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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第二章
176/292

焦熱の氷牙 8.

「合同書写会?」

「うん。県主催みたいで、公立も私立も集まって書道するんだって。」


第三階層でマルサンクレヤボヤンスを発動している『光の帯』が途中で途切れており追えない、と湖洲香こずかが言っていた件、その原理を探るために紅河くれかわは一年の教室が連なる本館一階を訪れていた。

協力して欲しいのはB組の悪虫愛彩あくむしいとあとA組の小林京子。

愛彩いとあはいたが、同じB組の舞衣まいが言うには、京子は午後から校外とのことだった。


「戻って来ないのか?」

「んー、多分。昨日も直帰してたよ。」

「昨日も? 何日も続くのか、それ。」

「今週はずっとだって。四時限目終わるとすぐ出発で、外でお昼するみたい。文化部にも授業サボれる活動あるんだね。」

「ふぅん。」


紅河は持っていた紙袋に目をやった。

京子と、高岡芳美たかおかよしみと名の入った書、文披月祭典の出展作品だ。


「書道部全員か。」

「だと思うよ。」


…高岡って子もいないのか。


先週の早いうちに返しておけばよかった、と紅河は後悔した。

さっと返して、わっと泣かれて、じめっと睨まれて、ぱっと謝っておけばよかった。


…こういうの昔から苦手だな。なんか面倒臭くなってきた。


両手で持ち直した紙袋がカサっと音を立てる。


「ともちゃん、」

「はい。」

「これさ、やっぱ書道部の部室とかにこっそり置いとくとか、どう?」

「駄目ですわ。直接返すのよ。」

「んー……」


こういう時の湖洲香こずかの頑なさは少々うっとおしいと感じる。

なぜかニヤニヤしている湖洲香の表情に軽い苛立ちさえ感じてしまう。


…俺が困るとこ見たいのか、この人は。


「ま、いないなら仕方ない。愛彩ちゃん、ちと手を貸してくれる?」

「力になれるかわがねけど。」

「ああ、いいよ。見てくれるだけでいいんだ。」

「私は体育館に行くね。遙香はるか先輩ぼろ負けして、今日は桐山きりやまキャプテンが挑戦だって、須崎すざきさんに。」

「なんだあいつ、今日もやんのか。」

「次は私も挑戦するんだ!」


そう言うと舞衣は走って行った。

湖洲香が苦笑の表情で舞衣の後ろ姿を見る。


「当たり前のように廊下を走りますわね、房生ふさおさん。」


愛彩も苦笑して言った。


「舞衣さん、先生が見てても、すみません、て言いながらはっける。」

「ほんと元気ですわね、いつも。」


愛彩は、舞衣のことよりも紅河が気になってしまう。

つい、紅河に意識を集中している自分に気付く。

だが、やはり視えない。

スタジアムで逢った、あの巫女が。

腰まで末広がりに伸びた長い黒髪、白衣びゃくえに朱色の袴、眉のない透き通るような白い顔、そして、妖しい切れ長の目。

霊とまた話したい、などと思う自分はどこかおかしいのだろうか。

紅河本人にも話したい衝動に駆られるが、『べに』と名乗ったその巫女が言っていたのだ。

他言無用、と。

守護霊というものは、守護対象の人間に存在を知られてはいけないのだろうか、と思ってみたりする。

ネットで調べてもみた。

守護霊、スピリチュアルガイド、サポーターなどと称され、様々な文献が見つかったが、どれもこれも抽象的な表現でピンと来ない。

『導き』だとか『試練』だとか『慈しみと応援』だとか……中には『前世が守護霊となる』などという表現もある。


『悪虫の嬢よ、我が見えておろう』


夢や幻覚ではない。

あの時、はっきりと語りかけられた。

自分にも憑いているのだろうか。

筆舌に尽くしがたい神々しい存在、守護霊というものが。


紅河と湖洲香、それに愛彩の三人は、紅河がよく昼寝をしている屋上に繋がる階段の踊り場に来た。

湖洲香が目を丸くする。


「あらまあ。こんな所にお茶会セットが。」


愛彩が取り払ったブルーシートの下には四つの椅子と机が二つくっつけて置かれ、電熱ポット、紅茶のティーパック、紙コップ、クッキーやスナック菓子などがあった。


「なんが、いつの間にがこうなっちゃって。」

「ったく、よく見つからないな、これ。」

「あ、一回見つがった。用務員さん。」

「じゃあ片付けろって言われたろ。」

「買収した。お菓子で。」

「まあ。」


湖洲香は思った。

子供のこういういたずら、というか遊び心と言うか、楽しそうでいいな、と。

そしてドキドキする。

上履きで外に降りる紅河、廊下を走る舞衣、こんな所に秘密部屋を作ってしまう愛彩たち。

どれも規律を破る行為だ。

けど、これ、こういうのだ。

学校の楽しさとは、きっとこういうものなのだ、と。


愛彩はポットに水を汲んでくると、当たり前のように慣れた手つきで壁の電源コンセントに繋いだ。

数分後、ポットが98℃を表示しアラームが小さく鳴った。


「……で、小林さん、わんわん泣いで、わと舞衣さん超能力気味悪ぐ思うと思って、嫌われると思ったみてで。」

「そう。ここで教えてもらったのね、小林さんがテレパスだって。」

「小林さん、思いやりあって良い人で、嫌いになるわげねのに。」

「そうですわね。」

「だから愛彩ちゃんは『光の帯』を知ってるんです。」

「そうなのね。使い手じゃないのに視える人、初めてお会いしましたわ。」

「この方は県警に勤める人で、本名は若邑湖洲香わかむらこずかさん。この学校にはちょくちょく『光の帯』を伸ばして覗き見してる使い手がいて、事件を未然に防ぐために潜入してる。」

