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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第二章
267/292

光、統べる者 18.

香川県の高松空港が近い観光ホテル、その一室に狩野佳洋かのうよしひろは宿泊していた。

奈執なとりから頼まれている事は、ある一軒家の監視。その家屋は女木島めぎじまの北側に隣接している島、男木島おぎじまの中にある。

一軒家と言っても島自体が狭いため集落の中の一つと言えなくもないが、密集している民家からは一軒だけ離れている。

豊玉姫神社から少し下った斜面の途中に建つ木造の家屋で、外観上は平屋なのだが、六畳くらいの地下室が一つある。


玄関や雨戸には木材の板が打ち付けられており、一見すると空き家にしか見えない。が、電気のメーターが回転しているのを狩野も目にした。

もっともその電気メーターにも覆いが被せられ、電力を消費していることは傍目には分からないようにされていた。


そして、地下室には人の姿がある。

クレヤボヤンスに映るその魂は明滅していない。

非能力者なのか、睡眠状態の能力者なのか、奈執は教えてくれなかった。

狩野もどこか薄気味悪く感じ、それ以上の詳細は聴いていない。

とにかくあの家屋に近付く者、入ろうとする者がいたら持ち主を装って侵入を阻め、というのが奈執の指示だった。


…七月二十九日まで見張れ、か。


これまで数回、狩野は男木島にテレポーテーションしている。

一軒家に近寄った者を追い払うためだが、それは皆通りすがりであり、実際に入ろうとした人にはまだ出会っていない。

精神感応が出来る狩野には容易い仕事だ。心を読めば何の目的でここに来ているのか判る。

そのほとんどが観光客で、その他は島の住民が畑の手入れに通っただけであった。


地下室の人物はそこから出て来ることはおろか、動きもしない。

寝たきりの病人か何かだとしても、それを介護する人がいないというのは妙だ、と狩野は思う。

奈執達が警察に対し成そうとしていること、きっとそれに関わる人物なのだとは思う。

もしかして長いサイコスリープに入っている最強の使い手脱走者か、などと想像もしてみるが、脱力感の様なものに囚われている狩野にはそれ以上発展しない想像だった。

ただこの監視が面倒なことに発展しなければいいな、という一抹の不安が浮かび、それもすぐに消える。

そのこと以外は気楽な役目だと言えた。むしろ暇を持て余すくらいに。


奈執からまとまった報酬ももらっており、当面の生活費に困っていた狩野としては助かる。

ホテルの宿泊費も奈執が出しており、何事もなく終わるのであれば、狩野にとってこれまでのことをゆっくり考えられる良い機会になっていた。


様々なことが頭を過る。

武儀帆海むぎほのみの死、その衝撃と痛手から、なかなか立ち直ることが出来ない。

警察庁は敵だった、と自分の中で決定付ける理由となった紅河くれかわの提起した疑問……皇藤こうどうを誘拐扱いに断定している警察の意図、美馬の母親の死因の不可解さ、不透明な杉浜自身の聴取……つまりは警察の保身体質と隠蔽体質、それらの真相を追うにも、自分一人ではどうしたらいいのか判らない。

何を考えても、気付くと突き当たる自分の無力さ。

何も出来ない自分。


…みんなどうして、そんなに頑張れるんだ?……


『そうよ。お腹空くんだから、部活。』

『部活ナメんなよ。』


房生ふさおの言葉、紅河の言葉。

所詮はお気楽な高校生のお遊び談義から出た言葉。

普通に進学していたら明るい青春とやらを謳歌出来たのだろうか。

呪うべきは自分の境遇なのか。

両親を亡くし、能力を持ち、刑事局に見つかり……その時点でもう自分の人生は終わってしまっていたのか……


ふとポケットの封筒に手をやる。

奈執の報酬、紙幣の束。

これが無いと生きていけない。

これがモチベーションなのだろうか。

これのために人は嫌なことに立ち向かっていくのか。

目的、目標……お金。

死にたくないから、お金、か。

今思えば白楼は楽だった、のか。

古見原所長は怖いけど、食事も風呂もあった。

今更だけど、守られていたという見方も……


「……あ。」


間の抜けた声を漏らす狩野のクレヤボヤンスに、人影。

あの家に近付く者がいる。二人連れ、二人とも女性か。

怠そうに身を起こした狩野は、テレポーテーションに入った。


狩野が“出た”場所は男木島の豊玉姫神社、そのやしろの裏側。

ここなら人目に付かず、周囲の状況を探るのに適している。

再び第一階層クレヤボヤンスを放つ。

視えた。


…観光客っぽいな。ただの散策か?


