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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第二章
210/292

鏡映反転 1.

もう慣れたのだが、ここが閉鎖された病院の中なのだと思うだけで、やはりこの涼しさは気味の悪いものを感じてしまう。

幽霊と寒気。

それはいつの間にか常識のように知っていた相関だが、一体いつ誰に教わったものだったのか。


…やっぱりテレビかな。


ドラマ、アニメ、コメディアンの幽霊コント、それらが大袈裟にデフォルメして身震いと背後の幽霊を映し出す、それなのだろうな、と舟岡莉歩ふなおかりほは思う。

でも、現実には幽霊に出逢って寒気を感じたという経験は無い。

そもそも、舟岡は幽霊を見たことが無いのだった。


「便利、って言うのかしらね。」

『何がです?』


何がです? という言葉は頭の中に返って来た。

これにももう慣れている。

精神感応と呼ばれる超能力だ。

今日は一人で連れてこられた。

この『頭の中の言葉』を送る主、包帯だらけの男性は、今この一室にはいない。

いや、もしかしたら居るのかも知れないが、少なくとも肉体はここに無い。


「真夏なのに窓もクーラーも無いこの部屋が涼しいことよ。」

『ああ、ははは。何度も話しましたよね。温度調節は私の得意技です』


十六年前、逃げるように辞職した緑養りょくようさと、そこへ連れ戻される追手の捜索から文字通り逃げ回っていた数年間。

それを匿い、安心をくれたのがこの包帯の男だった。八年前のことである。

今尚不思議に思うことは、包帯の男に出逢う前の逃避行の八年間である。

幸運の連続としか言いようの無い偶然が、舟岡を自由の身であり続けさせた。

神様とか宗教とか、そういった信仰を持たない舟岡だが、それでもふと思ったりしたものだ。


…この包帯さんみたいに、カズ君が守ってくれてたりして。


カズ君……御笠一巳みかさかずみも超能力者だったと知ったのは、包帯の男と出逢った後だ。

本当は生きているのではないか。

変死体で発見されたと聞き、供養の祈りにも参列したが、遺体を見たわけではない。

もっとも子供の変死体など見ろと言われてもそんな勇気は無いのだが。

それが緑養の郷を辞めたいと思ったきっかけでもあるわけで……。

そして、彼は否定しているが、やはりふと過る疑念。


「なんか最近ますます思っちゃう。」

『何が……あ、またそのことですか。違いますよ。私は御笠一巳ではありませんよ』

「そう……本当かなぁ。」

『そんなに似ていますか』

「逢った頃はそうは思わなかったんだけど、幼い子供なのに勇敢な感じとか……」

『私は幼い子供ではありませんよ』

「そういう意味ではなくって、男の子の強さと可愛さ? どこか似た感じがするし、カズ君なら知ってるようなこと知ってるし。あの頃の緑養の郷のこととか。」

『これも何度も言いましたが、私は緑養の郷の関係者ではありません。あそこに詳しいのは……』

「超能力者の敵みたいな孤児院だから調べた、でしょ?」

『はい』


包帯の男は思う。

母性本能というものが見抜くのだろうか。

この舟岡に自分と御笠一巳があらゆる知識交換をした間柄であることは話していない。

にも関わらず、どこか似た感じがすると言う。

それは無理もないことだ。

自分が受けた不幸な境遇の実態から、様々な背景を御笠一巳から教わるに連れ、どこか考え方も似てきていると自分でも思うからだ。


「カズ君は笑顔が可愛かった。どこか反抗的なとこも、後で、ごめんなさい、って泣きそうで謝りにくるとこも全部可愛かった。本当に死んだのかな……」


包帯の男は自分の下層意識が流れ出さないようその遮断を調整しているが、もしそれが出来なかったなら、この舟岡を喜ばせる結果になるのだろうか、それとも悲しませるのだろうか、と考える。

