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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第二章
189/292

ヤーヌスの夢 10.

二ヶ月程前のこと。

県警の赤羽根あかばね博士と若邑湖洲香わかむらこずかが予定外の来庁をしたとの連絡を受け、同警察庁で会合に参加していた深谷ふかや枝連えづれ達と共に対処に当たった。

既に県警特査の二人は地下二階の仔駒雅弓こごままゆみを拘留していた一室に踏み込んでいた。


『仔駒は刑事局預かりとなっている。特査の行動は誘拐行為だ。取り押さえろ』


現場の部屋では仔駒を監視していた新渡戸にとべが若邑に気絶させられていた。

常軌を逸したスペックのテレキネシスを放つ被験者No.01若邑。

躊躇するな……深谷は自分に言い聞かせつつ庁の二階から地下二階を透視する。

赤い魔女などというアダ名があるが、所詮は十九歳の少女……深谷は根津ねづ碓氷うすい達と確保の『光の帯』を下階へ放った。

若邑の『赤』よりも早く、先に放った、はずだった。


『邪魔! 自業自得ですわ!』


深谷が気絶する寸前に感知した若邑の思考。

その思念には、魔女の行動原理には、迷いが無かった。

念動力の速度だけではない。

一度念じたら、止めない。

止めないどころか、自分の信念を増幅させながら『赤』を突進させる。

それは女性特有の情念の暴走とも取れるが……


視えたのだ。

金色の『光の帯』が。

瞬時に野神のがみの頭に到達した、それが。

視えたなら、もう考えるな。

金色が誰なのか、何をしようというのか、そんなものは後から考えればいい。

赤い魔女の強さの片鱗、それは理性をバイパスさせた本能の念動力。


…主任、失礼!


ビュルルッ……ドサァッ


深谷の『灰色』は野神を背後から突き飛ばした。


「ぐっ……」


背後からの不意打ちに、野神は受身もままならぬ姿勢で床へ転倒する。

一瞬黒ずんだ『金色』は、空を切った。だが、止まらない。そのまま倒れている野神の頭部へ向けて急旋回した。


「だ、ダメだまだ! 記憶が! 記憶を!!」


帆海ほのみが倒れた野神に向かって走り出した。

彼女はテレキネシス戦に対応出来ない。

とにかく視るのだ。

思い起こしているであろう野神の記憶、十七年前の遊野ゆうやを鮮明に引き出す誘導をするのだ。


ビジッ!バチッ!……ジジッ!ビジジッ!


野神の頭上ギリギリで絡み合う深谷の『灰色』と『金色』。それに『赤茶色』と『薄緑』もギュルっと巻き付いてきた。

美馬みまは右手をかざしつつ黒い空間の部屋へ視線を向ける。


…今『光の帯』を晒すなど、愚かな。どうした、包帯の男。


喜多室きたむろは思念の読み込みを試みた。


…厚みを持つ能力霊体も貴様か! 何者だ! 答えろ!


ザシュッ……


斬り払ったのは美馬の『灰色』だった。


…私がやる。早く離脱を!


