思いましてね。」

「情報の出所は?」

「うちの特査の蓮田はすだ班長です。」

「蓮田が!?…やつが刑事局と通じてるのは知っていたが、それをお前に漏らしたとなると…」

「ええ、どうもね、思うところがあるらしく離反の意志をほのめかしていました。」

「ふん……崎真よ、お前、どう思う?」

「と、言いますと?」

「もし蓮田の言うことが本当なら、局は見つかる筈のない捜査に大量の人員を割くか?」

「考えにくいですね。」


崎真はあえて自分の意見を述べない。

押塚の洞察を引き出そうと誘導する。


「その蓮田の情報、俺はガセっぽいと見るな。」


…さすが、簡単には振り回されないな、この人は。


「そうでしょうか。」

「何か企んでるのは蓮田だ。喜多室はどうしてる?坊やの監視か?」

「蓮田班長の話では、皆月岸人の監視と聴取で『白楼』付きだとか。」

「そうか。…一度そっちへ戻るぞ。明日の早朝、県警から車出せや。」


…ほい来た。


「了解しました。お待ちしてます。」


…蓮田さん、あんたが誰とどう繋がっているか知らんが、うちの特攻隊長を甘く見るなよ。


崎真は電話を切ると、治信のバイクにまたがり、エンジンを掛けた。

カウルの内側に挟んであった缶を取る。


…ブラックか。俺が飲めないのを知っていて、どうぞはないだろ、治信め。


崎真はフルフェイスを被ると、県警へ向かった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「こんな遅い時間に、本当に恩に着ます。」


赤羽根は、湖洲香こずか雅弓まゆみを受け入れてくれた民間総合病院の院長に深く頭を下げた。


「よしたまえ、君らしくもない。人脈は利用する為にある、が君の信条だろう。」

「いえ、そんな…。」


院長は赤羽根と同じ大学院出身で、年齢は30歳離れているが、医療研究過程でよく意見交換をしていた研究仲間だった。


伊織いおり君、どこか色気が出て来たな。さては…?」

「やめて下さい。男っ気なんか欠片もありませんよ。」

「それはどうかな。」


院長は思わせ振りに笑うと、診察台の湖洲香の左腕を慎重に観る。


「私は脱臼だと思うのですが。」

「うん、脱臼だな。寝ている間にハメてしまおう。」


二人は湖洲香をうつ伏せにさせると、しばらく左腕をダランと診察台から落とさせ、頃合いを見て整復した。


「…あい!…あ、逃げて、博士…はかせ…雅弓ちゃん…雅弓ちゃん!?」


湖洲香は痛みのせいか、うわ言を呟いた後、ガバッと起き上がった。


「あい、いたっ…」

「コズカ、これから左肩が少し腫れるわ。今固定するから、安静になさい。」

「博士…雅弓ちゃんは…紅河さんは!?」

「みんな無事よ。あなたのおかげでね、コズカ。」

「あ、ああ、そうですか、よかったです…」


そう言うと湖洲香は、クタッと診察台の上に倒れ、再び眠りに堕ちた。

赤羽根は隣のベッドで寝息を立てている雅弓から血液を採取すると、検査に取り掛かった。


蓮田班長が黒幕…信じ難いけれど…


今は二人の回復に努めよう、と赤羽根は思った。

いつ刑事局の手がここまで伸びるか、時間は全く無いかも知れなかった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


白楼、θ棟地下4階の会議室にいた佐海さかい警視監の元に報告が入った。


仔駒雅弓こごままゆみ若邑湖洲香わかむらこずかの手引きで脱走、特査の赤羽根伊織もこれを手伝った。三人は警察庁の床や壁を損壊、捜査第一課予備要員の使い手に傷害を働いた。』


