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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第一章
135/292

包帯の男

都内某所。

旧日本陸軍管轄にあった病院跡。

心霊スポットと噂され、時折、興味本位の若者達やメディア取材陣が訪れるが、本物の霊能力者達は言う。

命が惜しければ近付くな、と。

だが、霊能力者達は、その真の理由は口にしない。

建物は荒廃し、外に面した窓ガラスは割れ、黄ばんだボロボロのカーテンが風にユラユラと揺れている。

院内の崩れた壁や天井は、自然劣化なのか、或いは…。

錆びたメスや鉗子が散乱する手術室、古い血痕が残ったシーツが交換されぬまま敷かれているベッドの病室…だが、地下一階のある一室だけは違った。

長机やパイプ椅子は古いが、床や壁は清潔に清掃され、天井の新しい蛍光灯は電気が通されている事を示している。

ただ一つ奇妙な事は、この一室のドアは、内側から溶接された跡があり、開かない。

今、この一室には、全身を包帯で覆い尽くし、目元だけが外に出ている人物が一人、椅子に座っている。

包帯の上に着ている服は、病衣だった。

小柄だが、その背格好から、男性だとわかる。

男は、精神感応、テレパシーによって複数の人物と対話をしていた。


『…喜多室きたむろの目的は読めたのですか』

『卸売センターの後の行動を追跡した。数カ所の民家、ホームセンターなどを訪れた後、サッカースタジアムで、栂井翔子とがいしょうこを確保した。おそらく栂井の捜索が目的だったと見る』

『ふぅん。…栂井翔子は、どっちを向いていますか』

『刑事局への敵意は持っているはずだ。だが、喜多室に大人しく捕まった。何か心境の変化があったのかも知れない』

『心境の変化?…ま、いいや。あの子の考えていることはよく判らない。邪魔であれば、消せばいい』


蓮田忠志はすだただしの「抜き取り」、警察は皆月岸人みなづききしとを容疑者としているようだ』

『上手くやった、という訳ですね。まぁ、我々の仕業だと知れても、どうという事は無いですが』

遠熊とおくまは栂井が消してくれたし、後は伴瓜ともうりか』

『あれは非能力者でしょう。放っておいていいのでは』

白楼はくろうでの悍ましい人体実験、それで再起不能にされた仲間…それを知っていたかどうかは判らないが、あいつは蓮田に加担していたんだ。伴瓜にも制裁を加えなければ気が済まない』

『そうですか。いいよ。証拠を残さないよう、上手く「抜き取り」してくれれば。皆、それでいいですよね』

『異論はない』

『構わない』

『是非やってくれ』

『任せる』


『あれは?渋木遥子しぶきようこを射殺した、えっと、鬼塚?』

押塚おしづかだな。喜多室の上司』

『どうなんだろうな。押塚は皆月岸人を助けようとしていたし、そもそも白楼の人体実験には関与していない人物だ』

『だが、遥子さんは殺された』

『いや待て、我々は無差別殺人集団では無いんだぞ』

『使い手の尊厳を守るための報復だ』

『渋木遥子は蓮田に従っていた。裏切り行為だ』

『それは、そうするしか無かったからだろう』


複数の人間のテレパシーが一気に流れ込んでくると、その処理にも限界がある。

しかも、同時感応による複数交信という離れ業を行っているのだ。

包帯の男は目を閉じて、一旦対話を制した。


『はい、皆さん、待って下さい』


包帯の男は椅子から立ち上がり、ペタペタとスリッパを鳴らしながらしばし歩き回ると、再び座った。


『そうですね。押塚は、やらない。深越美鈴ふかごしみすずへの発砲も自業自得だし、あの刑事は無害でしょう』

『だが、我々のリストを持ってる。今後、刑事局に加担するようなら消すべきだ』

『そうだな』

『賛成だ』

『…うん、判りました。しばらくは様子見としましょう』


『赤い魔女が生還してるぞ』

『はぁ、あの人もよく判らない人です。ある意味、一番の被害者なのに』

『被害者?若邑湖洲香わかむらこずかは刑事局の飼い犬じゃないのか』

『飼い犬、ではないですね。十五年間も幽閉され、「光の帯」の能力データ収集に使い回された被害者ですよ』

『だが、白楼絡みの殺人が起きれば刑事局の指示には従う立場にいるだろう』

『赤い魔女のテレキネシスは脅威だ』

『ええ?脅威ですって?あんな女、どこが怖いのです?第三階層に入れない「使い手」の出来損ないでしょう』

『ん、まぁ、我々の敵ではないかも知れないが…』

『だいたい、どうしてあの程度で「魔女」などと呼ばれているのでしょうか。母親を殺したから?悪魔の子?笑わせないで欲しいですね。平和ボケの研究者が付けた大袈裟なアダ名です』