舟岡の想像は正解だからだ。

半ば気紛れだと御笠本人の霊は言うが、舟岡の逃亡は御笠が手助けしていた。

彼女に気付かれぬように、追手の存在を察知させる。

虫の知らせのように、偶然を装いながら。

それは今の包帯の男よりスマートなやり方だったのだろう。

包帯の男が引き継いだ、というわけでもないのだが、警察の追手はもう舟岡を重要視していないところにきて、別の危険因子が現れた。

南條治信なんじょうはるのぶ

この探偵の嗅覚から逸らすには、毒を以て毒を制するとでも言うのか、彼に敵対視されている奈執なとりから『舟岡莉歩を捜してくれ』と言わせるのが効果的だ。

例え捜し始めたとしても、まず手を伸ばしてはこないだろう。

頭の片隅に置いたまま距離を取る、あの探偵ならそうするはずだ。

だが、第三の追手が意外なところから……いや、意外でもないか。

今まさに舟岡莉歩に迫っているのは……


岸人きしとさんが来ていますよ』

「きし、と?……え、あのよちよち伝い歩きしてた子? 皆月陸子みなづきむつこさんの?」


…余計なのも連れて、ね。


『岸人さんはもう高校生です』

「そうか、そうだよね、十六年だものね。ああ、あの皆月さんの息子さんが……養老研究所に来た招かれざる客って、あの子だったのね?」

『岸人さんはいいのですが、むしろ歓迎したいくらいですが、同行者が、警察なんです』

「え、警察……まだ私を捜しているの?」

『どうも別の人を捜して土佐清水まで来たらしいのですが、今更蒸し返したくないでしょう? 舟岡さんは普通に孤児院を退職されて所在の掴めない所で生活されていただけで、決して逃亡者とか脱走者とかではないですから』

