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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第二章
163/292

懐疑警護 5.

赤羽根あかばねの運転していた覆面パトカーで県警に戻った喜多室きたむろと赤羽根は、特殊査定班の事務所に駆け込むと報告書作成に取り掛かった。

伴瓜ともうり警視正を襲ったパイロキネシスの炎データ、そして警護していた新渡戸にとべ巡査の火傷から得られたデータの報告書である。


「悪いわね、手伝わせて。」

「いえ、私も共犯者ですから、博士誘拐の。」

「強引なのよねぇ、治信はるのぶ。」


…はるのぶ? 呼び捨て? さっきのピザ屋では南條さんと呼んでいたが。


いつから南條探偵を治信と呼び捨てに、と喜多室は思った。

だが、眉間にしわを寄せて入力に集中している赤羽根に、これを問いかけるのは控えた。

二人の関係に首を突っ込むのは野暮だと思えたし、何よりも箇条書きの現象文を報告文に書き直すという不慣れな作業に、喜多室自身も余裕が無かった。

報告書の納期は午前七時だ。もう午前六時近い。


門守かどもり君に頼めれば早そうですが……」

「無理。ユウキ君には能力者関連業務は振れない。」

「なる、ほど……」


パソコンに向かう今も、喜多室は第二階層クレヤボヤンス発動を継続していた。

地下、上空、隈なく監視する。

なにか普段と比べて寂しい感覚がある。

あ、そうか、と喜多室は気付く。

特査の業務エリアでクレヤボヤンスを使うと必ず視る色、『赤』と『薄ピンク』が、今夜は無いのだ。


…ん?


