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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第二章
156/292

蒼雷 8.

「一睡もしてないんでしょ、大丈夫ですか、湖洲香こずかさん。」

「ここではともちゃんと呼んで。ともりんでもいいですわ。」


廊下を歩きながら、紅河くれかわは不機嫌そうな顔に輪をかけて眉間にしわを寄せた。

城下桜南高校三年A組、紅河のクラスに編入となった潜入護衛官の湖洲香、その偽名は斉藤知子さいとうともこ

高校生の制服も違和感なく、やや童顔も相まって詐称年齢十七歳も誰も疑わない。そもそも実年齢とは二歳しか違わないが。

もちろん校長、教頭を始め、一部の教員は湖洲香が県警の特殊部署に勤めている潜入護衛官であることを知らされているが、その理由、目的は少し違った内容で通達されている。

超能力者に雷で狙われている、とはさすがに明かせないからだ。

その内容は……今期四月に紅河の周辺で起こった奇怪な器物損壊、二年A組の教室と化学準備室での一件、これの事後調査と紅河の身辺警護を兼ねて、といったものになっている。

事実は全て三年学年主任の深越ふかごし教員によるものだが、学校側へはその事実は伏せられている。

ただ、唯一、教頭は深越の躁状態の奇行を目撃しているため、深越も一部関与と伝えられてはいるが、彼女が超能力者だという事は明かされていない。

そしてまた、湖洲香……斉藤知子も超能力者である事は極秘であり、学校側は知らない。


「いつ寝るんです? 確か、クレヤボヤンスを常時発動でしたよね。いきなり倒れられても困りますよ。」

「昨日は昼間たっぷり寝たの。今夜は、間に合えば喜多室きたむろさんが紅河さんのお宅に来ますわ。二十四時間警護だから。」


…まぁ確かに落雷で狙うなら夜の方がやり易いよな。


紅河が女生徒と連れ立って廊下を歩くことはほとんど無い。

その為か、紅河と湖洲香が通り過ぎる昼休みの廊下にはヒソヒソ話をあちらこちらに残していく。


紅河に新しい彼女?

今月下旬には夏のインターハイ全国大会開幕だと言うのに大丈夫か?

あんな生徒いたっけ?

