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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第二章
196/292

紫の煙霧 7.

『国家公安委員 杉浜光平殿

以下を要求する

七月二十九日 十五時四十二分

六と五、及び新たな五の慰霊碑を建立されたし

並びにこの十六の霊に対する罪業を同時刻に国営放送にて表明されたし

M.M.と共に見届ける

皇藤満秀』


杉浜すぎはまの自宅に届いた封書、その要求文書には、報復をほのめかす強迫的な要素は無かった。

だが、杉浜は『六と五、及び新たな五……十六の霊に対する罪業』とは何の事か、そして差出人の名を見て少しづつ甦ってくる記憶に震撼する。

彼はこの封書を即座に焼き捨てたのだが、同じ物が警察庁刑事局にも届いていた。

毛筆でしたためられたそれは刑事局から同捜査企画課へ調査指示と共に降ろされ、皇藤こうどうの筆跡に間違いないことが確認された。


刑事局長室にて、捜査課の古見原こみはらが内容の調査一報を口頭報告していた。


碓氷うすい調べ、私も検証致しました。『六と五』これは死亡した脱走者六名と旧特殊研究班にて臨床実験を施された能力者五名、つまり白楼十五階の被験者、その中の能力者の五名と推測されます。『新たな五』は車尾くずも枝連えづれ渋木しぶき篠瀬佑伽梨しのせゆかり武儀帆海むぎほのみのことだと推測します。」

「つまり、皇藤元長官は命を落とした能力者の慰霊碑を要求している……ですか。」


佐海さかい警視監の表情は釈然としない。

その表情の意味は古見原にも解る。

美馬みま達の要求であるならば理解出来るのだが、なぜ皇藤が……

更に、皇藤は今現在行方不明となっており捜索対象になっている。


「M.M.は?」

「は、皆月真人みなづきまさとではないかと見ておりますが、まだ確証はありません。」

「皇藤元長官は今、蒸発した皆月真人と一緒にいる……みやびという男が皆月の可能性は?」

「少ないでしょう。皇藤元長官の奥様が雅を見かけておりますが、特徴的なところで皆月真人とは別人だと思われます。」


佐海が目を細めた。

それを見て古見原は思う。

佐海慶一郎局長は勘の鋭いタイプではないが、一つ一つの事実を組み合わせて合理的に答えを組み上げていく能力は高い。

おそらく自分と同じ推理に辿り着くのではないか、と。


「誘拐、の線で当たってみて下さい。」


佐海の言葉に、やはりな、と古見原も表情を引き締めた。


「承知致しました。」


紡ぎ出されるのは、皇藤満秀が誘拐された可能性である。


「それと、」

「は。」

「七月二十九日の十五時四十二分、これが何を示す時刻なのか、緑養の郷、特殊研究班稼働時まで遡り調べて下さい。」

「はい。……局長、」

「はい。」

「警視庁の捜査一課、使う訳にはいかないでしょうか。」

「まだ無理です。不慣れな現場捜査に駆り出してしまい申し訳ありませんが、今暫く頑張って下さい。」


そう言いつつ佐海は小さなメモ書きを古見原へ差し出した。

それを受け取り、目を落とす古見原。


「え……これは、事実なのですか?」

「彼の出生については改竄されていました。間違いありません。ですが、そのことは内密に願います。まだオープンにする時ではありません。」

「は。」


古見原はメモを二つ折りにすると、佐海へ返した。

こんな物を持ち歩き、うっかり誰かに見られてしまっては大事になる。


古見原は刑事局長室を出た。

噂はあった。

連れ子で、その父親は実の父親ではない、という噂。

だが、出世戦争の激しい中央省庁には他者の足を引っ張るための根も葉もない噂が流れることは珍しいことではなく、気にも留めなかった。


…まさか、伴瓜ともうり警視正が私生児で、杉浜光平と血が繋がっているとは。


古見原の頭の中で人物相関図が少しづつ組み上がっていく。

1997年の刑事局特殊研究班を取り巻く相関図が。

だが、空欄に入るべき人物、その一つがどうしても影も形も出てこない。

推測すら立たない。


…父のデータをひっくり返しても一切出てこない。


十七年前、金色の『光の帯』の使い手は一体どこに潜んでいたのか。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「紅茶飲む?」

