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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第二章
208/292

偽悪の重力 9.

土曜日に部員全員が出てくるなんて何ヶ月ぶりだろう、と遙香はるかは思う。

休校日の練習は自主参加となっている桜南女子バスケ部にあり、五、六人集まればいい方でゲームも出来ないのが常であった。

明日に一年の交流試合を控えているとはいえ、監督の教員もキャプテンの桐山きりやまも一切強制はしていない。

にも関わらず、一年だけでなく二年も五名全員出て来ていた。


「どうせやるでしょ、二年対一年のゲーム。人数合わせ。暇だし。」


二年の佐藤陽葵さとうひまりの言葉に、遙香は一瞬立ち尽くしてしまった。

言葉面だけ追えばやる気の薄い表現だが、陽葵の目は決して冷ややかではない。

一年のために、チームのために。

そういう目。

陽葵の変わり様に遙香は背筋にぶるっと震えを感じた。


「うん、やるよ! 一年に思い知らせてやろ、私達の実力!」

「ないない。実力なんてこれっぽっちも。」


陽葵は人差し指と親指で小さな隙間を作って見せ、笑った。


32対28。

わずか2ゴール差で負けた一年チームは口数も減り、ぐったりとして昼の十二時を迎えた。

まりもがボールを持ったままゴールを見上げて佇んでいる。


…七回も打ったのに、一個も入らなかった。


そこへ愛彩いとあが歩いて来た。


「ご飯食べよ、一緒に。」

「あ、うん……ごめんね、パス、十回もくれたのに。」

「モーション早い証拠。」

「え?」

「ブロックされたの三本、七本リングに行った。遙香先輩、身長百六十七。読まれたパスもあった。マリモちゃんのモーション早いから七本も打てた。」

「え、でも、私のが三個入ってたら勝ててたのに……」

千恵ちえちゃん言ってた。とにかく打つのが今日の練習。」

「あ、うん、でも、明日もう試合……」

「四月に先輩達と最初のゲーム、何本打った?」

「え、最初は、あれ、あ、一回シュート出来た。リングにも当たらなかったけど。」

「じゃ七倍上手くなったね、マリモちゃん。」

「え、ううん、愛彩が十回パスくれたから……」

「そんな簡単にパス通せない。マリモちゃんポジション取りもちゃんとやってたから。さっきの、ドリブルの途中で落としていくの、明日もやるよ。打って。」

「うん、わかった。」


愛彩の早口で尻上がりに訛る言葉が、柔らかく暖かくまりもに入ってくる。

本当は自分でどんどんシュートしたいんだろうな、とまりもは思った。

弁当を持って体育館の隅に座りながら、膨らんでいく不安でまりもの頭はいっぱいになっていく。

スモールフォワードは点取り屋だと先輩にも言われた。

まだまだ役割が果たせない。

28点のほとんどは舞衣まい美岬みさきの得点だ。

美岬はセンターの遙香と絡まり何度も転倒していた。

舞衣は鋭いドライブで中へ切り込み、誰よりも高くジャンプして点をもぎ取っていた。


「役に立たないな、私……」


弁当を突きながら、つい溢れてしまったまりもの言葉に、愛彩は思った。

舞衣や美岬と自分を比べ始めたこと自体が驚くべき進歩だ、と。

だが、どう言えばそれが上手く伝わるか判らず、黙ってまりもに笑顔を向けた。


「舞衣、知らない?」


愛彩とまりもが見上げると、険しい表情でパンをかじっている美岬が立っていた。


「午前中で上がるって。なんか用事あるって。」

「へ? まじ?」

「うん。言ってた。」


美岬の表情はますます険しくなり、パンの残りを口に押し込むと腰に片手を当てて横を向き、もぐもぐ口を動かしながら何か考え込んでいるようだ。

そして、クシャッとパンのビニール袋を握りこむと、


