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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第一章
126/292

不測遭遇

ピイィ!


ホイッスルが鳴り、センターサークルで桜南10番紅河がボールをチョン、と蹴り出した。

桜南7番須崎は、そのボールを受け、ハーフウエイラインに沿って左側、真横へ、ゆっくりと運ぶ。

紅河は右方向へ、小走りで開いて行く。

聖美陵4番は、残り2分だと言うのに速攻が来ないな…と訝しげに桜南の動きを見渡す。


…!


直後、聖美陵4番は、否、聖美陵選手全員が、震撼した。

桜南フォワードの後方から、桜南ディフェンス陣、バックスの3番、5番、そして2番が、猛然と走って来ている。

桜南2番の篠宮しのみやは、桜南4番田所の横を走り抜ける瞬間、田所の肩をポンと叩いて行った。

田所がボソッと言う。


「行ってら。」


城下桜南高校は、4番センターバック田所を残し、全員が聖美陵陣へ侵攻、そして、バックスの三人はフォワードよりも前へ出た。

霧雨がやみ、湿気を伴った生温い風が、痙攣する足を引きずる聖美陵9番藤嶋の頬を撫でる。

その藤嶋の頬に、汗が伝い落ちた。


…九人で攻撃か!


震える足に鞭を打ち、聖美陵9番藤嶋は、右へ走る桜南12番と桜南5番をマークに行く。

試合終了間際、土壇場に来ると、足が残っているのはオフェンスよりもディフェンスの選手である。

桜南7番須崎は、聖美陵10番を交わしつつ、左に走る桜南3番へパスを出した。

状況を素早く追う聖美陵4番。


…藤嶋は限界か…やむを得まい。


聖美陵4番はキーパーへ顔を向ける。

キーパーは頷いた。

それを確認すると、聖美陵4番は叫んだ。


「10番マークを切れ!マンツーマンチェック!」


紅河マークの三人は、聖美陵3番を残し、5番と6番がそれぞれフリーの桜南選手に詰め寄る。

紅河は、長い潜水からやっと水面に顔を出したような感覚を覚え、フゥーと大きく息を吐くと、聖美陵ゴール前へ走り出した。

紅河に並走し、絡みつく聖美陵3番。

聖美陵4番も、走り込んで来る紅河を睨む。

これはチャンスでもある、と聖美陵4番は思う。


…カウンターが出せれば、向こうは4番一人、逆転出来る!


ボシュッ…トン、ドシュッ…


桜南3番から桜南8番へ、桜南8番から桜南11番へ、小刻みにパスが繋がれていく。

既に1分が経過した。


「ほい!」


紅河が呼んだ。

桜南11番は、聖美陵6番の股下を通し、紅河へパスを出す。

紅河は、一瞬首を横に向けて、背後を見た。

その紅河の目と、走り込んでいた桜南2番、篠宮の目が合う。

紅河の肩をチャージングする聖美陵3番。

だが、紅河はビクともしない。

逆に、常に紅河をマークし疲労の溜まっていた聖美陵3番の足が、ガクッとよろける。


…こいつ、紅河、疲れないのか、化物め!


聖美陵4番が紅河の足元へ滑り込む。

そこへパスボールが転がってくる。


ズシュゥ…


紅河は、左足を、地面を擦るように滑らせ、アウトサイドをボールに当てた。


ポン…


ボールは浮き上がり、滑り込んできた聖美陵4番の目の前を、右から左へと流れていく。

ボールを目で追う聖美陵4番が見た、その先で、桜南2番が、右足を大きく振りかぶっていた。

聖美陵キーパーが、桜南2番の振り足の角度を見据える。


…スイーパーごときに、取らせるかよ!


バシュッ!


足を振り抜く桜南2番篠宮。


ボゥン!


だが、聖美陵キーパーのパンチングに弾かれる。

ルーズボールに、桜南12番と聖美陵9番藤嶋が駆け込む。


…動け!俺の足!


聖美陵9番藤嶋が、先にボールに触れた。

右腿に当たり、藤嶋の左前に落ちる。

そのままインフィールドカットをしようと左足を後ろへ振る藤嶋。

だが、軸足の右足に、突っ張るような激痛が走った。


「がっ…」


よろける藤嶋を押し退けるように、桜南12番が身体を入れ、そのままセンタリングを上げる。

聖美陵9番藤嶋は、尻餅をつくように、転倒した。

藤嶋の右足は、こむら返りを起こしていた。


…くっ、くそぉ…


ラインズマンが眉間にしわを寄せ、転がって苦しんでいる藤嶋と、ボールの行方を、交互に見ている。

ボール落下地点はゴールエリア内、ゴールとの距離2メートル。

聖美陵キーパーが飛び出す。

桜南2番篠宮と紅河が、そこへ走り込む。

ベストポジションを取った桜南2番篠宮を見て、紅河は聖美陵キーパーへプレッシャーを掛けに、跳ぶ。

タイミングは、完全に桜南2番篠宮が制していた。

だが、ボールは、リーチを伸ばした聖美陵キーパーの手に触れ、弾かれた。

キーパーの気迫と執念に、驚きの表情を見せる紅河と篠宮。


…ボールは!?


