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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第一章
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躁演舞(そうえんぶ)

紅河淳くれかわあつしが2年A組の教室のドアを勢いよく開けると、教壇の教師と生徒達の視線が一斉に集まった。

いや、紅河くれかわは意図的に視線を集めたのだ。


そのままズンズンと皆月岸人みなづききしとの席へ向かい、ガバッと皆月みなづきの肩に腕を回すと、顔をググっと近付けた。

紅河と皆月の顔の距離は、10cmも無い。


「この前の続きだ。教えてくれよ。車の切断、見たんだろ?」


紅河は、自分の身体の一部がどこか違和感を感じたら、そのまま皆月岸人の顔面へ右ヒザをぶち込むつもりでいた。


「暑苦しいよ。」


皆月は無表情のまま答えた。

紅河は、この距離を変える気はない。


「サッカーボール破ったの、君か?」


皆月は目を閉じ、小さなため息をつくと、


「見えないってのは、不便ですね。」


と言った。


「それは、自分がやった、という白状と受け取っていいのか?」


紅河が、皆月の首に回している腕の力を強めた時…皆月の瞳が紅河を睨み上げた。


ブワッ…ガタンッガラガラッガシャアンッ!


紅河の身体がいきなり後方に飛び、いくつかの机をなぎ倒した。


「おい、やめろ!」

「きゃっ…」

「うわっ…」

「ひっ!」


教師が叫び、生徒達が短い悲鳴を上げる。

その直後、


ズンッ!


大きな振動とともに、紅河が飛ばされる前にいた場所、その床タイルにヒビが入った。


「え…」


事態が飲み込めない教師が驚き、声を詰まらせる。


…ちっ!距離を取らせたままはまずい!


紅河はすぐさま起き上がり、皆月に飛びかかろうとした。

が、身体を止めた。

皆月の視線は、その注意を紅河には向けていない。

彼は椅子に座ったまま、目を細めて、何かを追っている様子だ。


皆月は不意に立ち上がり、紅河の方へチラッと視線を向けると、『光の帯』で紅河を『引き寄せ』た。


「うわっ…」


よろけるように皆月に引き寄せられた紅河の背後で、机が一つ、音もなく真っ二つに割れ、ゆっくりと左右に倒れた。


フラッ……ガンッ…ガゴンッ


皆月がつぶやく。


「無茶苦茶だ、キレてる…。」


生徒達が絶句し立ち尽くす中、教師が割れた机に歩み寄ろうとした。


「先生、待った。」


紅河が制した。


皆月は立ったまま、瞳を左右に動かしたり、右手の指をピクッピクッと動かしたりしている。

紅河は、しばらくそれを見守った。


突然、ストッと皆月が椅子に腰を落とした。

ぐったりしている。


「皆月、お前…」


紅河にも、ようやく事態が飲み込めてきた。

皆月岸人は、『もう一人の使い手』と闘っていたのだった。

その『使い手』が攻撃していた相手は、紅河だった。


皆月は、近付いてきた紅河に、小声で耳打ちした。


「B館、一階、化学準備室。」


紅河は、皆月の目を覗き込むと、身をひるがえし、走って教室を出て行った。


本館の東階段を飛ぶように駆け降り、渡り廊下を駆け抜け、B館の廊下へ飛び込む。

化学室を見つけると、隣の準備室のドアを開けた。


ギイイィ…


そこにいたのは、紅河のクラスの担任、深越美鈴ふかごしみすずだった。

彼女は、髪を振り乱し、身体の前で両腕を交差したまま、ガクガクと震えている。

皆月の青白い『光の帯』に、腕ごと自分の『光の帯』を縛られているのだった。


「紅河君、あなた、人をオバサン呼ばわりして、話も聴かずに、私を否定して、未熟な子供のくせに、いい気になって、私は助けてあげようとしているのに、何でも自分で出来ると思い込んで、あなただけ、言うこと聴かないのはあなただけ、人を馬鹿にして、見下して、高校生のくせに、私がどれだけ、未熟な生徒が、私がこの学校を、どれだけ私が、馬鹿にして、私の助けが必要なくせに、偉そうに、馬鹿にして、偉そうに、アクビをして、未熟なくせに、馬鹿にして、私を、偉そうに、馬鹿にして…」


深越美鈴はうわごとのように呟き続けている。

紅河は、心で『オバサン』と表現したことはあるが、言葉に出したことは一度もない。


深越ふかごしが『使い手』だったとは…


『教頭と刑事がそこに来る。もう解くよ。限界だ。』


皆月の思念が紅河に言った。


…教頭と、刑事?


そこへ悠々と歩いて来たのは、教頭と、県警の押塚おしづか警部だった。


「ええ、深越先生は生徒の面倒見が大変良く、優秀な教員ですよ。」

「こちらですかな?化学室は。」


押塚が見ると、廊下と化学準備室の境目に、ドアに手を掛けて中を見ている紅河の姿があった。


「んん?あれは確か…。」


その身長、髪型、横顔、押塚には見覚えのある学生だった。


…半年ほど前の、清洲朋代きよすともよの事件の、紅河さんの長男か?


教頭と押塚警部が、紅河の背後から化学準備室の中を覗いた時、深越美鈴が交差していた両腕をダランと降ろした。

皆月が『光の帯』の拘束を解いた瞬間だった。


「…ふっ、ふわっ、はあぁ…」


深越美鈴は妙な呼吸をした後、ニヤッと笑い、


「くぅれぇかぁわぁくぅぅん…」


と言うと、キッと視線を上げた。


ビシッ…バリンッ、ビシッビシッバリンッバリンッ!…


深越美鈴のすぐ側の棚のガラス戸が割れ、ガラスの破片が舞った。


「!」


紅河は、教頭を蹴り飛ばし、押塚警部を突き飛ばすと、自分も床へ身を投げた。

化学準備室の向かい側のガラス窓に大きな直線が入り、二つに分かれたガラス板が、ゆっくりと外へ倒れ落ちた。


ガシャアァン!