「喫茶店かよ。」

「えへへ。」

「私はちょっと樹生みきおさんのところに行ってきますわ。」

「あ、じゃ、二つでいいね。」


舞衣まいが紙コップにティーパックを刺しているのを見ながら、紅河くれかわは自分の髪をクシャッと触った。

昼食後の眠気が今日は全くこない。

とにかく本音を聞きたいと紅河は考えていた。

その為に、湖洲香こずかにも席を外してもらった。

舞衣は人を思い遣る気持ちが強く、それが自己満足的に増幅してしまう一面がある。

もちろんそれは彼女の良い所だと思うのだが、自分が犠牲になってしまう面が見えなくなることもある、と紅河の目には映っていた。


…自分の本心をよく考えるように誘導しないとな。


「まだ熱いよ。気を付けてね。」

「ども。って言うか、ここ、夏は結構暑いんだよな。」

「あ、屋上のドアと、あそこ、踊り場の窓、両方開けとくと風通るよ。」


舞衣はきびきびとよく動く。

京子とは対照的だな、と紅河は思う。


「で、赤羽根あかばねさんは何て?」

狩野かのう君と会って、あの日、なんでこの学校に来たのかを聞いて欲しいんだって。」

「ふん。」

「知り合いが亡くなって、何もしゃべれなくなってるって。」

「そうか。で、どうすんの?」

「会ってあげようと思って。」

「それは、どうして?」

「湖洲香さんも一緒にって言うから安心だし、あの子、ほら、ご両親亡くしてるみたいで、なんか他人事に思えなくて。」

「そうか……ま、でも、関係無いって言やあ関係ないよな、舞衣ちゃん。」

「んー、なんかさ、狩野君、なんて言うか、いつも何かに一生懸命なんだよね。」

「何かって?」

「よくわかんない。でも、なんかさ、可愛いって言うか、憎めないって言うか。古藤ことうみたい。」

「古藤?」


…また意外な名前が。


「カッコ悪いけど応援したくなる感じ? 女バスのボール磨き、凄い真剣にやってるよ、古藤。」

「そりゃな、やらないと篠宮しのみやにぶっ飛ばされるからな。」

「あははは。もう、なんか、そんなに擦ったらボールのつぶつぶ無くなっちゃうでしょ、くらい。」

「あいつなぁ、どこか要領悪いんだよな。入部早々に先輩全員に目ぇ付けられてさ。」

「そうなの? でもサッカー結構うまいよね?」

「どうかなぁ。」

「紅河さんから見たらまだまだかもだけど、サッカーに対して真面目だよね。」

「なに、あいつの練習とか見てんの?」

「ううん、同じクラスなの。みんなにサッカー馬鹿って言われてて。」

「ほお。」

「で、私はバスケ馬鹿って言われてて。」

「ぷっ。」

「勝てるかな、日曜。亮子りょうこのチーム。」

「リョウコ?」

「うん。城東槍塚じょうとうやりのつか。川村亮子って、中学ん時におなチュー。ポイントガードでね、紅河さんみたいに見てないとこに正確にパス飛ばすんだよ。」

「へぇ。」

「あ、そうだ、そろそろ私達にもユニフォーム届くって言ってたな。」

「お、デザインは?」

「先輩たちと一緒。白ピンクと黒ピンク。城下桜南って漢字で刺繍入ってるの、いいよね。」

「黒ピンクは派手だよな、あれ。」

「えー、カッコイイよ。強そう。」

「背番号は? 決まった?」

「うん、もらった。」

「一年は20番代か。」

「それがね、人数少ないから詰めたみたい。私17。」

「17ってことは……やっぱあれか、出席率良い順か。」

「うん。でも、なんかそれもなー……マリモちゃん休み多くて18になっちゃって。」

「18も立派なベンチ入り番号だぞ。」

「そうだよね。」


紅河は紅茶を一口飲んだ。

香りは弱いが渋みが濃いな、と思う。


「でさ、城槍はそう簡単な相手ではないと思うけど、試合前に警察に協力って、舞衣ちゃん的にはどうなんだ?」

「平気だよ。」

「本当に?」

「うん。」

「狩野君が何も話してくれなかったら、心配事を抱えて試合、とか、ならないか?」


紅河の問いかけに、舞衣の瞳がすっと真っ直ぐ彼を見た。


「紅河さんだって、湖洲香さんが無事かわからないまま予選だった。」

「え、ああ、俺のことはいいんだよ。」

「あのね、私ね、紅河さんがどうして強いのかいろいろ考えた。心配事無い方がいいかもだけど、いろいろ抱えて、それで乗り越えていくから強くなれるのかな、って。」

「んん……それは正解じゃないな。」

「え。」

「俺、結構いい加減でさ、忘れてんだよ、試合中、厄介なこととか。」


舞衣の形の良い目が更に見開かれる。


「そっかなー……そうは見えない。辛そうだった。聖美陵戦。」

「いやいや、そんなこと無いって。」


舞衣が顔をぐっと近づけた。


「隠すよね、紅河さん、いっつも。」


紅河は思わず少し身を引いた。

女優のような整った舞衣の顔、そして瞳の圧力。


…見てないようで見てんな、この子。


「隠してるっていうんでも無いんだけどな。性格がもともとテキトーだから、俺。」

「違う。適当じゃない。」


…いや、見てるようで見えてないか? 本当に適当なんだけどな。


「紅河さん、最近、湖洲香さんのこと少しうっとおしいって思ってるでしょ。」

