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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第二章
198/292

紫の煙霧 9.

警察庁地下から伸びている秘匿トンネルは、運用不能となった白楼はくろうθ棟地下十階入口の手前で仮設路へと曲がった。

近代的な照明が連なっていた景観が、工事中の配管剥き出しの壁に変わる。

車中の押塚は思う。

こういう所に国家予算を使っているのなら、なるほど税金の使い道の項目が丸められているのも頷けるな、と。

極秘施設の改装に投入されているなど公表出来るわけがない。

車はα棟地下十階に新設されつつある駐車場へと入って行った。


「どうも。」


押塚は運転手の警官に軽く頭を下げると、中央エレベーターへと向かった。

喜多室きたむろの報告を受け、この白楼という穴倉に再び訪れたのは押塚本人の意志だ。


「目を盗んで瞬間移動、簡単なこったろうにな。」


苦笑いと共に独り言ちる。

今、あの水色の使い手、皆月岸人みなづききしとの監視主幹を持たされているのは喜多室巡査部長だった。

岸人は数日前から、行きたい場所があるから出してくれ、監視人が付いても良い、と言い続けているという。

だが、その行きたい場所と目的は話さない。


「それじゃあ外出許可の下ろしようがねぇだろうよ、皆月の坊主が。」


岸人は黙ってこの白楼から出るという脱走行為を行わない。

執拗に外出許可を求め続けているらしい。

押塚はβ棟地下九階の一室に入った。


「お疲れ様です、警視。」

「その警視っての、慣れねぇな、やめてくれ、喜多室。」

「は、あ、では、係長。」

「それもなんだかなぁ。」


十二年以上も警部という階級にいた押塚は、どうも『警視』と呼ばれることに違和感を感じて仕方がない。

苦々しく片目をつむって見せつつ、喜多室と向かい合って座っている少年に視線を向けた。


「皆月、ちゃんと飯食ってるか。」


その少年、岸人は無表情でコクリと頷いた。

それを見て押塚は、小脇に抱えていた小さな包みを岸人に差し出した。


「ずいぶん音楽CD持ってるな。これな、よく判らんが一番上の棚にあったホコリの付いてないCDだ。良く聴いてるやつかと思ってな。」


岸人は無表情のままその包みを受け取る。


「安心しろ、部屋は荒らしてねぇよ。そもそも超能力者のお前が危険な物なぞ隠してるわけがねぇしな。」


包みを開け、数枚の音楽CDを手に取った岸人の目に、ほんの少し期待の色が過った。


「あの、押塚、さん、」

「うん。」

「行きたいところがある。出して下さい。」

「喜多室にも言われたろ。それはそう簡単なことじゃない。保護観察処分になったとは言え、お前は殺人意志があった事を認めてる。それ相当の時間が必要だと我々は考えている。」


押塚は、刑事局が、とか、法が、といった責任の転換をしない。

我々がそう考えている、といった表現を必ず使う。

でなければ相手は話す意志を削がれるからだ。

判断権限を持たないまでも、相談の余地がある相手でなければ、誰も本音など語らないというものだ。


「確かめたら、戻ってくるから。お願いします。」


岸人は押塚へ頭を下げた。

押塚は喜多室の横へ腰掛ける。


「お前の言う事は信用してるよ。皆月、お前は戻ってくると言ったら戻ってくる。だがな、保護観察官の喜多室に行きたい所を話せないってんじゃ、どうにも判断のしようが無い。それくらい解るだろ。」

「だから、付いて来てもいい。邪魔しなければ。」

「お前は、賢そうな顔してわかって無ぇな……喜多室、ちょっとコーヒー買ってきてくれ。」

「は。」


席を立ち部屋から出て行く喜多室の頭には、押塚の身の危険の心配は一切無かった。

出て行こうと思えばテレポーテーションの隙はいくらでもある中で、出て行かない岸人。

聴取や会話を重ねていくうちに、岸人が生真面目な一面を持っていることも知った。

そしてそれは融通の利かない生真面目さとは違い、人の立場や自分の立ち位置というものを考えられる器量から来るものだとも気付く。

だから切々と訴えているのだ。言葉で、ここから出してくれ、と。


「皆月よ、ちと頼みがあるんだが。」


その押塚の言葉に、岸人は黙って目を細めた。

まさか脱走者の確保に協力してくれなどと言い出すのではないか、と。


「これ、な、内緒で、な……」


押塚が胸元に隠すように見せたのはタバコだった。

ここは禁煙である。

それを見た岸人は内心思った。監視カメラ作動中のここで内緒も何もないだろう、そんな演技で気を緩めさせようというのか、と。

だが、内線電話に手を伸ばした押塚の行動を見て、岸人は目を丸くしてしまう。


「県警捜査一課、押塚です。十分、この部屋の監視カメラ切ってくれ。……警視だよ、私は。権限があると聞いたがな。……十分間の報告はちゃんと入れるよ。……はい、頼む。」