短いテレポーテーションを重ね、狩野は女性二人組に近付く。

視たところ非能力者に間違いない。

会話が聞こえてくる。


「こんなとこにも家が。」

「誰れも住んでないみたいね。」

「あそこ、雨戸がずれてるよ、覗いてみる?」

「え、なんか怖くない?」


おいおい覗くな、と狩野は内心思い、面倒だが追い払いに掛かった。


「あー、あの、駄目ですよその家。一応うちが管理してるんで。」


びくっとして振り返る二人組。

その反応が滑稽で吹き出しそうになる狩野。

まあ、誰もいなかったのに後ろから声を掛けられたら驚くのも当然か。


「……あ、すいません、です。」

「島の人? 喋り方、東京の人っぽいけど。」


見た所少し歳上か、大学生だろうか、と狩野は思った。


「ああ、島って言うか、管理人? とにかく駄目ですよ、その家に近付いたら。」

「あ、知らなくて、ごめんね。」

「島に住んでるの? 神社の他に観光スポットある?」


…知らねーし。


歳下だと思って舐められてるな、と狩野は少し感じたが、クレヤボヤンスで散々視てきたこの男木島のスポットらしき場所を少し話した。


「んーと、灯台とか、なんかヨーロッパ風の? あと港の、待合室の、なに、アートみたいなやつ? とか?」

「あー、もう観てきたよ。」

「御影石の灯台、なんか良いよね、外国に来たみたいで。」


…あ、そ。よーござんしたね。


「他には?」

「あ、ね、ミチ、ほら、この花大きくない?」

「え、おお、ダリアかな。」

「天竺牡丹だね。割と大型だ。」

「同じじゃないっけ、ダリアと天竺牡丹。」


…聞くのか話すのかどっちだ。


人に聞き掛けておいて道端の花の方を向いてしまった二人に少しうんざりする狩野。

見ると、確かに目を引く赤紫の花が群れて咲いている。

野草など何の興味も無い狩野にしてみれば、早くどこかに行ってくれと願うばかりだ。


バサバサッ


「ひゃっ。」

「わっ……なに、スズメ?」


突然小さい鳥が女性二人の前に急降下して来た。


「ツグミじゃない?」

「へぇ、ナミ詳しいよね、鳥とか。」


再び飛び立つ野鳥を見上げる二人組。

名前は知らないがこの島ではよく見かける小鳥だ。が、今それはどうでもいい。

なんでもいいから早くどっか行け。


「あ、管理人さん、この先は?」

「え? ああ、この先は行き止まりですね。道、無いです、確か。」

「そっか……一旦戻る?」

「だね。」


女性二人は狩野に軽く手を振り、集落の方へと戻り始めた。

ふぅっとため息をつく狩野。

二人が去った後、少し緊張していたことに気付く。あまり見知らぬ人と会話をしていなかったせいだろう。

何気なく視線を落とすと、さっきの赤紫の花が目にとまった。

一輪、花の付け根が折れ、下を向いて垂れ下がっている。

野鳥が突っ込んで来た時に折れたのだろう。


…赤紫……そう言えばあいつ、今何してるんだ?


奈執が言っていた。栂井さんにも手伝ってもらうことにした、と。

自分の様にどこかの監視をしているのだろうか。


…あいつ、大丈夫なのか?


