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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第二章
174/292

焦熱の氷牙 6.

「ふあっ……」


欠伸をしてのそのそと中庭のベンチを離れていく紅河くれかわの髪を、湿気を伴った風が乱した。

ふと空を見上げると、雲が増え、陽が陰り始めている。

植樹の葉がザワザワと揺れた。

紅河に従って立ち上がった湖洲香こずかの表情が急に険しくなり、ベンチの前で立ったまま紅河を呼び止める。


「待って、紅河さん。」

「あん?」


間の抜けた声を出し振り返った紅河の目に、湖洲香の髪がフワッと揺れたのが見えた。

風に揺れたのか、それとも……

立ち上がりかけたまりもの肩を、湖洲香が左手で軽く触れた。


湯澄ゆずみさんも、ここにいて。舞衣まいさんも、千恵ちえさんも。」


まりもが見上げた湖洲香の横顔、その目は、何か遠くを見るような目だ。

紅河に、湖洲香のテレパシーが入る。


『濃い青緑、体育館の外に本体ですわ。ラボの狩野かのうさんに色がそっくり……』

『本体? 使い手自身が現れたんですか?』

『さっきまでいなかった。いきなり。これ、テレポーテーションですわ』

『向こうは出してます?』

『身の回りに少し、多分クレヤボヤンス……実像を視認しましたわ。やっぱり狩野さんですわ』


…失踪した狩野、本体。一体何をしにここへ。


紅河はベンチに戻って来た。

千恵が湖洲香と紅河を交互に見ながら言う。


「なに、怖い顔して。」


湖洲香も紅河も一瞬考えた。

この状況をどう説明したものか。

湖洲香が口を開いた。


「不審者、ですわ。」

「え、どこ?」


千恵は周囲に心配そうな目を向ける。

まりもも再びベンチに腰を下ろし、キョロキョロと周りを見渡した。

湖洲香の編入入学の詳細目的を知らされている舞衣は、使い手の危険が迫っていることを察し緊張を走らせる。


…『光の帯』の出し方、なんだか忘れちゃったな。


同居している祖母にそれとなく超能力のことを聞いてみたことを、ふと思い出す。


『お婆ちゃん、見えないものが見えたり、遠くのものを動かしたり、そういうの、えっと、本当にあるのかな。』

『舞衣ちゃんは、十五? 十六になった?』

『十六歳。』

『そう。女の子はね、十四歳頃に、不思議な力を持つようになるというお話があるわ。』

『それって、前も話してくれた、西洋のおとぎ話でしょ?』

『そうね。好きな男の子が今なにをしているのか判ったり、体が空中に浮いたり。』

『んと、おとぎ話じゃなくて、本当にあるのかな。』

『おとぎ話もね、何もないところに作られたりはしないのよ。きっとあったのね、そういうことが。』

『ふぅん。』

『そういう女の子は、みんな天涯孤独、家族がいないのよ。』

『……』

『好きな男の子と仲良くなれた途端、不思議な力はなくなってしまう。』


…フラれたんですけど、おもいっきり、香坂に。


舞衣の思い出は中三の最悪の元旦にまで及んだ。


…あ、でも、『光の帯』は香坂にフラれたもっと後だ。


おとぎ話の『天涯孤独』という背景は、自分の父親を失った喪失感に通じるものがあるな、と考えてみる。

『好きな男の子と仲良く』とは新たな家族が出来た、ということだろうか。


…いつなのよ、私のバラ色のリア充生活は。


舞衣は唐突に千恵とまりもに顔を向け、両手の拳を握り言い放った。


「バスケが恋人よ!」

「え。」

「ど、どした、ちゃむ。」


まりもは舞衣と千恵の顔を交互に見つつ、遠慮がちな声で聞く。


「舞衣さん、どうしてちゃむ?」


すかさず千恵が答えた。


「ふさおまいだから、ちゃむ。」

「え、全然わかんない。」

「はしょり過ぎよ、千恵。」

「あら。来ましたわ、こっちへ。」


