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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第一章
136/292

緑の桜並木道

面接会場である会議室のドアが開き、諸星もろぼしと呼ばれた男性が出てきた。

手には書類を持っている。

廊下の長椅子で待っていた青年、門守かどもりは、諸星を見て少し驚いた。


…早っ、5分で終わりかよ。


ジーパンにポロシャツという緩い服装で、何とも暗そうなおっさん。

面接官は神経質そうなもじゃもじゃ頭のお姉さん一人。

そして五分で面接終了。

門守は、何が採用基準なのかさっぱり判らんと思いつつも、おそらく既に採用可否は決まっていて、面談するだけなのだろうな、と考え、少し気が楽になった。

門守はこの県警の交通部に姉がおり、その紹介として履歴書を出した事務兼書類校正要員だった。

大学卒業後、塾の講師をしていたが、茶髪にピアスというルックスが生徒指導上良くないと指摘され、また言葉遣いも悪いと言われ続け、辞めた。

一応スーツにネクタイはしめているが、その容姿や言動は一言で言うと、俗に言うチャラい男。

姉に恥をかかせないようにとの気構えは持って来たが、容姿をとやかく言われるなら不採用でいい、と思っていた。

趣味のオンラインゲーム、MMORPGの時間を奪われるのも嫌だな、と考えている。

だが、頭は切れる。

二年間勤めた塾では有名私立高校への合格率を上げた実績があり、地方公務員試験も彼にしてみれば事前準備無く楽々こなせる程度のものだった。


再びチャッと会議室のドアが開き、もじゃ姉さんが顔を覗かせ、声を掛けてきた。


「門守さん、どぞ。」

「はい。」


門守は、がに股気味に立ち上がると、スラックスのベルトの位置が高すぎて気持ち悪いな、と思いつつ、会議室に入った。

赤羽根が書類を見ながら言う。


「ええと、書類校正ね。門守結姫かどもりゆうきさん。経歴は見させて頂きました。給料安いわよ。多分、塾講師の半分くらいじゃないかな。いい?」

「別にいいっす。」

「はい。仮採用です。三ヶ月が仮採用期間で、正規採用の条件は仮採用期間中の業務遅延が皆無であること。」

「はい。」

「あとね、勉強を見てあげて欲しい子がいるの。それも宜しく。」

「は?」

「なに、聞こえなかった?」

「や、聞こえましたけど、子?子供っすか?」

「うん。手強いわよ。」

「ここ、警察っすよね。」

「うん。」

「意味わかんないすけど。」

「気にしない。この特査は、どんどん意味不明な業務が降り注いでくるわ。」

「え、や、えっと、そういう意味じゃなく…」

「特査の業務は意味不明。こちらからは以上。何かあります?」

「え、もう終わり?」

「うん。」

「あ、んじゃ、姉貴に、一応仮採用って報告していいんすね?」

「姉貴?」

「あ、はい、交通部の…」

「ごめん、興味ない。じゃ、明日から宜しく。」

「あの、んじゃ、あれ、服装とか、制服とかあるんすか?」

「無くはないけど、うちは服装なんか適当でいいわよ。警官服が着たければ、総務に自分で発注して。」

「服装自由、了解です。」

「じゃ、そういう事で。これ、仮採用合格書類。サインしたから総務に持って行って。」

「あ、どうも。」


門守は書類を持ち、席を立った。

そして会議室を出る間際、赤羽根に振り返り、言った。


「赤羽根さん、でしたっけ。その髪型、イカすね。」

「やかましい。さっさと出て行け、チャラ男。」


そう返した赤羽根の口元は、笑っていた。

門守は、警察の特殊部署と聞いて堅苦しいイメージを持っていたが、赤羽根の雰囲気を見て思った。


…赤羽根さん、空気読める人だ。容姿や言葉遣いも気にしてない。やっていけるかも。


門守が会議室を出た後、赤羽根は必要事項をパソコンに素早く入力すると、三人目の面談者とどこまで話すべきか少し考えた。