「改めてよろしくお願いします。愛彩さん。」

「こちらこそ。」


三人は紅茶を飲み一息つくと、早速取り掛かった。

湖洲香が赤い『光の帯』をふわりと出し、先端だけを第一階層へ変換した。


「ここが境目ですわ。私には普通に繋がって視えるの。どうかしら。」

「一瞬だけ黒くなった。」

「うん、こっちの世界に出す時、黒ずみますわ。すぐ透明に戻るけど。」


愛彩が赤い『光の帯』をじっと見つめる。

透明の帯状のものに、所々赤い光が明るくなったり消えたりしながら帯の上をゆっくり移動している。

境目を、ひたすら凝視する。


「動いてる光っこ、境目でわがれでね?」

「え?」

「ここ見で。第二階層の光っこ、第一階層の光っこ、混ざらね。」


湖洲香も境目をじっと見続ける。

ヌメヌメと動く明滅する赤い斑点が、第一階層と第二階層の境目で、それぞれ境目を通過せず、お互いの領域には入って行かない。


「あら、ほんとだわ。」

「どういう状態?」


紅河が問うた。

精神感応で紅河もビジョン共有したいが、クレヤボヤンスのみの『光の帯』にテレパシーを同時発現させると条件が変わってしまう可能性がある。

今調べているのはクレヤボヤンス発動時の『光の帯』だ。


「こっちとあっちの境目で、赤い光が行き来しないの。お互いに、境目から先には入っていかないですわ。」

「ふん……」


紅河は腕組みをした。

色は『精神』を現す。

第一階層と第二階層では使っている精神力、或いは精神の質が違うということか。

『光の帯』は第二階層に属する存在。

自然に出現させると第二階層にある。

それを意識的に第一階層に引っ張り出すのが、マルイチ能力。

と言うことは、帰納的に考えれば、第三階層ではまた別の精神力を使っている、ということになる。


…あと、今判っていることは。


第三階層の『光の帯』は肉眼では視えない。

観測者側も『光の帯』を用いて初めて視認できる。

これをどう解釈するか。

第一と第二は肉体の脳で捉えきれる範囲に『光の帯』が在る。

だが、第三は脳では捉えきれず、肉体から霊体をはみ出させて第一階層属性の肉体から離れる必要がある。


…現状を再度確認。


湖洲香は第二階層クレヤボヤンスを使い、奈執なとり穂褄ほづまの第三階層にある『光の帯』を視た。

その第二階層クレヤボヤンスでは、ある部分から途切れて視えない状態となっていた。


…現状、何か事例、サンプル、は……


中代沢のデパートで視た穂褄の青い『光の帯』。

これは紅河もビジョン共有した。

デパートの一階にとぐろを巻いていたそれは、異様な視え方をした。

数十センチの距離を右へ左へと反復するように瞬間移動しつつ、全体としては蛇のようにゆったりと蠢いていた。

パッ、パッ、とコマ送り画像でも見ているかのように。

これは、この見え方は、どう推測するか。

穂褄はあの時何をしていたか。

上空では雷雲を生成、デパート一階では帯電、更にパイロキネシス。


…てことは……


あの時、穂褄は第三階層に複数の『光の帯』を重ねて出し、更に、部分的に第一階層にも出していたはずだ。

でなければ五階で見た火炎放射が出来ない。

紅河が視たのは、湖洲香の第二階層クレヤボヤンスによるビジョンだ。


…コマ送りの様な瞬間移動、マルサンとマルイチが混在した『光の帯』、湖洲香さんのビジョン……


