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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第二章
203/292

偽悪の重力 4.

奈執なとりはどこか居心地悪そうな仕草で治信はるのぶの向かい側に座ると、パンケーキとアイスコーヒーを注文した。

二人の座る喫煙席は店内の奥側になるが、治信の座った場所からは窓から外の通りが良く見える。

喫煙席のコーナーには他に客は無く、禁煙席にビジネスマン風の客が疎らにいたが、入ってきた奈執が自分に意識が向くのを感じたのは治信一人だった。

仲間はいない、か……と内心で洞察する奈執。

彼はハンカチで首筋の汗を拭いつつ窓の方をチラッと見やった。そして視線を治信の方へ戻すと水をゴクッと一口飲み、言った。


「あの、南條、治信さん、ですよね?」


治信はタバコの煙が奈執の方へ向かないよう顔をやや斜めに向け、静かに言う。


「なぜ、私の名を?」


奈執は弟の義継よしつぐを尾行していた男だ。知っていて当然だろう。

どこで治信の事を知ったか、は今はどうでもいいことだ。

何をどこまでとぼけるか、を治信はまず観察したかった。


「おおやっぱり。義継君を助け出す為に警察の地下施設に潜り込んでましたよね。それ、実は少し視てました。」


なるほど、義継や深越美鈴ふかごしみすずの報告通り自分が使い手である事をいきなり明かす。

話し相手のこちらとしては若干気が緩む切り込み方をしてくる。


「地下施設? 見てた? 何ですそれ。」


治信は訝しげな表情を演出して見せた。

今テレパシーを使っているなら少なからず苛立ちの気配を見せるはずだ、と治信は奈執の表情や仕草を観察する。


「あ、あれ、あの、白楼はくろうのことですけれど、あれ? 私の勘違い?」


少し慌てたような仕草を見せる奈執。

演技なのか素なのか、治信でもすぐには見切れない。

治信は黙って眉をひそめ、小首を傾げて見せた。


「あの、あや、まあ、それはいいんです。勘違いでもそうじゃなくても。まずこれ、あなたかなぁ、と。」


奈執は盗聴器をポケットから取り出し、テーブルに置いた。

治信は黙ったままそれを見て、興味なさそうな目でタバコの煙を吐く。


「えー、何か喋って下さいよお、そうだ、とか、違う、とか……」


しかし治信は一言も発さず、黙ってタバコを吸い続けた。

二分ほどの沈黙の後、治信がタバコを灰皿で揉み消し、言った。


「あなた、誰です?」


テレパシーを使っている事を隠しているのか、それとも本当に使っていないのか。

使っているならなかなかの役者だな、と治信は思った。

それ程、何も答えない治信に対する奈執の気を揉む様子は自然だ。


「ありゃ、もうお気付きだとばかり……似広悟にひろさとる、そこの会社で営業やってる者です。南條さん、一度お見えになって私と商談しましたでしょ、別のお名前でしたけれど。」


治信は軽く口元で笑みを作ると、テーブルに置かれた盗聴器を手に取りつつ言う。


「ほお、良くご存知だ。壊さずにバッテリーを外してありますね。こういう物、奈執さんもよく使われるのですか?」

「え、ああ、はは、私の本名に気付いたの、警察ですか?」


治信は少し間を空け、繰り返した。


「こういう物、使われるのですか?」

「ああ、あいや、あれですよね、不思議と言うかなんと言うか、盗聴ってそれ自体は犯罪にならないんですよね。プライバシーの侵害もその情報を売ったりした時に適用ですし、なんだか、ねぇ、ははは……」

「お待たせ致しました。」


パンケーキとアイスコーヒーが運ばれて来た。


「お、どうも。あの、ガムシロップもう一個もらえます?」

「かしこまりました。」


ウエイトレスはエプロンのポケットからシロップを一つ取り出し奈執に渡すと、会釈をして戻って行った。

パンケーキに蜜を掛けながら奈執は独り言のように呟く。


「どうでもいいんですよ、嘘の売込みとか盗聴器とか。わからないんだよなぁ。」


治信は盗聴器をテーブルに置き、黙って視線を奈執に向けた。

奈執はアイスコーヒーを一口飲み、続ける。


「最初はね、白楼で視た時は刑事だと思ってたんですよ、あなたのこと。で、義継君のお兄さんだと判り、探偵さんだと判った。わからないのは、どうして弟さんを冤罪で捕まえるような警察に協力されてるのかなぁってこと。」


治信はコーヒーを口にしつつ、今奈執がこちらの思考を読んでいるとしたらどういう反応を示すだろう、と考る。

使い手絡みの案件で動く治信の行動原理は、弟の義継に降り掛かる厄難の排除、であった。

そこに今は赤羽根伊織あかばねいおりを助けたいという情緒が介在している。

仔駒雅弓こごままゆみへの情や湖洲香こずかへの情なども少なからずある。

義継の友人、紅河淳くれかわあつしに身の危険があるならそれも排除したい。

これらの動機を奈執が読んだ時、それを障害と捉えるならば、その心配は無いからもう首を突っ込まないでくれといった意思表示をしてくるのが普通だ。

もしくは力尽くで消す、か。


「んむ、やっぱ美味いな、このパンケーキ。南條さんは回りくどいの嫌いそうなので単刀直入に言いますけど……邪魔して欲しくないんです、私を。」


…心を読んでいる気配を見せない。使っていないのか?


