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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第二章
192/292

紫の煙霧 3.

全く、なんということだ。

彼は一体何枚感謝状を手にすれば気が済むのか。


「立つ瀬がないとはこのことだ……」


崎真さきまはタクシーを飛び降りると県警の正面玄関から駆け込んで行った。

捜査一課の事務所へと階段を駆け上がる。


「警部! 戻りました!」

「おう。」

「お疲れ様です、主任。」


押塚おしづかのデスクには、傍に喜多室きたむろも立っていた。


「もう新幹線に乗っていましたよ。警部の電話の後、慌てて飛び降りました。」

「全く……あっさり連れて来やがって。」

「私も何度かは桜南高に足を運んだのですが……主任同様、空振り続きでしたよ。」


強行犯2係の三人は苦い顔でため息を吐くばかりであった。

先月の白楼はくろう事件からこっち、人手も回されぬまま奔走していた捜査の対象、皆月岸人みなづききしとが、特査の若邑わかむらの手で連行されてきたのだった。

そして、若邑の説明では、皆月を説得したのはあの紅河淳くれかわあつしだと言う。


穂褄ほづまの件といい、狩野かのうの件といい、あの若邑の報告は本当なのか?」

「若邑君はドが付く真面目な子ですからね、嘘は言わないですよ。」


崎真が汗を拭きつつ片目を痛々しそうにつむって見せる。

押塚は印刷したばかりの聴取報告書の束でバサッとデスクを軽く叩いた。


「紅河め、手柄を根こそぎ持っていきやがって……一次聴取はな、若邑立会いで俺がやった。予想通り、皆月は蓮田はすだ班長を殺ってない。」

「でしょうね。小林京子君の証言も合わせて推察すれば、殺す気ならわざわざ蓮田喜美はすだよしみの所まで連れていかないでしょう。」

「俺の目から見てもな、純粋な少年だよ、皆月は。危険思想も持っていないな。ただな、例のごとく、若邑や喜多室の立会いだけではサッチョウがうんと言わん。野神のがみ主任が二次聴取を行うそうだ。」