空中で、ルーズボールを目で追う紅河。

そこには、足を振りかぶる聖美陵4番の姿があった。


ドシュウウゥゥ…


大きくインフィールド方向へカットされるボール。

紅河と篠宮は、同時に冷や汗を落とした。


…カウンターはまずい!


ボールはハーフウエイライン辺りまで飛んでいる。

だが、落下地点には、桜南4番の田所が、フラフラと歩み寄っていた。

桜南陣地は、キーパーを残し、ガラ空きである。

ボールに向かって走り込んで来る聖美陵10番を見もせず、桜南4番田所は、そのフライボールをノートラップで蹴り返した。


ドゥン!


ボールは鋭いライナーとなって、聖美陵ゴール中央、真正面に返ってくる。

桜南4番田所は、チラッと空を見上げると、その場でコキコキと首を鳴らした。


「これはPKかなぁ。」


県地区予選の準決勝に、今回、延長戦は設定されていない。

桜南4番田所は、ようやく立ち上がった聖美陵9番を、チラッと見た。


「PKの方が、聖美陵には良いんだろうなぁ。」


ペナルティエリアのライン付近で、桜南7番須崎がジャンプし、ライナーボールを胸でトラップした。


…こういうボール返すな!バカ田所!ノートラップシュート出来ねぇ!


おそらくあと30秒も無い。

桜南7番須崎は、肩を押してくる聖美陵13番を小刻みに交わしながら、紅河を見た。


…うはっ、赤服に囲まれて、紅河見えねぇし。


須崎は、ボールに左足を乗せてクルンと引き、足の甲にボールを乗せると、身体を右に向けた。

それを塞ぐように立ちはだかる聖美陵13番。

須崎はそのまま聖美陵13の左横へボールを落とし、クルリと時計回りに身体を半回転させ、左から聖美陵13番を抜いた。

チョン、チョン、と二回ボールを突き、左足を振りかぶると、人壁の間に見える1メートルくらいの隙間へ目掛け、足を振り抜いた。


ドシュウゥゥ…


ボールは地面から50cmくらいの高さを凄まじい勢いで走っていく。

1メートルの隙間を、赤いユニフォームが塞いだのが見える。


…無理か…


と、その赤いユニフォームの手前に、白いユニフォーム、背番号『10』が、スッと入った。

その背番号『10』は、右足を曲げて、背後で、鋭いライナーボールにスパイクの裏をガッと当てた。

桜南7番須崎の場所からは、ボールが真上に上がったように見えた。


…紅河、あいつは奇術師か何かか?ボールを見もせずに、俺のスピードボールを軽々と。


そして、フッと消える、白いユニフォームの10番、紅河。


…ん、お?


紅河がどこかへ消えた事が気にかかったのではない。

そんな場面はいつも目にしている。

高々と上がったボールを目で追っていた桜南7番須崎は、そのボールが少しづつ大きくなっていることに気付いた。

ボールはこちらに流れて来ているのだ。


…お、おい、こっちかよ!


須崎の背後から聖美陵13番が、右前方からは聖美陵5番が、落下ボールへ向かって来ている。

慌てて須崎も、走り込む。

聖美陵5番の背後から、その肩を押して割り込むように、桜南2番篠宮が絡んで来る。

聖美陵13番には、低い姿勢で突進して来る紅河が、向かって来るのが見えた。


「ボケっとしてんなよ、天才!」

「う、うるせ…」


紅河が、落下ボールと聖美陵13番の間に身体を入れ、両腕をザッと開いた。

聖美陵5番の前で、桜南2番篠宮が、ボールを阻むように腰を落とした。

篠宮は、ギラリと須崎を睨みつけた。


…戻すなら戻すって…


「…言えよ紅河!いつもいつも!」


ドウンッ!…シュウウゥゥ…ガン!…ビシャッ!


桜南7番須崎の蹴り込んだドライブシュートは、だが落ちる変化を見せず、聖美陵ゴールバーの下に当たり、ゴール内の芝に叩きつけられるように、落ちた。


ピイイィィイイ!