白楼に連れ戻された後妙に大人しくなった栂井。

大人しくと言うか、普通になったと言うか、普通って何だと言われると困るけど……とにかく、そう、言うなれば異常さが失くなりつまらない女の子になった、とでも言おうか。


…奈執の指示とか務まるのか? あいつ。


気になる。

妙に、気になる。

狩野は首の折れた赤紫のダリアを前にし、嫌な胸騒ぎを感じた。


奈執が連れ出したのなら居ないとは思うが、白楼を遠隔透視してみる。

軽くうつむいた狩野の瞳が左右に細かく震え出す。


新渡戸にとべさん、喜多室きたむろ、あれは、皆月みなづき……あれ、鏡水かがみずさんは? 野神のがみさんは警察庁か?……


意識を白楼からほんの少しずらす。物理距離で五キロメートルほど。


…ん! え!? あれって、栂井か? 明滅してないぞ……碓氷うすいさんと若邑わかむら、あれは棚倉たなくらさん?……


像が重なる。使い手達の魂色と、目の前の首が折れた赤紫の花。


…何を、何をしてるんだあいつ、何を、何された……栂井!


人はどうして頑張れるのか。

辛いことしか無い『生きる』ということに、なぜ一生懸命になれるのか。

失い掛けていた気力。

何も出来ない自分。

人に何かを指示されて、怠そうにそれをこなすだけの自分。

何の創造性もない指示待ち人間。

それは怖いことだ。

自分を失うなんて、こんな恐ろしいことはない。


「……おい、お前、サイコ宇宙人……お前……」


あんな変なやつ。

笑い方が気持ち悪いんだよ。

いきなりぎゃあぎゃあ泣き叫ぶし。

『透明の帯』に縛られて嫌だ嫌だと一晩中騒ぐし。

お前なんか。

お前なんか、お前なんか……


「おい! 栂井!……」


狩野のクレヤボヤンスには飛び交う二種類の『灰色』が映っていた。

碓氷と棚倉、あの『光の帯』の色素の蠢き方は敵意を剥き出しにして戦っている最中だ。

『赤』も身体の中に収めてはいるが、グルグルヌメヌメと憤怒で弾けそうな勢いだ。

しかし『赤紫』は沈黙していた。

あの状況の中で呑気に寝ているなどあり得ない。

身体を負傷したのか、気を失っているのか、とにかく栂井は今生命の危機に直面している可能性が高い。


「……赤い魔女か!? 碓氷か! 誰に! 誰が!……」


わかった。

今わかった。

はっきり判った。

いけない。

失ってはいけない。

不気味な少女。

でも三年以上も一緒だった。

一緒に怒られて、一緒に怯えて、一緒に泣いて。

失ってはいけないんだ、こいつだけは。


一軒家を見やる狩野。

奈執の指示。

大事な役目なのだろう。

それでも、それでも、だ。


「……もっと大事なんだよ、俺にとっては……」


…栂井翔子の方が!


狩野の身体が青緑の『光の帯』に包まれる。

そして空間的な揺らめきとともに、彼の身体は第二階層へと消えた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


風見かざみの乱暴な運転に身を揺らしながら、白い『光の帯』を額の前にゆらりと浮かべる義継。

彼のクレヤボヤンス視界が第二階層の白い空間に包まれる。

やはり慣れない。

特定人物の魂の光に集中し過ぎると上下感覚が曖昧になり“溺れ”そうになる。

それはそう頻繁にクレヤボヤンスを開くことがないからかも知れないが、とにかく第二階層透視の視界は苦手だ。

球体透視だかなんだか、半径四キロメートルなどという気の遠くなる様な距離を、その全方位に意識を向け続けるなど、刑事局の使い手連中はどんな訓練をやらされていたのやら正気の沙汰ではない、と義継は思う。