「邪魔、とは?」

「私、警察へ復讐するつもり。んむ、んで、私を調べて警察に情報を流すことと、一番は、義継君や紅河君を焚き付けないで欲しい。彼らは普通のまともな男の子。この先、私と敵対するようだと、巻き添えで大怪我をしたり命を落とすこともあるかも知れない。そんなことあってはならないです。」

「奈執さん、」

「はい、んむ。」

「私が弟やその友人をけしかけるなど、した事はありません。」


それは事実だった。


「んえ、でも、んむ……南條さんが何か言わなきゃ彼らは動かないでしょうよ。」


この言葉で治信は確信した。

奈執はテレパシーでの読心をしていない、と。


「弟はまだしも、紅河君は彼自身の動機で行動していますよ。彼が正しいと考える行動をね。ですがね、これを邪魔な存在だと考えるのはお門違いです。」

「どして?」

篠瀬佑伽梨しのせゆかりが接触してきた女の子を守るため、自分自身が攻撃された穂褄庸介ほづまようすけを退けるため、紅河君の行動は文字通り正当な防衛です。それに、彼は後輩である皆月岸人みなづききしとも守ろうとしている。」

「ああ、はいはいはい、はい、はい……けどなぁ、紅河君という子は、どうしてかなぁ、いや、私もね、さっきも言いましたけども、紅河君は本当に普通の真面目な高校生だと思うんですけどね、なんでかなぁ、やってる事がね、私たちからすると凄く攻撃的に感じるんですよねぇ。」

「それは大きな誤解ですね。」

「うん、んむ、私もそう思うんですけれどもね……篠瀬さんを尾け回したり、穂褄君を挑発したり、意識的なのか無意識なのか、悪者を買って出てるように見えますよ。客観的に考えてみて下さいよ。そういうの、南條さんから言ってやめさせてもらったり出来ませんか。」


治信はタバコに火を点け、身体をやや背もたれへ倒した。


「奈執さん、ご自身の行動を棚に上げてよく仰る、と言いたい。」

「んー、私の警察への復讐は、やめる気ないなぁ。」

「私は警察官ではありませんから、犯罪を取り締まる立場にはありません。ですが、その警察への復讐とやらが仔駒雅弓の誘拐に繋がるのは理解出来ません。」

「んもふっ……」


奈執はパンケーキを喉に詰まらせ、アイスコーヒーでそれを流し込んだ。


「誘拐!? してませんよ、そんな。」

「似広まゆみ、雅祐実みやびゆみ、正直なところ私が人探しでこれ程振り回されたのは初めてです。お陰で余計な調査が増えました。神奈川の児童養護施設、子供が欲しい男女が集まる結婚相談所とか……」


治信はほのめかした。

偽の似広悟と似広まゆみの素性も掴み、奈執の人脈を一部抑えたことを。


「返して頂きたい、仔駒雅弓を。」

「ああ! なんと! 小学校を嗅ぎまわっていたの警察だとばかり……えっと、探偵の南條さんが、という事は、警察はあの子の捜索を探偵に依頼したんですか!?」

「いいえ。」

「え、ええ、じゃあなんで? こう言っちゃ何ですが、南條さんの出る幕ではないでしょう。」

「そうですね。」

「そうですねって……えええ、わからないなぁ、もう、テレパシー使っちゃいますよ、ちゃんと理由を教えてくれないと。」

「あの子への情です。知らない間柄でもないのでね、雅弓ちゃんとは。」


どこかヘラヘラしていた奈執の表情が据わり、細い目が一層細まる。


「情がある、と言いましたね? でしたら良く考えて下さいよ。仔駒雅弓の幸せはどこにあるのか。」


治信は二本目のタバコを消した。


「何が言いたいのです?」

「ご両親を亡くし、児童養護センターにいた仔駒雅弓はテレキネシス現象が見つかって有無もなくあの能力者の檻、緑養りょくようさとに移送されることになった。その途中で逃げたんです。三歳の女の子がどうして逃げたか。嫌なことを言われたのか、怖い目に遭ったのか、とにかく緑養の郷は逃げたくなるようなイメージをあの子に与えた。だって、その前のセンターでは大人しく暮らしていたのに、単なる引越しのようなものだったら逃げないでしょう。」