「博士。」

「ん。」

雅弓まゆみちゃんは、今どこへ?」

「寝てるでしょ、寝室で。」

「生活エリアの寝室って、地下二階でしたよね。」

「うん。」


改めて下の階を透視する喜多室。

だが、やはり雅弓はいない。


「いないようですが。」

「ふぅん。」


気の無い返事をしつつキーボードを叩いていた赤羽根が、不意に手を止めて喜多室を見た。


「え、なんて?」

「え、いえ、いませんね、と。」

「誰が?」

「雅弓ちゃんです。」


赤羽根は喜多室の方を見たまま目を泳がせ、バッと立ち上がると、研究室に駆け込み監視モニターを立ち上げた。

生活施設に設置されている二十個のモニターが次々と映像を映し出していく。

雅弓の個室、湖洲香こずかの個室、空き個室、娯楽室、食堂、通路各所、エレベーター内、普段はまず起動させない浴室、トイレも映像を起こす。

雅弓の姿は、どこにも無い。


…死角、カメラの死角に……


赤羽根は事務室に駆け戻ると、


「来て、喜多室さん!」


と叫びつつ、事務所を駆け抜けて廊下へ出た。

生活施設へ、階段を駆け下りていく。


…いない、いない……


全ての部屋をしらみつぶしに当たっていく。

だが、雅弓は見当たらない。


「喜多室さん!」

「はい。」

「クレヤボヤンス、ちゃんと探して!」

「はい、発動しています。ですが、この施設内、いえ、県警内には見当たりません。」

「死んでるってことない!?」

「そんな物騒な。ここのセキュリティは……」


そう言い掛けて、喜多室はハッとした。

今現在問題となっている脱走者の使い手は、全員テレポーテーションが出来る想定で警察は動いているではないか。

テレポーテーションの使い手の前では、どんなセキュリティも意味をなさない。

喜多室は第一階層クレヤボヤンスも交え、子供が潜り込めそうな空間を全て透視していった。

確かに、絶命していたら第二階層クレヤボヤンスには映らない。


「見当たりませんね……」

「ん……」


赤羽根は右手で前髪をグワッとかき上げ、頭の上でその手を止めた。


…ユウキ君の業務日報には『二十二時雅弓就寝』と入力されている。ユウキ君自身は二十三時に退署。


これまで、就寝時間には雅弓一人となる日もあった。

湖洲香が外出から戻れない時である。

だが、雅弓は勝手に特査エリアから出て行ったことは一度も無かった。


…落ち着け、落ち着け……


「報告、まず報告、誰に、遠熊とおくま博士、本部長、と、刑事局か……」


自分が雅弓と最後に接したのは、と思い出してみる。

白楼はくろうに行く前に、データ整理、調査要請書類の起票……


『学校いいな』


雅弓と交わした最後の会話が、少しづつ記憶に戻ってくる。


『モジャモジャオバン!』


あ、あの時か。


「付箋紙、投げて……」


赤羽根の独り言に、喜多室が聞き返す。


「付箋紙? 何です?」


頭髪を鷲掴みにしたまま、赤羽根の視線が泳ぐ。


「私……」


…私、の、せいだ。

…私、私、また……


右手の力が抜け、だらりと落ちる。

乱れた髪が、ゆっくりと倒れていく。

赤羽根の声が、震えを伴った声が、苦しそうに絞り出された。


「……私、また、雅弓の、手を……」


…手を、放したんだ……


赤羽根は、ぺたりと床に座り込んだ。

その顔は蒼白で、目は虚ろに床を眺めていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


午前六時四十分。

携帯電話のコール音に起こされた治信は、電話の相手、赤羽根の第一声に眠気が吹き飛んだ。


「雅弓ちゃんが!? それで、県警での手配状況は?……うん、そうか、うん……ということは、紅河くれかわ君の校外護衛は完全に外れるんですね?……了解した。義継を紅河君に張り付かせる。……いや、そんな事は言ってられない。」


治信は部屋着を脱ぎ捨て、スーツに着替えながら通話を続ける。


「雅弓ちゃんが一人になってしまったことは、私にも責任があるだろ……いや、いやいや、伊織いおりさんのせいではないさ。……考え過ぎだ、落ち着こう、伊織さん。ともかく、喜多室さんと連絡をとりながら義継にも探させる。……え? 学校? 義継は何もなくてもサボる。今更関係ないさ。……大丈夫だ。雅弓ちゃんの捜索には私も動く。……うん、そうだ。この事、湖洲香さんは?……了解した。」


肩と首にスマホを挟みながら、スラックスに足を通す。

ふと、スマホは通話機としては扱いにくい形状だな、と思う。


「伊織さん、あなたは寝て下さい。……駄目だ、寝るんだ。……それならまた私が誘拐し、あなたを監禁する。……え?……駄目だと言っている! 寝てくれ、頼むから。……業務納期? そんなものどうだっていい、寝て下さい。……馬鹿にしていないしナメてもいない。……仕方ないな、あなたを拉致しにそちらへ行く。」


治信は通話をブツ切りした。

今日、土曜の午後は非番を得たと聞いていたからこそ、昨夜、赤羽根に無理をさせたのだ。

一睡もせず喜多室の雅弓捜索進捗を追いながら業務を続けるなど、させる訳にはいかない。

治信は身支度を整えると事務所を出た。

歩きながら義継にコード化された暗号メールを送る。

そしてバイクに乗り、県警に向かった。

頭の中で状況を整理する。


…喜多室さんが雅弓ちゃん捜索、伴い紅河君護衛は湖洲香さん一人になる。城下桜南高校を出たら湖洲香さんは予定通り伴瓜警護へ、紅河君はフリーになる。校外では紅河君に義継を付けさせる……


土曜の早朝は道がすいている。

かなりのスピードオーバーと信号無視をしたが、七時半には県警に到着した。

正面玄関に立つ警官に堂々と敬礼をしながら入っていく治信。

警官は不審そうにジロッと治信を一瞥したが、警察署は民間人の出入りもある。止めることはしなかった。


…確か、総務部の奥の扉が特査エリアに続いていたはずだ。


総務事務所には年配の警官が一人デスクにいた。

内側から鍵が掛かっているはずの総務部ドアがカチャッと開いたことに、その警官が驚きの目を向けた。

ピッキングツールを懐にしまい、何食わぬ顔で堂々と入っていく治信。


「刑事局の者だ。特査の赤羽根博士に特命、緊急だ。入るぞ。」


治信はそう言うと、電子ロックのドアに解錠プログラムを走らせた。

三パターン目のプログラムがやっと適合し、ドアが開く。


…結構新しいタイプだな。


だが、ふと思う。

誰の為の施錠か。

湖洲香や雅弓なら、施錠など何の意味もなさないと言うのに。


開いたドアを見て総務部の警官は、電子ロックのキーカードを持っているなら本当に刑事局なのだろう、と怪しんでいた表情を緩めた。

治信が通路を進むと、『特殊査定班』と表示の付いたドアが右手に見えた。

ドアノブに手を掛ける。

鍵が掛かっている。

通路の角には、監視カメラ。

ピッキングはバレるか。


コンコン


治信は二回ノックをした。

だが、反応が無い。


コンコン


もう一度ノック。

全く反応なし。


…ここではないのか?


