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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第二章
144/292

黒い鶴 6.

警察庁刑事局、局長室。

開いたブラインドが軽い逆光を作り、窓を背にして局長デスクに座る佐海慶一郎さかいけいいちろう警視監の顔に時折陰を作る。

そろそろ陽が傾きかける刻だが、室内の照明は点けられていなかった。


デスクの前には、警官制服に警視正の階級章を着けた三十代半ばの細身の男が立っている。

かかとを合わせ爪先を軽く開き、直立不動のその男は、身長は百七十センチ前後、ギョロッとした大きい目と太い眉が特徴的だ。

先月、刑事局捜査課から都内所轄、光が丘署に異動となったばかりの伴瓜絢人ともうりけんと警視正である。

目は口ほどに物を言う、と言うが、佐海は、この男の三白眼の中に座る黒い瞳に、人間らしい表情を見たことが無い。

時には笑みを作り、時には怒気を漂わせることもあるのだが、それは口元で作っている表情の様に見え、その目はガラス細工のように、色を変えない。

常に冷静沈着とも取れるが、佐海は伴瓜に、ある種の不気味さのようなものを感じる事もあった。

冷静というよりは、冷徹。

一般人の怪我や死傷には表情一つ変えず、部下の大事にも取り立てて感情を表に出さない。

査問委員会の後、伴瓜も蓮田はすだのように『能力者』であることを隠しているということはないか、精密検査もさせた。

だが、伴瓜は疑う余地無き非能力者であるという結果だった。

立場上、屈強な精神力が要される故か、佐海は、自身のマインドコントロールに長けていることの表れだろう、と見ていた。


「……以上の通りです。」


佐海は説明を終えると、辞令の書状を取りデスクから立ち、伴瓜の横へ出た。


「七月十六日付、警察庁刑事局、組織犯罪対策企画課、課長着任を命ずる。」


伴瓜は右手、左手、と添え、書状を受け取ると、それを右手に持ち両手を下げ、一歩下がり一礼した。


「また宜しくお願い致します。ご存知とは思いますが、全国の組織犯罪対策を統括する部署にあり激務です。」

「は、心得ております。」


室内が薄暗いせいか、今も、佐海には伴瓜の目が何を思っているのか読めなかった。

左遷の辞令から一ヶ月も経たずに、刑事局へ復帰。

国家公安委員である杉浜すぎはま氏の口添えが無ければ、佐海はこの異動を却下していただろう。

白楼のθ棟を壊滅に追い込んだ事件のトリガー、その黙認という不祥事もあるが、佐海の腑に落ちない点は、いや、気に食わないと言う方が妥当か、裏に手を回して伴瓜自身が人事を操作した気配、である。

伴瓜の再度異動の話が出た当初は、元の刑事局捜査課課長に戻す、という内容だったが、それは佐海が差し止めた。

新しい捜査課長を任命し、野神のがみを主任として再構築を図っている『使い手部隊』は、一旦伴瓜の手から切り離したかったからだ。

上層部協議の結果、一昔前とは質の変わった抗争による死傷者が増加傾向の組織犯罪、その対策企画課に当たらせる、という事で落ち着いた。


「警視監、」

「はい。」


伴瓜は声のトーンを若干落とした。


「今後、組織犯罪対策や暴力団対策にも、『使い手』配属のご検討を、宜しくお願い致します。」


佐海はやや間を空け、答えた。


「検討はします。が、まずは警視庁の捜査課への配備が先でしょう。それも諸問題を抱え、投入が見送られています。刑事企画課と組織犯罪対策企画課は並列部署と捉えてもらい、蜜に相談を入れて下さい。私への事前報告は怠らないように。」

「は、承知致しました。」


伴瓜は敬礼し、刑事局長室を出て行った。

これまでの局捜査課の、部下からの評価は高い伴瓜。

それなりに人望も得ている。

佐海の知る限り、伴瓜自身による報告の改竄や隠蔽は、無い。

事実を事実として上げてくる。

だが、考え過ぎだろうか、結果が出る前の動き、南條義継なんじょうよしつぐ対策としてのSAT出動要請もそうだが、蓋を開けてみると『やり過ぎ』感が否めない対応が目に付く。

それが、石橋を叩いて、いや、鉄橋に砲弾を撃ち込みながら渡るという慎重さの表れならまだいいのだが……蓮田のような非人道的な画策が働いていなければ良いが、と佐海は表情を険しくする。


