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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第一章
26/292

激昂の義継

南土蔵みなみどぞう駅の喫茶店火災は、ガス爆発が原因と報じられた。

従業員2名が重軽傷、来客や通行人に怪我人は出なかった。

マスコミの取材の中に、『赤いコートが不自然に吹き飛ばされてきた』という通行人コメントがあったが、それは『爆風が強かった模様』とだけ報じられ、大した取り沙汰はされなかった。


城下桜南高校、一年B組の教室。

房生舞衣ふさおまいは、先日の喫茶店火災のことで頭がいっぱいだった。


…私、燃えてるお店に入ったのかな。

…そんなはずない。紅河さんに掴まれてた。

…どうしてコートが取れたんだろう。


「…さお。」


…でも、確かにこの手で、店内の椅子から取ってきた。


「…房生ふさお。」

「え?」


舞衣の斜め後ろの席にいる古藤彰良ことうあきらが小声で呼んでいた。


「指されてる。28ページ。」

「あ、え、あ、はい。」


舞衣は慌てて教科書を持つと立ち上がった。


「あ、えっと…」

「28ページ、7行目。」

「ああ、よ、読みます。」


舞衣は教科書を音読する間も、どうしてコートを取ることが出来たのか、が頭から離れなかった。


放課後、舞衣は3年A組に行き、紅河淳くれかわあつしに会いに行った。

紅河は舞衣を、北階段の屋上ドアの前まで連れて行った。


「あの、先日は…」


感謝の言葉を伝えようとした舞衣の言葉を遮り、紅河は深く頭を下げて、


「ごめん。大事なコートだって、知らなかったんだ。でも、ああしないと、君は火の中に飛び込んでいきそうだったし…」


と謝り出した。

普段の太々しい雰囲気はなく、なかなか頭を上げない。


「あ、いや、あの、こちらこそ、助けてもらって…あの、頭、上げて。」


紅河は一度頭を上げ、舞衣の目を見ると、再び頭を下げた。


「あと、身体触ってごめん。嫌な思いさせてごめん。」

「いえ、いえ…」


…別に触られたことなんか嫌じゃないんだけどな。


「私、気が動転してて、紅河さんが抑えててくれなかったら、どうなっていたか…あの、本当にありがとうございました。」


紅河は頭を上げ、深刻な表情のまま、真っ直ぐ舞衣の目を見て言った。


「あのコート、焦げたとこ、ちょっと任せてもらえないか?橋石きょうせきが修復とか詳しいんだ。多分アンゴラって生地だ、って。あいつに任せればきっと綺麗にしてくれる。あいつ、色を合わせるのも天才的なんだ。金はいらない。やらせてもらえないか?」


