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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第二章
207/292

偽悪の重力 8.

高知龍馬空港に降り立った喜多室きたむろは、空港構内を出た途端その蒸し暑さに思わず顔を歪めた。


「さすがに高知は高温多湿だな、岸人きしと君。」


横を見ると、だが岸人は涼しい顔をしている。


「午後、雨って。」


その言葉を喜多室は、少しは涼しくなる、という意味合いで言っているのだろうな、と捉えたが、やはり岸人は少し不機嫌で口数が少ない。

テレポーテーションの禁止を外出条件とされた事が未だに不満らしい。


押塚おしづか警視が頑張ってくれたんだ、出られただけでも感謝しよう。」


岸人はそれに答えず、黙ってレンタカー店舗へと向かって歩き出した。

喜多室はふと、義継よしつぐと岸人を比べてしまう。

白楼事件の日、赤羽根と雅弓まゆみの追跡を伴にした義継は口数の多い少年だった。

だが、関係の無い無駄口は叩かず、話し口調はどこか理屈っぽい。

それでもどこか喜多室と協調しようという意識は垣間見られた。

それに比べ、岸人はとにかく無口だ。

まるで一人旅でもしているかのように、喜多室は無視されているような感覚さえ覚える。

だが、他人との接し方、電車や航空機の隣席の他人への配慮の仕方などは自然な振る舞いを見せていた。

義継は他人に対しどこか身構えるような、関わりたくないといった感を明からさまに見せる。

人間嫌いを公言している義継に対し、岸人にそれはなさそうに見えた。


レンタカーを借り入れた二人は土佐清水市の養老を目指す。

車だと三時間近く掛かる距離だ。

助手席の岸人の顔は、テレポーテーションなら一瞬なのに、とでも言いたそうに喜多室には見えた。

あしずり港沿いの海岸道路を過ぎ、小さな川を渡ると、喜多室は海とは逆の山地へと車を向けた。

小雨がフロントガラスを点々と濡らし、インターバルワイパーがそれを拭い去る。


「岸人君、君の父親がここで消息を絶ったというのは誰から聞いたんだ?」

「父さんて言うか、遠熊とおくまの助手。大学の人から。」

「ん? 大学院の関係者からか。」

「うん。父さんじゃないかも知れない。遠熊の助手をした人がここから帰ってこないって。」


遠熊所長の研究助手となると、皆月真人か美馬詠泉のことになる。

或いはその二人ではない可能性もあるが、美馬詠泉は死亡が確認されていることから消去法的に皆月真人、か。


「それが1997年か。」

「いや、それが、1995年だって。」

「ん? 合わないだろ。君が産まれたのが1997年だったら。」

「まぁ、そうだけど。こういうの確かめていかないと進まない。」

「そうか……ん。」


喜多室は車を停めた。

民家は既に見られなくなり細い山道に入っていたのだが、道が二手に分かれており左へ向かう道には鎖が一本掛けられ道を塞いでいる。

岸人が得ていた所在地は、既にこの辺一帯が同じ番地になっているようだ。


「建物の名前は?」

「養老出張所だか、養老医療所だか。」

「それは大学の関連施設か?」

「そこまで聞かなかった。」


雑だな、と喜多室は思ったが、十七歳の素人少年の捜査などそんなものか、とも思った。

鎖の掛かっている道のわだちの状態を見ようと喜多室がドアに手を掛けた時、岸人が助手席でビクッと動いた。


「どうした?」


岸人は無言で外の一点を見つめている。

その視線の先を見て、喜多室の身体に緊張が走った。


…いつの間に。