あの遠熊とおくま所長の娘、遠熊倫子とおくまりんこ

雅弓まゆみの霊視の一件で開示された『光の帯』に関する研究データや報告論文の数々。

遠熊は間違いなく、超能力の科学的な解析における第一人者だ。

佐海さかい局長の話では、娘の倫子には『光の帯』に関する情報はもたらされていない、との事だった。

何も知らないこと、これはいい。

だが、三ヶ月が過ぎた正規採用の後、特殊査定班の班員である以上、『光の帯』に関する全ての情報と研究経緯などを共有しなければならない。

そういう業務が待ち受けている部署だ、ということを、どこまで話すべきだろうか。

そして、つい先日亡くなられた父親のこと。

湖洲香こずかの話では、彼女を崩落現場から救い出したのは遠熊所長である可能性も高い。

絶命後に湖洲香の身体を空間転送した能力者。

その魂は、能力を維持したまま今も白楼にあるのだろうか。

雅弓に捜索させれば、或いははっきりするかも…

そこまで考えた時、赤羽根は自分の思考が明後日の方向へ脱線していることに気付き、顔を天井に向けてフゥッと息を吐いた。


…私らしくもない。これは特査の採用面談。誰であろうと関係ない。


赤羽根は、余計なことは一切持ち込まない面談にしようと決め、遠熊倫子を会議室へ呼び込んだ。

一通りの形式的な応答を終えると、倫子の言葉のイントネーションが気になった赤羽根は、聴いた。


「もしかして、関西が長かったですか?」

「ええ、京都弁やね。出身は東京だけど、育ちは京都。」

「なるほど。」

「でも、敬語は基本的に標準語ベースやし、こうして世間話する時以外は標準語を心掛けてるんよ。」

「お気になさらず、仕事中も話しやすい方でいいですよ。」

「お心遣い、ありがとう。」

「いえ。それでね、実はご相談があって。」

「はい。」

「仮採用期間終了後、遠熊博士には班長をお願いしたいと思ってます。」

「班長って、部署統括?」

「うん。」

「赤羽根さんではないの?」

「私は、器ではないし、中央省庁ってのがどうも苦手で、警察庁とのやり取りとか、遠熊博士が適任なのかなと思って。」

「まあ、刑事局の佐海警視監には良くして頂いてましたけどもね。」

「この特殊査定班は能力主義の部署で、業務の精度と納期だけを重視してます。マネージメントは確かに激務ですが、遠熊博士のやりやすいように私達を操作してもらえればいいと思います。」

「そうね、前任の蓮田はすだ博士とも面識はあったし、頭に入れておくわね。」

「ああ、ありがとう。助かる。」


倫子は、自信が無いだとか、そんな急に言われてもだとか、否定的な反応は一切見せなかった。

それは、自信の表れとは違う。

察しているのだ。

今、班長を失った県警の特殊査定班がどんな状況に追い込まれているか、を。

遠熊倫子の状況把握能力、そして洞察力は、赤羽根の予想通りだった。

神学という学問の博士号修得を携えて、大学で講師をしていた倫子を、なぜ佐海局長は特査補填要員に紛れ込ませたのか?

それを考えた時に至った赤羽根の答えが、班長に据える為、であった。

もちろん、班長選出は赤羽根に一任されており、赤羽根自ら班長となる事も、なんら問題は無い。

もしかしたら、今後の能力者関連の事件には倫理学の観点が必要、と考えてのことかも知れない。

だが、直接会ってみて判った。

遠熊倫子には、37歳の若さで、場をうまく落ち着かせる安定感をもたらす気質が備わっている。


「私は気が短くて、宜しくお願いしますね、遠熊さん。」

「おやま、瞬間湯沸かし器が二人?」

「え。」

「私も気が短いのよ、赤羽根さん。覚悟しいや。」


…げ。


読み間違えたか、と赤羽根は思ったが、湖洲香とあのチャラ男が緩衝材になってくれるだろう、と考えた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