こんなに真剣に話す紅河を初めて見た舞衣は、少し圧倒されたが、その思い遣りの強さに涙腺が緩んだ。


「あ、ああ、あの、やっぱり…紅河さんてすごく優しい人じゃないかって思ってた。」

「あ、いや、俺じゃなくて、橋石がどうしてもって…あ、おい、泣かないでくれよ、業者顔負けにちゃんとやらせるからさ。」


舞衣は溢れた涙を右手ですくいながら答えた。


「うん、うふふ…お願い、しようかな。」

「ありがとう。明日にでも学校に持ってきてくれ。」


…ありがとうって、こっちのセリフ。


「うん。ふふ、うふふ。」


紅河は「ふう。」と短く息をはくと、


「あ、じゃあ。」


と言って階段を降りようとした。

だが、肝心な話が済んでない舞衣が彼を引き止める。


「紅河さん。」

「ん?」

「私、どうやってコートをお店から取ってきたんだろ…」


紅河は少し考えると、余計な憶測は含まずに、見たままのことを話した。


「…で、君が叫んだ後、入り口あたりが崩れて、コートが飛び出してきた。それを君が受け止めた。」

「コートが、ひとりでに?」

「ああ、そう見えた。」

「私、お店の中が見えて、紅河さんに掴まれてるのにおかしいんだけど、確かに自分でコートを見つけて、手で拾い上げたんです。」


紅河は少し間を置き、言った。


「うん…君の言うことが事実なら、それは『クレヤボヤンス』と『テレキネシス』だな。」

「クレヤ…なんですか?」

「超能力の一種で、千里眼と念動力とも言われる力。」

「超、能、力…」


舞衣は息を飲んだ。


…そんな力、私、持ってない。


視線を落とし目が泳いでいる舞衣に、紅河は言った。


「俺には感じられないし、見えもしないから、もし気になるなら、京子ちゃんに相談してみたらどうかな。」


…京子。


「…うん、超常現象会議に掛けてみる。」

「超常現象会議?」

「あ、いえ、京子に相談してみます。」

「ああ、力になれなくて悪いな。」


そう言うと紅河は右手をチョイと振ると、階段を降りて行った。


…力になれないなんて、こんな頼れる男の人、そういない。


舞衣は、火災現場で店の奥に戻ろうとした時の、紅河に掴まれた腕の強さを思い出していた。

大きくて強い手。


…私にもこんなお兄さんがいたらな。


「そうだ!京子と紅河さんくっつけちゃおう!そうすれば遊びに行く時もいつも紅河さん付きになるわ。」


房生舞衣のお節介病、発動…。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


県立中央病院、南條義継なんじょうよしつぐの集中治療室。


「僕の状態、明らかにもうICUなんか必要ありませんよね?」


義継よしつぐは、退院はおろか一般病室にも移されない処遇に、主治医に対し軟禁ではないのかと指摘をしていた。


「まだ松葉杖がないと歩けないでしょう?君の傷は針のようなもので手足を貫通している重体だったんですよ。完治するまではここで診させてもらいます。」


義継は、兄の治信はるのぶに、くれぐれも強行的な退室退院はするな、ほのめかすような発言もするな、と言われていた。


…それって、拘束されてる証拠じゃないか。


「あ〜あ、勉強は遅れるわ、友達は離れていくわ、入院て地獄だな、地獄。何人面会謝絶されたのかなー。高校最後の一年がこれじゃあなぁ。大学落ちたら、この怪我のせいかなー。」


…ちっ、こんなアホ発言、抵抗にも何にもならん。

…病院の壁もぶち抜いてやろうか、全く。


今、義継が最もやりたいと考えていることは、『テレポーテーション』への挑戦だった。

しかし、それは特査の赤羽根あかばね湖洲香こずかに『この監視カメラだらけの治療室では絶対にするな』と釘を刺されていた。

打つ手の無い義継は、兄の救出を待つより他なかった。


その兄、治信はるのぶが面会に来た。

義継が面会を許されているのは、警察関係者と身内のみである。


「兄貴、もう限界。死ぬ。」

「ははは、元気そうじゃないか。」

「湖洲香さんはどうしてます?」

「彼女はあの事件では傷害も破損も未遂も何もしてないからな、通常業務に戻ってるよ。」

「そうじゃなくて、精神面、皆月みなづきに対するショックのこと。」

「ああ、湖洲香さんにしてみれば、自己嫌悪を通り越した計り知れないトラウマだからな。健気に振舞ってはいるらしいが、深い心の傷が抉り出されて、おそらくまだ不安定な状態だろうな。」

「そう、だよね…。」


義継は、この治療室で過ごしていた時に読み取った湖洲香の思念の中で、気になっていることを口にした。


「兄貴、湖洲香さんの幼少の頃の…」


治信の目がギラッと鋭くなり、義継に顔を寄せ、耳打ちした。


「おい、録音されているが、問題ない内容だろうな?」

「ああ、警察が来たら同じことを言おうとしてる。」

「ふむ。」


治信は身を起こした。


「湖洲香さん、母親の若邑美湖わかむらみこさんの時は、心臓を潰してしまった感触を覚えているらしいんだけど、皆月陸子みなづきむつこの時は、記憶が曖昧らしいんだ。」


治信は黙って聴いている。


「一緒に昼寝してたのは確かに覚えてるそうなんだけど、美湖みこさんの時のような生々しい感触は覚えていないらしい。ただ、状況は確かに全く同じで、起きたら亡くなっていた、心臓が同じように潰れていた…ということらしい。」


