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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第一章
31/292

地雷

県警、特査研究室。


「臨床試験を行うですって!?」


『使い手』から能力を除去する手法の策定を指示されていた赤羽根あかばねは、その報告に『現在の医術では不能』と結論付けたにも関わらず、その論文工程にある『扁桃体の血流活性』を指摘しての研究に承認をしろ、との内示が降りてきた事に抵抗を示した。


「ああ、大脳辺縁系の扁桃体に共通して観られる血流の活性化があるなら、簡単に言えば、そこを壊してみろ、という試験だ。」


蓮田はすだ班長が淡々と答える。

赤羽根が噛み付く。


「班長だってご存知でしょう?扁桃体がどこにあるか、それを不全にするとどうなるか…」

「他者の感情を読み取れなくなる、かな。」

「それだけではないでしょう。人間ではなくなりますよ。」

「唯一『光の帯』発動時に明白な変化が観られる器官がそこなら、そこから切り込んでいくのが研究というものだ。」

「そもそも、不安や恐怖を感じただけで扁桃体には似た状態が発生します。『光の帯』発動のトリガーだとは私は断定していません。」

「君が断定できるほどの研究データは無い。だからこれから積み上げる。」

「我々は『光の帯』を霊体の一部だと仮定したのですよ?じゃあ霊体って何ですか?私の報告は、霊体が肉体の器官とどう結びついているのか、現段階では解明できません、という内容です。」

「それを解明するために我々がいる。」


…悔しいけど、班長が言っていることは正論ね。

…でも…


「私は承認致しません。まだ分析不足です。倫理の問題も大きいでしょう。」


蓮田は少し考えると、


「うん…赤羽根君の意見は判った。臨床試験の検討議事として、私から報告しておく。」


と言い、研究室を出て行った。


…班長はなぜあそこまで冷徹になれるのだろう?


赤羽根のそれは愚問であった。

博士号を持つ研究者の使命は何か?多くのエラーを踏み台にして結論を導き出すことだ。

それは赤羽根自身も充分に理解していること。

だが、見えもしない、物理計測も出来ない、そんな不確定な『光の帯』の研究のために、健康な人の器官を故意に不全にするなど、行っていいことだろうか。


…被験体は確保されているらしいけど、それが今後コズカや雅弓まゆみに及ばない保証はない。

…いや、確保されているという被験体、それが犯罪者だろが死刑囚だろうが、許されることだろうか?


赤羽根は南條治信なんじょうはるのぶの言葉を思い出していた。


『狂ってる』


赤羽根は、血を見ても、遺体を見ても、献体解剖も、さほど動揺しない。

自分にとって医学や心理学は天職だと思っていた。

だが…この臨床試験はおぞましい。

神様とやらがいるのであれば、なんという試練を人類に与えたのか…。


…銃刀法違反の追加条項、決議には一年を要するとの話でまだ安心していたけど、どう転ぶか判らないわね。


考え事をしていた赤羽根の傍らで内線が鳴った。


…刑事部長室?


「はい特査。ああ、はい、私です。」


…蓮田班長が部長室から?