考えただけで目眩がする。


まず意識を向けたのは赤い魂色。

直線距離は既に一キロメートル弱まで迫っている。

『光の帯』自体を伸ばして近付ければその精神状態、穏やかなのか焦りなのか、怒りなのか悲しみなのか、そんなものもある程度判るが、今は迂闊に『白』を近付けられない。

しかし、それでもなんとなく判る。

あの『赤』の蠢きは多分『怒り』だ。


…不味い状況、ってことなんだろうな。


兄の治信を介して聴いたことだが、県警にいた湖洲香は栂井翔子が警察庁でテロを起こしたと聴き、相当に慌てていたという。

そして能力による熱気と冷気を撒き散らしながら県警から消え、警察庁の栂井のところに現れたとのことだ。

それが今『怒り』の中にいるならば……


…また何か大きな破壊を招いても不思議じゃない。その被害が少なくとも人に及ばない様に手を打つ、には……


義継は、湖洲香自身の怪我や負傷などの心配はしていなかった。

他人を傷付けてしまうこと、それがあの人にとっては後々深い心の傷となって残る、それを防ぎたいと考える。それがあの人を、湖洲香を守るということだ。


…警官が何人か手だか足だか怪我したらしいが……湖洲香さんの心情、紅河クンはどう見ているんだ……


「む。」


思わず声を漏らす義継。

すぐ隣に座っている紅河。開いたクレヤボヤンスに映る紅河の魂の光はなんとも穏やかに落ち着いている。

落ち着いてる場合か、と突っ込みたくなるくらいに、落ち着いている。

精神感応テレパシーを併用すれば少しは動揺や緊張に関わる思考も垣間見れるとは思うが、魂を透視する限りでは腹が立つくらいに平常心だ。


…まあこういう時に慌てない男なのは知っているつもりだが……


少なくとも異常な事態に巻き込まれた高校生の精神状態ではない。

ふと思う。

この子にしてその親あり、ではないが、この落ち着き体質は親の教育とかなのだろうか。


特査はこの紅河の両親に、父親になのか母親になのかは聞いていないが、危険な暴徒のいる現場に息子を行かせるという話をし了解を得ているらしい。

何事だ。

それは何の冗談なのだ。

ただの高校生だぞ。

ケンゼンなスポーツマンだぞ。

なんか全国大会とかモクゼンだぞ。

どんな親だ。

頭がおかしいのか。

頭がおかしいのは僕の父親だけで充分だと思うが。

あ、いやあれは人間ではないので除外か。

平気なのだろうか。

息子を危険に晒して呑気にクーラーの利いた部屋でそうめんでも食べているのだろうか。


…ってのは無いだろうな。光里ひかりちゃんの一件でも感じた。父親も母親も人格者っぽいイメージが強い。


義継はうつむいた姿勢のまま小声で言った。


「なあ、紅河クン、」

「視えたのか? 『灰色』は何種類だ?」


…灰色の種類、か。湖洲香さん確保組は何人か、って意味かな。真面目だな、本当に君は。


「その前に、こんな時にアレなんだが、君のご両親は本当に了承したと思うか?」

「ん? 何が? 俺がここに来てること?」

「ああ。」

「本当も何も、したんだろ、了承。」

「普通の親なら行かせないだろ、テロ騒ぎの場所に、それも警察沙汰の。」

「うん、そうかもね。」


紅河の不機嫌そうな顔が、口元だけ小さく笑った。

このリアクション、紅河本人も変な親だと感じているのだろうかと訝しむ義継。


「ホウニン主義ってやつか。無関心なのか、息子に。」

「いや、そうじゃないよ。」

「なら、なんだ?」

「話すの面倒だな。説明しようとすると長くなるよ。」

「三十字以内にまとめなさい。」

「なんだそれ、現国の試験か?」

「期末試験、国語は二十八点だった。別にどうでもいいけどね。」

「ぷっ、はは。」


義継の言葉に紅河の顔が一気に緩む。

紅河は点数がおかしくて笑ったのではない。この不登校勝ちな南條義継が真面目に定期考査を受けているところを想像し笑ってしまった。


「義継クンが白楼に捕まった時もそうだったけど、うちの親はさ、友達が大変な状況にあったら最優先で助けに行け、っていう考え方でさ、それこそ親が危篤でも友達を取れ、みたいな。でさ、湖洲香さんは俺の警護してたっしょ。女性が危険だとなると尚更でさ、母なんかは『あんたは怪我してもいいけれど女の子だけは絶対に守りなさい』とか言う親なんだ。特査がうちに連絡いれた時に多分言ってるだろ、現場の湖洲香さんを保護する目的だとかなんとか。俺が無事に家に帰れたら最初に言われることは『斉藤さんは無事だったの?』だと思うよ。」