雑談に入りかけた三人の会話に割って入った湖洲香の言葉に、紅河がズイッとベンチの前に立った。

渡り廊下とは反対側の中庭の切れ目に、黒いカジュアルシャツに黒い革パン姿の少年が現れた。

髪はどこかのアニメキャラよろしくツンツンと立っている。


「湖洲香さん、あいつ、何考えてるか読めます?」

「コズカサンて誰かしら。」


…う、めんどくせ。


「スミマセン、ともりんさん、どうです?」

「まだ読んでませんわ。堂々と現れたんですもの、直接話してみましょう。」


黒ずくめの少年、狩野佳洋は、中庭にまばらにいる生徒たちの視線を一身に集め、スタスタと紅河たちのベンチへ歩いて来る。

湖洲香が紅河に耳打ちした。


「引っ込めた。クレヤボヤンスも解きましたわ、彼。」

「そすか。」


紅河も湖洲香も、近付いてくる狩野から目を離さない。

だが、狩野の目は二人を見てはいなかった。

彼は真っ直ぐ舞衣の前まで歩いて来ると、眉をひそめて言った。


「やっぱり房生だ。ど、どうして……」

「な、なによ。あなた、だ……あああ!」


舞衣は気付いた。

そして、立ち上がりながら狩野を指差して言う。


「き、君、中二病クン!」

「そういう俗世的な言い方はやめて欲しいな。それより、どうして、それ、能力は、明滅が、その他大勢の愚民になり下がったのか……」

「愚民てなによ愚民て。また蹴られたいの?」


湖洲香が横から手を出し、狩野の手首を掴んだ。


「確保ですわ。然るべき所に帰りますわよ。わかってるでしょ。」


狩野はその手を振り解き、そのままその手で自分の顔を覆うようにあてがった。

そして指の隙間から湖洲香を睨みつける。


「赤い魔女、もはや貴様はスピリウルを身に付けた我の敵では……あてっ!」


舞衣と紅河が同時に狩野の足をつま先で蹴った。

紅河が言う。


「ここでそういう怪しい単語並べるな。不法侵入だぞ、わかってんのか。」

「おのれ貴様、紅河、大人しくしていればいい気に……」


シュッ!シュルッ!シュッ!


瞬時に湖洲香の赤い『光の帯』が狩野の両手首と首に巻き付いた。


「な、こんなもの……」

「狩野さん、お願い、やめて。」


そう言うと湖洲香はすぐに赤い『光の帯』を消した。

ここで締め付けたりすれば狩野の手や首に鬱血が起こり、能力を知らない者の目にも異常な事態が見えてしまう。


「どうしてここに来たの? 何か目的がありますの?」


まずい、と紅河は思う。

湖洲香が尋問に入ってしまった。

少なくとも千恵やまりもには聞かせたくない。


「千恵ちゃん、湯澄さん、舞衣ちゃんも、もう昼休み終わるだろ、教室に戻って。」

「あ、うん。」

「はい。」

「はい。」

「あ、湯澄さん、」

「え。」

「NBA、バスケの、平均身長百九十センチを超える中で、百六十センチで活躍する選手もいる。どんなスタイルのプレイヤーかネットで調べてみると面白いかもな。」

「あ、うん、ありがと、ございます。」


まりもは印象的な八重歯を見せ、ニコッと笑った。

舞衣たち三人が本館へ戻っていく姿に、狩野が右手を頼りなさげに伸ばしつつ言う。


「あ、あ、房生、舞衣、どうして、一体何が……」


その間を阻むように紅河が立つ。


「目的は舞衣ちゃんか。」

「好きなのね、房生さんが。」

「ば、馬鹿な。好きなのは向こうだ。房生が俺を好きなんだ。」

「そうは見えなかったけどな。忘れてたみたいじゃないか、お前のこと。」

「か、勝手だよ。俺は、俺、白楼はくろう事件の前まで、ずっと大人しくラボ教育受けてて、遠熊とおくま所長の縛りも怖いけど受けて、蓮田はすだ班長に蘇生されて、あんたら、侵入者を確保しろって、脱獄の喜多室きたむろを捕まえろって言われて、真面目にやってただけだろ。房生が、向こうから近付いて来たんじゃないか。蓮田に、お前は一生出られないとか言われて、最後のチャンスだとかけしかけられて、振り回されてんの、俺だよ。」


