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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第二章
152/292

蒼雷 4.

「はぁ、それで僕が呼ばれたわけですか。」


県警捜査二課の聴取室で、紅河くれかわはむず痒い頬の絆創膏をポリポリかきながら言った。

絆創膏は鼻の頭と顎にも貼られている。


「刑事ドラマと少し違うんですねぇ、取調室って。明るくて、お茶とクッキーなんか頂いちゃって。」


同行した紅河の母はニコニコしながら室内を見回している。

息子が警察に呼ばれた母親とは思えないはしゃぎぶりで、聴取に当たっている特殊査定班の赤羽根あかばねは苦笑を通り過ぎた呆れ顔になっていた。

部屋の隅でパソコンに向かい記録を取っている湖洲香こずかは、時折紅河の母へ視線を向けてはクスっと笑っている。


昨日夕刻、私立城下桜南高校に落雷が発生、昇降口のガラス扉と傘立てを損壊させた事故があった。

生徒一名が軽傷、その生徒は三年生男子、名は紅河淳くれかわあつし

校舎の避雷針を避けて昇降口に自然放電が流れた事例は稀で、何か特殊な状況にあったのかどうかを県警は調べていた。

例えば人為的なプラス帯電媒体が設置されたりしていなかったか……昇降口にいた生徒が放電を促すような物を持っていなかったか……その事情聴取として任意出頭要請が紅河に来たのだった。

赤羽根と紅河の間でいくつかの質疑応答がなされた後、赤羽根は湖洲香に目配せを流してから紅河の母に言った。


「状況は判りました。ありがとうございます。少し紅河君と二人で話したいのですけれど、お母さん、よろし?」

「あらそうですか。長くなります?」

「二、三十分です。」

「そう、じゃあ廊下で待ってるわね、淳。」

「ほい。」


…帰ろうとしたな、俺を置いて。


別に先に帰られても一向に構わないのだが、警察に出頭と聞いてウキウキする母親、そして息子を警察に置いてくることに何の躊躇もない母親、これ、どうなのか、と紅河はため息をついた。

