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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第二章
193/292

紫の煙霧 4.

「搭乗したのは間違いないのだな?」

「はい、羽田空港の搭乗者履歴にチケット通過データが残っています。北ウイング、新千歳空港便です。」

「ふん……」


古見原こみはらは刑事局捜査課のデスクで腕を組み、顔を少し俯かせた。

深谷ふかやの調べでは、昨日の航空便を使用したと思われる皇藤こうどうみやびなる男の足取りが、新千歳空港から先が全く掴めないとのことだった。

厳密なことを言えば、羽田空港で搭乗ゲートを通過した直後から、本当に機内にいたのかどうかすら確認が取れていない。


「深谷、」

「は。」

「航空機には重心の管理ってあったよな。」

「はい。」

「人の体重、二人分の増減、これ、調べが付くか?」

「それも問い合わせましたが、二人ですと百三十キログラムでの試算となり、その程度は誤差範囲なので問題視しないとのことでした。」

「CAは座席に乗客が間違いなくいるか、確認しないのか?」

「離陸時と着陸時の搭乗者着席状態が同じであれば、細かい詮索はしません。乗客が自分のシートではない空席に移動していても詮索しない場合もあるくらいだそうです。」


乗った人数と降りた人数が合致、というだけでは、皇藤と雅が実際に搭乗したかどうかの確認にはならない。

古見原の頭を過ぎった懸念は、便に乗らず羽田で消えた可能性である。

搭乗ゲートを通過した人間が忽然と消えるなどということは有り得ない……とは、一般的な常識的判断だ。

あり得るのだ。

どちらかが、または二人が、テレポーテーションの使い手であった場合、である。

否、狩野かのう美馬みまに連れ去られたケースも鑑みると遠隔肉体転送という神隠し技も考えられ、使い手が羽田に居る必要すら無い。

古見原は右手を拳状に握ると、自分の額に軽く当てた。


「深谷、引き続き新千歳空港から先を追え。それとな、雅和希みやびかずきという男、こいつの身元を根津ねづに洗わせる。密に連絡を取り合え。」

「は。」

「札幌の旧友、というキーワードに集約させる線で調べろ。蹴蘭山けらんざん研究所の所員も当たっておけ。」

「承知しました。」


蹴蘭山研究所とは、札幌市南区にある警察庁刑事局関連施設である。

余市岳中腹にあり、陸路の交通網は敷かれていない。

ヘリポートが存在し、冬場は天候によっては人の出入りがままならなくなる場所に建てられている。

白楼と同じく秘匿性の高い施設で、1998年から2013年まである能力者を隔離拘束していた。

被験者No.01、若邑湖洲香わかむらこずかである。

管理の都合上、道警の本部長と警視長はその内部事情をある程度掌握しているが、超能力者の隔離に用いられていたという実態は知らされていない。


…もう一度、皇藤の奥様に聞くか。


旅行中の連絡先やその他、何か手掛かりになる情報を置いていっていないかどうか。

これは深谷や根津より自分が連絡を取った方がいいだろう、と古見原は考え、電話の受話器を上げた。


「……いえいえ、はい……はい?……あっははは、そうですかそうですか、では、そのお話は次の機会にでも、ええ、はい、ああ、これは、有難うございます、はい、失礼致します。」


戯けた口調とは裏腹に、受話器を戻した古見原の目は険しい。

皇藤は手掛かりとなる情報を自宅には残していなかった。

刑事局の激務、その中に身を置く者は、身内へ連絡を入れる暇もなく帰れない事も多い。

警察庁長官ともなればそういった振り回され方は激減するのだが、皇藤の妻も慣れているのだろう。

連絡先が判らない夫の外出というものに。


「ん……」


古見原は時計に目をやった。

県警の押塚が来るまでにはまだ時間がある。

再び受話器を取る古見原。


「刑事局捜査課、古見原です。特査の遠熊とおくま班長代理を頼みます。」


古見原は受話器から聞こえてくる保留音を聞きながら、関東エリアの各県警捜査課報告ファイルをパソコンモニターに表示させた。

犯罪傾向、その比率変動と対策策定進捗を見つつ、思う。

刑事局がこれまでに捕捉出来た能力者は合計三十七名、これに年間犯罪発生率を積算し、使い手の犯罪件数と比較すると……


…一般人、非能力者の方が犯罪率が高いじゃないか。


これは、三十七名のうち十七名を刑事局が事前確保出来たからなのか。


…本当に使い手は凶器なのか?


