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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第一章
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光の帯

城下桜南高校、体育館。

女子バスケ部には体験入部14名、見学の新入生が21名来ていた。

体験入部者の中に、房生舞衣ふさおまいの姿もある。

体験入部者のみ集められ、監督である顧問教員は短い挨拶を終えると、


遙香はるか、あとよろしく。」


と言って、体育館を出て行った。

遙香と呼ばれた部員は「はい!」と直立不動で大きく返事すると、監督が視界から消えるのを確認した後、体験入部者の方へ振り向き、


「まぁ、恐そうなおじさんですが、根は優しい32歳、独身です。」


と言い、笑いを誘った。

そして、体験入部者を整列させると、


「私は2年の学年リーダーで、高島遙香たかしまはるかです。宜しくお願いします。では、一人づつ出身校と名前を、大きな声でお願いします。」


と言い、手元のバインダーに目を落とし、ボールペンを取り出した。


「…中学出身、房生舞衣です!」


舞衣の名を聞き、反応する新入生が一人いた。

自己紹介の後、先輩のシュート練習の球拾いでゴール下に集まっている時、その新入生が舞衣に声をかけた。


「ちゃむ?」


舞衣はハッとして声の方を向いた。

最初は誰だか判らなかったが、自分を『ちゃむ』と呼ぶ知人の記憶の中から、目の前の人懐っこい笑顔と一致する子が一人思い当たった。


「え、千恵ちえちゃん?」

「やっぱり、ちゃむだ。鈴原千恵すずはらちえだよ。」

「やーん、久しぶり。」

「ちゃむ、すごい美人になってて驚いたよ。」


鈴原千恵は小学生時代の友達であった。

中学の3年間会っていなかったため、お互いの容姿の変貌に驚くばかりである。


「千恵ちゃんも大人っぽくなった!背、伸びたね。」

「ふふ。中学で12cm伸びました。まだちゃむより低いけどね。」


舞衣は166cmで、小学6年生の時には既に159cmあった。

一方、千恵は、小6の時147cmの小柄さで、今159cmである。

とは言え、147cmの頃の記憶しかない舞衣にとって、千恵の今の容姿は衝撃的だった。


「そこ!無駄話しないで!」


2年の高島リーダーの声が飛んできた。


「はい!スミマセン!」


二人は返事すると、クスッと笑い合った。


体験入部者は、最期に、ドリブルからのレイアップシュートを数人の先輩に見てもらい、本日は解散となった。


舞衣が千恵と二人で体育館から出て行こうとした時、自分をジッと見ている視線に気付いた。

見学者の新入生の一人である。


「あれ、確か…」


同じクラスで見かけたような…


「あ。」


舞衣は思い出した。確か地方なまりの強い子だ。

舞衣は彼女へ近付き、言った。


「あの、確か、同じクラスだよね、えっと…」


彼女は舞衣をジッと見つめたまま、


「わい、めんごいじゃ…。」


と言い、頬を赤らめて、


「あ、ああ、ごめんなさい、悪虫あくむし悪虫愛彩あくむしいとあ。」


と言い、頭を下げた。


そうだ、出席番号1番の人だ…担任の先生に『強烈な名前ですね』といきなりイジられてた子。


「房生舞衣です。」

「鈴原千恵です。私は1年D組。」


二人も頭を下げると、舞衣は、なぜジッと見てるの?と聴こうとしたが、カドが立つ物言いのような気がして、少し話題を探した。


悪虫あくむしって、珍しい苗字だね。東北…だっけ?出身。」