その紅河の表情を察してか、紅河と、お辞儀をして出て行く母親をチラチラと見比べて再び苦笑する赤羽根。


「明るくて良いお母様じゃない、紅河君。」

「ええ、まあ。」

「それはそうと、驚いたよ、報告が回って来た時は。」

「珍しいですよね、落ちた場所が。」

「それもあるけれど、生徒一名が軽傷とあって、その名前を見て。」

「そすか。」

「まあ一安心ね。ガラスの破片で顔を数箇所切っただけで済んだと判って。」

「切ったって言うか、当たって皮膚が軽く傷付いただけですけど。」

「一緒にいた女の子は無傷?」

「ええ、ガラスの破片も当たってません。」


赤羽根は改めて報告書を見ながら左手を上げてチョイチョイと振った。


「はい。」


湖洲香が返事をし、ノートパソコンを持ち上げて運び赤羽根の横に来て座った。

それを確認すると、赤羽根は監視カメラの方を向き、言った。


「AからC遮断、Sに切り替え。」


監視カメラから女性の音声が返ってくる。


「了解。切り替え完了。」


そして、湖洲香に小声で聞く。


「マルニ透視は?」

「大丈夫。精神感応射程範囲クリア。」


湖洲香の返事の意味は、思考を読まれる『マルサン』侵入は今の所見受けられない、である。

それを聞いていた紅河が言った。


「これからが本当の聴取、ですか。」

「うん、まぁ、能力者に関することはお母様には聞かせられないし。」

「僕も聞きたい事があります。」

「順番にいこか。まずね、紅河君、驚かないで欲しいんだけれど、篠瀬佑伽梨しのせゆかりへ発砲した警官、落雷で死亡した。」

「え……」


紅河には二重の驚きがあった。

篠瀬佑伽梨という名がここで出たこと、そして発砲した警官が死んだということ。


「刑事局から人為的落雷の可能性を検証してくれと指示が来てる。」

「人為的?」

「警官の件、殺人の可能性を調べろってこと。」

「それで?」

「わかっていると思うけど、口外厳禁よ。あるのよ、可能性が。」

「どうして、それを僕に?」

「紅河君、君、伴瓜ともうり警視正のご実家にいたでしょう、あの日。」


野神のがみに顔を見られている。県警にも情報が降りていて当然だろう。


「はい。」

「警官死亡が殺人であった場合、加害者の動機を考えた時、亡くなった警官と紅河君には共通点がある。」

「……」


紅河は『共通点』という言葉に一瞬考えたが、そう難しいことではなかった。


「……篠瀬さんが亡くなった現場に居合わせた、ですか。」

「そう。」

「え、と、待って下さい、動機を考えると、と言いましたね。」


…まさか。


「篠瀬佑伽梨への発砲のきっかけ、つまり間接要因。直接の死因が警官の発砲で、発砲させたのは何かと考えた時、彼女を尾け回していた少年がいた……」

「俺が? 俺が篠瀬さんを殺させた?」

「状況証拠から推察すると、それも一つの仮説として……」

「マジでそんなこと言ってるんですか?」

「一つの仮説として、と言ってるでしょ。紅河君がそんなことするなんて警察は思ってないわよ。問題なのはね、犯人が、加害者がそう推測した場合、紅河君への報復もあり得るってことなのよ。」


自分が命を狙われている?……それを聞いた紅河は急に昨日の落雷が恐ろしくなってきた。

紅河も、あの異常な静電気を不審に思い、『光の帯』による摩擦帯電は可能なのか、くらいは考えていた。この機会に赤羽根に聞こうとしたことはそれだ。

だが、『光の帯』が落雷を操れるなどとは少しも考えていなかった。

紅河は、第三階層テレキネシスという能力、警察で言う『マルサン』の存在を知らない。


「ええと、さっき言ってましたね、殺人の可能性がある、と。」

「うん。」

「どういうロジックですか?」

「細いことはまだ紅河君にも話せない。言える範囲で説明すると……紅河君は落雷の仕組みは知ってる?」

「はい。雨雲が、中の氷塊の摩擦で帯電、気圧対流でマイナス電荷が下に溜まり、地表がプラス電荷を帯びた時に放電、でしたっけ。」

「ざっくり言うとそうね。でね、加害者の可能性があるのは『使い手』。『光の帯』には一定範囲の気温と湿度を急激に変化させる能力があるらしい事が解ってきた。」

「気温と湿度を急激に!?」


その恐ろしさが紅河にはすぐに判った。

気温が操れるということは、暖気と寒気の対流を起こせるということであり、空気摩擦による帯電も可能ということになる。

冷気により空気中の水蒸気から氷塊生成まで出来てしまうならば、放電の条件は簡単に作り出せる。

それだけでなく、帯電媒体としての雨雲自体さえ作れてしまう。

それは紅河が考えていた『光の帯』そのものによる摩擦とは違い、もっと応用範囲の広いゾッとするような能力だった。


「ええ、室温操作は既に実証済み。」

「湖洲香さん、それ、やったんですか?」

「私は出来ないの。マユミちゃんが。ストーブもクーラーもいらないね、って。」

「呑気なこと言ってんじゃないの。紅河君の顔見ればわかるでしょ、いかに怖い能力かって。」

「わかってますわ。」


確かに湖洲香の表情も終始真剣だ。


「えっと、昨日の落雷に話を戻すんですけど、ガラス戸に高圧放電が直撃したところを見ると、ガラスが極度にプラスに帯電してたことがわかります。それと、僕の頭髪や服もプラスに帯電してました。もし、僕に放電を直撃させようとしたのなら、ガラスには帯電させない方が確立が高くなりますよね。傘立ての傘も熱でグニャグニャになってましたから、それもプラス帯電していた。言ってみれば、僕はガラス戸と傘に助けられた、と言えます。」

「うん。」

「てことは、ある特定の人体だけ帯電、という細いことは出来ない……どうですかね。」

「そこなんだけれど、まだ掴めてないのよ。住宅街の中で警官一人に直撃させたこと、これを掘り下げないと実証まで辿り着かない。でも、うちの物理屋がこの件に参加出来るのは九月で、私や遠熊とおくま博士で仮説理論までは組んでるけど、リスクが怖くて検証実験まで進めないでいる。」

「遠熊博士?」

「ええ、うちは新人を三人仮採用していて、遠熊さんは神学の方。」

「くまりんさんですわ。」

「コズカ、ちょっと黙ってて。で、理学博士の諸星もろぼしさんがいるけれど、能力者のことはまだ開示出来ない。白楼はくろう関係者には、これ、っていう物理屋がいなくて……」