今は一昔前と違い、使い手のテレパシーの様な道具が普及している。

携帯電話。

誰もが電話を持ち歩けるなど、ほんの三十年も前には考えられなかった。

盗聴器や隠しカメラの高性能小型化はクレヤボヤンスの普及と言えなくもない。

テレキネシスとテレポーテーションは取り締まるべき脅威だ、と刑事局内には固定観念としてある。

しかし、使い手だけを危険分子扱いするのはいかがなものか……常々思っているそんな疑問がふと頭を過る。


「それにしても長いな。」


古見原は出る気配のない長すぎる電話の保留に、仕方なく一旦切った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


…都内の公立小学校を、奈執なとりは囮に使った。


この事実から治信はるのぶが派生させた推理は、関東近郊の私立小学校への編入だ。

囮とは、見間違えやすい類似のものを充てる。

そして、本来の目的が雅弓まゆみを脱走者の仲間に引き入れる事であるならば、地方へ遠ざける事はやはりしないだろう。

それは、似広にひろの偽名を使う奈執、穂褄ほづま篠瀬しのせ、鈴木に改名していた武儀むぎの自宅が全て関東近郊にあったことからも伺える。


「編入試験受験者、関東だけで五百四十六名か。結構多いものだな。」


正規日程に行われた私立小学校受験に失敗した子供、その親が諦めきれないのだろう。

編入枠からすると、中途編入もなかなかに厳しい競争率である。

どの学校も一学年に若干名といった編入枠を提示している。

実際には一校に多くて二、三名程度なのだろう。


「少々面倒な仕事だが……」


治信は七歳の女の子に絞った受験生の個人情報回収、その依頼を知人に掛ける。

そして、偽物である似広まゆみが住む現住所を訪れるため、宅配業者の衣装に着替え始めた。

フェイクに引っ掛かっています、という装いを見せ、相手を油断させておくためだった。

また、何かしらの手掛かりを入手する目的もある。

似広まゆみと奈執が関係しているであろうことは間違いないからだ。


…まぁ、囮に手掛かりを残しておくほど愚かではないだろうが。


似広まゆみがどういった素性の子なのかが判るなら、奈執の偽装工作手口の傾向が見えるかも知れない。

治信は着替え終えると、大判の封筒に名刺を添付した書類を入れた。

名刺には『仔駒光俊』と名が入っている。

亡くなった雅弓の父親の本名である。

封筒には似広が勤める会社の所在地と社名が記載してある。

書類は売り込み営業、その偽造書類である。

揺さぶるのだ。

似広悟、本人を。

治信にはプライドはあるが、禁じ手は無い。

後は……


「美馬恒征の線がさっぱり、か。」


今現在警察に拘留されている美馬にあり、雅弓の管理をしていないことは明白だが、誘拐に関与した可能性はある。

そこで調べていたわけであるが、美馬の現住所や勤め先すら、一切が不明なのである。

やはり美馬も改名でこの社会に溶け込んでいたのか……?

治信は十七年前の『無人テロ事件』から洗い直してみよう、と調査方針を変えることにした。

アイスコーヒーを口にし、タバコに火を点ける。

つい思い出してしまう。

武儀帆海……鈴木尚子のことを。


…ん。


治信は、この事務所を訪れた時の彼女の録画データも見直しておこう、とふと思い立った。

思い起こす限りでは無さそうなのだが、奈執や美馬に関するヒントが何か見つかるかも知れない。

パソコンの前に座り、タバコを燻らせながら映像を再生する治信。


『二十三歳、OL、事務仕事……』


そう言えば、武儀はなぜ鈴木に改名した時、年齢を二歳多く偽装したのだろうか。

武儀帆海は二十一歳である。


『当時の刑事局局長は誰だ?』

『皇藤氏です。』

『どこにいるんだ?』


ん?

そうか、彼女は皇藤の所在を聴いていたな。


『次はそいつを調べてくれ。』

『ん、その前に……』

『煙草はやめてくれよ。』

『これは失礼。』


この後、治信は「あなたが武儀帆海だ」と指摘し、武儀は鬱状態になりタバコを吸い始めた。


『皇藤満秀の所在、どうして知りたいのです?』

『フゥ、あ、いいです……』


治信は映像を停止し、右手の中指をこめかみに当てた。

トントン、と二度小さく叩く。

瞳が左右にわずかに泳いだ。


…皇藤の所在を知ろうとしたが、精神が落ち着いた時、それをやめた。

…鈴木氏に拾われた十七年前、年齢を二歳多く偽った理由、その必要性。


単なる気まぐれ、思いつき、か。

深い意味は無いのかも知れない。だが……

手を止めてしまった鈴木尚子の調査も再開しよう、そんな事を考えつつ、治信は椅子から腰を上げた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