「明日だってのに!……」


と捨て台詞を残し、二人から離れて行った。

美岬は舞衣にワンオンワンを申し出ようとしていた。

明日の試合相手、城東槍塚じょうとうやりのつかの一年センターは身長百七十八センチだという。

美岬より九センチも高い。

パワーでも高さでも勝てないかも知れない。

先の二年との試合で遙香の腰の重さに押し負けていた美岬は、ゴール下のポジション争いをスピードでカバーする舞衣のプレイを少しでも盗みたいと考えていた。


…入らない。うちのシュートは入らない。オフェンスリバウンドを抑えないとどうにもならない。


美岬は、意を決して三年の巻谷まきやの所へ行った。


「あの、巻谷先輩、」

「ん?」

「あの、すみません、午後、ゴール下、ポジションの取り方、教えてもらえませんか。」

「なによ、散々教えてるでしょ。」

「はい、いえ、あの、出来れば、ワンオンワンを……」


巻谷の横で同じく三年の津田つだが肘で巻谷を突っついた。

その横で桐山も意味深に笑っている。

その表情は、ほらね、といった感じだ。


「ふぅん。いいよ、やろっか。」


ポジション争いとワンオンワン……という事は、おそらく美岬は自分のターンのシュートを外してくる。

溢れた球を奪い合う練習をしたい、ということだろう。


『いつ挑んでくるかねー、柳井。』


少し前に津田が巻谷に言った言葉。

そして桐山の言葉。


『遙香っぽいとこありそうね、柳井。』


ユルい雰囲気の蔓延していた女バスだが、それでも一年が三年にタイマンを申し込むのは勇気がいる。

経験差や実力差と言うよりも、二年の顔を潰しかねない行為だからだ。


「ありがとうございます!」


美岬は大振りに頭を下げた。


「ちゃんと遙香にも一言入れときなね。」

「あ、はい!」


負けたくない。

城槍にも勝ちたいが、それよりも舞衣に負けたくない。

リバウンド数、得点数、明日は絶対に舞衣を上回りたい。


…試合の前日に用事とか、ちょっと上手いからって、ナメてる。


前日にじたばたしても遅い、とか余裕を見せているのだろうか。

男とデートとかだったらぶん殴ってやりたい、とやや斜めな怒りまでもが美岬の頭を過っていた。


…ああ、やっぱなんかムカつく、舞衣。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


…なにこのチャラチャラした人。


城下桜南高校まで舞衣を迎えに来たのは茶髪にピアスの姿勢の悪い若者だった。


「ほお、噂通り激カワっすね。アイドルグループにもいないレベルっす。」


紅河くれかわもこの二十代の青年に眉をひそめた。

だが、この青年をよく知る湖洲香こずかだけは丁寧な態度で接している。


「ご苦労様です、結姫ゆうきさん。お忙しいのに。」

「楽勝っす。俺は警察庁まで。あとは鏡水かがみずさんがお連れするらしいっす。」

「わかりましたわ。」


どこか頼りない青年の運転に舞衣は一抹の不安を覚えたが、車が走り出すと法定速度をきっちり守る丁寧な安全運転に、思わず口走ってしまった。


「人は見掛けによらないね、紅河さん。」


…聞こえてるよ舞衣ちゃん……


「ん、ん。」


気不味い空気にどう答えていいか判らず、紅河は言葉を濁した。

湖洲香が助手席でクスクスと笑い、門守は平然と運転している。


「あ、コズカちゃん、あれ、シキハモ、見た?」

「しきはも?」

「長編アニメ。四季はあなたの波紋に揺れて。」

「まあ、またお奨め?」

「泣くよ。」


それ見た……と舞衣は内心で独り言ちた。


「まあ。どんなお話ですの?」

「ネタバレすると感動半減っす。ちょっと話すとね、主人公の男が子供の頃に友達と海に遊びに行こうとするんすけど、友達と会う前に大人の女に誘拐みたいに連れ去られるんす。」