「ん、ん、まぁ、そうだけど、そうか、いつも危ない時はここに隠れさせて貰ったものね。危ないと考えてくれたのね、警察だったから。」


…それもあるが。


包帯の男の本当の狙いは岸人をこのN病院へ誘導することだった。

予見していたわけではないが、機が熟したと言うべきか。

そろそろ会わせようと考えていたのだ。

彼に、彼の父親と。

一緒にいる喜多室きたむろは気絶でもさせて遠くへ飛ばしてしまえばいい。


『舟岡さんを、あなたと同じように、いなくなった子供が遺体で見つかるのを不気味に感じて辞めた他の保母職員さんが受けた仕打ちから守るためです』

「悪い風評が起きないよう口封じで閉じ込められた……」

『緑養の郷は真っ黒な暗黒孤児院ですよね、怖いです』

「う、ん……」


包帯の男が緑養の郷とその背後の警察を敵視している、と言ったのは初対面の時だった。

舟岡が心を許した理由は、包帯の男と一緒にいた男性、美馬詠泉みまえいみの息子の存在が大きい。

美馬詠泉は舟岡が緑養の郷へ就職した時の健康診断の担当医で、医師という高い学力を要される職にありながら腰が低くおおらかな女性だった。

だが、その詠泉も初対面から一年も経たずに亡くなった。

噂では衆議院選挙の候補者を襲ったテロリストとして逮捕されたとも聴いたが、舟岡にはそれがとても信じられなかったくらいだ。

とにかく得体の知れない怖さが、緑養の郷には付きまとっていた。


湖洲香こずかという子も、呪われた子だって噂だったな。


十六年という月日が悍ましい記憶を薄めてくれたが、それでもふとした時に蘇ってしまうあの恐怖感。

関わりたくない、という気持ちが心の奥底から這い上がってくる。


『ですから、四国からしつこく追ってきた警察を追い払う為に、仲間がここに一人来ます』

「ああ、一人じゃ怖かった……誰? 恒征こうせい君?」

『いえ、美馬さんではありません。少し若いですが、私や美馬さんと同じ能力者です』

「見つからないで済みそう?」

『私も遠くから援護しますので、安心して下さい』


申し訳ない、と包帯の男は内心で思う。

今から空間転移してくる能力者はスピリウルが使えない第二階層レベルだ。

美馬が口説き落としたとは言え、十八歳という若さは精神がどうよろけるか判らない。

喜多室は油断して抑えられる相手ではない。

そして、能力をどこまで会得しているか判らないある意味最も手強い使い手、皆月岸人。

自分の次元反転結界が破られたら……最悪の場合、舟岡莉歩は命を落とす可能性もある。

もちろん出来る限り守る。

気紛れとは言え、あの御笠一巳が守っていた女性だ。

一番敵に回してはいけないのは言うまでもなく御笠一巳であり、全てがどうでもよくなった、という心の有り様は……躊躇なく破滅を目の前にぽんと差し出すことも意に介さない、とも言える。

疑っているわけではない。

疑いだとか信頼だとかなど遥かに達観しているのが御笠一巳の霊なのだ。


…今頃また白楼はくろうは大騒ぎか。


『来ます』


清掃されているが殺風景な廃病院の地下一階の一室、青白い蛍光灯と内側から溶接されたドア、『隠れ家』という意味が無ければ不安に沈みそうになる部屋。

舟岡が椅子に座っている場所から四、五メートル離れたところに、テレポーテーション特有の透明な波打ちが起こった。

身を固くし椅子から立ち掛ける舟岡の目に、その空間の揺らめきが人の形を成していく様が映る。

不安げな瞳で、無意識に唇に指先を持っていく舟岡。


「お、お……」


軽い驚きの声と伴に前のめりに倒れそうになりながら現れたのは、体格の良い小肥りの少年で、真新しいカジュアルシャツとジーパン姿だった。


「お、おわ、おお……あ。」


倒れずに踏みとどまり姿勢を立て直す少年の目が、舟岡に気付いた。

舟岡は、恐る恐るという素振りで黙って会釈する。


「ああ、の、あ、まず名乗れ、で、あ、私、けいさ……え?」


彼は何かに耳を傾けるような表情をした。

舟岡は思った。

誰かと頭の中の会話をしているよう、かな、と。


『警察庁とか白楼とか余計な肩書きは付けなくていいよ』

『はい、判りました、美馬さん』


「すみません、こんな金色や白い光がふわふわ浮いてるなんて知りませんでしたので、少し驚きまして……」

「え? 光? どこに?」

「ああ、ですね、非能力者の方でしたね。すみません。私は棚倉仁たなくらじんと申します。使い手です。」

「ど、うも、舟岡です。」

「どうも。美馬さんにあなたとこの部屋を守るよう言われて来ました。部屋の外の様子を視るのと、捜索者が攻撃してきたらガードします。」


『私は大事な用があり少しテレパシーが出来なくなる。自分の意思でそこにいる、という事を忘れないでくれ、棚倉君』

『はい。久しぶりに人間らしい時間を頂きました。この先も正当な釈放を主張して刑事局には……』

『そういうのはいい。必ず守るんだよ、その女性を』

『はい、美馬さんもお気を付けて』


白楼第二能力者ラボ教育生、棚倉仁。

白楼事件の時に岸人に『パンダ』とアダ名された様に、棚倉の『灰色』には『白』が混在するツートーンの『光の帯』を持つ。

特査の分析では理性色とされる『白』だが、それが飲み込まれず残るということは刑事局の教育をどこか冷静な目で見ている一面が残っていることを意味している。

美馬が目を付けたのはそこだった。

『灰色』になっているという事は、ラボ教育を身になるレベルで理解し刑事局の正義も定義として受け入れているということだが、感情の全てをそこへ捧げることに対し掛かる『ブレーキ』をまだ解体していないからこそ白い部分がある。

刑事局の『治安維持』『犯罪撲滅』『危険分子の摘み取り』が正義として棚倉の中に確立されたなら、『白いブレーキ』でその解釈範囲を全て検討してみろ、と美馬は彼に提起した。

