表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第二章
194/292

紫の煙霧 5.

下校の生徒が疎らに見受けられる昇降口へ向かって小走りで駆け込んで来た須崎すざきは、腰を屈めて何かを拾い集めている男子生徒を見かけた。


…なんだあれ。ゴミ箱でもぶち撒けたか?


その男子生徒が拾っているものは丸められた紙屑のようだ。

立ち止まった須崎の足元にも一つ転がっていた。

周りを見渡すと、紙ヒコーキが折られたものも落ちている。

須崎は足元のそれを拾い上げた。

丸まった紙を広げてみる。


『ピアノ同好会 部員募集 初心者大歓迎』


手書きでそう大きく書かれた下には、これまた手書きでグランドピアノと音符のイラストが描かれている。

あまりセンスの良いレイアウトとは言えない。

しかも、下手だ。


「あん? 同好会の勧誘? 何だ今頃。」


須崎は紙の一番下に目をやった。

3-B 小川樹生まで、と書かれている。


…小川って、ああ、あいつか。


須崎は、眼鏡を掛け直しながら汗まみれで紙を拾い集めている男子生徒に歩み寄った。


「ちーす。おい、これ拾ってんのか。」

「え……」


しゃがんだまま須崎を見上げる小川。

小川のスラックスのポケットは拾った紙でパンパンに膨れていた。

左手には勧誘チラシの束を抱えている。

小川はよろっと立ち上がった。


…うわあ、須崎クンだ、怖ぇ……


「あ、ごめん、下駄箱んとこで渡してたら、外にみんな捨てられてて……」

「なに、同好会、やんの。」

「う、うん……」

「小川って、あれだよな、一年の時に文化祭で演劇部の歌劇みたいなの、弾いてたやつだよな。」

「あ、ああ、二年の時も弾いたよ。」

「そっか、覚えてねぇや。拾うの手伝ってやりたいけど、ちと忙しいんだ。頑張れよ。」


須崎はシワになっていた勧誘チラシを軽く伸ばすと、小川に手渡した。


「ああ、どうも……」


なんだ。

頑張れよ?

こんな紳士的なやつだったか、須崎。

もっと乱暴なやつだと思ってた。

声でかいし。

態度もでかいし。

なんか今の顔、ちょっと凛々しかったな。

例えるなら……

小川の脳裏には、ショパンの英雄ポロネーズが鳴り響いていた。


須崎は本館を周って体育館脇の部活用ロッカー室へ走った。


…女バス、女バス、と。


女子バスケ部が使用しているロッカー室のドアを見つけると、須崎はノックし、声を上げた。


「おーい、いるか? 返事しないと覗くぞー。」

「え、あ、使ってまーす。」


おそらくさっき体育館を出て行った一年の柳井という子だろう、女子の声が中から聞こえた。


「ほーい。体育着に着替え直して出てこい。三十秒以内に。」

「え、え、帰るので……」

「まだ女バスの練習終わってねーぞ。」

「あ、あの、用事があって……」


…って言うか誰よ、なんで男子がこんな所に。


「人生、バスケより大事な用事無し! 親が死んでもバスケしろ! 早く出てこいよ、あと二十秒。」

「……」


…何その格言風なの。帰るのよ、私は。


「はいあと十秒。出て来なければドア開けて襲いまーす。十、九、八、七……」

「え、ええ、ち、ちょっと、セクハラ、誰、なに……」

「三年の須崎でーす。襲うぞー、準備はいいかー。」

「え、す……や、や、ちよっと、あ、待って、ジャージ、ジャージ……」


…須崎先輩? 襲われる準備って……


美岬みさきはほんの少し顔を赤らめた。

サッカー部七番のハイスコアラー、ちょっとカッコイイ須崎先輩。

彼女は一度羽織った制服のシャツを脱ぎ体操着に首を通した所だった。

下着一枚の下半身に慌ててジャージを履く。


「開けるぞー。」

「き、き、着替えましたっ。」

「ほい。体育館行くぞ。」


須崎はドアを開けなかった。

美岬が恐る恐るドアを開けると、通路の向かい側の壁に腕を組んで寄り掛かっている須崎がいた。

青が色あせている使い古したサッカーパンツには『7』が白糸で刺繍されている。

上は、二頭身の女の子キャラがプリントされている白いTシャツを着ていた。

上下ともあちこちに土汚れが着いている。

紅河と並ぶと低く見える背は、こうして見ると意外と高い。


…百七十五、くらいかな?