「青森。3月に引っ越してきたばかり。」


悪虫愛彩は自分の苗字にコンプレックスを持っており、つい小声になってしまった。

それを察した舞衣は、


「あ、えっと、いとあ?名前、可愛いね、どんな字書くの?」


と、気を揉みながら早口で聴いた。


「人を愛するの愛に、彩る。たんげ気にいっと。」

「あ、へぇ、たんげ?」

「あ、ごめんなさい、とてもぉ気に入ってる、自分の名前。」

「うん、いい名前だね。『愛彩いとあさん』て呼んでいい?」

「うん。」


恥ずかしそうにうつむいた愛彩を見て、千恵が言葉を挟む。


「青森かぁ、なんか方言ていいね。」


それを聞いて、愛彩は少し表情を明るくし言った。


「まだ訛り抜けなくてぇ、まいね。」


『まいね』を自分が呼ばれたのかと思った舞衣は、愛彩に顔を近付けた。


「ん?なに?」

「あ、ああ〜、『まいね』は、『駄目だ』ってこと。」

「へぇ。そっかぁ。」


三人は笑った。

砕けた空気となり、舞衣は愛彩に聴いた。


「あの、私のこと見てたでしょ?何か用かなと思って。」

「ああ、うん…」


愛彩は言いにくそうに口籠ったが、見たままのことを正直に話した。


房生ふさおさんの頭の辺、時々、キラキラ光るものが見えて…」

「キラキラ?頭?」

「うん。肩から上、周りに、『光の帯』みたいの、フワフワ。」

「ええ?なにそれ?」

「判んね。初めて見た。」


舞衣は左右、上へキョロキョロしながら言った。


「今は?見えてる?」

「ね。……あ、ない。」


愛彩は霊感のある体質で、子供の頃から他人には見えない人影などをよく見る。

そして、それが有害なものか無害なものか、ある程度判るものもあった。


「でも、気にせで、大丈夫とは思う。悪い感じ、ね。」

「悪い感じは無いのね?」

「うん。」

「悪いとか、良いとか、そういうのまで見えるの?」


千恵が聴くと、愛彩は少し考えてから言った。


「わ、れい、見ちゃう体質で、白黒の人影だったり、ぼやっと光ってたり、しゃっこいの、ぬくいの、あってぇ…」


舞衣と千恵は真剣に聞いている。

舞衣は少し怖くなり、右手を左腕に当てて身をすくめた。


「…怖いのはぁ、憎悪さ感じる。例えると、歯さ見せて吠える犬と、しっぽ振ってる犬、みたいな違い。」

「見えたキラキラって、しっぽ振ってる犬の方?」

「うん、どっちか言えば。」

「ふぅん…。」


舞衣は、ふと亡くした父を思い出した。

父を亡くしたのはつい4ヶ月ほど前のことだった。

見守ってくれているのだろうか…


「それ、お父さんかなぁ…。」


つぶやくように言う舞衣に、愛彩は舞衣の少し後ろに視線を向けると、言った。


「違う。房生さんのとっちゃ…」


『…そこさ居る』と言おうとして、愛彩は言葉を止めた。

見えない人にとっては、それは『居ない』のと同じことなのだ、という事を、愛彩はこれまでの経験から学んでいた。

自分にしか見えないものを、いたずらに話して回るのは、無意味であり、人を混乱させる。


「…とっちゃでない、と思う。」

「そっかぁ…じゃ、何だったんだろ?なんか怖いなぁ。」

「わもよう判んね。初めて見た光っこ、霊さ似てはんで、つい見とっと、心配無かも。」

「心配ないなら、いっか…。」


不安そうに考え込む舞衣を見て、愛彩は、言わなければ良かったと後悔した。

しばしの沈黙の後、千恵が言った。


「ね、愛彩さんも、ちゃむも、一緒に帰ろ。降りる駅、どこ?」


三人は一緒に帰ることにし、道中はバスケ経験や2年の高島リーダーの印象などを話した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