「現時点では器物損壊と傷害、ですか。」

「若邑への殺意があったことを認めている。殺人未遂が付くかどうかは要検討ってとこだ。」

「要検討ということは、外れる可能性もある、と?」

「ああ、罪状が無けりゃ皆月も表彰状もんの働きをしているからな。」

「我々を救助、ですか。」

「それとな、深越美鈴ふかごしみすず、学校であれを止めたのは紅河一人じゃあなかった。皆月も深越確保の協力者ってこった。」

「そうでしたか。」

「まぁ、今考えてみりゃあ、『光の帯』とやらが見えない紅河が一人で深越をってのは、確かに首を傾げたくなるわな。」

「なぜ、あの時に皆月も協力したと言わなかったのでしょうね。」

「紅河はな、ああ、あの坊主も証言を落としてまだここに居るんだが、あの時は皆月が能力者だということを自分の口からは言えなかった、隠していた、と言っていたよ。」

「それはどうして……ああ、友達を売る行為だから、ですか。」

「まあ、そんな感じだな。深越の証言から、もうこっちは決めつけていたがな、皆月も能力者だと。」

「ですね。」

「紅河の野郎、特殊功労者の賞状は本当は皆月のものだ、とかなんとか、しおらしく言ってたよ。」


崎真はタオル地のハンカチをしまうと、指を折り始めた。


「深越、栂井翔子とがいしょうこ、穂褄、狩野、で、今回の皆月……紅河君は五枚目か、感謝状。」

「あれだな、もう紅河にやらせるか、超能力者対策本部長でも。」

「ははは。」

「はは。」


崎真に次いで、喜多室も軽く笑いを返す。

だが、二人とも内心は笑えなかった。

能力者絡みの捜査では、実質的には何一つ結果を出せていないに等しい。

唯一、喜多室の功績と言えば仔駒雅弓こごままゆみの確保くらいだろう。

栂井の件も、サッカースタジアムを捜索に加えたのは押塚警部の推理だった。

皆月確保は二人にとって大きな肩の荷が一つ降りたことになるのだが、その肩は決して軽く感じることはなかった。

まだ足りない。

まだ学ばねばならない。

この押塚慎吾という敏腕刑事から。


「ああ、それとな、崎真、喜多室、」

「は。」

「はい。」

「後で本部長室へ行け。」

「は?」

「はい?」

「お前らにも出てるよ、表彰状が。」

「はあ?」

「それは、何の……」


押塚はデスクの引き出しを引き、辞令状をピラッと見せた。


「なんだかな、今更。もう定年なのによ。俺は警視だとよ。」

「お。」

「あ、おめでとうございます。」

「ドウイタシマシテ、崎真警部、喜多室巡査部長。」

「え、私が、け、警部?」

「巡査部長、ですか、私が……」

「あれだ、白楼事件な、佐海さかい局長のご見解らしいが、俺たちがいなかったらもっと死人が増えていた、とさ。」


本部を有する県警の所属とは言え、ノンキャリアである押塚が警視の階級まで上がることは珍しい。

前例が無いわけではないが、警視という階級は所轄の警察署長クラスの待遇となる。

押塚は、自分がトカゲの尻尾ではなかったと改めて知り、彼なりに報われる喜びを感じていた。

この昇級には白楼事件を境とした刑事局の人事が少なからず影響している。

捜査課の古見原こみはらが、この三人の実績を見て過小評価であると推薦していたことは、当の三人は知らないことだった。

七月十六日付、伴瓜ともうり警視正が警察庁刑事局へ戻る日と同じくし、押塚は警部から警視へ、崎真は警部補から警部へ、喜多室は巡査から巡査部長へ昇級となる。


本部長室で辞令を受け取り捜査課に戻ってきた崎真と喜多室の顔を見て、押塚はニヤッと笑った。

二人とも肩を落とし、険しい表情だ。


…くくく、相当に絞られたか。


昇級と責務の激化は一心同体。

与えられる権限と責任が重くなるのは当然のことだ。

伴い、これまでのような過失は許されなくなる。


「喜多室は皆月付きだ。奈執なとりへの捜査行動計画も今日中に修正しろ。」

「承知しました。」

「崎真、お前は俺と警察庁だ。古見原警視に会う。」

「は、局課、ですか。」

「向こうからお呼びだ。情報共有の打ち合わせだ。」

「は。」


押塚は身支度を確認すると、同じ室内にデスクのある強行犯1係の係長の所へ行き、しばし会話をした後、戻ってきた。


「喜多室、仔駒雅弓の件な、奈執とは別の線の捜査計画も組め。特査ともよく情報交換しとけよ。『金色』は刑事局の方針書を待つ。」

「はい。」

「行くぞ、崎真。」

「は。」


駐車場へ向かいながら、崎真は押塚に聴いた。


「1係とは、何を?」

「お前が2係を見る事が多くなる、と話してきた。それとな、うちが抱えてるヤマ、少し引き受けてくれと頼んできた。」

「ヤマを? やれますよ、わざわざ1係に渡すことはありません。」

「まあ、本当は俺が一番渡したく無ぇんだがな、おそらく手が回らなくなる。」

「新しいヤマですか?」

「行きゃ判るよ、サッチョウに。」

「はあ。」

「あ、そうだ、お前、あれの持ってる情報を洗いざらい引き出しとけ、南條治信なんじょうはるのぶ。」

「私立探偵と共同戦線は、少々気が引けますが。」

「何を言ってやがる。やつとグルになって俺を騙しやがったくせに。」

「……」

「若邑と紅河の話を聴くとな、背後に匂うんだよ、あの探偵が。悔しいがな、警察より先を行ってるぞ、あの南條は。」

「……は。」


変なプライドは足枷か。

思えば、この押塚は必要とあらばヤクザにも頭を下げて情報を千切り取ってくる執念を持っている。

先の刑事部長の言葉が崎真の頭を過る。


『警察の階級は年功序列ではない。実力評価だ。あの押塚係長は何歳で警部になったか知っているか? 四十七歳だ。崎真君は四十一だったな。先輩に劣るようならいつでも落とすぞ。』


押塚がいるうちだ。

いなくなったら、もう誰も頼れない。

精神も思考もやり方も、脱皮しなければならない時だ、と崎真は自分に言い聞かせた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