可愛い女だな。


だが、紅河は全く意に介さない。

湖洲香に至っては、そのヒソヒソ話が耳に入ってくることを楽しんでいた。

生まれて初めての高校生活、その全てが刺激的で好奇心をくすぐる。

二人は一年A組の教室を訪れた。


「京子。」


廊下から紅河が呼ぶ。

相変わらずクラスの生徒が一斉に紅河に視線を送り、口々に騒ぎ出す。

だが、当の京子は、チラッと紅河を見て視線を外すと、挨拶のつもりか軽く頭を下げる素振りを見せ、黙々とまた一人で弁当を食べ始めた。


「小林さーん!」


次いで、聞き覚えのある女性の声。

口に食べ物を詰め込んだまま、え!? という表情を向ける京子。

京子は数回まばたきすると、椅子から立とうと中腰になり、いや先に食べ物を飲み込もう、とまた座り直し、口をもごもご動かしながら、チラチラと廊下の方を見た。


…あれ、え、なんで、湖洲香さん、かな、え、なんで制服、え。


湖洲香は紅河を見上げて言った。


「入っても宜しいのかしら。」

「うん。」


紅河はポケットからペットボトルのお茶を取り出し、湖洲香に手渡した。

湖洲香はそれを受け取ると、教室内に向かって丁寧にお辞儀をし、


「失礼致します。」


と言うと、京子の机に向かって入って行った。

紅河は教室のドアのところで立っている。


「こんにちは、小林さん。」

「こんにちは……」


…本当に本物の湖洲香さんだ。


「はい、これ、お茶。紅河さんから。私達は廊下にいるので、お食事が済んだら少しお話させて。ゆっくり食べてね。」

「は、はい、あす、すぐ、食べます。」

「ゆっくりよ。早く食べると消化に悪いですわ。」

「はい、あ、でも、あ、なんで……」

「ふふ、お話は後で。明日は一緒にお昼頂きたいな、小林さんとも。じゃ、後でね。」


そう言うと湖洲香は京子の席を離れて行った。

そして教室を出る時、教室内へ振り返り、また丁寧にお辞儀をした。


「失礼致しました。」


教室内は、紅河の噂話から一気に『お嬢様三年生』出現の話に切り替わった。

更に、紅河とそのお嬢様三年生が訪ねた生徒、小林京子に視線が集まる。

京子は居心地が悪くなり、いつも以上に背中を丸めて急いで弁当をかき込んだ。


食事を終えた京子がふらりと廊下に出てくると、窓の外を指差しながら何か説明している紅河と、それを楽しそうに頷きながら聞いている湖洲香が目にとまった。


「あ、あの……」


京子の声に振り向く紅河と湖洲香。


「あ、お茶、ごちそう、さま、でした……」


まともに紅河の顔を見れない京子。

すかさず紅河が言う。


「やっぱ何かおかしいな、京子、なんかあったのか?」

「なんにも……」


…なにもないよ、一人で勘違いしてただけ。


湖洲香も心配そうな表情を京子に向ける。


「元気ないですわ。」

「あ、いえ、大丈夫、です。あの、なんで……」

「私ね、今日からこの学校の生徒になったのよ。宜しくお願いしますね、小林さん。」

「え、あ、こちらこそ……」

「それでね、私の編入の目的をお話しておきたくて、あと、紅河さんもお話があるそうよ。」

「はい……」


…紅河さんの話ってなんだろ。


「それと、B組に房生ふさおさんがいなかったの。どこにいるかわかる?」

「あ、今日は、多分、体育館と思います。昼休みもバスケの練習してるみたいです。」

「まぁ、頑張り屋さんですのね、房生さん。」

「そんじゃ、先に三人だけで話そう。体育館だと他の生徒に聞かれるからな。」

「いや、四人で話そう、紅河クン。」


…ん?

…え?

…!?


いつの間にか混ざってきた四人目の声、紅河たち三人はその声の方を向いた。


「な、なんでここに……」

「え、え、え……」

「まあ、奇遇ですわね、義継よしつぐさん!」


湖洲香はまた一段テンションが上がったような声を出した。

桜南の女生徒用制服を着た義継が、当たり前の様な顔をしてそこにいる。


「奇遇でもないですね。僕も紅河クンには話がある。湖洲香さんが潜入護衛してるところも見たかったし。」

「あら! どうして知ってるの? 秘密の潜入なのよ。」

「それは、特査のお姉さんと僕の兄貴がただれた関係にあるからです。」

「まあ!」

「ただれた、って……」


苦笑する紅河は、周囲の生徒の目が一心にこちらに集まっている事に気付いた。


…まずいな。


「部室館に行こう。今サッカー部の部室は誰もいないはずだ。」


今日からこの学校の生徒になった、と言った湖洲香。

突然現れ、他校の生徒なのにこの学校の制服を着ている義継。

京子はまだ状況が理解し切れず、頭にはクエスチョンマークが飛び交っていたが、まるで暗がりから明るみに連れ出されたような、何かに救われたような感覚を覚えていた。

紅河には彼女がいた。好きになってはいけない。

舞衣たちはバスケが忙しく昼の集まりも最近ない。

孤独感。

以前の孤独に逆戻り。

書道への没頭、教室ではまたひたすら気配を殺して耐える日々。

その暗がりに唐突に現れたのが、敬うべき警察最強の使い手湖洲香と、紅河のどこか謎めいた親友義継。

その二人が自分と同じ桜南の制服を着て、同じ地面に、同じ高さで歩いている。

雲の上の人々が、自分と一緒に日常の学校にいる。

なに、これ。

なにが始まるの?

自分はこの人たちと一緒にいていい人間なのか。

そこまで思ってしまう程の人達に、話がある、と手を引っ張られた。

必要とされているとは思えない。

だが、もし何か自分に出来ることがあるなら頑張ってみよう、と小さな勇気さえ湧いてくる。

鬱ぎ込んでいた京子は、気持ちが少しづつ明るくなってくる感覚を感じていた。


サッカー部部室。

湖洲香がまず、紅河が遭遇した昇降口の落雷が人為的なものである可能性があること、それに伴う護衛の目的でこの桜南高校に潜入したことを京子に話した。


「……だから、ここでは斉藤知子。私自身が脱走者を招いてしまったら本末転倒だから、本名では呼ばないでね。」

「はい、わかりました。」

「でも湖洲香さん、使い手ならクレヤボヤンスですぐに判ってしまうんじゃないですか?」

「もう紅河さん! 湖洲香じゃなくてともちゃん! またはともりん!」

「ああ、すません。年上に、ちゃん、とかアレなんで、斉藤さんでいきます。」

「同い歳! じゅうななさい!」

「あ、俺もう十八になりました。」

「まあ。紅河さんの方が私より年上ですわ。」


…そこ、こだわるトコかなぁ。


「確かにあからさまにに『湖洲香さん』なんて呼んでたら、どこから潜入がバレるか判らないからね。兄貴も徹底してるよ、そういうところは。」

「あの、さっきの話、雷、どうして紅河さん、狙われるの?」

「その事は俺から話す。京子には少しショッキングな話もしなければならない。」

「え……」

「実は、篠瀬佑伽梨しのせゆかりさん、亡くなった。」

「え!?……」

「警官に撃たれたんだ。その現場に俺も居合わせていて、篠瀬さんの仲間、脱走した使い手が警官に発砲させた原因を作った者を探して敵討ちしようとしてる。」

「……」

「つまり、俺も篠瀬さんを撃たせた者として疑われているらしいってこと。」

「え、えと、なんで篠瀬さん撃たれたか、まだわからないの?」

「うん、あの日の篠瀬さんの行動を見る限りでは、篠瀬さんは撃たれるようなことは何もしてない。警官が篠瀬さんに任意聴取同行を促して、いきなり拳銃を抜いた。なんか後ろを振り向いたり挙動不審になって、怒鳴り始めた。何を、貴様、とか。で、俺に、そこの学生離れろ、とか叫んで。で、撃った。」