治信は右手の人差し指でトントンと自分のこめかみを叩く仕草をした。


…16年前、緑養の郷…設備環境や関係者を洗ってみるか。


「そうか。…義継、洗濯物を持っていくぞ。」

「うん、後でよろしく。」


これは二人の間の隠語で、調べておく、という意味である。

治信は椅子から立った。

立ち上がり際、義継に手の平を見せて挨拶の素振りをした。

その手の平には…


『紅河淳の知人、桜南一年女子、使い手、接触希望』


と書かれていた。

義継は素早く読み取り、ゴロンと寝返りを打つと、目を閉じた。


…僕なんかに何の用だ。

…紅河クンが言うなら、会うのは構わないが…

…この状況を何とかしないとなぁ、頼むよ兄貴。


治信が出て行ってから2時間後、面会連絡もなくズカズカと入ってくる者がいた。

捜査一課の崎真さきま警部補、特査の赤羽根伊織あかばねいおり、そして若邑湖洲香わかむらこずかである。


「なんです、思春期の男の子の病室にいきなり。」


義継は、早速お出ましか、と思いながら言った。

崎真がパイプ椅子を開きながら言った。


「ああ、突然悪いな、義継君。」


赤羽根が続けて言った。


「あんな会話を堂々とされちゃ、来ない訳にはいかないわよ。」


湖洲香は黙っている。

三人は義継のベッド脇に椅子を並べて座った。


「なんのこと?」


義継はニヤつきながらとぼけた。

崎真が切り出す。


「皆月陸子さんのことだ。君は、皆月陸子さんは湖洲香君以外の人間の手による…と疑っているのか?」

「可能性がある、と思っています。」


赤羽根が口を挟む。


「一応、あの事件に関する資料を洗ってきたわ。状況が、コズ…」


湖洲香に気遣い、赤羽根は表現を変えた。


「…状況の検証に不備は見当たらなかったわ。」


湖洲香は黙ってうつむいている。

義継がニヤけていた表情を正し、言った。


「その事件記録、僕にも見せてもらえませんか?」


崎真が答える。


「それは出来ない。一般公開出来ない資料だ。」


義継が返す。


「あれ?訴訟が終結した刑事記録は、一般でも閲覧できるはずでは?」


崎真は、赤羽根の顔をチラッと見てから言った。


「それが、その時はまだ『能力者』定義もなく、凶器や手段の特定には至らず、同じ状況が二度起きたことから、特例処置的な裁定を…」


…だろうね。


義継はここぞとばかりに隙を突いた。


「でしたら、今こそ『再査定』ですよね、特殊査定班の赤羽根博士。」


赤羽根はギロッと義継を睨んだ。


…狙い通りって訳ね。全く、兄といい、この弟といい。


「残念ながら、義継君、再査定とする対象事件を決めるのは私達ではない。県警本部でもない。警察庁刑事局よ。」


…警察の組織構造など僕の知ったことか。


義継は口調を強めて言い放った。


「肝要なのは、指名手配中の皆月岸人みなづききしとの犯罪を止めることでしょう。であるなら、母親を殺傷したのは湖洲香さんだと思っている岸人きしとに、死因を再調査することになった、と伝えることです。それだけであいつの暴挙は止まる!違いますか!」


崎真も赤羽根も黙っている。


「崎真さん、赤羽根さん、僕達を何だと思ってるんですか?未知の宇宙人かなんかだと思ってませんか?」

「え?」

「え?」


崎真と赤羽根は、義継の言い出したことの意図が解らず声を漏らした。


「あんたらと同じ人間です!岸人が、母親のかたきを討ち逃したあいつが、今どんな心境でいると思いますか?あいつはね、湖洲香さんを殺したいんじゃない。自分から母親を奪った者に心の痛みを思い知らせたいんですよ!」


義継は涙目になっていた。


「解るんですよ、僕には!母さんを奪われるって、どんなことなのか!もし、皆月陸子の死因が湖洲香さんではなかった場合、それを知らずに岸人が湖洲香さんを手に掛けたとしたら!このやり場の無い気持ち、後悔、自己嫌悪、懺悔!…少しは岸人のことも考えろこの無能警察が!!」


崎真も赤羽根も言葉を失った。

そして自分達の浅はかさに気付いた。

義継は、湖洲香だけでなく…岸人も救いたいと考えているのだ。


義継は肩で息をしながら、涙を一筋こぼした。


「義継さん…」


湖洲香も泣いていた。

だが、その表情は嬉しさをたたえていた。


義継は大きく息をはくと、


「暴言、すみませんでした。言いたいことは言った。後は煮るなり焼くなりしてください。寝ます。」


と言い、三人に背を向け、掛け布団を被った。

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