白楼、β棟。

狩野を監視している鏡水かがみずは頭を悩ませていた。

押しても引いても、狩野は一言もしゃべらない。

彼に精神感応は仕掛けるな、とは古見原の指示である。

その理由はもちろん鏡水にも判る。

だが、武儀帆海むぎほのみの最期の言葉に『金色』に関する情報が隠れているとしたら、それを引き出すのは鏡水の仕事だ。

今、狩野は自室で寝ている。

鏡水は回線電話に手を掛けた。


警察庁組織犯罪対策本部、企画課。

根津ねづと共に伴瓜ともうりの警護に就く風見かざみは、携帯電話の振動に気付いた。


「警視正、」

「はい。」

「少し離れても宜しいでしょうか。」

「はい。」


振り返りもせずパソコンのモニターを見つつ応える伴瓜。

風見は根津に「白楼の回線から。少し頼みます。」と耳打ちすると、伴瓜のデスクを離れた。


「はい、風見。」

『警護中失礼します。鏡水です。今、ちょっと話せる?』

「一人です。」

『狩野佳洋のことなんだけど、恥ずかしながら、どうも私の手に負えない。二課の紗夜さやなら塞ぎ込んでいる男の子の対応、良い方法知っているのではと思って。』


風見は辺りを見渡し、廊下の隅へ寄った。


「なによ、心春こはるらしくないな。報告には目を通してるけど、狩野君、まだ黙秘?」

『ええ、黙秘と言うか、殻に閉じこもっている感じ。周りは皆敵だ、みたいな感じかなあ。』

「ふん……武儀には服を買ってもらったとか、あったわね。狩野君にしてみれば初めての人間らしい触れ合いなのか、な。んー……」


風見は報告にあった狩野の行動を頭でなぞった。


武儀帆海からテレパシーで呼び掛けられた。

美馬恒征みまこうせいが遠隔物質転送の要領で狩野をテレポートさせ、連れ去った。

N病院で武儀と会い、そこに美馬もいた。

そこで霊との接触による第三階層侵入と、第三階層での『光の帯』の使い方、マルサンを覚えた。

同時にテレポーテーションも会得した。

脱走者が刑事局から受けた非道な仕打ち、という話を美馬から聞かされている。

N病院の外に出た時は、武儀が一緒だった。

買い物をし、食事をした。

金銭を一切持たされていない狩野にあり、武儀がお金を全て出している。

武儀には、拘束はしない、後は自由にしろ、と言われた。

次に狩野は……


「城下桜南高校に飛んだ、か。」

『え?』

「いえ、美馬と武儀から解放された後、自由にしろと言われて行った先が、房生舞衣ふさおまいの所よね。」

『そうだね。』

「まあ、単純に考えて、狩野君の心の鍵を一番緩められるのは、自由な時に逢いたい人、なんだけれど、んー、房生さんは、ちょっとなぁ……」

『それは少年心理学の観点?』

「そう。」

『民間人は関与させられないね。』

「んんん……十四歳は、力尽くでいっても心は開かないからなぁ。」


風見は必死に狩野の負っている心の傷を推し量ろうと考えてみる。

警察に対する『能力者狩り』という不信感。

美馬の放った流れ弾で命を奪われた武儀。

遺体を抱いて刑事局に見せつけるまでした、親近感を寄せる年上の女性。

警察に対する不信感。

不信感というレベルを超えた憎悪。

自由を手にした時、会いに行った女の子。


「ん……心春、ちょっと特査の赤羽根博士に相談してから掛け直す。」

『悪いな、紗夜。』


風見は電話を切ると、県警本部に掛け直した。


「警察庁刑事局捜査二課、風見であります。特殊査定班の赤羽根博士にお繋ぎ頂きたい。」


……この保留が長いんだ、特査は。


五分以上待たされる事もある。

それは、特査事務所の固定電話は外線に繋いではいけない規則がそうさせている。

特査の班員はわざわざ総務部の事務所へ出て来てから受話器を取るのである。

更に特査は殺人的な忙しさときており、散々待たされて、後で掛け直す、となることもしばしばだった。

風見は携帯電話を耳に当てたまま自販機へ行き、カフェオレを購入し、廊下の長椅子に腰掛けた。


『……はい、赤羽根。』


…お、出てくれた。


赤羽根の声は相当に素っ気ない。

表情に出さず怒っている、そんなニュアンスの声だ。


「ご多忙な所申し訳ありません。風見です。今、いい?」

『ダメ、とは言えないっしょ。端的にお願い。』

「ずばりいくよ。狩野君を房生さんに会わせたいんだけど、どう?」

『どうって何が。』

「狩野君はだんまりのまま。彼の報告は見ているでしょ? 武儀の最期の言葉を聞き出したいの。」

『……』


三十秒ほどか、無言状態が続いた後、赤羽根が言った。


『警察の都合だけを考えるなら、それ、正解。房生さんの都合も考えるなら、最悪。』

「そう、よね……」

『ちょっとこのまま待ってて。あ、私はもう仕事戻るから。』

「へ?」


そして風見は、更に十分ほど待たされた。

カフェオレを飲み終えそうだ。


『あ、もしもし、紅河ですけど。』


…はい?