間近で見ると、ちょっとではなく結構カッコイイな、と美岬は刹那見惚れた。


「あの、えっと……」

「キャプテンが解散って言う前に勝手に帰るな。基本だ、部活の。」

「だって、みんないつも……」

「だってじゃねーよ。ほら行くぞ。」

「はい……あ……」


美岬は思い出した。

舞衣の前で『帰る!』と啖呵を切って出てきたことを。

ばつが悪く、戻りにくい。


「あのぉ、今日はやっぱり、もう……」

「なに、ニコちゃんか。」


ニコちゃんとは舞衣のこと。

高島が呼ぶニコールちゃんが短くなったアダ名。


「だって、言い方が、なんかムカつくんです。」

「嫌いか。」

「んー、苦手。」

「俺と同じだな。」

「え?」

「俺も紅河がキライだ。ムカつく。上手いから余計に腹立つ。」

「そうなんですか?」


…舞衣もバスケ上手い。だからイヤなんだよな、言われるの。


「とりあえずな、体育館に戻ったらニコちゃんの前に行って、でかい声で『ただいま!』って嫌味ったらしく言ってやれ。声を出しゃすっきりすっから。」

「はい。」


紅河と違って優しい感じがするな、と美岬は思った。

紅河はいつも不機嫌で、どこか理屈っぽい。

何か見下されている感じも時折する。

須崎先輩の方が好きだな、と美岬の頬は更に赤くなった。


体育館に着くと、美岬は言われた通り舞衣の前にツカツカと歩み寄った。


「ただいまっ!!」


舞衣は二、三度瞬きすると、大声で返した。


「おかえりっ!!」


お互いの胸中に腹立ちは残っている。

だが、思いの外すっきりとした感覚が二人を過ぎった。

桐山が一年を一箇所に呼び集める。


「須崎君が、ポジションの事で相談に乗ってくれるって。日曜日の試合に向けて、一応ちゃんと決めておきます。」

「須崎です。今、桐山キャプテンとも話したんだけど、一年は七人だから、オールラウンダー的なSGとSFを二人づつ、で、C一人、PG一人、PF一人、現段階では基本これがいいかなと考えます。」


大瀧咲良おおたきさくらが不満そうなニュアンスで言った。


「いろいろポジション変えてやるのが楽しいんですけど。PGとか凄い疲れるし。」


須崎は顔をしかめた。


…こりゃバスケってもんを全く解ってないな。


「ええと、名前は?」

「大瀧です。」

「疲れないポジションてのは無い。確かにPGは全員の位置や動きを常に把握して神経を擦り減らすけど、CやPFのボックスアウト、ピックアンドロール、スクリーン、体力も神経も半端なく使うだろ。」

「だから、まんべんなく……」

「一つ一つのプレイ精度を上げていくには特化して掘り下げないと器用貧乏になる。いろいろこなせるけど大した事無いな、って選手になっちまうわけだ。」

「でも、全部やれた方がチームも……」

「でもじゃねーよ。おい、あのな、女バスは『だって』と『でも』が多過ぎんだよ。サッカー部だったら監督にぶっ飛ばされるぞ。今、勝つ為のチーム作ってんだろ?」

「そうですけど……」

「まず一つポジションの役割を身に付ける。それが定着してきたら二つ目のポジションを覚えていく。」

「須崎君、ちょっといい?」


桐山が口を挟む。


「皆んな知ってる通り、三年は三人しかいないよね。それぞれ、私がPF、津田つだがPG、巻谷まきやがC、で二年生にSGとSFやってもらってるスタメン。あなた達が入ってくるまで二年生五人を含めて合計で八人だったから、交代で全員試合に出るようにやってたけど、やっぱり二年生のPGやCは弱点になってた。下手とかじゃなくて、二年は特化したポジション練習してなかったのが原因かなって思ってる。」