深谷を、喜多室を、そして赤茶の美馬までをも斬り払った灰色の美馬は、第一階層のそれを第二階層に戻すと、立ち上がりかけている野神の頭へ透過させる。

美馬の左手の指がピクッと動いた。


「ダメだって言ってんだ! やめろぉおぉぉ!!」


野神に向かって叫びながら走っていた帆海の頭が、美馬の『灰色』の軌跡に入った。

状況に気付いた野神は、自らの『紺色』を壁に向かって放ち、突き刺し、引き寄せる。

ゴロゴロっと転がるように壁へ逃れる野神。

彼の眼に、美馬の『灰色』が黒ずむのが視えた。

金色は?……視界から消えた金色を探そうと球体視界クレヤボヤンスを発動した瞬間、ドサッと誰かが倒れたのが肉眼視界の隅に入る。


廃病院本館の外で、状況を古見原こみはらに伝えていた狩野かのうは、言葉を詰まらせた。


「み、え、野神、さん、と、美馬さんの……倒れた……武儀むぎさんが……な、ど……」

「倒れた? 武儀が?……ん、おい、待て……」


狩野は言葉も途切れ途切れに走り出していた。


「おい! 君は傍観者……」


古見原の言葉に振り向きもせず、走り出した狩野の後ろ姿が陽炎のように揺らめき、見えない壁の中へ駆け込むように消えた。


波紋の様な揺らめきが起こり、その波紋をかき乱す様に狩野が飛び込んできたのは、帆海が倒れた数秒後だった。

声も無く突然倒れた帆海は、うつ伏せのまま、わずかに身体を痙攣させている。


「武儀さん!」


帆海を抱き起こした狩野は蒼ざめた。

彼女の右頭部は深く切れており、どくどくと生温かい液体が流れ出している。


「ち、ちょ……え、あ、あ……」


狩野は帆海の頭部の傷口を抑えながら、なす術なく震えた。


…なんで、どうして、これ、どうすれば……


帆海の右手がフラフラと虚ろに揺れながら、彼女の頭の傷を抑えている狩野の手にたどり着き、触れた。


「なん、か……うご、けない……」

「む、武儀さん! わかる? 見える? 俺です!」

「き、ぶん、が、き、きもち、わるい……」


帆海の目は半開きだ。

見えているのか、いないのか。

狩野は背後にいる美馬に叫んだ。


「美馬さん! これ、こんな、医療に詳しいんでしょ! これ、早く、なんとかして下さいよ!」


美馬は固く目を閉じた。

自分がやったのだ、よく判る。

あの深さではもう助からない。致命傷だ。


「そ、そうだ、病院、病院へ、武儀さん、頑張って……」


帆海の右手が狩野の手を一瞬握り込んだ。


「え、なに、武儀さん……」

「びょういん、いや、だ、鬱とか、躁とか、変な薬、もう……」


よかった、聞こえているんだ、と狩野は帆海の反応に刹那希望を感じた。


「この怪我治してもらうんだ。こんな所、早く……」


狩野は壁際に立ち上がった野神をチラッと見た。


「武儀さん、刑事は大丈夫、捕まらせないよ、早くここから……」


『ほのみ姉ちゃん、捕まらせない、早くここから……』


「ゆ、う、ちゃん?……」


大脳を深く傷つけていた帆海は、もう目はほとんど見えていなかった。

左半身は全く動かせず、右耳から途切れ途切れに聞こえてくる狩野の言葉を、なんとか拾っている状態だった。


「いるの?……来て、くれたの? ゆうちゃん……」

「え……」


うわごとの様に言葉を発する帆海を見て、狩野はゆっくりと彼女の上半身を起こし、その口に耳を近付けた。


「やっと、来て、くれて……ごめんね、ゆうちゃん、置いて、逃げて、ひどいよね、アタシ、ひどいね、こんなの、お姉ちゃんじゃないね……ごめんね、ほんとに、ひどいね、ごめんね……」


俺は狩野です、と言おうとするが、言葉が出ない。

帆海の半開きの目から、涙が溢れ始めていた。


「アタシさ……話したいこと、たくさん、ゆうちゃん、会えたら、ごめんねって、あのね、許せないよね……でも、ありがとう、ゆうちゃん……楽しいことも、あったの、ゆうちゃん、あの時、助けてくれて……」


ビクッビクッと時折身体を震わせながら、帆海の唇は動き続ける。


「ゆうちゃんだけ、怖い思い、ひどいこと、ひどいな、アタシ……生意気だけど、ゆうちゃんみたいに可愛くて、狩野君、おしゃれな服、始めてだって、喜んでくれて……」


狩野は帆海を抱く腕に力を入れた。

帆海の口に耳を近付けている狩野の頬から伝った涙が、帆海の口元に落ちる。


「あのね、今度の日曜、行くんだ、南條、コーヒー、あ……その、前に、自分で、やってみる、コーヒー……それでね、優しいから、南條、さん、また、時々行っていいか、聞くんだ……ゆうちゃん、助けてくれて、アタシだけ楽しくて、ごめんね、ほんとに、ごめんね……うっ……」