そして、カメラのダイオードが消えたことを確認すると、タバコに火を点けた。


「あれだ、未成年の前で、同じ部屋で、面会中にだな、タバコなんか吸うと、俺は大変な事になるんだよ。タダで黙ってろとは言わん。外のもんを何か一個密輸してやる。何が欲しい。新しい音楽CDか?」


岸人の表情は緩み、遂にはぷっと吹き出してしまった。


「笑うな。」


規律違反を隠してくれと弱みを握らせておきながら睨む押塚に、少なからず緊張していた岸人の身体が一気に弛緩した。

岸人は手元のCDに目をやった。


「これ、結構聴いてて。ニューアルバムが先月出た。もし買ってきてくれるなら。」

「よし、取引成立だ。」


取引、という言葉をこの場面で真顔で使うのも可笑しいな、と岸人は更に脱力してしまった。

紙コップを二つ手にし戻ってきた喜多室が、室内に漂う煙を見て慌てた声を出す。


「警部! なにタバコ吸ってるんですか! まずいですよ、未成年の前で……」

「うるせぇ。それに俺は警部じゃねぇ。」

「うるせぇって……」

「いいから座れ。」


喜多室は呆れた表情で椅子に座りつつ、押塚の前にコーヒーを、岸人の前にはオレンジジュースを置いた。

押塚はタバコを携帯灰皿で揉み消しコーヒーを一口すすると、岸人を真っ直ぐ見て言った。


「あと六分、監視カメラも録音も止まってる。この六分間のお前の発言は報告しないと約束しよう。喜多室も口外無用だ。」

「はい。」


岸人は二度ほど、瞬きをした。


「お前、何を追ってるんだ? 母親の仇は決着がついたろう。」

「別に。」

「言いたくないか。」

「だから、別に。」

「俺も上には言えないことを言うぞ。皆月、お前が追っているもの如何ではな、同行外出を申請しようと思ってる。」

「え、僕と?」

「そうだ。まぁ、同行するのはこの喜多室だがな。いいか、これも他言無用だぞ。脱走した使い手が刑事局関連者に報復しようとしている、その動機だがな、動機と言うか、何から始まった殺し合いなのかについて、調査対象にお前の父親、皆月真人みなづきまさとの名も上がってる。」


刑事局捜査課の古見原こみはらと情報共有した、例の十七年前の人物相関図のことである。

岸人の表情が明らかに変わった。


「もしお前が父親の事を探しているなら、俺にとっても願っても無いことだ。どうだ、それに関係ある事か?」


岸人は手元の音楽CDをしばし眺め、包みに戻すと、言った。


「父さんが、殺されてるかも知れない。大学院にいて、僕が生まれて、母さんと入籍したことまでは分かった。でも、そういう事件とか無くて、生きてる可能性もある。」

「そいつを確かめるために、外に出たいんだな?」

篠瀬佑伽梨しのせゆかり、知ってるかもしれなかったのに、死んだ。警察に撃たれて。美馬みま、何か知ってる。」

「ここに拘留されてる美馬恒征みまこうせいだな?」


頷く岸人。


「美馬とは、あれだ、テレパシーか、何か話したのか?」

「一瞬だけ。刑事局の使い手の監視があって、簡単には話せない。」

「何を話した?」


岸人は口を噤んだ。

押塚は腕時計に目をやる。


「ん、時間切れ……」

「必ず僕を助ける、と、それだけ。」


押塚の言葉に被せるように言った岸人の言葉に、押塚も喜多室も彼の目を睨むように見据えた。

嘘を言っている目には見えない。

それに、この事で岸人が聴取報告を上げないと言った押塚達に嘘をつく理由が無い。

静かに、監視カメラ停止の十分が過ぎ、カメラのダイオードが赤く点灯した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


私立賢永学園小学校のガードは固く、役所を装った治信はるのぶにも雅祐実みやびゆみの個人情報開示はなされなかった。

だが、編入試験の受験記録と受験票などの顔写真は確認出来た。

写真は、治信の見立てではおそらく仔駒雅弓こごままゆみ本人だ。

それでもやはり偽まゆみに寄せて修正されている感がある。

賢永学園初等部二年生に編入が確定したのは二名、試験成績は雅祐実がトップであった。


…今度こそ間違いないだろう。雅弓ちゃんだ。


賢永学園小学校では中途編入の生徒には夏期講習が義務付けられており、その日程を入手した治信は、夏期講習初日を『最も難航した場合の雅弓保護日程』として捜索終了日に位置付けた。