マシンガンの様にストレスを吐露する狩野の目は、ただの十四歳の少年だった。

湖洲香が穏やかに言う。


「うん、そういうの、刑事局も解ってるから、佐海さかい局長の殺人未遂は問わないで保護観察になったんですわ。本当なら重罪なのよ。」

「知ってるよ。風見さんに聞いた。」

「それなら帰りましょうね。ちゃんと報告するのよ、どこにいて何をしていたのか。」


狩野はドカッとベンチに座った。

昼休み終了の予鈴が鳴っている。

湖洲香が携帯電話を取り出した。


「もしもし、先生? 斉藤ですわ。私と紅河さん、午後の授業遅れます。……問題というほどではありませんわ。……いいえ、学校からは出ません。下校する前に報告に上がりますわ。……はい。」


生徒のいなくなった中庭で、狩野の座るベンチに、湖洲香と紅河も腰を下ろした。

雲が増えた空は、それでも雲間から夏の陽射しを降らせ、時折生温い風が三人を通り抜けていく。

狩野が前髪のセットを気にしつつ、口を開いた。


「帰るって言うか、帰ってもいいけど、なんかもう警察が信じられなくて。」

「どういうこと?」

「聞いたんだ、いろいろ、過去のこと。」

「誰に?」

「もう知ってんじゃねぇの?」

「脱走者ね?」

「うん。」

奈執なとりさん?」

「いや、違う人。」

「誰?」

「そんなペラペラしゃべれっかよ。」

「スピリウルを身に付けたって言いましたわね。気温操作とか帯電とか、出来るの?」

「うん、出来る。」

「いつ、覚えたの?」

「一昨日。」

「誰に教わったの?」

「だから言えねぇって!」

「『灰色』の人?」

「なんだ、知ってんのかよ。」

「それ、どなたですの?」

「脱走者の『色』、刑事局が知ってんだろ。」

「それがね、無いの。脱走者の中に灰色の人が。」


狩野には脱走者データが開示されていないが、確かに『自分は脱走者』だと言っていたことと、二人会ったうちの一人は灰色だったことは間違いない。

もう一人は黄緑だった。


「んじゃ、知らねーよ。それより、『能力者狩り』、それで六人も殺されてんの、篠瀬しのせって人もいれると七人、こんなことする警察に、国家公務員になんかなりたくねーし。」


能力者狩り。

その言葉を湖洲香は初めて耳にした。

もちろん紅河も知らない。


「あんたみたいに大人しく警察に捕まってた能力者は利用されて、逃げたり抵抗した能力者は殺されていった。奈執って人は関係ない奥さんが巻き添えで死んでる。美馬みまさんも武儀むぎさんも身内を殺されてるって……」


黙って聞いていた紅河は、頭の中で消去法により導き出した。


「灰色は、美馬か。」

「あら、美馬さんは確か『赤みを帯びた茶色』とありましたわ。」

「あの人は、すげーよ。警察に復讐するために、ラボ教育のカリキュラムを盗み見てずっと研究してたんだ。」

「それで、灰色に?」

「多分ね。」

「狩野さん、スピリウルを覚えた場所、N病院ね?」

「うん。」

「とにかく白楼に帰って報告してもらいますわ。どう身に付けたのか……」

「だから! わからねぇんだよ! 本当の悪は……倒すべき相手は……」


狩野は伏せていた顔を起こし、湖洲香の目を見た。

その目は右へ左へと泳ぎ、僅かに濡れている。


「……刑事局なんじゃないのか!?」


その目に、狂気の色は無い。

純粋に真実を追い、その中で迷いと葛藤を感じている目だった。


「俺も、美馬さんの話を鵜呑みにしたわけじゃない。調べる、自分で、能力者狩りの真相を。」

「それは……」


県警の特査で調べる、と言おうとして、湖洲香は言葉に詰まった。

県警は、警察庁刑事局の配下組織だからだ。


「……狩野さんが一人で調べられることじゃ……」

「なあ若邑わかむらさん! 教えてくれよ! 美馬さんはスピリウル開眼をくれて、その上どうして俺を自由にしてくれてんだ!? 武儀さんは、こんな服まで買ってくれて、拘束なんかしないで、好きに生きればいいって! 何も要求されてないし、何も強制されてない! じゃあ警察庁は!? 俺は、俺はどっちを信じればいいんだよ! 帰れば穴倉に拘束だ! どうしたらいいんだよ俺! 教えてくれよ! 若邑さん! 若邑湖洲香さん!!」