「え、あ、風見です。どうしてそんな所に、紅河君が?」

『そのうち報告いくんじゃないすか。』

「あ、あそ、ええと、あれ、今、赤羽根博士と話していてね……」

『うん、狩野クンでしょ。赤羽根さんから話を聞いて、俺の意見ですけど、』

「うん。」

『最悪、でいきましょう。』

「房生さんに会わせる、ってこと?」

『そうです。但し、俺も立ち会います。舞衣ちゃんは今部活が大事な時で、彼女の邪魔になりそうならそこで切ります。あ、俺が立ち会うってことは、必然的にともりんさんも、です。』

「トモリンサン?」

『湖洲香さん。』

「ああ、警護中だね、君の。紅河君はどうして会わせた方が良いと思うの?」

『狩野クンは「金色」を引っ張り出すピースの一つだからです。彼が話してくれないと何も進まないと思って。』


…紅河君は『金色』の事まで情報をもらっているのか。もう民間人扱いじゃなくなってるな。


それこそどうなのか、と風見は思ったが、県警が紅河に寄せる信頼は絶大である事は知っている。

次々と使い手問題を解決してしまう少年だからだ。


「紅河君の考えは判りました。ありがとう。この件の返答は上を通して特査へ返す。」

『はい。』


風見が電話を切ろうと耳から離しかけた時、『あ、風見さん』と紅河の声が聞こえた。

耳元へ戻す。


「はい?」

伴瓜ともうり、気を付けて下さいよ。』

「同じ庁の上官に何て言い方するの。サッカー、全国、頑張るんだよ。」

『ども。』


なんという少年だ。

私の事まで気に掛けている。


風見は、その場で古見原の電話番号を表示させた。

房生舞衣の件を申請するためだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


…スカート涼しいー。


義継よしつぐはセーラー服で原付バイクを走らせていた。

着慣れたセーラー服は、やはり楽だ。


…ちょっとウイッグが暑苦しいな。


メンズスタイルのショートボブにしていた義継は、女性服の時は多めのウイッグを着けている。

メットを被った頭が必要以上に暑い。


…と、ここか?


兄の治信から送られてきた所在地と現在地をマップ上で確認すると、彼はエンジンキーを切った。


…さて。


白い『光の帯』をふわりと出し、そのマンションの一室をマルニ透視する。


「んん?」


予想に反し、『紫』も『薄ピンク』も映らない。

だが、人は居る。

二人。

非能力者の光だと判り、義継は『白』をマルイチへ切り替えた。


…ふぅん。


義継は『光の帯』を戻すと、そのマンションのベランダに視線を向けたまま携帯電話を耳に当てた。


「あ、兄貴、例のマンション、四十代くらいのむさいおっさん一人、小学生くらいの女の子一人、計二人。男は奈執じゃない。女の子は、まあ確かに似てるけど、雅弓ちゃんじゃない。透視もした。間違いない。」

『なんだと?』

「玄関の表札には似広って書いてあるけどね。これは、フェイクだね。」


区役所を出て移動中だった治信は、バイクに跨ったままフルフェイスをゆっくりと脱ぎ取った。

義継に指示したことは、公立小学校で得た『似広まゆみ』の個人情報、そこにあった現住所の実態調査だ。

そこで雅弓を発見出来たなら、奈執との臨戦態勢を整えて乗り込みジ・エンド、のはずだった。

治信は軽く下唇を噛んだ。

雅弓の所在特定と決めつけ、彼女の姿が見つからない場合の小学校へのアプローチまで計画し、何重にも保険を打っていたところだった。

無駄、だったというのか。


…奈執志郎、詐欺の前科あり。


治信の目が、険しく、鋭くなる。


…見事な煙幕だ……だが、詐欺師、上等だ!


私立探偵のプライドが、真夏の焼けたアスファルトの様にジリジリと熱気を舞い上げていた。

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