治信は通路を更に進んだ。

通路は右に折れ、突き当たりには表示の無いドア、左には地下へ降りる階段があり、階段の壁に表示がある。


『特査生活施設』


その白い看板には、手書きで小さく落書きの様な文字が入っている。


『こずかの部屋 まゆみも』


こずかの部屋、は湖洲香の筆跡にそっくりだ。

まゆみも、は、おそらく雅弓の字だろう。

治信は軽く微笑んだ。


…ということは、業務事務所はやはり一階だな。


突き当たりのドアへ手を伸ばそうとした時、背後から声がした。


「誰っすか。」


振り向く治信。

そこには、デザインTシャツの重ね着に、腰履きのジーパン、茶髪にピアスの若い男が立っていた。

Dバッグを背負っている。

治信は瞬時に推測を巡らせる。

ここで会う、誰だと声を掛けてくる人物、それは普通に考えれば特殊査定班の職員だ。

だが、この警官らしからぬだらしの無い格好はなんだ。

しかし、逃げたり隠れたりせず、警戒心は見せているものの、部外者の態度ではない。

一か八か、初めて見る青年だが、治信はハッタリをかました。


門守結姫かどもりゆうき君か。早いな。履歴書は拝見している。私は刑事局の者だ。」


その青年は少し姿勢を正し、ぺこりと頭を下げて言った。


「あー、お偉いさんでしたか、どおも、初めまして。」


…ほお、当たりか。これが門守結姫か。インテリのITオタクのイメージがあったが。


「こちらこそ宜しく。」

「あー、でも、その先、勝手に降りるとヒドイ目にあいますよ。」

「ひどい目?」

「ドSっ子に怒られます。」

「ドS……仔駒雅弓こごままゆみさんのことかな。」

「ですねー。」


…そうか、この青年はまだ知らない、ということは、雅弓ちゃん失踪には無関係か。


「ははは。赤羽根博士に会いに来た。どこかな、彼女は。」

「あー、いおりん。」


そう言った直後、門守の表情が変わった。

彼はスマホを取り出すと、いきなり治信の写真を撮った。


「何の真似ですか?」


治信の問い掛けに、スマホをジーパンのポケットに押し込みながら門守が言う。


「あんた、本当は誰?」


ややガニ股で立ち振る舞いはだらしない青年だが、その眼光の鋭さを治信は見逃さなかった。


…ふむ。なるほど、これは使える青年だ。見る目があるな、伊織さん。


何が不審に思わせたのかまでは判らなかったが、自分の行動には隙があったようだ、と治信は観念した。

治信は自分の名刺を一枚取り出し、ペンで加筆すると、門守に手渡した。

門守がそれを見る。

そして、数秒治信の顔を見つめた後、


「おっけー、こっち。」


と言い、『特殊査定班』の表示の付いたドアまで戻った。

そして、ドアの前で立ち止まると、門守は治信の耳に口を近付け、小声で言った。


「何時に戻れんの?」


治信は、監視録音システムが睨んでいるだろう、という意味で監視カメラの方へチラッと視線を流した。


「これくらいの声なら拾わない。いおりん、いつ帰してくれんの?」

「自然に起きるまでだ。最低八時間はもらう。」

「んじゃ、十六時まで。絶対っすよ。」

「移動もある。十七時で頼む。」

「おけ。」


コンコンコン


門守が三回ノックをした。

カチャッと鍵の開く音がし、ドアが開いた。

疲れ切った赤羽根が顔を覗かせ、血走った目で二人をギロッと上目遣いに睨む。

門守が言う。


「おはよーございます。なんか、誘拐犯だそうです。なんで、誘拐されて下さい、いおりん。」


パシっ


赤羽根が門守の頭を叩き、言った。


「いおりん言うな。博士と呼べ。」

「ってぇ、だって、ここ博士いっぱいいるじゃないすか……」

「いっぱいって、コズカみたいなバカな言い方よせ。」

「それより、まじ寝た方がいいっすよ、いおりん。」

「いおりんい、う、な。」

「あててててててて……」


赤羽根は門守の頬をつねった。

そして、つねったまま門守を引き入れると、もう片方の手で治信を引っ張り込み、ドアを閉めた。


「ユウキ君、よく聞いてね。」

「な、なんすか。」

「マユミが失踪した。」

「およ。」

「今、捜査課の喜多室刑事が捜索に出てる。それでね、理解出来なくてもいいからとにかく聞き入れて欲しいんだけれど、」

「うん。」

「マユミは、また突然この特査エリア内に現れる可能性もある。」