押塚警部が、ゴロゴロっと転がりながら教頭のところへ行き、左手に紙、右手に拳銃を取り出すと、紙を教頭へかざした。


「先生、拳銃の携帯許可証だ。ほれ。」


そう言うと押塚は立ち上がり、深越美鈴から死角となるよう、準備室入り口の脇の壁に張り付いた。


「だから!無駄だって!」


紅河はそう叫ぶと押塚の足を払い、転ばせた。

押塚の張り付いた壁に、スイッと半円の切れ込みが走った。

紅河が転ばせなければ、押塚は腰から肩にかけて、『分断』されていただろう。


「あ、わ、あ、あ…」


教頭は腰を抜かしたように尻を床に擦りながら後退っている。


…くそ、やべぇ、やべぇ!


紅河は、どう逃げたらいいか判らず、パニックになりかけた。


ヌウッと深越美鈴が化学準備室から出て来た。


「助けてあげる、私が、たすけてあげるのは私、私がいないと、私が。」


…目が完全にイッてる。


深越美鈴は、過度のストレスから来るパニック障害のような状態にあった。


パシュッ!


押塚が深越美鈴の右腿を拳銃で撃ち抜いた。


「あ、あら、あ……」


彼女はフラッフラッと歩くと、ペタンと床に座り込んだ。


「…は!あ、あ、ああぁあぁあうああ…」


突然、憑き物が落ちたかのように、右脚の出血を震える手で触り、泣き出した。


「あああ、うう、ひぐっ、ううう…」


泣き出した数秒後、首をカクンと前に倒し、ドサッと廊下に倒れ込むと、寝息を立て始めた。


押塚は手錠を取り出し、内心、手錠など意味なさそうだが、と思いつつ彼女の腕に掛けた。


「深越美鈴、器物損壊罪だ。」


…特査の話では、能力を使いまくった直後の睡眠が、連行のチャンスらしいが…


押塚は携帯電話で車を手配すると、


「起きてくれるなよ。」


と言い、深越美鈴を担ぎ上げた。


「よお、紅河さんとこのお兄さんだろ?」

「はい。」

「後で事情を聴かせてくれよ。」


…事情?逆恨みもいいとこだ、このオバサン。


光里ひかりを危険に晒したこと、忘れてませんよ。」


紅河はそう返事すると、制服のホコリをパンパンと叩きながら、教室へ戻った。


「これは、ああ、これは…」


教頭は、化学準備室周辺の大惨事に、一人狼狽えていた。


その日のうちに、私立城下桜南高校の2年A組教室と化学準備室周辺は、警察によりKEEP OUTが敷かれた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


県警本部は、深越美鈴ふかごしみすずに対し、兼ねてから準備を進めていた『能力者』による取調べを導入した。

若邑湖洲香わかむらこずかと、医学及び心理学博士の赤羽根伊織あかばねいおり、二名による取調べである。


押塚おしづか警部の目星は、ヒットであった。

乗用車分断事件、その画像には深越の姿も映っている。

複数の人物が映っている連続画像には、分断時刻の直後、そのほとんどの人物が驚きの表情を見せている。

だが、一人だけ、ニヤッと口元を緩めた人物がいたのだ。

それが深越美鈴だった。


深越本人の供述によれば、

『違法駐車の常習犯で、一度注意したが、横柄な態度を取られたので制裁を加えた。駅前で、皆が迷惑していた。私が矯正しなければ、と思った。』

との事だった。


しかし、彼女は、駅前コンビニ強盗事件の犯人ではなかった。

テレパスによる取調べであり、それは間違いのないことだった。


担当クラスの教え子である『紅河淳』という生徒への暴行未遂も発覚した。

体育の授業中、2年A組教室、ともに、この生徒を襲ったのは彼女だった。

また、生徒の自転車をパンクさせたのも深越であった。

そして…


警察は、この自転車損傷の件で、期せずして貴重な情報を得ることになる。


皆月岸人みなづききしとという生徒の仕業に見せかける工作をした。彼も能力者だ。』


という事実。

更には、


『一年生にも光の帯の使い手がいる』


という、深越の思念に埋もれかけた断片のような認識も拾われた。


警察は新たな参考人を得たことになる。

私立城下桜南高校を徹底マークとされる方針が、県警本部から打ち出された。


赤羽根博士による深越美鈴の精神鑑定は、躁病そうびょうの傾向があるも、入院治療が必要なレベルではない、という結論だった。


人格障害は見受けられないが、あまりにも教育熱心過ぎる気質から、思い通りの指導結果が見られない生徒に対し支配衝動が起こると同時に、自身の能力『光の帯』運用に関する過信が相まって、『従わぬ者への制裁』という犯罪に結びついた、としている。


これには若邑湖洲香取調べ員の、『…但し、相談を受けた生徒の問題解決へ向けた対応行動には、生徒の安心を本気で願う思念が垣間見られる…』という一文もあり、それは以下の所見で結ばれている。


『深越美鈴は『光の帯』の使い手ではなかったなら、少しヒステリックな生徒想いの教師として在り続けられたのかも知れない…。』

光里ひかり…紅河光里、旧姓=清州光里…『少年の秘かな決意』参照

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