『皆月岸人が若邑を襲撃した時、邪魔したセーラー服、南條義継なんじょうよしつぐは?』

『皆月は刑事局に母親を殺された、我々と同じ被害者だ。それを邪魔したとなると、今後、敵になる可能性がないか?』

『あれも取るに足りませんよ。ただ、もし「スピリウル」を身に付けたなら、仲間に引き込むか、消すか、判断を迫られる時が来るかも知れませんね』


『そうだ、仔駒雅弓こごままゆみが「スピリウル」を発動したぞ』

『ですね。あの子は仲間に引き入れたいと思っています』

『仔駒は、若邑と、県警の医学博士にべったりだ。簡単に仲間にはならないと思うが』

『その時は消します。医学博士をね』

『あの医学博士は白楼の人体実験とは関係が無い。それに、刑事局から指示の出た能力者の臨床実験に反対していた』

『そうだな。若邑や仔駒を一人で守ってもいた』

『消すのは偲びない』

『邪魔であれば、です。仔駒は幼い子供です。仲間に引き込むのはそう難しくないでしょう』


『白楼で喜多室と南條の解放に来ていた、小林京子と房生舞衣は?』

『あっはははは…いや、失礼しました。あんな高校生、どうでもいいです。だって、小林なんかはテレキネシスすら使えないのでしょう。非能力者と変わりませんよ』


包帯の男は、口に出して大笑いしていた。


『さて、本題です。野神宗一のがみそういちさん達との接触ですが、情報が掴めました。来週の火曜、彼らは白楼を出て警察庁に集まる。その日に警察庁勤務の使い手は解散となり、各自自宅に戻るはずです』

『野神さんは、もう完全に刑事局側になってしまったのでは?』

『それを確かめるのが、今回の接触の目的です』

『皆、同じ警察に捕まった使い手だ。争いたくはない』

『うん、それは皆さん同じ気持ちでしょう。身寄りのない我々の弱みを握り、従わなければ理不尽に殺し、人体実験を施した、その経緯は野神さんも良く知っています。まず、話してみましょう』

『警察庁の元凶を潰す目論見は話すのか?』

『意志はほのめかします。話の成り行き次第です。野神さんが刑事局側の人なら、不要な情報は与えたくないですから』

『刑事局に「スピリウル」の使い手はいるのか?』

『現時点では発現は見受けられないが、風見紗夜かざみさやさん、あの人はオーブリカバリーを成功させていた。仔駒の幽体を戻していた』

『なんにせよ、あの人達は遠熊とおくまの指導を受けている。遠熊は「スピリウル」を発動させた事が無いが、第三階層まで入れる能力者だった。使える者が出始めてもおかしくない』


包帯の男は、わらわらと近付いてくる廃病院の浮遊霊に金色の『光の帯』を押し当て、退けた。

金色の『光の帯』は第三階層に出されており、浮遊霊と物理接触が出来る。

この第三階層でのテレキネシスを、包帯の男達は『スピリウル』と呼んでいた。

あまり強く念を押し出すと、第一階層であるこの三次元空間の湿度バランスや室温が急変してしまう為、男は眉間にシワを寄せながら手加減していた。


『…霊が騒ぎ始めました。時間的にも帰らなければなりませんし、長居は出来ません。刑事局の使い手達との接触、誰が、いつ、どこで接触するか、詳細は次回にしましょう。状況開始は来週の火曜、夜。これだけ、頭に入れておいて下さい。穂褄ほづまさん』

『なんだ』

『喜多室からの接触があったら、すぐに連絡を下さい』

『わかった』

『では、解散です』


包帯の男は、その体を金色の『光の帯』で包み、ゆらゆらと水面の様に揺らめくと、部屋から消えた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


赤羽根あかばね雅弓まゆみの監視を湖洲香こずかと風見に任せると、県警へ戻った。

目的は特殊査定班の新規採用面接であったが、白楼からでは電子資料へのアクセスがあまりにも不便である為、白楼データと特査データを一箇所から自由にアクセス出来る仕組みのビルドアップ依頼も目的にあった。