「まあ……怖いお話ですの?」

「怖くない。んで、男は海に行けないんすけど、海に行った友達は大波に飲まれて死んじゃうんす。」

「なんか怖いですわ……」

「んでね、友達と海に行ってたら主人公も死んでたかも知れない。誘拐されて助かった的な、女の人は何者? みたいな……あれっすね、タイムリープものっす。」

「あら、時間遡行ですの?」


泣いた、泣いたな……と舞衣はストーリーと作画の美しさを思い出す。


「うん。見てみ。DVD貸すよ。」

「んー……時間遡行って、何か反則な気がしますわ。そんなことありっこないのに。」

「ファンタジーだし。面白いよ。」

「過去に戻れるなら、私だってお母さんに謝りたいですわ……」


ハンドルを握りながら門守はしまった、と思った。

理由は詳しく知らないのだが、赤羽根から湖洲香の前で母親の話はNGと聞いている。

タイムリープから母親に繋がってしまうとは……気付かなかったとは言え迂闊だった。


「あー、んじゃ、そんじゃあね、コズカちゃんスポ根好きっしょ。」

「努力と友情ですわね。大好きですわ。」

「逆さの水平線、アニメ化、見た?」

「え!? アニメになってるんですの!?」

「去年っすね。アニオリ結構入ってるっすよ。」

「見た!」


舞衣が後部座席から身を乗り出して口を挟んだ。


「お、見た? マコッチのハンドリングのスピード感ハンパないねー。」

「まあ! やっぱりあの試合が見せ場ですのね!」

「マコッチいきなり覚醒だね! 震えたー。でも凄い努力してたしね!」

「挫折からの覚醒、うおーって感じだったっす。」

「だねだね。」

「見たいですわ。マコッチどんな声かしら。結姫さんDVD持ってますの?」

「買う。全巻買っちゃうよもう。コズカちゃんの為なら買うっす。」

「まあ。」


…全くわからん。


紅河は興味無さそうに窓の外を眺めていた。


警察庁に到着し、門守はとんぼ返りで県警へ戻った。

舞衣たち三人は鏡水と合流し、地下道を通って白楼はくろうへ向かう。

二度目の地下通路の景色に、舞衣はふと思い出す。

あの時、自分も超能力を使ってたな、と。

重なって思い出される父親の面影。


…何かあったらまた守ってね、お父さん。


運転席の鏡水はクレヤボヤンスで舞衣と紅河を視る。

紅河淳という少年は本当に非能力者なのだな、と改めて彼に関する報告書の数々に驚く。

そして、房生舞衣のように一度発現した能力が消えるという事実も目の当たりにし、考える。

能力消失はどんなロジックで起こるのか、と。


白楼に到着すると鏡水は三人をβ棟の地下六階へと案内した。

そのフロアの一室から三十代の男性が出て来て、軽く会釈をする。


「刑事局捜査課の碓氷うすいです。」

「お疲れ様です。」

「紅河です。」

「房生です。」

「ありがとうございました。替わります。」


鏡水は湖洲香たち三人を碓氷が出て来た一室へ入るように促した。

室内は二十畳くらいの広さで、壁際には薬品棚や書類棚が並んでおり、病院の事務室の様な雰囲気であった。

鏡水は椅子を勧めつつ、静かに言った。


若邑わかむらさん、視えていますね?」

「はい。隣の部屋に狩野かのうさん、反対側の通路の突き当たりから三つ目の部屋に栂井翔子とがいしょうこさんがいますわ。」

「はい。私はここで監視させて頂きます。お三方は隣の狩野のいる部屋へお願いします。おそらく狩野ももう気付いています。ここで変に長話すると彼を警戒させてしまうでしょう。後はお任せ致します、若邑さん。」

「承知致しました。房生さん、」

「はい。」

「博士から。桜南高校に来た理由をまず聴いてみて、何も答えなかったら、房生さんがここに来た経緯、何も話さない狩野さんが房生さんになら話すかも知れないと言われて連れて来られた、と正直に事実を話してしまって下さいって。」