鎖が掛かっている道の先は登り坂で緩やかに左へカーブしているのだが、その曲がり掛けの所に子供が立っている。

距離にして十メートルくらいだろうか。

ワイパーがフロントガラスの水滴を拭った直後、その子供の顔をはっきりと見た喜多室は息を飲んだ。


…あれは、いや、まさか。


似ている。

廃病院で出逢った子供の霊、特殊研究班の捜索で殺された使い手、御笠一巳みかさかずみに。

喜多室は運転席のドアを開け車の外に出た。

だが、その一瞬の間に、子供の姿はもう無かった。

クレヤボヤンスを発動する喜多室。


チャッ


岸人も車から降り、ボソッと呟いた。


「多分、こっち。」


そして岸人は水色の『光の帯』を鎖へと伸ばし、それを斬った。


「それは、どういう意味だ?」

「あの子供、多分幽霊。父さんを探し始めてから時々見る。」


喜多室のクレヤボヤンスには今の子供の行方は掴めなかった。

御笠一巳の霊体も、生きた子供の魂も、子供のいた周辺には何も見当たらない。

所々に地縛霊のようなものはぼんやりと視える。

だが、それはどこにでもいる見飽きた光景だ。


「あの子供、岸人君には追えるか?」

「いや、すぐ消える。多分飛んでる。」

「テレポーテーションか。」

「多分。」


あの金色の使い手が関係している場所なのだろうか。

来るな、と示唆しているのか。

それとも逆に誘っているのか。


「何か被害は受けたか?」

「なにも。」


どちらにせよ、今のが御笠一巳の霊ならば取る行動は一つだ。


「行くぞ、岸人君。」


二人は車に乗り込み、鎖の道へと進んだ。

十五分ほど走ると、突き当たりには開け放たれた門があり、一見役所のような三階建ての建物が敷地内にあるのが見えた。

敷地は二メートルくらいの高さの壁で囲われている。

門柱には施設名が縦に書かれている。


芳明医科大学養老研究所


「出張所でも医療所でもないな。」


冗談半分のつもりの喜多室の突っ込みに岸人は、どうでもいいだろ、といったニュアンスのため息で応じる。

ゆっくりと車を敷地内に入れると、喜多室は携帯電話を取り出した。


「……喜多室です。至急調べて欲しい。芳明医科大学養老研究所、今も使用されている施設かどうか。所在地は……」

「いる。」


電話をしている喜多室の横で、岸人はクレヤボヤンスを発動していた。

その、いる、という言葉にチラッと視線を岸人に向ける喜多室。


「……はい、うん……権利書は?……うん……間違いないですね?……了解です、ありがとうございました。」


電話を切ると喜多室は言った。


「あれは一階だな。一人か。」

「うん。」


喜多室のクレヤボヤンスにも映っている。

一階の一室に、生きた人の魂の光、非能力者のものが一つ。

車を透過させて建物内へ伸び掛けている水色の『光の帯』を、喜多室は制した。


「ちょっと待った。情報だ。この施設は芳明医科大ではもう使われていない。1994年3月に閉鎖。その後、ある実業家が買い取っている。杉浜光平すぎはまこうへいだ。」


それを聞いた岸人が、一瞬喜多室に視線を向けた。


「その顔は、知ってそうだな、杉浜の名を。」

「緑養の郷に、金出してた人。」

「なるほど、その線で知った名か。」

「見てくる。誰なのか。」


岸人が止めていた『水色』を再び伸ばし始めた時、急に雨足が強くなってきた。

何気なくハンドルに掛けた喜多室の手に、パチっと静電気が走る。


…ん?


湿度が高いところでは起こりにくい帯電。

まさか、と思いクレヤボヤンスを上下にも向けた喜多室が唐突に叫んだ。


「動くな岸人君! ドアや窓に触るなよ!」


薄緑の『光の帯』を素早く車外へ伸ばし、車全体をドーム状に覆った直後、


ビシャアッ!