『自らが同乗する車両を分断した南條義継の行動には、無差別破壊意思の危険性が介在します。ここで100%の食い止めが必須、故にSATの手配を要請するものであります』


だが、実際には、南條義継にその意思はなく、車両分断も谷元たにもと警視の独断で行われた刑事局の使い手による破壊工作であった。

伴瓜、そして佐海自身にも、もう警察庁に席は無い、となっても不思議ではない不始末。

だが、現職維持。

明らかに差別視され、人権対象とはみなされていないような『使い手』達。

車を炎上させたのが高校生だろうが刑事だろうが、使い手なら勝手に殺し合いたまえ……とでも言わんばかりの軽視ぶり。

だが一方、超能力者が犯罪を犯したのなら容赦はするな、いや、起こさせないよう対抗策に万全を期せ、その為の予算なら好きなだけ使いたまえ……という傍観姿勢。

これは腐敗なのか、はたまた無知楽観なのか。


佐海は内線の受話器を上げた。

内線のモニターには『暴力団対策課』と表示が出ている。


「佐海です。課長を。」


佐海はパソコンのモニターに視線をやった。

県警本部からの報告書が映し出されている。


「佐海です。十六日付で伴瓜警視正が組織犯罪対策課に着任となります。……はい、そうです。庁内通達は数日後になると思います。課長にお願いしたい事は、本日から十六日未明まで、伴瓜君に一人付けて欲しいのです。……ええ、それもありますが、ボディガードがてら、とでも考えて下さい。……いえ、特にそういった懸念はありませんが、私の指示だと言い添えて、課は違いますが、情報共有としてマル暴の現状の話でもさせて下さい。……はい、報告は毎日お願いします。頼みます。」


さて、今はまだ光が丘署の捜査課に籍を置く伴瓜。

どういった行動を見せてくれるのか。

受話器を置くと、パソコンの別のファイルも開き、並列表示する。

一方は作成者が喜多室きたむろ巡査の県警本部報告書。

もう一方は、使い手の脱走者リスト。


穂褄庸介ほづまようすけ


リストには十二名の名が連なっている。

そのうち六名には赤い文字で『死亡』と入力されている。

仔駒雅弓こごままゆみにも入力されていた死亡の文字は削除され、そこが空欄となっており、備考欄に『生存 県警特査にて保護観察中』と追記されていた。

残る五名の一人が、穂褄庸介。


「喜多室君を見て、逃亡。テレポーテーション。何もない空中に炎を発生させたように見受けられた……か。」


本日午前中に、特殊査定班の第二四半期方針書の件で、佐海は赤羽根あかばね遠熊とおくまを呼び付けていた。

そして、方針書とは別にもう一つ重要な話があり、特査の二人とは約三時間にも及ぶ打合せを行っていた。

亡き遠熊所長の娘、遠熊倫子に、『能力者』の存在と研究経緯、及びこの四月から発生している実害について開示したのである。

目的は二つあった。

一つは、宗教的アプローチによる『霊』の存在定義を始め、『光の帯』という能力媒体が倫理的観念を脅かすに至る動機や環境など、心理学の赤羽根と共に掘り下げて欲しい研究に一日も早く着手して欲しかったこと。

もう一つは、実父の遠熊蒼甫、その死因の実際を伝える為であった。


『父は生まれつき霊感が強かったようですけど、霊感というものが、霊能力というものが、ここまで科学的に研究されていたなんて……』


話を聞いた遠熊倫子は、予想通り、終始驚きを隠せずに表情を強張らせていた。

だが、話が終わった後は、狼狽も見せず、凛として引き締まった目を見せた。

同時に佐海は、『炎を発生させる能力』のロジックと対策を160時間納期と指定し、改めて県警本部を通して指示を出すと二人に伝えた。

160時間とは約一週間、それも不眠不休で業務に当たった場合の時間、である。

これには、仔駒雅弓の『水を発生させる能力』解明も含まれていた。

酷な納期ではあったが、それでも遅いかも知れない、と佐海は考えていた。

素人目で考えても、火炎を放つ使い手など、野神達でも簡単に抑えられるとは思えない。

それ以前に、県警には喜多室という使い手を投入してあるとは言え、警視庁を始め都内所轄、他府県の警察署には能力者の存在自体が伏せられている。


「仔駒雅弓……霊視への誘導が、第三階層テレキネシスを期せずして可能にした……」


それは、後日の雅弓の話によれば、去ろうとする枝連えづれの霊を掴もうと必死にもがいて偶然発動したテレキネシスだと言う。

そう、雅弓は、第三階層で触れることが出来なかった霊に、触れるようになっていた。

霊が生者の人体に及ぼす冷気や、原因不明の極度な湿度、その霊と同じ属性に次元変換された『光の帯』の運用効果。

佐海には、これが枝連の置き土産のように感じてならなかった。

彼は倫理観に迷いながらも、野神達に霊視と第三階層テレキネシスを身に付けさせる計画書の作成を再開した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


