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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第一章
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初恋

紅河淳くれかわあつしが県警に呼ばれたのは事件の翌々日のことだった。

特殊査定班が作成する報告書類の内容確認及びサイン、かたちとしては任意の聴取である。

紅河は父親とともに県警を訪れた。


仰々しい扉を幾つか通り、その物々しさに紅河は警戒心を抱いたが、面談の相手は二人の若い女性であった。


赤羽根伊織あかばねいおりという、いかにも何かの研究員といった雰囲気のボサボサ頭の女性と、若邑湖洲香わかむらこずかという一見育ちの良さそうな黒髪が綺麗な女性。


紅河は湖洲香こずかの黒髪を見て、京子きょうこというテレパスの子に雰囲気が似ているな、と思った。


ただ、京子はおどおどと気の弱そうな子であるのに対し、湖洲香は好奇心旺盛な明るい女性という印象。


面談は短い時間で終わり、父親が心配するような質疑も無かった。

赤羽根は、あえて超能力を匂わすような表現は避けての物言いをしており、紅河淳が一方的な被害者であることの確認、といった内容であった。


水面下の目的であった『紅河淳の能力者鑑定』は、湖洲香の読心により『非能力者』と断定されたが故の、簡潔な終了である。


「ご協力有難うございました。」


赤羽根の言葉を最後に皆が立ち上がりかけた時、紅河淳がある申し出をした。


「あのぉ、深越ふかごし先生と、面会、出来ませんか?」


赤羽根が苦い表情で答える。


「彼女は精神状態が不安定ですので、当面は無理です。」


当面は無理…とは詭弁であり、事実上は半永久的に面会不能、である。

紅河淳に危害が加わる可能性が高いからだ。

湖洲香を同席させても、『光の帯』で唐突な攻撃を繰り出されては防げる保証が無い。


「そう、ですか。」


紅河は少し考えると、


「では、手紙を。駄目ですか?」

「我々が検閲し、問題ないと判断すれば。」

「では、あの、ちと紙とペンを。」


湖洲香が白紙の報告書を一枚切り取り、ボールペンとともに紅河へ渡した。


紅河が手紙を書いている途中の思考を読んでいた湖洲香は、思わず涙しそうになり、堪えた。


『深越美鈴先生へ

足のお怪我はいかがでしょうか。

僕のような、無気力で駄目な生徒のご指導は

大変骨を折られていたことでしょう。

僕には未だに将来の展望も無く、

迷いたくても迷う選択肢も見つけられない状態です。

ですから、

一つ教えて頂けないでしょうか?

深越先生が、教師になろう、と思われたきっかけは

どんなものでしたか?

ご指導の熱心な先生のことですから、

きっと人の役に立つような立派なご意志だったのではないでしょうか?

生徒は、

僕のような駄目生徒ばかりではありません。

深越先生の復帰を待ち望んでいる生徒のためにも、

早くお怪我を治し、

城下桜南高校へ帰ってきてもらえることを

切に望みます。

また、直接お話しできる日を楽しみにしております。

紅河淳』


赤羽根は目を通すと、表情を和らげ、


「…確かに、お預かりしました。」


と言い、紅河の手紙を丁寧に折り畳んだ。

その様子を見ながら紅河は席を立ち、言った。


「あの、赤羽根さん、若邑さん。」

「はい。」

「え?」

「あの、さ、上手く言えないんですけど、怖いのは『能力』ではなく、気持ちのすさみだと思うんです。」


赤羽根、若邑、淳の父は黙って聴いている。


「例えば刑事さんがいくら拳銃を持っていても、しっかりした大人だと分かっていれば、全く怖くないですよね。でも、武器を持たない人でも、何をしでかすか判らない危ない精神状態の人って、怖いですよね。」