その『薄緑』に雷が落ちた。

岸人のクレヤボヤンスも捉えた。

上空と地中に、赤い筋が脈打つ金色の『光の膜』を。


「誰? この金色。」

「警察も追っているがまだ判ってない。」

「ふぅん。」


岸人は『水色』を使って助手席のドアを開けると外へ出ようとした。


「待て、何をする気だ。」

「この中の人、連れ出す。」

「迂闊に動くな。」

「放電は止められるでしょ。どってことない。」

「待てと言っている! マルサンは温度や空気密度を操れるんだ。瞬間的な真空を作られたら身体をズタズタにされるぞ。」


喜多室は『薄緑』で助手席のドアを閉めた。

岸人は目を左右に泳がせた。


「なら、あの人を包んで建物から引っ張り出す。『光の帯』で包まれてればその中の空気は……」

「残念ながら次元を超えた空気成分操作は第一階層の『光の帯』がどう作用するか、それを超えて作用してしまうのか判っていない。危険だ。」

「このままここにいても同じだと思うけど。」

「いいか、私達が現れてから『金色』の攻撃が始まった。と言うことは、金色は建物の中の人を襲う気は無かった。それが、私達が手を出したことであの人を危険に晒すのは避けたい。」

「え、でも……」


岸人が斜め上を指差した。

上空の『金色の膜』が縮みながら建物へ向かって降りてくる。

その『金色』は建物を透過し、中の人に向かって収縮していった。

そして人を包み込むと、その非能力者と共に消えた。

雨が小雨になってくる。


「確かめられなかった……父さんだったのかどうか……」


岸人が悔しそうな表情で言った。


…御笠一巳、金色……


「岸人君、追うぞ。」

「どうやって。」

「許可する。テレポーテーションを頼む。」

「どこへ。」

「都内の閉鎖された廃病院、N病院だ。」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「遅くなった。」


南條探偵事務所に駆け込んできた治信はるのぶは、先に到着していた義継と紅河の前に牛丼弁当を置くと、タバコに火を点けながらデスクのパソコンを起動した。


「僕はいいや。紅河クン、二つどうぞ。」

「義継クンがまともなもん食べてるところ見たこと無いな。」

「人前で食べるのイヤなんだ。」

「ふぅん。」


治信はプリンターから印刷したものを取ると、二人の座るソファの所へ来て座った。


「インターハイ前に悪いな、紅河君。食べ終わったらでいい。ちょっと目を通してくれ。」

「ん、なんすか、これ。」

「君が言っていた皆月の父親に関係する人物の相関図だ。青い矢印は事実確認が取れている。赤い矢印は私の推測だ。」

「相関図、すか。」


紅河は食べながら印刷物を見た。

治信が来る前に義継から聞いた人物の名がほとんど網羅されている。


「この、美馬なんとかって……」

美馬詠泉みまえいみ、美馬恒征の母親。杉浜衆院選に有利な状況を作った無人テロ事件の首謀者とされて逮捕、逮捕直後に死亡している。」

「ふぅん……え? それを緑養の郷の佐海が千里眼で犯人特定?」

「そういうことになっているな。」


牛丼を口に押し込みながら、紅河は相関図に見入っている。


「んむ……んー、おかしいな、これ。」

「何か見えたか?」

「待って、んむ、下さいね……」


牛丼を一つ食べ終えた紅河は、相関図とは別の紙に列挙されている注釈にも細かく目を通した。


「あれ、これ、1995年て、遠熊の実験で産まれた使い手って……」


その言葉を聞き、興味無さそうにスマホをいじっていた義継も紙を覗き込んだ。

治信が言う。


「その使い手の注釈を全部見れば判るだろう。が、今それが誰なのかは関係無い。」


その注釈には『1997年 若邑美湖殺傷、1998年 蹴蘭山研究所へ幽閉』とあった。


湖洲香こずかさんは医療操作で作られた使い手だったのか。


紅河は少なからず驚いたが、確かに今それは関係ない。皆月真人に繋がる線と矢印を見ながら、確保対象となった使い手達と岸人の状況の違いを推察してみた。