南土蔵駅から伸びる城下町は、今も江戸時代の風情を残す土作りの壁に木の格子戸、瓦屋根の商店街が連なる。

そこから南に折れる桜並木道を真っ直ぐ行くと、私立城下桜南高校がある。

6月の桜並木道は濃い緑をたたえ、蒸し暑くなっていく気候の中、涼しげな緑のアーチを演出していた。

サッカーインターハイ地区予選を終えた紅河くれかわは、脚や腹筋に軽い筋肉痛を覚えながら、学生鞄を肩に担ぎ、のそのそと緑の桜並木道を学校へ向かっていた。

途中にある石碑に差し掛かる頃、後ろから声を掛けられた。


「紅河さーん。」


…お、舞衣ちゃんの声だ。


紅河は立ち止まり、振り返った。

そこには、舞衣の他に、京子の姿もあった。


「よ。朝練か。」


小走りで向かってきた二人は、軽く息を弾ませている。


「なに、京子も朝練とかあんの?」

「え、あ、ううん、あのね、早く伝えたいことがあって。」


京子には珍しく、明るい表情をしている。

舞衣が、ほら早く、と京子を急かしている。


「どした。」

「あの、地区予選、優勝おめでとう。全国大会、頑張ってください。」

「おお、どおも。」

「それとね…昨日、うちに来たの。びっくりする人が。」

「ん、誰。」

「湖洲香さん。」


紅河は、肩に上げていた学生鞄をゆっくり下ろしながら、京子をまじまじと見つめた。


「本当か?」

「うん、元気で、怪我もなくて、あ、左肩、まだちょっと腫れてるけど、だいぶ良いって。」


いつもの不機嫌そうな紅河の顔が、見る見る緩んでいく。


「マジ、か…」

「うん。」

「そう、か…」


紅河の脳裏に、白楼での湖洲香の表情が、泣き顔が、笑顔が、次々と蘇ってくる。

紅河の目に、涙が滲み始めていた。

一旦忘れよう、振り払おう、と、白楼の一件から数日間、湖洲香を死地に置き去りにした罪悪感と、紅河は戦い続けていた。

その重荷が、消えていく。

紅河の涙目を見て、京子も、舞衣も、もらい泣きをしている。

苦しかった。

この苦しい気持ちは、三人とも同じだった。

やっと訪れた安堵。

しばし紅河は、桜の緑を見るでもなく見上げながら、6月の早朝の風の中、立ち尽くしていた。


気持ちが落ち着くと、ふと気になった。

そう言えば、岸人きしとはどうなっただろうか。

蓮田はすだ殺害容疑が掛けられた岸人。

学校にも来ていない。

だが、まだ退学届は出ていないようだ。

特に親しい友人という訳でもない岸人だが、紅河は、共に死地を潜り抜けている。

何度か命も助けられた。


…奴のことだ。無事だとは思うが。


「行こうぜ。」

「うん。」

「うん。」


紅河は、岸人のことは口に出さなかった。

白楼の一件は、能力者の事件は、終わったのだ。

そう思いたい。

義継よしつぐも無事に日常生活に戻っている。

紅河達は、学校の正門に向かって歩き出した。


三人が立ち話していた所に、石碑がひっそりと、在る。

そこには、風雨にさらされ読み取りにくくなっているが、和歌が彫られている。


荒ぶれど

駆けたる道は

望郷の

桜は城下

いとあはれなり


【第1章 終劇】

ここまでお読み頂いた皆様、誠にありがとうございました。

第1章は「人の成長」をテーマに、章の機能と致しましては登場人物紹介を主として書きました。

第2章のテーマは…章の終わりにまた記します。

連載の再開は、1ヶ月後辺りにと考えております。

その際は、またお読み頂ければ幸いです。


追記

登場人物達は、ある程度物語が進むと、勝手に布石を打ち始めますね。

私が当初に作った台詞など無視され、勝手に話し始めます。どう回収するつもりでしょうか。

考えると、夜も眠れません…。

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