「ん、と、この中に隠れてるかもってこと?」

「少し違う。で、もしこの中でマユミを見かけたら、見た時間と場所だけ記録しておいて。不自然に話しかけなくていい。無理に引き止めようとすると、君が危険だから。」

「確かに、理解出来ない指示っすね。」

「遠熊さんは今日も警察庁に直行、ここには戻らないと思う。諸星もろぼし博士は午後に来ると言っていたわ。お願いね。ユウキ君にしか頼めないことなの。」

「質問、いいすか?」

「なに。」

「まゆみちゃん、知らない人と一緒にこの中に現れるとか、あり?」


この門守の質問に、赤羽根と治信は目と目を見合わせた。

テレポーテーションの事はもちろん、能力者のことは何も知らせていない、と赤羽根の目が言う。

治信が口を開いた。


「ありだ。その時は、可及的速やかに逃げろよ、門守君。」

「やっぱそうだったんすかぁ。」


赤羽根が恐る恐る聞く。


「やっぱって、何、何か見たのね?」

「あー、いえ、見たってか、見たのは極秘ファイルっす。光の帯とか、使い手とか。」

「私さ、言ったよね、それ見たら永遠にここから出さないぞって。」

「いやいや、だってさぁ、プロテクト掛ける時、ファイルサーバ内のデータが嫌でも表示されちゃうんすよ。知られたくなかったらデータ自体を別言語に置き換えるとか暗号化しとかないと。ゆるゆるっすよ、警察のデータセキュリティ。」

「言えてるな。」


治信が苦笑した。

赤羽根は大きくため息をつき、念を押すように言う。


「極秘、の意味は言うまでもなく読んで字の如くよ。この特査エリアから外部に出てはいけないデータなの。県警の他部署にも知られてはいけない。守ってね、ユウキ君。」

「わかってますよ。その為に少しはマシなプロテクト掛けたんすから。そんで、もいっこ質問、いいすか?」

「なに。」

「土曜に仕事とかあり得ないんで、ネトゲやってていいすか?」

「納期遅れが無いなら、好きにしなさい。」

「おお、さすがいおりん。」

「いおりん禁止。今度言ったら新薬の実験台にする。」

「げ。それは無理過ぎっす……」

「冗談よ。とにかく、この中で怪しい人影を見たら時間だけ覚えといて、さっさと逃げなさいよ。」

「らじゃー。」


赤羽根はデスクの上に投げていたスーツの上着を取ると、治信に言った。


「行きましょう。マユミを探しに。」

「まず私の事務所に寄り、伊織さんはそこで睡眠を取る。私はそのまま捜索に出ます。」

「そんなこと出来ない。マユミは私が話を聞いてあげなかったから……」

「二人で同じ行動を取るより、交代で体力回復を図りながらの方が効率が良いんです。お願いですから、今は睡眠を取って下さい。」

「そんな呑気な! マユミはテレポーテーションでさらわれたのかも知れないのよ!」

「だからこそ、だ。私が手掛かりを掴んだらキツイ捜索が始まるかも知れない。少しは私を信用してくれ。」

「信用とかじゃない! あの子が心配でいてもたってもいられない! 探す!」

「私も同じくらい心配だ! 少しは言うことを聞いてくれ!」

「一秒でも早く見つけて……」

「夫婦喧嘩は外でどおぞ。」


門守が冷めた口調で挟んだ言葉に、赤羽根と治信は同時に彼を睨み付けて言った。


「夫婦じゃない!」


少し間を空け、ふぅん、と言うと、門守は治信から受け取った名刺を摘んでピラピラとさせた。

治信は表情を若干赤らめて言う。


「おい、門守君、その名刺はすぐ様シュレッダー破棄しろ。でなければ新しい護身道具の実験台にするぞ。」

「貰ったもんは俺のもん、す。」


門守の手にある名刺、そこには治信がついさっき手書きで入れた文字があった。


『最愛の人に休息を取らせたく誘拐に来た このままでは伊織は倒れる』


門守は治信の名刺を財布に押し込み、取り出したICカードで奥の事務室へ入っていった。

そして、パソコンを起動させ、オンラインゲームのログイン画面を開く。

数秒後、『精霊憑き魔道戦記』というタイトルロゴが浮かび上がった。


「今日こそ『SPIRIOUL』っつー装備げっとしないと対人戦キビシイな。装備したプレイヤーにしか見えない武器って反則過ぎっしょ……」

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