帆海が身体を大きく仰け反らせた。


「武儀さん、武儀さん!」

「う、う……なんか、眠い……あのね、ゆうちゃん、お願い、あるんだ……」


狩野の手に触れていた帆海の右手が、パタリと落ちた。

狩野の耳元の呼吸が、どんどん弱くなっていく。


「……ごめんね、こんな、アタシだけ逃げて……ひどいね……でもね、今度ね、夢、みたいかな……でも、ね、今度は、アタシが、ゆうちゃん助けるから、楽しいこと、出来るように、ゆうちゃん、助ける、から……」


帆海の瞳が、ほんの少し左右に動いた。


「だから、お願い……また、今度も……また、アタシの弟に、生まれてきて……お願い、ごめんね、おねがい……」


帆海の肉体に重なってあった黄緑色の魂は、薄い黄色に変わり、どんどん色が薄くなっていく。

そしてそれは白くなり、細かい無数の玉となって空中に浮かび上がり、消えていった。

帆海の頭がガクンと後ろに倒れ、急にその身体が重くなる。

狩野の耳元の呼吸は止まっていた。

彼は無言で帆海を抱いて立ち上がると、青緑の『光の帯』で自分の身体を帆海ごと包み込んだ。


「狩野君。」


野神の言葉に、狩野は吐き捨てるように言った。


「逃げませんよ!」


狩野が消える直前に、黒い空間は無くなっていた。

『金色』はその霊体も本体も、その姿を消していた。

黒い空間だった部屋には何体かの浮遊霊が見受けられたが、生者は確認出来ず、喜多室と野神は美馬を連れ、廃病院本館を出た。


…なぜそうも正当化出来るのだ?

…正当化とは違う。事故だ。

…野神さんも救うべき対象だ。

…いいや違うな。我々の計画に破綻を来す障害因子だ。

…お前は盲目的だ。疑いを持たないことと信念を貫くことは違う。

…それは理屈だ。彼を司令塔としたのなら曲げてはいけない絶対方針が生じる。

…お前は元々私自身だろう。

…それを言うなら、お前が私自身だ。


肉体を共有しながらお互いの壁を取り払わない美馬と美馬。

赤茶色と灰色は本来、常時精神感応で繋がった状態、精神共有が自然な状態であった。

それが、お互いに精神感応を拒むことが体質となって久しい。

だが、双方の思考の中に片鱗が確実に漂っていた。

帆海を殺めてしまったことの、悔恨の念、その片鱗が。

赤茶が言っていることの本質は、その自責。

灰色は他責を言っている。

そして両方の美馬は気付いている。

自分の責任なのか他者の責任なのかは、さほど問題ではない。

巻き込まれ、流された自分がいること、それが問題だ。

自分が帆海を殺してしまった事実、それは、動きようがないのだ。

赤茶は思う……やはり包帯の男から離れる時が来たな、と。

灰色は思う……守るものは守った。決して揺らぐなよ、包帯の男、と。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「美馬確保、精神鑑定、立会いは野神さん、か。」


二つの『光の帯』を持つという報告を見て、赤羽根は解離性同一性障害の症例を改めて洗っていた。

大抵は耐えられない苦痛な環境からの逃避により感情や記憶を脳が切り離してしまうことで発症するケースが多いのだが、そもそも解離というものは意識の遮断、気絶などの防衛反応が最初に起こり、個別の人格が成長してしまうと不安障害的な精神疾患を伴う。

だが、美馬の言動は至ってノーマルな様相であると初期聴取の報告にある。

今現在の症状から帰納的に追っていくのが治療の主流であるが、二つの人格が一見毅然とした健全性を見せているという事と、サイコスリープが別々に起こるという実態から、過去のどのケースにも当てはまらない可能性がある、と赤羽根は考えていた。