義継が口を挟む。


「その現場、他に使い手はいた?」

「現場は伴瓜ともうりの実家の門の辺りなんだけど、家の中に野神のがみさんと風見かざみさんがいた。他にも何人か刑事っぽいのがいたんだけど、それが使い手かどうかは知らない。撃たれた後に、家の中から野神さんが飛び出して来た。」

「……ってことは、視てたな、撃つとこ、野神さん。んー、なんだろうな、その状況……」


湖洲香が軽く曲げた人差し指を口元に当てながら言った。


「ね、紅河さん、状況の順番、警官が任意同行を求めて、拳銃を抜いて、後ろを見たりして、怒鳴った、ですの?」

「うん、あ、や、ちょっと違うな、正確に言うと、警官が同行を求めた、篠瀬さんが任意か強制か聞き返した、この会話では警官はまだ冷静、その次に警官が後ろを見たり怒鳴ったりしながら拳銃を抜いた、俺が篠瀬さんから少し離れた、撃った、ですね。」

「うんうん、うん……」


湖洲香は斜め上を見て思案しながら頷き、そのまま推測を述べ始める。


「まず、その警官は使い手ではありませんわ。なぜなら、拳銃を抜いたから。使い手は拳銃なんかいらないのよ。それと、同行を求めたということは、篠瀬さんが使い手だと判ったからで、非能力者の警官にはそれは見抜けませんわ。とすると、誰かの指示で篠瀬さんに同行を求めたことに。相手が使い手で、自分が非能力者の場合、テレキネシスで身体に触れられただけで公務執行妨害が成立、同時に正当防衛の反撃が許されてしまうの。後ろを見たというのは、背中を触られたと感じたからかしら。篠瀬さんが向かい合ってる相手の背中をわざわざテレキネシスで触るとは思えないわ。誰かが警官の背中を触ったか、物をぶつけたのよきっと。」

「誰かって、誰ですかね。」

「んー……野神さんが出て来たのでしたわね。」

「はい。」

「どんなご様子でした?」

「勢いよく、もう血相を変えて、あ、そうだ、靴も履かずに玄関から飛び出してきました。」

「そうですわね……可能性で言えば、その野神さんがテレキネシスで警官の背中を触ったかもですわ。」

「それは、どうしてそう推測できるんです?」

「血相を変えて飛び出してきた、これって、野神さんは別の意味で警官に触れたのに、警官は篠瀬さんに触られたと勘違いして発砲した。野神さんは、自分のしたことがとんでもない事を起こしてしまった、と思った現れにも見えますわ。」


紅河は思い返す。

あの忌まわしい出来事を。


「野神さんは……伴瓜に耳打ちしてた。篠瀬さんを見ながら。野神さんが現場の主導者なら、伴瓜に報告なんかせず自分の判断で篠瀬さんに接触する、はず……」


紅河に新たな仮説が立つ。


…伴瓜が、発砲した警官と野神さんに、個別に違う指示を出した、と考えると辻褄が合うか。


「湖洲香さん、」

「ともりんですわ。」

「斉藤さん、野神さんに会えますかね?」

「んー、どうかしら、面会希望を流します?」

「ええ、出来れば。」

「わかりましたわ。篠瀬さんの件で、と添えて打診しておきますわ。」

「宜しくお願いします。それは、それからだな……と、そうだ、京子、」

「え。」

「篠瀬さんに言われたんだ。『受け止めなさい』って。五月雨さみだれは夏の生命の源、それと歌、これ、何のこと?」

「え、え……」


京子は思い出した。

文披月祭典に篠瀬が訪れ、自分の作品を観てくれたことを。


…受け止めなさい?


その意味が、京子の中でじわじわと繋がってくる。

顔が火照り始めると同時に、疑問も沸く。


…篠瀬さん、なんで紅河さんに、なんで紅河さんへの想いだって知ってるんだろ?


「あ、あれ、篠瀬さん、他に何か言ってた?」

「ん? 他に、どうだったかなぁ、確か、京子を使い手の抗争に巻き込まないでくれって頼んだ時、それを言われた気がする。」

「え?……」


なに?

紅河さん……

もしかして、それを言うために篠瀬さんに会ってくれたの?

わざわざ、怖い人かも判らない篠瀬さんに?

私の、ために?……


別の意味の火照りが京子の顔を更に赤らめ、熱くしていく。

京子は紅河の目を見た。

久しぶりにまともに見たその目は、自分を気遣ってくれている優しさに満ちていることが、京子にははっきりと判った。


…まだ、今もそういう目、してくれるの?


視界にも入らないただの暗い下級生。

それは自分の思い込みか。

そうか。

そうだ。


…紅河さんが、一度知り合った人を冷たく忘れるなんて、する訳ないじゃない。


京子は無意識に、微笑みながら涙を落としていた。

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