翌日、放課後。

1年B組の教室で、房生舞衣ふさおまい悪虫愛彩あくむしいとあの席に、一緒に体験入部を始めようと勧めに行こうとしていた。

すると、少し離れたところで愛彩いとあの陰口を話している女生徒の声が耳に入った。


「ズーズー弁、何言ってんのかわかんないよね。」

「悪虫って、気味悪い名前。」


舞衣はクルリと向きを変え、陰口を言っている女生徒の方へつかつかと歩いて行くと、


「こそこそ噂話してるほうがよっぽど気味悪いんですけど!」


と言い放った。


「なによ、あなたの事なんか言ってないよ。」

「私、房生ふさお。下の名前みたい、ってよく言われる房生。よろしく。じゃ。」


そう言うと舞衣は、愛彩を連れて教室を出て行った。


「ね、愛彩さん、ちょっとA組寄っていい?」


愛彩はコクッとうなずいた。

あんな言われ方をしていたら、無口になるのも無理はないな、と舞衣は思った。


A組の教室を覗き、小林京子こばやしきょうこを見つけると、舞衣は教室に入ろうとした。

すると、愛彩が、無言で舞衣の腕を掴んだ。

舞衣は、


「なに?」


と言って愛彩の方を見た。

愛彩の視線は京子を見ている。

そして、


「あの子。」


と言った。


「え?友達だよ。なに?」

「あの子。『光の帯』。」

「ええ?」


舞衣は京子の方を見た。

いつものように席に座ったまま下を見ている。


「えっと、どういうこと?」

「キラキラ、あの子さ出しと。」

「え?」


舞衣は訳が解らなかった。

京子を見ても、『光の帯』など見えない。


「気のせいじゃない?それに、昨日、体育館に京子はいなかったし。」

「したばって、出しと。昨日見たと同じ光っこ。黄色い…」


愛彩は目を細め、少し考えてから続けた。


「…黄色い、あの子んたましいさ体から溢れ出てるよさ。」

「たましい?」

「うまぐ言えね、オーラ?伸びたり縮んだりしと。したばって、悪い感じ、ね、大丈夫。」

「そう…。」


舞衣は教室に入りかけた。

すると、京子が不意にこちらを見た。

声も掛けていないのに…


「あ、京子。ちょっと、いい?」


京子はニコッと笑った。

不自然さのない、いつもの笑顔だ。

舞衣は京子の席へ行った。


「京子、書道部、今日は?見学に行けば?」

「うん。行ってみる。」


舞衣の後ろから、愛彩が京子に頭を軽く下げた。


「あ、こちら、同じクラスの悪虫愛彩さん。青森から越して来たんだって。」


愛彩が挨拶をする。


「初めまして。悪虫です。」


イントネーションが少し違うが、標準語で話そうと努める愛彩に、舞衣は好感を感じた。


「こんにちは。小林です。」


京子も挨拶をした。

舞衣は、愛彩に見えているという『光の帯』のことを話題に出そうかどうか迷い、少し違う表現で京子に聴いてみた。


「京子、昨日、私のこと、何か心配してくれてた?」


京子は、帰宅途中に、舞衣が詐欺師のことで不安を感じていないか『意識の手』を伸ばし探ったことを思い出し、ドキッとした。


「あ、んと、ほら、朝の、詐欺の人、知らない人に助けてもらって、もう大丈夫みたい。」

「助けてもらった?やっぱり何かあったの?」

「うん、三年生の人が、一緒について来てくれて、門のとこに詐欺の人いたんだけど、追い返してくれたみたい。」

「そっか、よかった。」


その時、ブワッと『光の帯』が京子から伸び出し、舞衣の頭の辺りを漂い、スウッとまた戻っていくのを、愛彩は見た。

それは、京子が舞衣の思考を読んだ瞬間だった。


京子が読み取った舞衣の思念の中に見たもの…


『心配してくれて、魂まで飛んできたの?

愛彩に見える黄色いキラキラ、

光の帯のようなもの…

感謝しなくちゃ、京子に…』


…黄色いキラキラ?

…悪虫さんに見えた?

…心が読めること、知られてしまったの?


京子は『意識の手』……『光の帯』を、身体の奥底までギュッと呼び戻し、硬く閉ざした。


京子は思った。

…もう駄目だ。

…私は、舞衣さんという掛け替えのない友達を失うのだ。

…『意識の手』が見える人がいたなんて。

…また孤独な学生生活に逆戻りだ…


京子は机に向かって深くうなだれた。

すると、肩に、ポンと叩かれた感触を受けた。

舞衣の手だった。


「京子、心配してくれて、ありがとうね。行きなよ、書道部。」


顔を上げた京子の目に、涙が溢れている。


「ちょっと、なに泣いてんの?どうしたの?」

「舞衣さん…」


京子は決心した。

舞衣にこれ以上隠しておくのは苦しい。

舞衣に悟られないように心を覗いていた自分が嫌だ。

舞衣を失っても、それは自業自得だ。

話そう、心が読めるという自分の能力を…


「…舞衣さん、話があるの。部活の後でもいいから、聞いてくれる?」


京子の瞳から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。

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