「普通、脳が寝れば何人の多重人格だろうと全部寝るのよ。」

「まぁ、あれやね、精神鑑定には項目があるんでしょうし、過去症例に当てはまるものと当てはまらないものに分類、当てはまらないものは……あれれ、どこに振ればいいのかねぇ。」

「でしょ。結局全部やらないといけないのよ。」


参考にならなくてもいい。

とりあえず遠熊とおくまが愚痴を聞いてくれる、それが赤羽根の精神的な負担を軽くしていた。


コンコン


ノックの音がした。

少人数の特査では音の軽快さで誰だか判る。

この音は門守かどもりだ。


「どうぞ。」


遠熊の声に、カチャッとドアが開き、門守が顔を覗かせた。

そして、ピラっと紙を掲げて見せる。


「あら、早いのね。」

「まぁ、俺、廃人っすから。」


遠熊が門守に指示していたのは、彼が趣味としているオンラインゲームの運営会社、制作会社、関わるフリークリエイターに関する情報だった。

門守は打ち合わせ室に入り、赤羽根の横に座る。


「とりあえず、これ、関係者の個人情報っす。気になったのは制作会社の代表取締役。この石井って社長。過去に実績が全く無いっす。ぽっと出の制作会社っすね。一作目のMMORPGが大当たり。運営は実績のある大手っすけど、制作が実績が無いにしちゃあ仕様が良く出来てる。」

「SPIRIOUL、スピリウルていう、武器? 誰が作りはったの。」

「武装、装備仕様のクリエイターはこれ。ただ、こういうのはアイディアの出処ははっきりしないっす。このクリエイターの彼女の思い付きかも知れないし、子供の冗談から作ったり、まぁ、でも装備したプレイヤーにしか見えないってのはオンラインゲーム初っすね。」

「まんまなのよね。」

「そやね。」

「うん、そんでね、ゴールドスピリウルの装備プレイヤー、判ったっすよ。Guang、多分グアンって読むプレイヤーで、ゴールドは奪われない限り一人のプレイヤーしか装備出来ない。んで、グラがこれ。」

「あら、グラフィック、手に入れたん。」

「俺もゲットしたんで。パープルスピリウル。だから見えるようになったっす。」

「廃人。」

「廃人。」

「そんな褒めないでくださいよ。」

「褒めてない。」

「仕事しろ。」

「あれっすねー、『光の帯』のCGデータとそっくりっすね。」

「色は何種類あるの?」

「不明っす。制作会社のプログラムデータにアクセスしないと。流石にそれは難易度高いっす。」

「この武器の効果は?」

「スキル発動に関わる『精神力』メーターを削る、打撃でダメージ、痺れで一定時間行動不能、あとは色によって炎、氷塊、水、風、雷撃、流星雨、ゴールドには精神力を0にする反則技もあるっす。」


遠熊は書類から目を離し、腕を組んだ。


「武器自体は装備してないプレイヤーには見えないんやね。」

「うん。」

「相手がその武器を持っているかどうか、どうやって見分ける?」

「それも見分けられない。装備してるプレイヤーからはキャラの輪郭が光って見えるから判るんすけど、装備してないプレイヤーはやられてから気付く。そこがキツイんすよ、対人。」

「文句とか出ないん? ユーザーから。」

「掲示板は批判の嵐っす。けど、同じ量だけ、そこが醍醐味、みたいな賛成ユーザーもいて廃止にならない。まあ、一度装備者と遭遇すれば、名前覚えておけば次からは警戒できるしね。」

「ふん……」


遠熊と赤羽根は、そのあまりにも『光の帯』の使い手を模した様な仕様に、製作陣に使い手がいるのではないかと考えていた。

そして、ついさっき回ってきた報告書の『金色の光の帯、金色の厚みを持った能力霊体』について、何かしらの関連性が見出せないか探っていたのであった。

赤羽根が言う。


「ゴールドのプレイヤー、グアン? どこの誰か洗い出して。」

「え、それは結構キツイっすよ。運営はプレイヤーの個人情報は絶対に出さないし、捜査課とかの仕事じゃ……」

「やれ。」

「やれ。」


二人の女上司の目は、普通に怖かった。

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