…父親が入院中。この病院だ。


篠瀬佑伽梨しのせゆかりはようやく突き止めたターゲットの肉親、その所在に目を細めた。

ターゲットは伴瓜絢人ともうりけんと、だが、今から命を奪うのはその父親である。

人の魂、幽体を抜き取るには、浮遊霊を利用する必要がある。

その浮遊霊は、近しい親族である方が確実だった。

伴瓜絢人の幽体が、ほんの一部でも肉体から剥がれかければよい。

その為には、霊に呼んでもらう必要があるのだった。

霊に呼ばれ、気付き、振り向く。それが、生者の幽体の一部が剥がれる瞬間。

篠瀬達が『抜き取り』と呼ぶ能力、白楼では『使い手縛り』と呼称しているそれは、肉親を亡くしている使い手達に施すのは、既に第一段取りが済んでいると言え、故に白楼では『使い手縛り』と呼称された。


病院の外壁に身を寄せ、第三階層に黒い『光の帯』を放つ篠瀬。

クレヤボヤンスで伴瓜の父親を探す。

病院には浮遊霊が多いな、と篠瀬は思う。

少しでも意識を向けると、そこらじゅうに漂う白い光の玉は篠瀬の『光の帯』に寄って来る。

彼女はなるべく『視ない』ようにし、黒い『光の帯』を院内へ伸ばしていった。


…いた。


癌、か。

点滴に繋がれ、目を閉じてはいるが、意識は目覚めているようだ。

時折、ゴホゴホと咳をしている。

今は消灯後の二十二時過ぎ、伴瓜の父親の病室には看護婦も見当たらない。

一応、篠瀬は夜勤者の動向を調べて回った。

病院の外壁にもたれ、目を閉じて両腕を組む篠瀬。だが、その指先は、時折ピクッピクッと動いている。


…見回りは二十二時半、ナースステーションには二名。


再び病室に『光の帯』を戻す。

伴瓜の父親の周りを探る。


…ん、これでいくか。


篠瀬はガラスの吸い飲みを見つけた。水が入っている。

暗殺。

だが、当然あからさまな外傷など付けられないし、使い手の仕業と判る殺り方も避けなければならない。


黒い『光の帯』を伴瓜の父親の胸部に透過させる。

黒い『光の帯』に、次第に黄色い筋が浮き出て来る。

篠瀬は目を閉じたまま眉間にしわを寄せ、ミクロの世界に集中する。


ジュワ……


『光の帯』が透過した肺の中に、突如、水が湧き出す。

その水は、徐々に肺胞を満たし、気管支に流れ、詰まらせていく。


「かっ……がっ……ぐほっ、こっ、かっ……」


伴瓜の父親は呼吸がままならなくなり、苦しみにむせ始めた。

彼は体をよじり、ナースコールを押そうと震える手を伸ばす。

苦悶の表情で必死に手を伸ばすが、呼吸困難で意識が遠くなり、そのまま息絶えた。


「はぁ、はぁ、はぁ、ふぅ……」


事を終えた直後、篠瀬の額から滝のように汗が流れた。

だが、まだ完了していない。

篠瀬は『光の帯』を伴瓜の父親から離すと、第一階層テレキネシスに切り替え、ガラスの吸い飲みを持ち上げた。

まず、伴瓜の父親の指に触れさせ、指紋を付ける。

そして、そのまま遺体の脇に、コロンと吸い飲みを転がした。


…よし。


篠瀬は目を開け、もたれていた外壁から身を起こした。

フラっと一瞬、眩暈がした。

能力に要した精神力の消耗と、人を殺めたことの言い様のない罪悪感。


…私の父だって、脳をいじられて寝たきりにされたんだ。


何度か深い呼吸を繰り返すと、少し気分が回復した。


…夜の会合で報告出来るように、明日は伴瓜本人を抜き取る。


篠瀬は、残る力を振り絞り、黒い『光の帯』で自らの身体を包み込むと、陽炎のように揺らめき、消えた。

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