佐海警視監はすぐさま三人の指名手配を指示すると、蓮田班長を睨みつけた。


「蓮田君、君に特査統括は荷が重かったかな?」

「は、申し訳ございません。」


だが、蓮田は内心ほくそ笑んでいた。


…思い通りによく動いてくれる。

…あとは不確定分子である城下桜南高校の一年生を崎真警部補が抑えてくれれば良し。

…皆月岸人には必ず若邑を当て、潰し合わせる。


佐海警視監と蓮田班長は、地下10階の駐車場へ向かった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


翌朝。

南土蔵駅の改札を出た所で、橋石きょうせきが紙袋を持ってキョロキョロと人を見渡していた。

少し離れて、紅河くれかわも缶コーヒーを片手に立っている。


「あ、来た…おーい、房生ふさおちゃん!」


房生舞衣ふさおまいが通りかかるのを待っていたのだった。


「あ、橋石さん、おはようございます。」

「はい、とってもおはようございます!」


…なんだあのアホな挨拶は。


紅河はソッポを向いて呆れている。

橋石は持っていた紙袋を舞衣まいに差し出すと、


「出来ました!ご確認下さい!」


と言って頭を下げた。


「え、あ、もしかして、コート?」

「はい!」


舞衣は紙袋を受け取り、中から赤いロングコートを取り出した。


「あ、え、あれ?うそ…え?うそ…」


火災で焦げ付いていた部分が、新品のように治っている。

舞衣は目を近づけてマジマジとコートを見た。


「うそみたい…」


まさか新品を買ってくれたんじゃ…


舞衣は内ポケットの刺繍を確認した。


『Charm 舞衣』


確かに父が入れてくれた通りに入っている。

それでも信じられず、内側の黒いナイロン生地部分を見てみた。

所々、熱でシワがよっていた部分が、そのまま残っていた。


…確かに私のだ。


「ああっ、房生ちゃん、内側はちょっと…そこまでは…ごめん…」


舞衣はもう一度外側の赤い生地を見た。

もうどこが焦げていたのかさっぱり判らない仕上がりだった。


「橋石さん、なんてお礼を言ったらいいか…」

「あー、いいのいいの、趣味だから。」

「時間かけ過ぎだっつーの。」


紅河がボソッと呟いた。


「不良が何か言ってますが、絡まれないうちに、朝練でしょ?早く行きな。」


舞衣はコートを抱えたままグッと橋石に顔を近付け、


「あの、何も出来ないけど、今度、手料理でも作ってきます!」


と満身の笑みを彼に向けた。

橋石は心身ともに、よろめいた。


…おわ…この子、可愛すぎる…無理…


よろけた橋石の襟首を、紅河がガシッと掴むと、


「ま、そんなことで、じゃあな。」


と言い、橋石を掴んだまま駅へ入って行った。

舞衣が不思議に思い、叫んだ。


「紅河さーん、学校はー?」


紅河は橋石を引きずりながら改札を抜けると、


「ねみーから帰る。準決勝明日だし。」


と言い、駅の中へ消えて行った。

舞衣はコートを紙袋へしまった。


…わざわざこれ渡す為だけで来てくれたのかな。


ボーッと改札の方を見ていると、中で何やらソワソワしている小林京子こばやしきょうこの姿が目に入った。

改札に駆け寄る舞衣。


「京子ぉ、おはよー。どうしたの?」

「あ、舞衣さん、おはよう。」


京子はどうやら、今しがたすれ違った紅河達を気に掛けているようだ。


「はは、紅河さん達、帰っちゃったね。」

「あ、うん…」


何か京子の様子がおかしい。


「どうしたのよ。おはよーのチューし忘れたの?」


舞衣はからかい半分に言ったが、振り向いた京子の表情は何か深刻そうだった。


「あの、あのね、えっと…私、今日学校休もうかな…」

「えええ?何よ京子まで。」

「紅河先輩、その…」

「なに?何か心配ごと?」

「あ、ううん、何でもない。」


京子のただならぬ様子に、舞衣は改札の中に入り、顔を近付けて小声で聴いた。


「紅河さん、どうしたの?心、読んだのね?」


京子は下を向くと、チラッと舞衣を見てから、伏せ目がちに言った。


「大丈夫。心配しないで。」


…出たな京子の決め台詞。このセリフが出た時は何か抱え込んでるのよ。


「ちゃんと話して。話してくれたら私もおとなしく学校行く。」

「だって、えと、舞衣さん関係な…」

「あるよ!紅河さんにも橋石さんにも助けてもらってばっかり。」

「だって…」


舞衣は携帯電話で時間を見た。

もう急いでも朝練には間に合わない。

彼女は部活の先輩へ電話を掛けた。


「あ、房生です。高島先輩ですか?…あの、すみません、ちょっと急用で、朝練出れません。…はい…はい!すみません!」


電話を切ると、京子の腕を引っ張り、言った。


「何か大事なことがあって紅河さんを追いかけるんでしょ?一緒に行こ。ほら。」


京子は思い出したように顔を上げると、


「うん。」


と言って走り出した。

逆に引かれるかたちとなった舞衣は、京子の真剣な表情に少し気圧された。


…紅河さん、眠いから帰るなんて、きっと何か大変な目に遭ってるんだ。


「京子、教えて、何があったの?」

「紅河さん、私の力を借りたいって考えてた。でも巻き込んだら駄目だとも思ってて…」