「ゴール!」


落ちたボールの前で、聖美陵キーパーが、がくりとうな垂れ、うずくまっていた。

シュートを打った桜南7番須崎は、軸にした右足が引き攣り、その場にペタンと腰を下ろした。

須崎は、アストロビジョンに目を向けた。


『私立城下桜南高校 4』

『私立聖美陵学園高校 3』


「う、が、あ、ぐ、ふぅ…」


自分の変なうめき声が、おっさん臭いな、と思いながら、須崎は、濡れた芝へ背中をゆっくり倒して、目を閉じた。

遠く、桜南応援団とブラスバンド部の激しい演奏が、聴こえる。


…紅河、初めて思ったよ。お前とのサッカーが楽しかった、ってな。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


切花卸売センター。

栽培エリアを忙しそうに歩き回る従業員に、喜多室きたむろは、柴山徹しばやまとおる栂井翔子とがいしょうこの顔写真を見せながら、目撃者がいないか聞き込みをしていた。

だが、目撃証言はなかなか得られない。


「どうも。」


従業員に頭を下げ、携帯電話を内ポケットにしまいかけた時、喜多室の高次元クレヤボヤンスが、明滅する魂の光を捉えた。


…!


赤紫では無い。

それは、今までに見たことの無い色構成をしていた。

青。

皆月岸人みなづききしとよりも濃い青。

その青に、オレンジっぽい色の線が時折流れる。

青を縁取っているような、瓜の模様のように入っているような…

白も混在している。


…ああいうタイプもあるのか。


問題は、明滅していることだ。

『能力者』である可能性が極めて高い。

と、するならば、こちらが『能力者』であると気付かれるのも時間の問題だ。


その男は、ビニールハウスの中にいた。

栽培従業員の作業着を着ている。

何か背の高い観葉植物のところで、その幹に手を当てている。

よく見ると、余計な葉を取り除いている様だ。

男が、大きな葉の根元に手を当てると、ポロっと葉が男の手に落ちる。

その手元には、青とオレンジの『光の帯』が、小さく出されているのが判る。


…カット、しているのだな。


男が素手である事から、喜多室はそう思った。

一応報告を上げるために、名前を確認しておこう、そう考えた喜多室は、ビニールハウスのドアを開け、中に入った。


「ん?」


男が葉を落とした瞬間、そこに、一瞬煙が上がったのが見えた。


…煙?


喜多室は、男が手入れしているものと同じ植物が入り口付近まで並んでいることに気付き、落とされた葉の跡を、見てみた。


…黒ずんでいる。炭化だ。


『光の帯』でカットしている、というのは見間違いか。

ライターか何かを使用しているのだろうか。

喜多室は、接触して話をすれば、どうせ自分も『能力者』であるということは知られる、と考え、クレヤボヤンスを三次元に切り替え、その男に近付けた。

男は、やはり何も手に持っていない。

男は手のひらを、葉の根元にかざす。

男の手のひらに出現した青とオレンジの『光の帯』は、その表面に、炎を発生させた。


「なに!?」


思わず声を出してしまった喜多室に、男がハッとして振り向いた。

男は喜多室を凝視したまま立ち上がり、左手に持っていた焼き取った葉を、バサッと床に落とした。

男の目が、一層大きく見開き、こう言った。


喜多室祥司きたむろしょうじか。」


喜多室は身構えた。

そして、作業帽を被り判りにくかった男の顔を、よく見た。


…こいつは、脱走者リストの、穂褄庸介ほづまようすけか!


18歳当時の顔写真しか見たことが無いが、目鼻立ちがそっくりである。

脱走は五年前。

この男が穂褄ほづまであるならば、今は23歳のはずだ。

喜多室は、迂闊に自分の持つ情報量を悟られまいとし、敢えて名前を問うた。


「君、名前は?」


すると、その男は、一瞬目を細めてこちらを睨みつける様な表情をすると、ソロリソロリと、幹の太い観葉植物の背後へ移動し始めた。

更に、その男は、青にオレンジ色の筋が流れる『光の帯』で、全身を包み始める。

そして、その姿はゆらゆらと波打ちながら、観葉植物の背後に隠れた。


…な、なんだと!


喜多室には、観葉植物の裏を見に行かなくても、男がどうなったか判る。


…消えた…テレポーテーションだ。


テレポーテーションも脅威であるが、それよりも問題視しなければならない事は…


「まさか、パイロキネシスの使い手なのか…」


『光の帯』は霊体である。

その霊体に、発火能力など、あるとは思えない。

現に、自分も『光の帯』を扱う使い手だが、意志の力だけで炎を起こすなど、不可能だ。

世界各国で不可解な発火現象が記録されているが、そのほとんどは科学的な仮説や推測が立てられ、解明が進められている。

だが、霊体の影響で発火する、などという仮説は、一切存在しない。


「一体、今、俺は何を見たんだ…」


喜多室は改めて、そばの観葉植物を見た。

葉が付いていたであろう箇所が、黒く炭化している。

そして、もう一つの問題。


…脱走者なら、俺の名を知っていても不思議では無いが…


あの、敵意むき出しの態度、瞬間移動での逃亡、これは何を意味しているのか。

喜多室は、蓮田はすだの仕掛けた使い手殲滅の画策とは違う、もっと得体の知れない不気味さを、あの男、穂褄に感じていた。

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