桐山はチラッとパス練習している二年の方を見た。


遙香はるかなんかはドリブル上手いのに、弱いゴール下を強くしようとCを意識したパワープレイをやり始めたんだよね。まず一個得意なとこ、皆んなに身に付けてもらって、公式戦にも出て欲しいんだ。」


月ヶ瀬寿々音が怪訝そうに言う。


「やっぱ、身長とかで決めるんですか?」


寿々音は百五十四センチと背が低く、内心でPGばかりは嫌だな、と思った。

湯澄まりもがチラッと寿々音の方を見た。まりもは百四十三センチしかない。

須崎が桐山の方を見て言った。


「身長では決めない、よな、聡美ちゃん。」


桐山は少し悩むような表情を見せ、遠慮がちなニュアンスで言う。


「うん、あの、さ、柳井、房生、」

「はい。」

「はい。」

「あなた達、CとPF、どう?」


舞衣と美岬は顔を見合わせ、そしてプイッと逸らした。

ゴール下のパワープレイ、そのディフェンス寄りとオフェンス寄り。

仕事としては似た役割のCとPF。

必然的に、シミュレーションではガチのパワー勝負練習をする相手となるだろう。


「それとね、悪虫、」

「はい。」

「PG、やってみない?」


え、と意外そうな表情をしたのは舞衣だった。

愛彩は得点率が高いシューターだ。

どちらかと言えば愛彩がPFに向いている、というのが舞衣の認識だった。


「あとね、大瀧、鈴原、あなた達も一緒にPGを覚えて。この三人にはゲームメイキングの素質があると見てるんだ。」

「え、ガードばっかり三人ですか?」


不思議そうな顔をした千恵に、桐山は言う。


「さっき須崎君が言った通り、メインPGは一人、で悪虫。大瀧と鈴原はSGをメインポジションとして、悪虫がいない時にPGに入れるようにしておく感じ。月ヶ瀬と湯澄はSF。背の高さとかじゃないよ。ジャンプシュート頑張ってるでしょ、外から中から、点取り屋で勝敗を分けるポジションだよ。」


キャプテンに改めて言葉で指定されると、妙な緊張感が湧いてくる。

疑問や不満はあるものの、何かを任された、責任を持たされた感覚が、一年全員の背筋を駆け抜けた。

須崎がパチン、と手を叩く。


「さーて、ここからが本番。ゲームしながらポジションの役割をやっていくぞ。」


須崎の言葉に、舞衣はチラッと美岬を横目で見た。

すると、美岬も舞衣を見ていた。

目を逸らす二人。

そして、それぞれ思う。


…リバウンド、絶対取らせない!


練習が終わりロッカー室に行くと、皆まずやることは一つ。

携帯電話のチェック。

舞衣は通話着信を見て首を傾げた。


…誰だろ、この番号。


県内の市街局番だが、登録していない番号だ。

舞衣は体操着のままロッカー室を出た。

折り返し掛けてみる。


『はい、県警総務部です。』


…は?


「あ、れ、あの、着信が来てて、掛けてるんですけど……」

『お名前を頂けますか。』

「房生です。」

『フルネームでお願いします。』

「房生舞衣です。」

『少々お待ち下さい。』


二分くらい保留音を聞かされた後、女性の声が電話に出た。


『特査の赤羽根です。覚えてる?』


…アカバネ、アカバネ……あ、ああ!


「はい、覚えてます。」

『実はご協力頂きたいことがあって。』


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「どうしてこんな重大な情報が今になって降りてくるんだ、警視。」