城下桜南高校、放課後の体育館。

シュート練習中だった女子バスケ部の桐山きりやまは、外扉の縁にもたれて腕を組んでいるサッカー部の須崎すざきが目に止まり、ボールを手にしたまま駆け寄った。


「なに見てんの、練習は?」

「今日、なんか紅河くれかわいないんだよ。ツートップシミュレーションやるはずだったんだけどな。」

「だったら他のことすれば。もう来週じゃなかったっけ、インターハイ第一試合。」

「いや、再来週だな。来週は軽く流して調整だし、いんだよ、そんなシャカリキに練習しなくても。」

「さすが余裕ね、サッカー部。」

「そうでもないな。三パターンのポジション変更を間際に叩き込むことになってさ、俺がセンターフォワードの陣形も一つ組んだ。余裕なんか無いけど、ま、試合になっちまえば適当にやるけどな。」

「それで勝っちゃうんだから、凄いね。」

「まあな。」

「あ、ね、来週、体力残ってたらまたワンオンワンやりたいな。」

「ん、それは構わないけど、さ、ちと今見てて思ったんだけど、聡美ちゃんさ、新しい技、やってみない?」

「新しい技?」

「こう、身体をこっち向けて、あっちにジャンプシュート。」

「え? リングに真っ直ぐ向けないの?」

「パスと見せかけて、シュート、みたいな。」

「えー、そんな、身体が斜めじゃ入らないよ。」

「だから新しいんだってば。」

「ただでさえスリー下手なのに、斜めにしちゃったら……」

「これ、決まったら相手は結構振り回されるぞ。パスだかシュートだか打つまで読めない。」

「それは、そうかもだけれど、そんな、あつしじゃあるまいし、あっち向いてこっちに蹴るとか。」

「そう、その淳だ。」

「え?」

「紅河に目薬、目の位置も見えないのに何で百発百中なんだよ、聡美ちゃん。」

「え、あ、ああ、なに、知ってるの?」

「適当に挿してるってんでもないんだろ? 何かガイドにしてんじゃないのか?」

「ガイド?」

「紅河の目の位置が、何もない空中にその延長線が聡美ちゃんには見えてるとか、そういうんじゃないのか?」

「あ、ああ、ガイド的な……淳の鼻との位置関係、みたいな感じかな。」

「んじゃ出来るだろ、リング見ないでシュート。」

「ええ? 見ないで? 出来るわけないでしょ 。」

「あのなぁ、普通、もっと出来るわけないんだよ、自分より二十センチ近く高い他人に立ったまま点眼なんか。」

「そうかな。」

「リングを見てなくても、何かしら視界に入ってるもんを目印にする。あ、この体育館の何かを目印にしても駄目だぞ。試合では使えないからな。」

「んー……」


バンッ!


「帰る!」


ボールが床に叩きつけられた音とヒステリックな声に、須崎と桐山は視線を向けた。

桐山が呆れたような表情でつぶやく。


「またやってるよ……」


一年の柳井美岬やないみさきだった。

百六十九センチと身長の高い彼女はスリーポイントシュートを中心に練習しているのだが、どうもカンに触るらしい。

舞衣のアドバイスが、である。

舞衣も目を釣り上げて頬を膨らませている。

生理的に合わない二人、部員たちから見るとそんな印象を受ける。


「日曜、一年の交流試合なんだけどなぁ……」


深くため息を吐く桐山。

女バス部員を軽く眺め、須崎が言う。


「見た感じ、一年だとセンター出来るの、今出て行った子くらいだな。」

「うん、それか、悪虫、かな。柳井はSFやりたがってるんだけどね。」

「スモールか? そこまで器用じゃないだろ、今の子。」

「んー、やりたいとこやらせる主義だし、うち。」


須崎はそれを聞いて顔をしかめた。


「それじゃ一生勝てねーぞ。」

「だって……」

「だってじゃねーよ。」

「一応、みんなスキルは上がってるし、せめてポジションくらいは……」

「バスケは戦略とリズムの球技だ。適材適所はサッカー以上だと思うけどな。」

「戦略とリズム?」

「聡美ちゃん、お前本当にキャプテンか?…… ちと体育館シューズに履き替えてくる。」


須崎はジャカジャカとスパイクの音を鳴らしながら昇降口へ走って行った。

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