だが、それよりも早く雅弓を保護したい。

崎真さきまから回してもらった雅和希みやびかずきの住民票を元に、本命の自宅へこれから単身突入する。奈執なとりの三つ目の自宅。

仔駒光俊を装った会社への牽制営業資料は揺さぶりになっただろうか。

それとも何の動揺も与えられず破棄されたか。


ムームー、ムームー……


振動する携帯電話に気付き、治信は賢永学園の理事長に頭を下げると学園を出た。

長居して役所に確認の連絡を入れられても厄介である。


「はい南條。」

『崎真だ。新たな情報。北海道余市郡余市町のレストラン、その防犯カメラに奈執と皇藤こうどうらしき人物が映っていた。』

「ん?」


皇藤はいいとして、奈執はまだ北海道にいるというのか。


「時刻は?」

『十四時二十七分から約三十分だ。深越美鈴ふかごしみすずとの接触からおおよそ一時間後になる。刑事局は根津ねづ巡査を道警へ派遣、根津さんはそろそろ機内だろう。道警の上層部には使い手関連の情報が一部開示された。余市町へ道警捜査一課が投入される。それと道警SATだ。』


…北海道警察本部のSATか。


管内に空港が所在する北海道にもSATがある。

今回は義継よしつぐの時の警視庁SATと違い、然るべき指揮系統から降りた行動指示だろう。


「レストランに、という事は、実態は誘拐ではなく奈執と目的を同じくした行動と見ていいのか?」

『それはまだ何とも言えない。ただ、余市町という場所、これに一つの推測が生まれてくる。』

「それは?」

『余市は、若邑兼久わかむらかねひさの故郷だ。』

「ん、皇藤の旧友、というやつか。」

『あくまで推測だがな。若邑博士はその生死すら確認が取れていない上に、皇藤との接点もはっきりしない。』

「現段階では遠熊蒼甫とおくまそうすけと若邑兼久が同じ脳医学研究に携わっていた、ということだけか。」

『ああ、それも二十一年前、湖洲香こずか君が生まれる前になる。』

「遠熊博士と皇藤は特殊研究班と刑事局長という接点があるわけだから、そこから洗えば見えてくるんじゃないか?」

『洗わせている。まだ調査中だが、その線で明らかになったことが、遠熊博士のある研究補助に皆月真人と美馬詠泉の名が見つかった。』

「皆月、真人?」

『そうだ。当時の皆月はまだ学生だが、もし刑事局の特殊研究班なり特殊医療班なりへの候補生となっていた場合、十七年前の関係者相関も大方見えてくる。』


治信は目を泳がせた。

ここで皆月岸人の父親の名が出てくるとは。

数日前、紅河くれかわから調べて欲しいと依頼のあった人物、岸人の父親の名が。

治信は自分に苛立った。

もっと親身に聞くべきだったのか……紅河の話を。


…紅河君、君は何を見ている。


警察が血眼になってやっと掘り起こし初めている案件、もしかしたらその核心となる人物を、あの紅河淳は嗅ぎ取っていたと言うのか。


治信は奈執関連の雅弓捜索進捗を崎真に伝えると電話を切った。

そして、弟の義継の番号を呼び出す。


「俺だ。義継、紅河君の護衛がてら、ちょっと事務所まで彼を連れてきてくれないか。……ああ、頼むぞ。」


どうしてしまったのだ。

自分のカンはそれほどまでに鈍ったか。

舞い込んでいたヒントを自分から無視してしまったとは。

あの時の紅河からの電話を思い出してみる。


『……緑養の郷にいながら刑事局に拘束されなかった岸人には、他の使い手と違った守りが働いていたのかな、と思いまして……』


十六年前、湖洲香が刑事局関連施設に幽閉されるきっかけとなった、と表面上されていた事件、皆月陸子みなづきむつこの死。

皆月陸子が湖洲香幽閉に利用されて殺された理由、なぜ皆月陸子が選ばれたのか。

湖洲香を可愛がり庇っていた、それを邪魔に思った蓮田忠志はすだただしの独断、と断定されていたが、果たしてその裏には何も無かったのか。

その時、皆月真人は、どこで何をしていたのか……


「更に、余市町は湖洲香さんの父親の故郷、そこに皇藤現る、か……」


追っても追ってもこの手からすり抜ける奈執志郎をまず捉えるのだ……と自分に言い聞かせると同時に、もっと深く読め、洞察力を働かせろ、と治信は自分を心の中で叱咤した。

この『能力者狩りと脱走者の報復』は意外なところから全てが繋がるのかも知れない……そして、崎真が水面下で追いかけている警察内部の真の元凶。

刑事局トップの佐海さかいは使い手の殺し合いの連鎖を止めようとしているが、逆にそれを推し進めようとしている存在、その特定。

その元凶に対して突き付けるもの、それが十七年前の関連者相関と背景の縺れだ。


…それが明らかになれば、金色の使い手も浮かび上がってくるはずだ。


治信はフルフェイスを被り、バイクに跨った。

七月下旬の午後の太陽は、綺麗に整備された私立賢永学園の校庭に炎の揺らめきの如く陽炎を立ち昇らせていた。

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