「え、それじゃますます黙り込んじゃうんじゃないですか?」

「多分そうはならないって。」

「だって、なんか頼まれたから来た、みたいに、他人事みたいに言ってしまったら……」

「それでいいの。だって、それが事実ですわよね。」

「うん……と、何か悲しいこととかで塞ぎ込んでるなら、ちょっと聞いてあげたいなって私も少し思ってて……あの、ムギホノミさんていう人のこと、聞いたらダメですか?」


湖洲香は軽く微笑み、ちらっと鏡水へと視線を向けた。

鏡水はそれを受けて頷いた。


「房生さんにお任せしますわ。」

「あ、はい。」


いざ任せると言われると緊張するが、狩野が今どんな気持ちでいるのか分からないと何を話していいのかも判らない。

舞衣は自分の役割をこう解釈していた。


…何もわかってない私を、狩野君は見抜く。だからきっとわかってない私が必要なんだ。


舞衣は椅子から立つと隣の部屋へ移動した。

湖洲香と紅河がその後に続く。

紅河は岸人きしとの名を持ち出して狩野をこの白楼へ帰らせた張本人だ。

頭の中で狩野と話した事を整理し、与えるべき手土産を頭の中の引出しから引っ張り出した。


「失礼しまぁす……」


舞衣が部屋に入ると、狩野は壁に背を付けてベッドに座っていた。

足をだらし無く放り出し、両手もダラっと下げている。

入って来た三人に見向きもせず、だが、その目は虚ろながら開いていた。


「こんにちは、中二病君。」


狩野は身動ぎ一つしない。

顔は少しやつれて見える。

舞衣は気になったことをそのまま口にした。


「あ、ね、ご飯ちゃんと食べてる?」


狩野は瞬きをし、視線だけジロッと舞衣に向けると、また瞳を真っ直ぐ戻した。


「食べてないんでしょ。」


舞衣は自分の携帯電話をポケットから出すと時刻を見た。

十五時を少し過ぎている。


「お昼ごはん食べた?」


相変わらず狩野は黙って空を見つめている。

舞衣はドア付近に立っている湖洲香へ振り向き、聞いた。


「湖洲香さん、ここって、調理場とかありますよね。病院みたいだし。」

「え、ああ、あると思いますわ。無いと大変ですわね。」

「私ね、実はどこかでお昼食べれると思ってお弁当作ってこなかったの。バスケして学校でシャワー浴びてそのまま来たからお腹ペコペコ。」

「まあ、食べてないの?」

「うん。時間が中途半端だし、自分で作るから、ご飯作らせてもらえませんか?」


さりげなく無茶なこと言ってるな、と紅河は内心で苦笑した。

ここは警察庁の秘匿施設、白楼だ。

狩野から話を聞き出すことが目的で来ているのに、自分が空腹だから何か作らせろと言っている。

舞衣も大概に天然だな……と思い掛けて、紅河は、ん? と考えた。


…赤羽根さんの狙いって、この状況無視的な天然舞衣ちゃんをぶつけることか?


「ええと、私に言われても……ねえ、狩野さん、次のご飯はいつかしら。」


紅河は少し面白くなってきたな、と思った。

湖洲香も徐々に天然ぶりを発揮し始めている。

そもそもが次の食事と言っても舞衣の分などある訳がない。


「ねえ狩野さん、黙ってたら困るのよ。房生さんお昼食べてないんですって。」


普通こんな状況ならそんなもの我慢するだろう……と、紅河は吹き出しそうになった。

なぜなら、湖洲香も舞衣もその表情が真面目だからだ。


「……いいや、狩野君が知らないなら自分で聞いてみる。ちょっと待っててね、狩野君。」


そう言うと舞衣は部屋を出て行ってしまった。


「まあ。ちょっと、房生さん一人じゃ心配。付いて行きますわ。狩野さん、紅河さんと喧嘩しちゃ駄目よ。蓮田はすだ班長に飛び蹴りしたり、結構強いのよ紅河さん。」


言うや否や、湖洲香も部屋を出て行ってしまった。


「ぷっ……くっくくく……」


遂に紅河は声を出して笑い始めた。


「あの二人、まじか……くくふふふはは……行っちゃったよ、どうするよ、狩野君……くっくはははは。」

「……ってよ、あんたも……」


掠れた小さな声が狩野の口から漏れた。


「あ?」

「出てってよ、紅河、あんたも……」


紅河は狩野の言葉を聞き取り、腕を組んでドア付近の壁にもたれた。


「出て行くのはいいけどさ、もともと俺は関係無ぇし。武儀むぎさんが命を落とした原因、能力者狩りか? いいのか、何も知らないままで。」


狩野がゆっくりと上体を壁から離し、血走った目を紅河に向けた。


「何か、判ったの?……」

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