「ふぅん……息子の、んー……学校とか部活とか、それよりも婦警を助ける……んー、やっぱりよく判らないな、その判断基準。比べるものがどこかおかしい。」

「ああ、うん、なるほど。なんだろうな、なんて言うか、危険なこと、暴力とか、災害とか、うちの親に言わせればその辺に転がっている普通のことなんだよ。学校生活もナイフを持った犯罪者も同じこの世界にあるってゆーかさ。」

「使い手の能力も、か?」

「あー、それは言ってないな。知らないと思う、多分。」

「やはりね。それではどれほど危険なのかが……あわっ!」


キィキキキキキュキュキュッ……グシャッ!


渋滞で片側三車線の道路が対向車側も全て車で埋まっており、センターラインに寄った風見の覆面パトカーが停車中の警視庁パトカーに追突した。


「まだ開けてないのか!」


苛立ち混じりの独り言とともに風見が運転席の窓を開ける。

義継が第一階層クレヤボヤンスに切り替えると、二十メートル程先で検問を張っていた。

警察庁付近一帯を通行禁止に規制しているらしい。

駆け寄ってきた警官が風見の車のナンバーを見て敬礼しつつ言う。


「刑事局の方ですね? 今車両を動かして道を……」

「いい! 車両は私が退ける! 警官は全員車両から離れておけ!」

「は、え? しかし……」

「いいから離れていろ!!」


センターライン付近に停車していたパトカーがひとりでにズルッと横滑りし、対向車側のパトカーにガシャンと押し付けられていく。


…六台も。たかが検問に。そんなに暇なのか警視庁は!


対向車側のパトカーの何台かはその横の車線にいた一般車両に接触した。

パトカー内にいた巡査部長クラスの警官が勝手に動いたパトカーに驚き、蒼ざめている。


車一台分の隙間を作った風見は再びアクセルを踏んだ。

『検問中』と表示された看板が風見の目前に迫る。

彼女はそれを撥ね飛ばし、更にアクセルを踏み込んだ。


「義継君、視えているか、状況はより厄介になった。能力はクレヤボヤンスだけにしておけ。テレパシーとテレキネシスは使うなよ。」


突如現れたその“厄介”は義継にも視えた。


…青緑色、あれは狩野か?


「透視だけでは何も出来ない。自分の判断で能力を使う。」

「言うことを聴け! お前が使った能力は全て局長や警察庁長官にも報告される! 少年院送りになるぞ!」

「知ったことではない。」

「お前は!……」


頭に血が昇りそうになり、風見は一度深呼吸した。

こういう時にこそ冷静沈着、穏やかに、だ。

自分が義継と同じ十七歳だった頃を思い出せ。

ラボの教育と訓練は何のためにあった。


「……そうだな、身を守るテレキネシスは臨機応変に対処しなさい。それから紅河君、君の役目は若邑わかむらさんを事情聴取の場まで行かせることだ。いいか? 棚倉も栂井も、今現れた『青緑』も関係無い。私が若邑さんへ近付く道を開く。決して私より前に出ないこと。」


…青緑? 今、現れた?


紅河はぼそっと生返事を返しつつ、洞察する。

皇藤こうどうの要求文書とこの騒ぎの関連性、棚倉と栂井の目的、遅れてテレポーテーションしてきた、おそらくは狩野、その目的。

それと、被害拡大の可能性。

マルサンの使い手は二人になった。

湖洲香は熱気と冷気を制御し切れない……紅河はふとポケットの中に突っ込んで来たスプレー缶を触る。

深越ふかごし先生が託してきたと言う、例の化学実験用溶剤だ。


七月下旬の午後の陽光に晒され、警察庁の建物は陽炎のように揺らいで見えた。

その上階の一部の窓ガラスが割れており、破片や窓枠の一部がアスファルトに散らばったままになっている。

風見の車は激しいタイヤ音を鳴らし、警察庁の前に停止した。

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