また、県警にある紙資料は可能な限りPDFデータ等に保存しておかなければ仕事にならない、とも考えていた。


「ども。」


パトカーの運転手に挨拶し、車を飛び降りて小走りで県警の正面玄関に向かう。

両脇に立つ警官が、真っ直ぐ前を見たまま赤羽根に敬礼をした。

ガラス張りの正面玄関に映る自分の姿に、赤羽根はため息をつく。


…いつにも増して爆発してるわね、私の髪。


湿度の高いこの季節は、軽い天然パーマに拍車がかかる。

当然、ここ数日、髪の手入れなどしていない。

シャワーを浴びっぱなし、自然乾燥に任せて放置。


『考えてる表情が美しいって』


ふと、湖洲香の言葉を思い出す。

治信はるのぶが言ったという言葉。


…このままカミナリ様のコントが出来そうだわ。美しいなんて程遠い。


玄関を潜り、空けてもらった捜査二課の会議室へいそいそと向かう赤羽根に、総務課員が声を掛けて来た。


「ああー、赤羽根博士、お電話が数回…」

「後にして。」

都筑つづきさんていう病院の経営者の方でーす。」

「ん。」


赤羽根は足を止めた。

そして、体の向きをクルッと変え、側のドアを開けると、裏から総務課の事務デスクに入ってきた。


「リダイヤル。今。」

「はい。」


総務課員は、赤羽根の太々しい態度に嫌な顔一つ見せず、民間総合病院の着信番号を呼び出し、リダイヤルした。


「…県警の赤羽根と申します。都筑院長を。」


赤羽根は受話器を耳に当てながら腕時計を見た。

面接時刻の20分前であった。


「…あ、赤羽根です。先日はどうも有難うございました。…いえ…はい…うん…え、ええ、いや、わかりました。その、山本光一君、近いうちに私も一度、ええ…そうね、公子きみこさんにも…うん、はい、んじゃまた。」


…コズカあぁぁ、窓から飛び降りたの、見られてるじゃないのぉ…


都筑院長は、湖洲香が超能力者だということを知らない。

赤羽根と都筑は医学の研究仲間であるが、『光の帯』に関して情報共有をした事がない。

それは警察庁刑事局関連の極秘事項であり、都筑には知り得ない内容である。

だが、今の電話での口ぶりでは、赤羽根が何か特殊な研究に携わっていることは薄々勘付いている様だった。

どう誤魔化すか。

いや、この際、都筑博士も能力者研究に引き込むか。

いやいや、彼は民間総合病院の経営者だ。激務に巻き込む訳にはいかないか。


「もうこそこそ隠してないでマスコミに報道でもさせりゃいいのよ、ドーンと、超能力者現る!とか。」

「え?」


赤羽根の言葉に、総務課員がキョトンとした表情を見せた。


「何でもない。」

「お忙しそうですね、特査、班長が亡くなられて…」

「まぁね。あ、そだ、あのさ、この時期、天パの髪、爆発するでしょ。これ、どうしたらいいの。」

「んー、ちょっと髪触らせて…ああ、ジェルの整髪料がいいかな。手に取って、握り込むようにセットしていくんです。」

「めんどくさ。」

「うふふ、なら、思い切ってストパーかけちゃうの、どうです?」

「もっと面倒臭い。」

「あっはははは。でもね、赤羽根さんはこの乱れた感じが似合ってます。私なんかはカッコイイなと思って見てますよ。」

「それはお世辞なの?皮肉なの?」

「どちらでもありません。私も緩いウエーブなんですけど、毛先だけピョンて跳ねて、赤羽根さんみたいにワイルド感もないし、中途半端で苦労してます。」

「ふぅん…あ、こんな無駄話してる暇ないんだ。どもね。」

「はい。お仕事頑張って下さい。髪、手入れしない方がカッコイイかもですよー。」


赤羽根は後ろ向きで手を振ると総務課デスクを出て行った。

使用する会議室は二階にあるため、エレベーターは使わずに階段をトントンと駆け上がっていく。

捜査二課会議室の前の通路には、壁際の長椅子に、三人、座っていた。

その容姿から、特査面接に来た三人であると、赤羽根にはすぐに判った。

腕時計を見る。

面接開始8分前。


「遅くなりまして、特殊査定班の赤羽根です。まず、諸星もろぼしさんから、どうぞ。」


赤羽根の言葉に、四十代の男性がのそっと立ち上がった。

警察の採用面接には相応しくない、ジーパンにポロシャツという姿で、中肉中背、髪は耳に中途半端に掛かっており、清潔感があるとは言えない。

細いややつり上がった形の眼鏡をしている。

赤羽根と諸星は、会議室へ入った。


諸星暁もろぼしさとるさん。経歴は見させて頂きました。うちの通常業務は目を通してもらってます?」

「はい。」

「やれそう?」

「業務納期について少々。頂いた資料にあった業務事例、殺害方法と凶器の再検証、あれ、指示書から査定完了まで要求された期日はどのくらい?」

「72時間。」

「ふむ…実際に掛けた時間は?」

「あれは、42時間だったかなぁ。」

「なるほど。まぁ、出来ると思います。」

「そう。それでは、仮採用とさせて頂きます。仮採用期間は三ヶ月。正規採用の条件は、仮採用期間中の業務遅延が皆無であること。こちらからは以上。何かあります?」


諸星は、軽く握った左手を自分の鼻先に当て、言った。


「何も聞かないのですね。」

「何もって、何を?」

「教員をクビになった理由、製薬会社をクビになった理由、軽金属研究所をクビになった理由。」

「興味無いので。」


諸星は、左手を下ろした。

口元が僅かに笑っていた。


「面接で仮採用の場合、その翌日から業務参加と伺っていましたが、業務開始を、少しズラす事は可能ですか?」

「どのくらい?」

「今日、この後すぐに仕事を始めたい。」

「OK。」


赤羽根も、クスッと笑った。

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