「瞬間移動、なんか、させる必要性が無い……」


目を泳がせながらぶつぶつと呟く紅河を、湖洲香と愛彩は真剣に見守っている。


…チカチカと同じ範囲を消えては現れて、を繰り返した『光の帯』。

…マルサンは肉眼では視えない。

…湖洲香さんのビジョン、視覚、知覚。

…二重スリット実験では観測された瞬間に性質とポジションが固定される粒子。

…シュレディンガーの猫。

…観測、見る、視る。

…生きている猫を見たなら、死んだ猫は見えない。

…死んだ猫を見たなら、生きている猫は絶対に見ることはない。

…でも観測されるまでは、生きた猫と死んだ猫は重なって存在……


紅河の泳いでいた目が、中央に据わった。


「強引にこじつけるなら、辻褄を合わせるなら……一つ、仮説は立つな。」

「どんな、ですの?」

「奈執のマルサンの途切れて視えない部分、これは第一階層に在る。」


湖洲香が瞬きをしつつ瞳を左右に動かした。


「でも、それなら、視えますわ。私にも。」

「俺が立てた仮説は、『マルサンを視ている第二階層クレヤボヤンスは、第一階層に在る光の帯を知覚出来ない』、です。」

「え?」

「言い換えると、第三階層の『光の帯』を視ることに力を注いでいる精神にとって、第一階層の『光の帯』は死角に入ってしまう、という事です。」

「えっと、どうしてそう思いますの?」

「湖洲香さん、最初に穂褄と接触した時のこと、覚えてます?」

「え、ええ、デパートの前ですわね。住宅地で、細い道で。」

「はい。あの時、穂褄が火を起こした青い『光の帯』は、マルサンですよね。」

「うん、そう、オレンジ色の筋が付いてましたわ。」

「そこに第一階層テレキネシス、オレンジの筋が無い『光の帯』も重なっていたはずですけど、それ、視えました?」

「え、ええと、んー、気付きませんでしたわ。マルサンが一本伸びてきた、って思いましたわ。」

「でしょ? どこかから灯油か何かを転送していた穂褄は、その受け皿として青だけの『光の帯』を、こう、重ねて出しているはずなんです。」

「ああ、うん、わかりますわ。」

「厚みの無い『光の帯』ですからピタリと重なっていたら気付きにくいとは思いますが、少なくとも第一階層テレキネシスを知り尽くしている湖洲香さんなら、一瞬黒ずむ出現過程は見逃さないでしょ。それに気付かなかったなら、視えていなかったってことになりませんか?」

「あ、ああ、んん、理屈はわかるけど……よく覚えてませんわ。」

「それと、その後。デパートでのこと。」

「う、うん。」

「一定の範囲をパッパッと瞬間移動してるみたいに視えてましたよね。」

「それは覚えてる。なんか不気味で怖かったですわ。」

「あれ、移動していたのでは無く、数十センチの間隔を開けて両方に存在していたんですよ。」

「どういうこと?」

「ああいう見え方をしたのは、湖洲香さんの肉眼知覚と『光の帯』知覚が混ざったからじゃないかな。」

「え?」

「肉眼は第一階層の『青』を視ており、『光の帯』は第三階層の『青オレンジ』を視ていた。そしてその逆は視えない。だからコマ送りの様に消えたり現れたりして視えた。俺も、あのビジョンは全て第三階層にあるものだと思い込んでいましたけど、そう考えると全ての事象に対して辻褄が合いますね。」