あ、いけない、と赤羽根は思った。

一般の紅河に内情を愚痴り始めている自分にハッとする。

紅河に情報を与えるのは構わないと考えているが、愚痴ってどうする、ということだ。

そう、赤羽根がどこか頼ってしまいたくなる部外者の一人が、この紅河なのであった。

常識的に考えると奇跡としか言いようのないことを何度もやってのけている少年、紅河。


「よくわかりませんけど、能力者の研究体制が出来てない、ってことですね?」

「まぁ、恥ずかしながら。」

「マユミちゃんに危険なこともさせられないの。」

「ふん……警察庁の使い手の人達とは協力出来ないんですか?」

「あっちはあっちで、全国の警察を統括する中央省庁だから、研究どころでは無いっていうのが実情ね。」

「一人や二人回してくれても良さそうですけど、どうなんですかね。」

「それが、逆に、コズカにまで警視正警護要請が来てる始末で。」

「警視正って? 誰です?」

「今所轄にいる伴瓜ともうりさん。元刑事局捜査課長ね。」


…やはり、あのギョロ目は命を狙われているのか。


「誰に狙われているんです?」

「しつこいけど口外しないでね。以前刑事局に一度確保されて、そこから脱走した使い手に怪しい動きがある、と内示があった。これは一般の紅河君はもちろん、警察内でも限られた者にしか聞かせられない情報。」

治信はるのぶサンは?」

「南條さんは佐海さかい警視監と情報交換しているから、ある程度はご存知よ。」

「そう、ですか……」


紅河は考える。

自分が命を狙われているとして、それが人為的落雷ならば、そのロジックを明確に持たないと対処のしようが無い。

自宅に雷など落とされたら笑い話では済まない。


「それでね、警察が紅河君を護るに当たって、篠瀬佑伽梨と紅河君の関係を知りたい。篠瀬も脱走者なのは知ってたの?」


…そうだったのか。


「いえ、今始めて聞きました。」

「どういう知り合い?」


紅河は、篠瀬の京子へのアプローチから話し始め、岸人きしとを探していたこと、紅河自身は岸人に警察へ出頭させたいと考えていることも含め、経緯を話した。


皆月みなづきと会ったのね!? なぜそれを警察に伝えないの!?」

「それを言うなら、赤羽根さん、警察が未だに岸人に辿り着かないのはなぜですか、と言いたいですけど。」

「それは、捜査課に言って欲しい言葉ね。崎真さきまさんも喜多室きたむろさんも血眼よ。」

「何にしても、俺から岸人の情報は取れないと思って下さい。」


…この子は変に挑戦的なところがあるのよね。


「それ、私だからここだけの話にするけれど、少しはご協力頂きたいな、皆月の情報。」

「殺人容疑が掛かっている友人を、はいどうぞ、とは出来ません。まず岸人の意志ですよ。さっきも言いましたけど、僕としては岸人に警察へ申し出て欲しいんです。殺ってないよ、と。」


赤羽根はため息を見せた。

湖洲香は神妙な顔でキーボードを時折打っている。


「時間も時間だし、私達も忙しいので……紅河君の警護を特査から申請中よ。喜多室さんを回してくれと頼んである。それまではコズカを、私の権限で付けるから。」

「え、湖洲香さんが、僕のボディガード?」

「うん、だって紅河さん、雨の日はいつも外出禁止じゃ、大変でしょ?」


…落雷で狙われているなら雨も居場所も関係ないと思うけど。


「まぁ、ありがたいですけど、具体的には、どんな風に?」

「気温や湿度を操る能力って言っても、『光の帯』は出さなければいけないから、私が見張るんですわ。事前に注意出来るように。あとね、普通の放電なら、止められるのよ、私の『光の帯』で。」

「ああ、全ての運動エネルギーを、分子運動を吸収出来る、ですか。」

「うん、人工の放電でやってみたら出来ましたわ。」


…ほんとすげぇな、光の帯。


「あ、でも、学校にいる時とか、どうするんです?」


紅河のこの疑問に、待ってましたとばかりに、湖洲香は満面の笑みを浮かべて言った。


「はい! 私、城下桜南高校に生徒として潜入入学しまーす! またあの制服着られるのよ! この年になって高校に行けるなんて夢みたいですわ!」


……


紅河は白楼での湖洲香を思い出す。

頼もしいと言えば頼もしい。

だが、高校生には心無い物言いをする生徒がいくらでもいる。

湖洲香のトラウマスイッチが入らないよう、自分が守ってあげなくては……と思う紅河だった。

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