「…ええ、はい…ええ?雅弓まゆみを?…ええ…ご指示とあらば、はい、はい…解りました。」


…雅弓を警察庁へ外出させるですって?名目は義務教育カリキュラムに関する道徳倫理観のレベル検査、か。


警察庁とは、東京の霞ヶ関にある行政機関、日本警察のトップに位置する機関である。


…霞ヶ関へお出掛けは、まぁいいとして、その道程に『地雷』がないかどうか。


「ああ、もお、全てが怪しく見えてくるわ…。」


別室では、湖洲香が消しゴムを約1mテレポートさせる実験に取り組んでいた。

なかなか成功を見ない状況に、湖洲香は疲弊していた。


「手で運んだ方が早い…ああ、違う、運ぶことが目的ではありません…寝てはダメよ、私…。」


研究室の予備室では、雅弓が算数のドリルを解いていた。


「♬ふんふんふんふふ、ふふふんふーん…。」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


仔駒雅弓こごままゆみの外出日。

同伴は赤羽根伊織あかばねいおりのみ、二名での警察庁訪問である。


覆面パトカーのハンドルを握る赤羽根は、助手席で携帯電話をいじっている雅弓に声を掛けた。


「ずいぶん熱心ね。」

「ネトゲ。」


…ゲームかい。


「チャット機能とかついてるの?」

「ない。点数競うだけ。」

「そう。」


…それならいいか。


二人の乗る車が踏切にさしかかった。南土蔵駅と槍塚駅の間の踏切である。


カンカンカンカン…


遮断機が降りる。

踏切待ちの先頭に乗用車一台、そのすぐ後ろが二人の乗る覆面パトカーである。

その後ろにも数台連なっている。


「♬ふふん、ふふん、ふっふっふーん…」


雅弓は携帯ゲームに夢中である。

電車が来た。


カンカンカンカンカンカン…

ゴォォオオオ…

ギャリッ…ゴンッ!…キーキキキキー…


「え!」


地響きと共に、通過する電車が変な揺れ方をし、続いてブレーキのかかる金切音が響いた。


「なに?脱線?」

「うあ!」


キーキキキ…ギャリギャリギャリ…キッキッギャリッ…


通過列車は止まった。

横転はしていないようだ。


「マユミ、車から出ないでね。ちょっと見てくる。」

「私も。」

「駄目。待ってなさい。」

「モジャオバン!」


…モジャ…


「ああ、もう!」


赤羽根は助手席から降ろした雅弓の手を握ると、踏切に近寄った。

線路を見る。

アスファルトで固めてある部分が終わる踏切の端辺り、線路が一部切断され、斜めに転がっている。

改めて列車を見た。

やはり横転はしていない。負傷者はなさそうだ。


赤羽根は線路の鉄鋼の切断面を見て、背筋に悪寒が走った。

すぐさましゃがみこみ、雅弓に聴く。


「マユミ、見えない?『光の帯』。」


雅弓は薄ピンクの『光の帯』を3m程頭上へ伸ばし、風呂敷のように広げると、上から辺りを見渡した。


「あ!」

「なに?」

「あ、消えた。空中。」

「見えたの?」

「うん。少し。すぐスッて消えちゃった。」

「色は?」

「んー、わかんない。」

「よく思い出して。」

「キラキラって、白っぽいような。」

「白?」

「んー、だってすぐ消えちゃったんだもん。」


義継よしつぐ君がこんなことするわけ…あ。


赤羽根は喜多室きたむろに電話を掛けた。


「…赤羽根です。義継君に何か動きある?…ええ、ええ…そう、ありがとう。」


…義継君は登校、授業中。『光の帯』の放出見当たらず。アリバイあり。


ホッとする赤羽根。


…白、白…まさか皆月岸人みなづききしと


「ね、マユミ、ほんのちょっとでも色、判らない?」

「んー…黒かも。」

「黒ぉ?白って言ったじゃないの!どっち?」

「わかんない!」


…待てよ、背景は空、『光の帯』の色素知覚は…理論的には、白にも黒にも見えるのはグレーしかないわね。

…水色ではない。ベージュでもない。


「マユミ、戻るわよ。」


赤羽根が雅弓の手を引き車に戻ろうとした時である。


「赤羽根博士ですね?」

「え?誰です?」

「刑事局捜査第一課…」


そう言ってその男は警察手帳を開いた。


…刑事局ですって!?なぜこんな所に…


「そちらは仔駒雅弓さんですね?『能力者』指定同行、ご協力願います。」


…やられた!!


雅弓の手を握ったまま立ち尽くす赤羽根の額から、汗が一筋流れ落ちた。


…雅弓の仕業に仕立て上げられたらアウト。どうする…

…こちらの手持ち情報は『グレーと思われる光の帯を知覚』。

…いざとなれば、マユミに聴取係の思考を読ませるわ。


「…判りました。上司に電話させて下さい。」

「どうぞ。」


雅弓は不安そうに赤羽根を見上げている。

赤羽根は雅弓の手を握る手にギュッと力を込めると、上司の蓮田ではなく、南條治信なんじょうはるのぶの番号に掛けた。

そして、ワンコールで切った。


「あら、違う…。」


そう言うと赤羽根は蓮田に掛け直した。


「…赤羽根です。鉄道脱線事故発生、現場は……それで、仔駒雅弓の『能力者指定同行』に私も。…ええ…はい。」


赤羽根と雅弓は刑事局のパトカーに同乗し、乗ってきた県警の車は別の警官が戻すこととなった。


移動の車中で赤羽根は、携帯電話をいじっている雅弓を咎めた。


「やめなさい、マユミ。」

「なんでよ!」

「ちょっと貸しなさい、それ。」


嫌!…と言おうとした雅弓は、赤羽根の目を見て言葉を止めた。

赤羽根の目は何かを伝えようとしている、ということに雅弓は気付いた。

黙って携帯電話を差し出す雅弓。

赤羽根は受け取ると、ログオフ操作をするフリをして、また南條治信へワン切りした。

雅弓に携帯電話を戻す赤羽根。


「パトカーの中で遊ぶもんじゃないわ。」


…マユミがカンの良い子で良かった。

…初めて見る刑事の前では『光の帯』を出すな、という教えも守っているようだ。

…見殺しになんかしないわよ、マユミ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「デートのお誘いではなさそうだが。」