「青い線は確定、赤い線は推測……んー、やっぱおかしいですね、これ。」

「どこがだ?」

「ええと、どこから話せばいいかな……おかしいと思う所は、美馬詠泉がテロの主犯、って所です。もしくは、それを佐海藤吉が見つけた、って所。」

「なぜそう思う?」

「んと、ちょっとこの資料だけでは情報が足りないんですけど、杉浜に有利になるテロを起こす動機があるとしたら、この人です。」


紅河が指差した人物は、皆月真人だった。


「あと、その頃の刑事局には遠熊蒼甫とか古見原一成とか、蓮田は隠していたのか知りませんけど、使い手職員がいるわけですよね。どうして佐海藤吉が捜査してんの? と単純に思いました。だってさ、1997年て蓮田が十歳の根津ねづさんを連れてまで『能力者狩り』をしてた年でしょ。佐海藤吉は緑養の郷の使い手孤児、野神のがみさんなんかを監視するので手一杯な気がしますけど。」

「ふむ。」


佐海藤吉については甘い推察だが、それよりもテロの動機を持っているのは岸人の父親、真人だ、とする根拠を聞いてみたいと治信は思った。


「皆月真人の動機について教えてくれ。」

「はい。岸人は母親を亡くしてから能力が発現したと言ってます。母が亡くなった時まさに緑養の郷に岸人はいたわけですから、佐海藤吉が能力者の証である魂の明滅に気付かないわけがない。岸人は能力者になったと断定されて、父親の真人は言われたはずです。岸人を緑養の郷で預かる、と。けどそうならなかった。と言うことは、父である真人は何か交換条件を飲んで岸人を緑養の郷から守ったんじゃないか、と思ったんです。」

「それが無人テロの実行、ということか?」

「はい。」

「ん……」


それも弱いな、と治信は思った。

だが、無くは無い、とも考える。

紅河の思考、岸人は何かに守られた、という観点から追うとそう見えるのは分からなくもない。


「ありがとう。可能性の一つとして検証してみる。それと、ここ、この空欄なんだが……」


治信は人物相関図の空欄を指差した。


「金色の使い手、これ、誰だか思い付くか?」


紅河は食い入るように紙を眺めた。

その視線が上下左右に小さく、何往復も動く。


「んーと、仮説段階の赤い線も正だとすると、杉浜ってやつ、遠熊と若邑兼久の研究に出資して、伴瓜ともうりの母親も襲わせてるってことは……ちょっと飛躍した推理ですけどいいすか?」

「ああ、聞かせてくれ。」

「伴瓜が杉浜の子だってことは、母親を亡き者にして伴瓜自身に能力を発現させようとした……上手くすれば遠熊と若邑が産み出した人工的な使い手も手に入れたかった、けど両方失敗……手に入れたいんですよ、自分の子として能力者を。」

「で?」

「杉浜の実際の奥さんには子供が出来ない。ならば、伴瓜とは別にまた外に子供を作って、その胎児に医療操作を加えて第二の湖洲香さんを作らせた。それが『金色』……とか。」


治信は数秒紅河を睨むように見て、そして彼の手から相関図の紙を取った。


「まあ食え、牛丼もう一個、紅河君。」

「ああ、どうも。」


…驚いたな。私と同じ推理をしやがった。


そう、治信の推理ではこの1997年に『金色』はまだ産まれていない。

杉浜の二人目の私生児、山本光一。

十三歳の少年。

聞いた話では湖洲香を会わせにくいような状況を自ら作り出しているという光一少年。

鬱で筒波精神病院に服役中の山本公子の息子。


…裏付けに動きたいが手が足りんな。


雅弓まゆみからの着信の電波中継基地局も判明した。

神奈川だ。

山本光一が『金色』という推理を裏付けるには、医療操作を施せる唯一の人物、若邑兼久を探し出さなければならない。

崎真の情報に紅河のフィルターを通したものに治信自身の推理を加え、情報整理に取り掛かる治信。

カタカタとキーボードを叩く音が響く中、紅河は二つ目の牛丼を五分で平らげていた。

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