『灰色』の棚倉は全身凶器である自分を謙虚に理解し、国の治安を守る為に手を尽くす方針は揺るがず持っている。

では、国の治安とは具体的にどういう状態にすることか、と深掘りした時に、『白』の部分がどうしても気付くのだ。

犠牲になって良い国民などただの一人もいないという、民主主義の中の治安というパラドックスに。

棚倉にとって刑事局の『疑うな』というキーワードは、彼の『灰色』を先天色に戻しかねない起爆剤の火薬だった。


『強制など誰もしない。自分で考えろ』


美馬のシンプルな言葉。

棚倉はまだ考えている。

だが、愚かではない賢い棚倉は動いた。


…行動しながら考える。金色の使い手を一人の人間としてその思想と主張を聞き、検討する。


簡単なことだ。

判断は誰が下すのか。

それは『誰』と特定されていいものではないのだ。

では、治安維持とは何か。

考えれば考えるほど、衝突は防げないではないか。


…ならば、衝突しても誰も怪我をしない社会だろう。


マルニクレヤボヤンスを発動する棚倉。


「え……」


水色だ。

青が来てる。

あの、青白いやつ、皆月岸人が……


白楼事件での凄まじい『水色』の攻撃力が、いや精神力が思い出される。

同時に、『水色』と『銀色』の板挟みとなっていた自分達を救いあげてくれた『赤』も頭を過る。

棚倉は基本的に防御気質の性格をしており、自ら敵陣に攻め入る、という事を無鉄砲な行為と見るところがある。


…防御こそ最大の攻撃、ということになぜ気付かない、水色。


そして慎重にあらゆる想定をしてみる。

白楼では『銀色』である蓮田忠志はすだただしというターゲットがあった。

性懲りもなくここにも攻め入る『水色』の今のターゲットは何か。

この舟岡という非能力者なのか。

それとも標的ではなくこの女性を助けに来ているのか。

その場合のターゲットは『金色』ということになるか。

では、『水色』は、『金色』が舟岡に何をしたと思っているのか?

必要な情報収集は、まず……


『金色の使い手、あなたは皆月とどういう関係にありますか』

『手を組むべき同士、でしょうか』

『……』


「舟岡さん、」

「はい。」

「皆月岸人は、あなたとどういう関係ですか。」

「ええと、保母と児童、でした。」

「それだけ、ですか?」

「あと、岸人君の母親にはとても良くご指導もらったかな。」

「……」


喜多室さんは皆月に付いてきた保護観察者に過ぎない。

『金色』にとって皆月は同士。

舟岡さんにとって皆月は擁護児童。


…と言う事は……


棚倉は気付いた。

『金色』か舟岡、どちらかが真実を隠している。

真実とは言わないまでも、画策か裏の目的がある。

彼は舟岡の表情を改めて見た。

嘘や隠し事をしているほど余裕があるようには見えない。


…『金色』に注意、か。


『いえ、喜多室に注意、です』


棚倉は心地良い涼しさのこの部屋の中で、額に汗を浮かべた。

丸ごと読まれているのだ。

自分の『光の帯』を出している時は、一方的に思考を読まれているのか。

クレヤボヤンスを解いたら迎撃の準備が出来ない。

これはある意味、白楼教育と同じ支配下に置かれているということではないのか。


棚倉は一旦心を落ち着け、岸人の『水色』と喜多室の『薄緑』に集中した。

彼の『灰色』の部分が言う。

不利を有利に運ぶ入り口は、精神統一と疑念の排除だ。

そしてそれはあくまでも入り口に過ぎないぞ、と『白』が言う。

十八歳の『灰色の成り損ない』が、守るべき舟岡莉歩の前に立ち、心を鎮めて挑む。

無敵の『水色』と、何があっても折れない『薄緑』と、得体の知れない強大な『金色』に。

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