南條治信なんじょうはるのぶは、赤羽根あかばねのワン切りの意味を考えていた。

パソコンでは赤羽根の携帯電話の所在をGPS追跡している。


「それともう一件の着信…小林京子だろうか?」


…いや、相談があるならワン切りはしないだろう。

…この番号は一体…


後から掛かってきた番号もGPS検索に引っ掛かったが、場所が数カ所表示され、中には外国の所在地を示しているデータもある。

しかし、治信にはそれで充分だった。


「この番号の端末は…赤羽根さんと一緒に移動しているこいつだ。」


治信は右手の人差し指でこめかみをトントンと叩く。


…ワン切り…会話が出来ない状況…同じ場所にある端末二台で両方ワン切り…


「危険信号と受け取った。」


治信は県警捜査一課の崎真さきま警部補に電話を掛けた。


「…南條です。…どうも。今日、赤羽根博士と湖洲香こずかさんはどちらへ外出?」

「知りません。」

「それはおかしいな。あんな少人数で動いてる使い手対策班が、お互いの予定を知らない?」

「…博士は…霞ヶ関のはずです。若邑わかむらは県警にいるはずです。警察の動きをペラペラしゃべる刑事なんかいません。勘弁して下さい。」


…赤羽根さんと一緒にいるのは湖洲香さんではない、か。


「博士は誰と警察庁へ?」

「言えませんよ。切りますよ!」


ブツッと電話は切れた。


…赤羽根さんは一人で二台の携帯、ではなく、同伴者がいる。

…その同伴者は私へのワン切りを承諾した、言わば味方。

…ちょいと危険だが、掛けてみるか。


治信は二つ目の着信、雅弓の番号に掛けた。


パトカーの車中。


「あ、イオリ、ほら!」


雅弓の携帯電話がムームー唸っている。

助手席の刑事が横目で後部座席を睨む。

赤羽根はすぐさま、雅弓の携帯電話に手を伸ばすと、通話状態にした。


「なによ。メール?後にしなさい、仔駒雅弓こごままゆみちゃん。」

「え、だって、え、どうするのこれ。」

「警察庁で『能力者』聴取が終わるまで触らないでおきなさい。」


赤羽根はもう一度雅弓の携帯電話に触ると、通話を切った。


「はい。しまっときなさい。」

「うん。」


睨んでいた刑事は前へ向き直った。

額に汗する赤羽根。


黙って聴いていた治信はすぐさまメモを取った。


…コゴママユミ、能力者、聴取、声や口調から小学生くらいの女の子、と。


「いいねぇ、伊織さん。」


こうもコンビネーション良く情報が供給されてくるとは思っていなかった治信は、機転が利く赤羽根に感心した。


コゴママユミは能力者、警察庁で取調べ、しかも警察側にも『能力者』だと断定されている。

この状況でSOSとなると…


「この少女が冤罪で確保され、それを助けたい、といった所か、な。」


状況は判ったが、さてどうしたものか。

治信の選択肢に、赤羽根を見捨てる、は無い。

だが、自分が駆けつけたところで出来ることは何も無い。

なるべく義継よしつぐは使いたくない、が…


「メロンでいくしかないな。」


治信は義継へメールを入れた。


県立土蔵西高校。

授業中の義継は、ビクッと身体を震わせると、目を覚ました。


「んあ…。」


…うお、兄貴だ。なになに?


アルファベットと数字の羅列であるメールを読み、義継は思わず叫んだ。


「メロンを!?」


教師が義継を睨む。

義継はガタッと立ち上がり、


「せんせー、お腹痛いんで帰りまーす。」


と言うと、手ぶらで教室を出て行った。

セーラー服姿の義継に教員は、


「…ったく、いつもいつも、変態学生めが…。」


と愚痴り、黒板へ向き直った。


教室から出ると義継は、すぐに白い『光の帯』をブワッと放出し、正門から少し離れた場所に停車している車へ飛ばした。


『メロン、じゃないや、喜多室きたむろさんて言ったっけ』


『む…なんだ堂々と。』


『赤羽根伊織、小学生少女の能力者、刑事局が確保、SOS、GPSで移動経路追える』


『なに…確保!?どうして君がそれを?嘘や撹乱か?』


『おや、確保でなぜ驚く?小学生の少女って誰?』


テレパシーによる対話のコツは、質問されても『考えない』で、質問で返すことだ。

テレパシー慣れしている義継の方が一枚上手だった。

喜多室は迂闊にも仔駒雅弓とのいきさつを思い出してしまった。


『ふうん…ほほぉ、コンビニの…なるほど。助けたいなら僕と行こう、霞ヶ関へ。』


『…赤羽根博士は、南條義継は信頼できると言っていたが…』


『思考が筒抜けだよ喜多室さん。信用とかいらないからさ、無実の能力者は助けよう。』


『ううむ…私の役目は義継君、君の現行犯を押さえることだ。行動を共にするなら、それも良しか。』


『物分かりがいいね、喜多室さん。…ん?』


喜多室の車へ向かっていた義継の携帯電話に着信。

義継はフッと白い『光の帯』を消した。喜多室に知られたくない名が着信モニターに出たからだった。

同じ土蔵西高の生徒、橋石拓実きょうせきたくみである。

クラスは別であるが、教室の窓から義継が出て行く姿が見え、電話してきたのだった。


…キョウ、悪い、君は巻き込めない。


義継は電話に出ず、そのまま喜多室の車へ乗り込んだ。

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