警察庁刑事局、第三会議室。

古見原こみはら警視を睨む押塚おしづかの目は、憎悪にも似た重たい念を放っていた。

それはだだっ広い会議室に充満し破裂でもさせんばかりの眼圧である。

押塚の横で、崎真さきまも眉間に深い縦じわを寄せている。


「申し訳ありません。能力者関連の情報開示は順序立てて必要最小限に、と慎重になり過ぎたところは否めません。」


押塚はぐっと両目を硬く閉じた。

子供に、子供を殺させた。

その加害者の子に国家公務員資格を与え、全国の警察を統括する管理職務を与えている。

この狂気の沙汰は一体何なのだ。

古見原から開示された内容を見る限りでは、新渡戸にとべ深谷ふかや根津ねづ、故人である車尾くずもの四名が脱走した能力者を殺めた殺人経験を持っていた。

それも、喜多室きたむろの様に敵討ちといった動機があるわけではない。

ただ、指示された。

目の前の子供を殺せ、と指示され、やった。

彼らは異質な精神を持った特別な存在ではない。

非能力者と変わらない、ただの子供だ。


…生き地獄を味わわされている本当の被害者は、刑事局の使い手達ってことか。


「まぁ、警視、今期から配属のあんたに言ってもしょうがねぇが、いつかぶっ壊れるぞ、子供の頃に殺人教唆を受けた刑事なぞ、な。」

「その精神汚染を補強する治療、教育を施したのが『灰色』の戦士です……と立場上言わなければならないのですが、押塚警部、あなたに直接お話を聞いて頂いたのは、情け無い話ですが、私も今後使いこなせるか自信がないのですよ、深谷や根津たちを、ね。」

「それは言葉に出しちゃあまずいな。」

「わかっておりますよ。話のベクトルを戻しますが……『金色』の目的、奈執志郎なとりしろうの目的、仔駒雅弓こごままゆみの保護、これらに関連付く使い手犯罪の未然防止、これを成すには動機を知ることが重要、その動機の一つと見られるのが脱走者を殺させた者の存在です。」

蓮田はすだを始めとする特殊研究班員、その背後の指示者、だな。」

「はい。これを見て下さい。」


古見原はパソコンのモニターを押塚と崎真にも見やすい角度に動かした。

そこには人物相関図が表示されているが、人名と人名を繋ぐ矢印が未完成だった。

『1997年現在相関図』と記載があり、以下の名前が配置されている。


佐海藤吉さかいとうきち 緑養の郷院長

杉浜光平すぎはまこうへい 衆議院議員立候補者

皇藤満秀こうどうみつひで 刑事局長

古見原一成こみはらかずなり 刑事局特殊医療班長

美馬詠泉みまえいみ 刑事局特殊医療班

遠熊蒼甫とおくまそうすけ 刑事局特殊研究班長

蓮田忠志はすだただし 刑事局特殊研究班

皆月真人みなづきまさと 大学院生

伴瓜絢人ともうりけんと 大学生


そして佐海藤吉の名の下に、緑養の郷に一度でも入館した記録のある使い手の名が列記されている。

更に、この相関図には数カ所の空欄があった。


「まず、この相関図を完成させなければなりません。もちろん表面上の関係では無く、主従なのか、癒着なのか、敵対なのか……それと、」


古見原がマウスを操作し、相関図の中心よりやや下にあった空欄に新たな人名を表示させた。


若邑兼久わかむらかねひさ 医学博士


「ん?……こいつは……」

「はい、若邑湖洲香わかむらこずか君の父親で、十七年前の1997年には既に蒸発、行方不明となっている博士です。」


崎真が険しい眼差しのまま口を開く。


「まだ空欄がある様ですが。」

「はい。掘り起こさねばならない。起点人物、作用点人物、そして歪みを加えたのは誰のどんな事情背景なのか。……ひとまず、うちの捜査課の動きとそちら、県警捜査課の動きのシンクロを図りましょう。それと特殊査定班が持つ情報もね。」


古見原は少し離れた所に置いてあった固定電話を引き寄せ、コーヒーを一口すすった。

Q. あなたの身長と呼び名をお答え下さい。


桐山聡美「162cm。桐山、桐山キャプテン、キャプテン、さとみ、さとみちゃん」

高島遙香「167cm。はるか」

鈴原千恵「159cm。ちえ、ちえちゃん」

悪虫愛彩「164cm。アクちゃん、いとあ」

湯澄まりも「143cm。マリモちゃん」

大瀧咲良「157cm。さくちゃん」

柳井美岬「169cm。みさき」

月ヶ瀬寿々音「154cm。りんりん」

房生舞衣「166cm。ちゃむ、ふさおちゃん、まい、まいさん、まいちゃん、美人ちゃん、ニコールちゃん、ニコちゃん……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