紅河は少し間を置き、こう付け加えた。


「深越先生、僕のクラスを受け持つ前まで、器物損壊なんて一度もしてないでしょ、ってことです。じゃ、手紙、お願いします。」


赤羽根と湖洲香は静かに頷いた。


赤羽根は思う。

心理学的にも、精神力の強さや安定は『他者への優しさ、思いやり』が重要なファクターとなる。

…紅河淳君、彼は本当に強い子だわ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


2年A組教室、化学準備室の一件は、城下桜南高校の全校生徒に『超常現象』という話題を振りまいた。

それは、駅前の『乗用車分断事件』も相まって『超能力者』の存在という噂まで、まことしやかに流れることとなった。


本館北階段の3階の更に上、屋上に繋がる踊り場には、音楽室の予備の椅子が4つ持ち込まれ、ある4人の女生徒の密談の場となっていた。


「ちょっと、ちゃむ、屋上見てよ、あの人、いないよね?」

「待ってね。」


ギイイィ…


「平気。今日はいないっぽい。」

「おっけ。」

「うん、オッケー。」

「いいのかな、椅子まで…。」

「いいのよ。」

「ねまてねまて。」


一年生の、房生舞衣ふさおまい鈴原千恵すずはらちえ悪虫愛彩あくむしいとあ、そして小林京子こばやしきょうこである。

全員弁当持参、昼休みの第一回『超常現象会議』。


「やっぱさ、怪我で長期休暇の、なんだっけ、フカゴシ先生?怪しいよね。」

「あの先生、正門で、いっつもスカート丈言われるぅ。」

「いるとだぐめぐぅ。」

「ハイ、愛彩いとあ、東京弁に訳すと?」

「どきどきするってごと。」

「東京弁て、やめなよ方言攻撃。」

「攻撃じゃないよぉ。」

「でもさ、紅河くれかわさんもいたんでしょ?化学室。」

「クレカワって、誰?」


京子がキョトンとして聴いた。


「あのデカい三年生だよ。京子が一番知ってるでしょ。」

「え…」


…クレカワって言うんだ。


「どうして名前知ってるの?」

「だって、聞いたもんね。サッカー部に行って。」

「うん。」

「ええー、いつ?」


京子がいつになくテンション高めである。


「あれ、いつだっけ、しっぽ系の犬っこの霊。」

「アルプスちゃん。」

「えええー、なにそれなにそれ。」


京子の話題への食い付きが、普段の無口な彼女と全然違う。


「あれ、京子、あれ、あれれれれ…」

「小林さんもしかして…」

「え…?」


舞衣は悪戯っぽくニヤッと笑い、言った。


「ちょっと、京子さん?惚れちゃった系ですかぁ?」

「え、ええ、え、えええ、え、え、え…」

「あら小林さーん。」

「あらら、小林さーん。」

「いや、もう先約いますから。ね、千恵さーん。」

「いいえ。」

「え、え、え…」


その時、3階から上がってきた。

噂の男、紅河淳の登場である。


「…あん?」


紅河は階段の途中で足を止めた。

4人の一年女子と目が合う。

あからさまに不機嫌そうな顔を見せた彼は、


「だから、来んなって…ちっ。」


と言うと、スゴスゴと階段を降りていった。

何も言えず凍りつく4人。


「…行った?」

「うん、行った。」

「ここ、やっぱダメかな。」

「いや、こっちは4人、乗っ取るのよ、ここを。」

「ジャンケン負けないしね。」

「霊能力の先生もいますから、こっちは。」

「ちょっと…」

「先生じゃない…」

「ふふ。」

「ふふふ。」


4人が再び弁当を口にし始める。

と、噂の男、再び。


「あのさ、京子さん、つったっけ。」

「わぐっ…」


戻ってきた紅河の姿を見て、京子は喉を詰まらせた。


「けほっ、こほっ…」


舞衣が京子の背中を摩り、愛彩がお茶を差し出す。


「平気?」

「お茶、はい。」

「んぐ、んん…はぁ。」


紅河は、無表情な中にもほんの少し申し訳なさそうなニュアンスを含め、京子に聴いた。


「あのさ、差し支えなかったらでいいんだけど、君、ご両親は?」

「え?あ、あの、お母さんいます。お父さんは亡くしてます。」

「そうか。母さん、大事にな。じゃ。」

「え、あ、はい…」


紅河は右手をチョイ、と軽く振ると、教室に戻って行った。

紅河は、『使い手』の共通点を探していたのだった。


南條義継なんじょうよしつぐ、父親は無期懲役、母親が逝去せいきょ

深越美鈴ふかごしみすず、母親は健在、父親逝去。

皆月岸人みなづききしと、父親は行方不明、母親逝去。

…京子、母親は健在、父親逝去、か。


男の『使い手』は母親を亡くしており、女の『使い手』は父親を亡くしている。

偶然だろうか…?


能力発現に、何かしらのキッカケがあるとしたら…?

警察の二人、赤羽根と若邑、どちらかが『使い手』である場合、やはり父親を亡くしているのだろうか?


紅河淳が『能力者』の共通点を探し始めたのは、自分も『光の帯』というものを見てみたい、と考えたことから始まっていた。

『使い手』にしか見えない『光の帯』。


…本当に『使い手』にしか見えないものなのか?


この時の紅河は、『使い手』ではない悪虫愛彩あくむしいとあにも見えている、ということをまだ知らなかった。


一年女子四人組は弁当を食べ終わり、本格的に超常現象会議に入るところであった。


「紅河さん、何だろうね、京子の親のことなんて。」

「さぁ…。」

「私なんて両親いないよ。元気出してね、京子。」


舞衣が明るい表情で京子に言った。


「舞衣さん、なんでクレカワ『さん』、なの?『先輩』じゃないの?」

「え、別に深い意味は。」

「なんか親しそう…」

「んじゃ、議題変えますか。京子の紅河さん攻略大作戦!」

「え、え、そうじゃなくてぇ…」

「ふふ。」

「はは。」

「あはは。」


舞衣の指摘はあながち間違いではなかった。

京子は、あの優しい三年生に、初めて異性に関心を持ったのだった。

そして、自分より親しそうな舞衣達に、少し嫉妬心を抱いていた。

それが恋心だとは、京子本人、まだ気付いてはいなかった。

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