奈執はジュっとアイスコーヒーをすすり、続ける。


「そして誰の保護もなく、生きるために食べ物なんかを万引きして警察に捕まったのが今年です。七歳の雅弓は学校を知って行きたいと考えるようになった。当たり前です。日本国民の義務教育であり、人間関係を学んでいく大事な場所ですからね。でも警察はあの子を学校へ行かせない。いわゆる非行とは違う、生きるための行動だっただけなのに、警察署に隔離拘束を続けているんです。」


奈執の声のトーンは落ち着いているが、怒りを押し殺している雰囲気を伴っていた。


「同年代の子供達から切り離し、やってる事は白楼と一緒。保護観察官は多忙な犯罪分析官みたいな人ですが、そんな人の手で押し込められるのと、里親を保護者として普通の学生生活を送るのと、どっちが幸せですか? 雅弓はどっちを望んでいますかね。あの白楼から義継君を釈放させた南條さんなら解るでしょ。私はね、雅弓に強制なんかしてないし、もちろん拘束もしていませんよ。なのに、あの子はなぜ帰らないんですかね、警察に。あの子の意志はどこを向いているのか、ってことですよ。」


黙って聞いていた治信は少し背を起こし腕を組んだ。


「それは保護観察官と話し合った上での処置ですか?」

「話すつもりなんか更々ないですね。警察は話の通じる相手ではありませんよ。」

「そこが問題なのですよ。黙って連れ出すから誘拐事件となるのです。今からでも遅くない。保護観察官の元へあの子と一緒に出向いて話し合うべきだ。」

「お断りですよ。雅弓の意志を尊重する。」

「それならば伺いますが……」


治信は口調を少し強めた。


「あの子の素性をそこまで知っていて、なぜ警察が保護するより前に手を差し伸べなかったのです? 警察に保護された後に横取りするように連れ去る。意志の尊重? 良識のある大人のする事ではない!」

「だ、か、ら、客観的に見て下さいよ南條さん。私は警察から助け出したのですよ。例え保護観察官がどんなに面倒見の良い人だったとしても、所詮は他人でしょうよ。集団生活を学び始める大事な時期に独りにさせて中途半端に社会に放り出す。私は真剣に雅弓を心配しているのですよ。」


屁理屈が入ってきたな、と治信は思った。

真剣に雅弓を心配しているならばまず行うべきは窃盗などを起こす前に保護、だ。

保護の次は指導。保護観察とはその指導に該当する。

指導の後、判断力を養ってやり意志を伺う。

雅弓がコンビニ強盗を起こしても尚『孤独』から救い出さず、取って付けたように集団生活の学びがどうのと言っている。


「偽善にしか聞こえませんね、奈執さん。」


身を乗り出すように語っていた奈執が肩を落とした。

ため息と共に表情が緩む。


「はあぁ……ひどいなぁ偽善だなんて……白楼の一件では刑事局と戦っていた南條さんなら解ってくれると思ったのになぁ、んむ……」


奈執がパンケーキの欠片を口に運ぶ一瞬、ほくそ笑んだような気配を治信は感じた気がした。

だがその気配は一瞬で消え、眉間にしわをよせた不機嫌そうな表情で口をモゴモゴ動かしている。


…気のせいか?


「ともかく、案内して頂きますよ、仔駒雅弓のところへ。」


治信の言葉に奈執はちらっと視線を上げ、直ぐにテーブルへ視線を落とすとアイスコーヒーのストローに口を付けた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『そろそろ出るぞ』

『ここからは包帯の男と距離を取る』

『その必要はない。計画通り進める』

『いや、あそこで光の帯を晒す迂闊さでは完遂は疑問だ。独自に動く』

『遅かれ早かれ皆月岸人があそこへ辿り着く。光の帯が今見られても問題ないだろう』

『岸人君には真実を明かす。彼もそれを求めて外出を要求しているからな』

『明かした後の彼の行動はまだ読めない。包帯の男の威光は必要になってくる』

『威光? 岸人君は岸人君、私は私だ』

『指標は必要だ』

『指標なら私自身が持っている』

『とにかく出るぞ』

『ああ、それには異論は無い。ここでの情報収集も充分だ。奈執も引き付けてくれているだろう』


白楼β棟地下七階の一室で、美馬恒征みまこうせいは自らの身体を灰色の『光の帯』で覆い始めた。

別室で監視中だった刑事局捜査課の碓氷うすい巡査は美馬の部屋へ『光の帯』を透過させ、美馬の本体を掴みに掛かる。


「少し考えればわかるだろう。私のテレポーテーションは止められないのだよ。」


灰色の『光の帯』に包まった美馬から赤茶色の『光の帯』が飛び出した。


シュッ……シュッ……ビジジッジジッ……


「む!」


碓氷の放った『灰色』は美馬の『赤茶色』に切り払われ、そして美馬の本体は空間の揺らめきの中に消えていった。

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