「え? なんだよいきなり。」


舞衣は人差し指を紅河に向けた。


「女の子にベッタリされるの苦手、でしょ!」


…う。


「だってさ、湖洲香さんが来たての頃、紅河さんもっと優しい目してたもん。でも、今はいつものちょっと怒った目。」

「別に怒ってねーし。」

「私ね、結構観察してんのよ、紅河さんのこと。」


…う。


「最初は京子の彼氏になってくれないかなーって見てて、」


…なんじゃそれ。


「今は運動神経の秘密を知りたくて。」


…そすか。


「それでちょっとわかったの。」


…な、なにを……


「紅河さんは人のお節介焼きすぎて飽きちゃう人!」

「ぷっ……くははは、なんだよそれ。」

「でも、ちょっと当たってない?」


…なるほど、舞衣ちゃんなりに洞察してるのか。


「どうかなぁ、そうかも知れないけど、あのさ、そう言うなら、実は俺も少し心配してるんだ。舞衣ちゃんは優しいから狩野君に気持ちを引っ張られ過ぎないか、と。」

「んー、そういうのも、会って話してみないとわかんないなー。」

「うん……舞衣ちゃんだから言うけどな、皆には言うなよ、全国に行くって、実はそう簡単じゃないんだよ。城槍にもボロ負けするかも知れない。だってさ、向こうは全国レベルに合わせて四月から一年生も鍛えまくってる高校だ。ゆるゆるのうちが勝てたら、そりゃおかしいだろ。」

「え、わかんないよ。」

「ん、まぁ、一年の交流試合だからな、中学の時の力量がまだ通じる時ではあるけど、大瀧さんとか湯澄さんとか見てて、あれ、通用すると思うか?」

「だからわかんない……って言いたいけど、確かに遊んでる部だったよね、六月まで。でもね、私ね、一つだけ絶対負けないぞって、愛彩いとあとも話してることあって、あのね、シュート本数。入らないかもだけど、打つ本数はびっくりさせてやりたいの、亮子のチームを。」


…お。


「ふん。その為に必要なのは?」

「プレスダウンのパターン組み、パスカット、インターセプト、それとリバウンド。」

「うん。」


狩野の話を持ち出している今、試合で目指すところ、戦術方針の様なものが明確に頭に描けるならば……大丈夫か、と紅河は考えてみる。

どうやら舞衣は、猪突猛進だけではないようだ。


「これでもね、私、中学ん時キャプテンだったんだ。4番付けてたの。」

「ほお。」

「今のチームをまとめる力はないけど、ちゃんと考えてるよ、試合のこと。皆んなだって、外してもいいからとにかく打てーって言われれば、クイックシュートやってるし、迷わないで戦えると思うんだ。」

「そうだな。……わかった。俺も行くから、狩野君の聴取。」

「うん、ありがとう。」


じっくり話してみると、意外といろいろ考えているのだなと気付く。

そして結構鋭い観察眼をした子だな、と紅河は思った。

湖洲香をうっとおしいと感じている、という指摘。

周りからそう見えるということは、これは意識を変えないといけないな、とも思う。

何と言っても湖洲香は文字通り紅河の命を助けてきた使い手だ。

感謝こそすれ、うっとおしいなどという感情は思い上がり以外の何物でもない。

舞衣に、その本音に気付かせて向き合わせる、と考えていたのに、逆に教えられてしまった、と紅河は少し恥ずかしさを覚えていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


その現れ方は明らかにテレポーテーションだった。

自室から出て区画内を自由に移動して良い許可を得ている深越ふかごしは、現れた『紫』と穂褄ほづまとの位置関係を素早く確認した。


…離れている。『紫』の目的は?


明滅する『紫』は、だが穂褄に近付いていかない。

こちらへ、自分の個室へ向かって歩いている様に視える。

攻撃する気ならとっくにしているだろう。

この色はおそらく奈執志郎なとりしろうという脱走者だ。


…人に会う事が目的か、この蹴蘭山研究所の施設に用か。


察知出来ているのは自分と穂褄だけか。

或いは各所の監視カメラがもう捉えているのか。

内線で所長へ報告しよう、と受話器に手を掛けた時、クレヤボヤンスで追っていた『紫』が彗星のような尾を引き瞬間移動した。


「は……」


その『紫』は、既に深越の個室のドアの外に在った。

全身に緊張感を走らせる深越。

コールブザーが鳴る。

内線電話の受話器を置いた深越は、恐る恐るインターフォンの受話器を取り耳に当てた。


『どうも。雅和希みやびかずきと申します。女性の部屋ですから、一応お断りしてから入ろうと思いまして。』


名乗った。

ミヤビカズキ、と堂々と名乗った。

この言葉、自分を深越美鈴だと明らかに知っている口調だ。


…ドアの前にいるなら明らかに監視カメラに姿が映っている。


何が狙いか。

どう受け答えするべきか。

深越の額に冷や汗が滲む。

彼女は穂褄の『青』にも意識を向けつつ、インターフォンへ言葉を発した。


「所長の許可証はお持ちかしら?」

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