「力?どういうこと?」

「義継さんがまだ捕まってるの。」

「ヨシツグさん?」

「紅河さんの大事なお友達。」

「捕まってるって?」

「警察。私も狙われた。」

「ええ?」


京子は立ち止まって舞衣に振り向いた。


「悪いことなんか何もしてないの。テレパスだからって、警察に捕まってるの。」


舞衣は驚いた表情で絶句した。


「だから言いたくなかった。だから舞衣さんは関係な…」

「京子も狙われてるんでしょ?だったら関係大有りよ!行くよ!」


今度は舞衣が先頭切って走り出した。

ホームには登り電車が既に停車中だった。


「紅河さーん!紅河さーん!」


声に気付き、紅河と橋石が振り向く。

橋石が声を出した。


「なんだ、おい、コートの返品は受け…」


舞衣が橋石と紅河を車両へ押し込み、京子の腕を引っ張った。


「とにかく乗ろ!」


4人が駆け込むように車両に入ると、ドアが閉まり、電車は動き出した。

この時間の登りは、比較的空いている。

ほとんどが通学で下ってくる学生ばかりだからだ。

紅河と橋石は、所在無さげに、手近の吊革を掴んで黙っている。

口を開いたのは京子だった。


「紅河さん、昨日はありがとうございました。」

「…いや。」

「まだ義継さん、捕まってるって、あの、私に手伝わせて下さい。」

「駄目に決まってんだろ。次の駅で降りて学校に…」

「じゃあ、じゃあ何で紅河さんは、えと、し、死ぬかもとか、そんなこと、何しようとしてるんですか!」


京子は涙目になっていた。

紅河がボソッと言った。


「勝手に人の心読んでんじゃ…」


突然京子が紅河の制服の襟を掴んだ。


「それはごめんなさい。でも、でも、でもね、助けてもらって、何もお礼出来なくて、大事なお友達が困ってて、少しくらい、私だって紅河さん助けたい!」


舞衣は驚いた。

京子が、あの京子が、視線を一瞬たりとも外さず、襟を掴んで、男子に、しかも年上に噛み付いている。


…大事なんだね、何よりも、紅河さんと、ヨシツグさんが。


襟を掴まれたまま険しい表情をしている紅河に、舞衣が言った。


「京子は、自分にとって大事なものをよく判ってる。私もそう。同じように京子が大事。詐欺師から助けてくれた紅河さんが大事。コートを治してくれた橋石さんが大事。お礼を、とかじゃないです。手伝わせて下さい。お願い。」


紅河は、襟を掴んでいる京子の手を優しく解いた。


「気持ちは嬉しいけど、そんな甘い闘いじゃないんだ。俺は義継君に妹の命を助けてもらったことがある。だから放って置くわけにはいかない。これから国家権力に楯突こうとしてるんだ。頼む、来ないでくれ。」


舞衣は毅然として聴いた。


「悪い事をしようとしてるんですか?」


紅河が真っ直ぐ舞衣の目を見て応える。


「いや、正しいことだと思ってる。」


舞衣も目を逸らさない。


「だったら何も迷わない。紅河さんが正しいって言うことは絶対正しい。」


京子も横で頷いた。


「私、昨日だって、治信さんを手伝って、大丈夫だった。無理しないから、連れてって。」


正直なところ、紅河と橋石が欲しかったのは『光の帯』を知覚できる『眼』だった。

京子が来てくれれば、喜多室や義継とも交信出来るかも知れない。


「橋石、崎真さんの動きは?」


橋石がタブレットでGPS追跡を見る。


「県警を出て、まだ走ってるな。霞ヶ関には…まだ小一時間は掛かるはず。」

「朝の渋滞はこれからだし、電車の俺達の方が速いな。」

「そうだな。」

「京子、舞衣ちゃん、俺の家に寄って勉強道具を置いて行こう。なるべく身軽な方が良い。」

「うん。」

「判った。」

「それと、ちと自宅の電話番号教えてくれ。」


4人は電車を降り、紅河宅へ向かった。

紅河が自宅の玄関に入ると、妹の光里ひかりが出迎えた。まだ5歳で、これから幼稚園へ行く所だった。


「あ、あつし。」


と言ったきり、紅河の後ろから入ってきた二人の女子高生を見て、指を咥えたまま黙り込む光里。


「かわいー、いくつ?」

「おはよう。」


騒がしい玄関に気付き、母が出て来た。


「淳!あんた学校は?何、お友達?」

「母さん、前話した、南條義継君、覚えてるだろ、彼が今大変なんだ。助けに行ってくる。」


母はしばらく黙って考えてたいたが、


「光里を助け出してくれた義継君ね、覚えてるわ。しっかり助けてらっしゃい。」


と言った。

紅河は舞衣と京子の鞄や紙袋を玄関に置くと、


「あとさ、彼女達の自宅に電話して、一緒に勉強してるとかなんとか、テキトーに言っといて。母さんが電話すれば向こうも安心すっからさ。これ番号。」

「房生舞衣です。お婆ちゃんが出ます。」

「小林京子です。お母さん、怖いけど、優しいです。」


紅河の母は二人の女子高生の顔を見て、


「はいはい。任せなさいな。」


と言った。


「まかしなさーな!」


光里も真似して言った。


4人が紅河宅を後にしたのは午前8時を少し回った頃だった。

少し蒸し暑い陽気が、少しづつ陰り出し、空には雨雲が広がり始めていた。

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