狩野は涙を落とし始めていた。

使い手達が被った残酷な仕打ち、その加害者が刑事局だと知らされた驚愕の事実が狩野の意識をどす黒く渦巻く。

湖洲香は絶句し、言葉が出てこない。

今狩野が口にした事をそのまま刑事局に言ってみればいい、と短絡的に考えて治る事ではない。

さすがの湖洲香もある程度は知っている。

刑事局は、警察庁とは、国の治安という大義名分の元に、小さな犠牲、臭いものには蓋、弱者を泣き寝入りさせる隠蔽が少なからず介在しているのである。

狩野の言うことが事実だとして、刑事局へ制裁と矯正を求めた場合、狩野佳洋という吹けば飛ぶような弱者が闇に葬られる可能性もあるのだ。


「正しいこと、したいよ、俺……もう、蓮田の時みたいに、利用されたくない……」


紅河が腕組みをし、首を反らせて顔を空に向けた。

この状況を打破する鍵はどこにあるのか。

真実の鏡は、誰が持つのか。


穂褄ほづま、彼は今の狩野と似た立ち位置にいた。それで腕力行使に出て逮捕。

義継よしつぐクンは一度刑事局に捕まった。だが無罪放免。

…京子。枝連えづれさんの罠に掛かることも無く、捕まる理由が無かった。

岸人きしと


岸人?


ガバッと上体を戻す紅河。

岸人は私情のみで動いている様に見えるが、なんだかんだと言って最も真実を掴み、地雷を交わしている。

指名手配されてはいるが……緑養の郷で母親が働いていたにも関わらず、岸人本人は白楼に拘束されるでも無く、普通に高校生をしていた。

なぜだ。

普通に考えれば、それは何かしらの守護が岸人に働いているから、か。

その守りとはなんだ。

その守りとは、誰だ。


「岸人の、父親……」


つぶやくように、紅河から言葉が漏れた。

影で、岸人も知らないどこかで、父親が彼を緑養の郷の魔の手から遠ざけたのではないのか。


「狩野クン、やっぱり白楼に一旦帰った方がいい。」

「だから! 信用でき……」

「落ち着け。美馬なら美馬に誘拐された、と事実通り報告して、だが何もされず解放された、と言っておく。スピリウルを身に付けたことも黙秘だ。美馬の所在は全くわからない、けど、悪い人には見えなかった、とか適当に報告するんだ。」

「俺に最初に声掛けてきたのは武儀帆海さんだよ。」

「どっちでもいい。」

「でも、白楼にまた拘束されんのはもう息苦しいよ。」

「そこは耐えろ。」

「ひ、他人事みてぇに!」

「惨事の元凶がどこにあるのか突き止めるんだろ。白楼にはスパイ潜入しているとでも思ってればいいだろ。」

「スパイ潜入?」

「ま、それもどっちでもいい。狩野クンの目に、皆月岸人はどう見える?」

「母親の仇を追ってるだけの……」

「どうして緑養の郷に孤児入院しなかったんだろうな。」

「それは……え、なんでだ?」

「まだ確証はないけど、岸人が何かの鍵を握ってるような気がする。」

「そう言われれば、なんか自由だよな、あの人。」

「なんか自由、その、なんか、が鍵だ。」

「んん……」

「白楼に戻った後の君のことは、この湖洲香さんが守る。」

「え? 私ですの?」

「はい。狩野クンが抱えている疑問や葛藤は赤羽根あかばねさんにきっちり伝えて、狩野クンが理不尽な境遇にならないよう牽制して下さい。」

「ああ、それは、そうですわね。」

「岸人のことは治信はるのぶサンの手を借りる。何かわかり次第、狩野クンにも伝えるからな。」

「はあ。」

「その代わり、だ。」

「なんすか。」


紅河は目を細め、眼圧を強めて言った。


雅弓まゆみちゃんのこと、何か知っていたら全て話してくれ。今、ここでだ。」

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