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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第一章
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特査の報告

私立城下桜南高校のある場所から、国道を20km程上った辺りに、警察署がある。

本部を有する県の警察署、いわゆる県警である。

その資料室の分室の中で、捜査一課の刑事が二人、本部から下りてきたある指示書に従い、調べ物をしていた。

『秘密裏に』と付け加えられた指示書である。


「…ええ、この昨年11月の清州朋代きよすともよのケースと酷似しています。」

「ふむ。」


押塚おしづか警部はタバコに火をつけ、反社会性人格障害の精神病質と診断された犯罪者のファイルから抜き出された2件の報告書を見比べた。


着目しているのは、被告人が精神病質鑑定を受けるに至った経緯である。


1件目は2013年11月の配偶者殺人『清州朋代』のケース、もう1件は2006年9月の配偶者殺人『徳田将司とくだまさし』のケースである。


2件とも、容疑者の勾留中、外部からの面会者との会話記録がきっかけとなっており、

『清州朋代』のケースは20歳女性との面会記録、

『徳田将司』のケースは10歳男子、徳田の実子との面会記録、とされている。


そしてその共通点は、容疑者ではなく面会者が、容疑者の猟奇的な傷害意志を発言している点である。

つまり、容疑者が証言もしていないことを、面会者が言葉に出しているのである。


『徳田将司』のケースはまだ理解できる。面会者が実子であり、容疑者の行動を目撃している可能性が高いからだ。

だが、『清州朋代』のケースは、面会者の女性は清州の身内ではなく、また交流関係も無いのだった。

押塚が極秘で調べている対象は、面会者の方であった。


「相手の心を読む、か。こんなSF小説のような絵空事に付き合っている暇はないのだがな…。」


ファイルを調べるように指示された押塚の部下、崎真さきま警部補は、声をひそめて言った。


「警部、絵空事ではありませんよ。特査の報告はご覧になったでしょう?」


押塚はタバコを携帯灰皿にねじ込むと、ファイルが表示されているパソコンのモニターを人差し指でトントンと叩き、


「どうだかな。特査班の報告自体、まゆつばに思えるがね。まあ、上からの指示だ、やらにゃ仕方ないわな。徳田の息子と、この妙な戸籍名の女を洗え。」


と言って、薄暗い資料室の中でライターをカチンと鳴らした。

崎真はうなずくと、


「ちなみにここ、禁煙ですよ。」


と言い、資料室を出て行った。


崎真は、特査が抱えているヤマの詳細が明かされない事に多少の苛立ちを覚えていたが、今回の極秘調査の一端を自らが担えることで、手元の特査報告の異常な一文、


『…以上の現場検証から、物理学的に説明のつかない器物損傷が見受けられ、別途調査を要する。』


との記載、その詳細と実際を知り得る鍵の一つを握ったことがモチベーションとなり、押塚よりも能動的であった。


崎真は思う。

押塚警部が清州朋代の事件を担当されていて、自分は運が良い。

なにしろ、特査のヤマのキーワードの一つは間違いなく……『超能力者の存在』なのだから。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


城下桜南高校の正門から伸びる桜並木の道。

逃げるように去っていく二人の詐欺男を見ながら、紅河淳くれかわあつしは、陸上部の顧問に言われたサッカー部のインターハイのことを考えていた。

5月には地区予選が始まる。


…出れば出たで、結構熱くなれるんだけどな。

…どうも、準備期間てのは、やる気出ないんだよなぁ。


突然、フワリと生温い風が紅河くれかわの頬を撫でた。


「ん?」


いや、風、ではないのか?

なんだ、今の。


紅河は思わず周りを見回した。

下校中の生徒達が、普段と変わらず歩いて行く。


学校の正門の辺りに、独りで立っている男子生徒の姿が目に止まった。

こちらを見ているようだが、遠くてよくわからない。

何をボーッと突っ立っているのだろう。


「あれ?」


紅河がまばたきをした直後、その男子生徒の姿が消えた。


「んん?」


いや、歩き出したのか?…下校中の生徒が多くてよくわからない。

人が消えるわけがない、目の錯覚だろう。


今日はもう帰ろう、なんだか疲れた…そう思って駅の方向へ振り返った瞬間、また、フワリと生温い風のようなものを感じた。


「!」


紅河のすぐ左横を、男子生徒が通り過ぎた。

正門の方を見ていて、駅の方へ振り向いたのだが、その男子生徒が真横に来るまで気が付かなかった。

と言うよりも、突然現れたように見え、紅河は驚いた。


…なんだこいつ?


その男子生徒は何事もなかったように駅へ向かって歩いていく。

気のせい、なのか…


一応、紅河は、今通り過ぎた男子生徒の髪型や背格好をよく観察しておいた。

顔も見ておくか?横顔は一瞬見えたが…


紅河は駅に向かって歩き出した。

声をかけるのは、正直なところ、面倒臭かった。

駅で顔を見る機会があれば見ておこう、と思った。

清州朋代きよすともよ…『少年の秘かな決意』参照

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