「ああ、うん、そっか、でも、あ、うん……」

「ですから、機会を作って検証してみて下さい。マルサンを視ている第二階層クレヤボヤンスに、第一階層の『光の帯』が視えているかどうか。」


湖洲香の険しい表情が解かれ、頭の整理が付いた様な腑に落ちた顔をした。


「わかりましたわ。あ、でも、雅弓まゆみちゃんがいないと検証が……」

「いるじゃん。一人。」

「あ、狩野かのう君。」

「これやっちゃうと、マルサンを外で身に付けて来たってのがバレますけどね。そこはどうなっても知らねーけど。」

「あ、ね、紅河さん。」

「はい?」

「最初から、この事も狩野君に聞けば良かったですわね。」

「まあ、そうですけど、雅弓ちゃんのことを何も知らないって言ってた時点で、俺は思いました。狩野クンは知識的なことは脱走者に教わってないだろうな、と。スピリウルの知識も、雅弓ちゃんのことも、脱走者にとっては命運を分けるほど重要な情報でしょうから。曖昧な情報をもらってもこっちが混乱しますし。」

「そう。いろいろ考えてのことなのね……なんか、ますます蓮田はすだ博士っぽいですわ。」

「一緒にしないで下さい。」


湖洲香の『光の帯』を凝視していたからだろうか、愛彩の眼に、眩い『光』が視えてきていた。

湖洲香の背後に、である。

輪郭はぼんやりとしか判らないが、頭髪の無い男性のように見える。

インドの僧衣のような大きな布を纏ったシルエット。

そして、その光の人物の肩にチョコンと鳥のような生き物が乗っている。

真っ白な光の中、その鳥のシルエットだけが赤い。

とても小さい鳥なのだが、その輪郭は、例えるなら孔雀のようである。


…若邑さんの守護霊かな。


その光の強さ、深さは、紅河の『べに』にも匹敵しそうな程に見える。


…言わない方がいいかな。


聞かれたら言おう、そう愛彩が思った時、午後の授業の予鈴が鳴った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


都内某所、N病院。

鏡水かがみず巡査が発見した『黒い空間』の正体を突き止めるべく、古見原こみはら警視と以下二名の使い手刑事、加えて県警の喜多室きたむろ巡査の計四名が、廃病院の鉄柵門の前に車を横付けした。

鏡水巡査は白楼に残り、若邑特査員により保護された狩野佳洋かのうよしひろの事情聴取に当たっている。

直前まで鏡水と一緒にいた喜多室は、鏡水と狩野が個室に入った直後に聞こえてきた甲高い怒鳴り声を思い出し、今更ながら心配になった。

椅子が投げ飛ばされたかのような大きな物音もしたが、まさかあそこで鏡水と狩野のテレキネシス戦など始まっていないだろうな、と。

野神のがみが古見原に言った。


「課長は車でお待ち下さい。かなり危険な捜査と見受けます。」


野神の右腕は、三角巾はもう付けていないが、チタン製のアーマータイプのギプスで覆われており、肘の可動範囲が極端に狭く、ほぼ下に向けて伸ばしたままの状態だった。


「いや、私も行こう。警察庁なんてのはデスクワークばかりでね。捜査課を預かったからには警視庁の連中の苦労も知っておきたい。」


喜多室が口を挟む。


「お言葉ですが、脱走者の攻撃は予測がつきません。先日の捜査では本館に入ろうとした途端にそれを阻むような攻撃を受けました。ここで待機されていた方が無難と考えます。」

「無難? 無難なことばかりしてるから頭でっかちのキャリアだと陰口を叩かれるんだ。守ってくれよ、頼りにしてるぞ、喜多室君。」


深谷ふかやが確認するように言った。


「先ほど来た特査検証内容では、実体は氷、それを高熱の空気幕が覆っている構造とのことでした。第一階層物質であるならば『光の帯』で止められます。我々三名で警視を囲んでいれば大丈夫ではないでしょうか。」


四人は車を降り、スーツの内側に着けている防火服に繋がっているフードを頭に被せた。

野神、深谷、そして喜多室はそれぞれの『光の帯』を出現させる。

紺色、灰色、薄緑がヌラヌラと揺らめいた。

今は『黒い空間』が無くなっているが、その位置は喜多室が覚えている。

深谷のテレキネシスが、鉄柵門を引き開けた。

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