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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第一章
125/292

自利と俯瞰

桜南陣へ攻め入る聖美陵。

試合残り時間約3分。

ハーフウエイラインとゴールの中間辺りで、聖美陵10番は桜南4番との距離を見た。


…あそこからでは届かない!


桜南4番が充分遠いと見た聖美陵10番は、ミドルシュートのスイングに入った。

そこへ、左後方から叫び声が飛び込む。


「フリー!来い!!」


聖美陵9番、藤嶋ふじしまの声だ。

藤嶋は単身、聖美陵10番の左横を全速力で駆け抜けて行く。

聖美陵10番は、藤嶋の走る方向と速度を読みつつ、シュートからフライパスへ切り替えた。


「行けぇ!藤嶋ぁ!!」


ボールはフィールドのやや左側、ペナルティエリアの白線辺りに向かって落ちて行く。

桜南4番の田所たどころがインターセプトに走る。

そこへ聖美陵9番藤嶋が猛突進をかける。


…桜南4番、お前は基本的に、地面スレスレの地点でボールを弾く。


聖美陵9番藤嶋は、ボール落下地点の少し手前で、走り幅跳びの選手のように、地面を踏み切り、翔んだ。

それを見た桜南4番田所の額に、嫌な汗が滲む。


…ん、やられたか。


滑り込んでくる桜南4番田所の約1メートル手前、空中で、聖美陵9番藤嶋は、ボールを追い抜き、自分の背中にボールを当てた。

そして、そのまま、背後で落ちるボールを、左足のかかとで更に蹴り上げた。


ズシャアァ!


桜南4番田所の空振りスライディングを飛び越えた先で着地した聖美陵9番藤嶋は、チラッと、上がったボールの角度を見ると、重たい怠い足を気迫で動かし、落下地点へと地面を蹴った。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…」


聖美陵9番、藤嶋の呼吸が乱れる。

心臓は割れそうだ。

目に、汗だか、雨だか、入ってくる。

足が鉛のように重い。

だが、そんなことは知るか。

ボールを桜南ゴールへ叩き込む。

それだけの為に、今、自分は走っている。

ただ、それだけの為に。


ボール落下地点はペナルティエリア内、ゴールまで約7メートルの地点。

桜南2番のキャプテン篠宮しのみやが詰め寄る。


…2番!こいつは無茶なカットよりボールキープを優先させる。必ず競り合って来る!


あの紅河よりも、重い腰を持つ桜南2番。

押し合っても勝てない。

ポジションを取られる前に…


「だりゃあっ!!」


聖美陵9番藤嶋は、再び、落下地点の手前で前方へ向けてジャンプした。

刹那、走り込んで来る桜南2番篠宮と、目が合う。

聖美陵9番藤嶋はボールへ視線を戻した。

桜南2番篠宮には、聖美陵9番の目が、ギラリと光ったように見えた。

落下地点の2メートル上、空中で、聖美陵9番藤嶋がヘディング、ボールは右前方へ、叩き落されるように落ちて行った。


…くっ!


すぐさま足を切り返す桜南2番篠宮。

聖美陵9番藤嶋は、体勢を崩し、腹から地面に落ちた。


「ぐふっ…」


受身が取れず、呼吸困難に陥った聖美陵9番藤嶋は、数秒間、丸まって地面を転がった。

ボールは一度地面でバウンドし、桜南ゴールの左隅、聖美陵側から見た右隅へ転がっていく。

切り返してカットに向かっていた桜南2番篠宮の目の前を、赤いユニフォームが、尾を引く火の玉のように、右から左へと横切った。

桜南キーパーは、先の聖美陵9番藤嶋のジャンピングヘッドに引っ張られ、飛び出しが遅れている。


ザシャァ!…ギシッ!…


火の玉は、聖美陵10番だった。

彼は勢い余って、桜南ゴールのネットに身体ごと突っ込み、ネットに跳ね返されて背中から倒れた。

一瞬ネットを掴んだ右手が千切られるように放れる。

ボールは…桜南ゴール内に転がっていた。


ピイイイィィイ!


「ゴール!」


西側メインスタンドと、バックスタンドからの歓声は、轟音となってフィールドを揺るがした。

聖美陵9番藤嶋の鬼神のような突進。

聖美陵10番の執念。

後半38分、3対3、同点のゴールは、桜南選手達に重く、重く、のし掛かる。

残り時間、2分とロスタイム。

聖美陵9番藤嶋は、ようやく呼吸が落ち着き、主審に手を差し伸べられながら立ち上がった。


…足が、足が動かない…


棒のように固まってしまった両足を引きずりながら、聖美陵10番とともに自陣へ戻る聖美陵9番、藤嶋。

ワナワナと震える桜南2番、キャプテン篠宮は、桜南4番田所へ近付き、何かを耳打ちした。

頷く桜南4番、田所。

そして、桜南2番篠宮は、両手を口元に添え、ゴール前から大声で叫んだ。


「須崎ぃ!淳ぃ!」


センターサークルで、戻されたボールを足で止めつつ、桜南7番須崎と紅河が後ろを振り返る。

桜南2番篠宮は、パンパンパン、と三回、手を強く叩いた。

頷く須崎と紅河。


…了解だ、キャプテン。

…あと2分。同点。ま、そうなるか。


紅河は、聖美陵ディフェンスのしつこさと残り時間に、追い詰められた感覚はあったものの、それほど慌ててはいなかった。

似たような修羅場は何度も潜ってきている。

0対0のまま、残り時間30秒で、決勝点を奪った試合もある。

この土壇場で、三人マークに阻まれ続け、それでも、いつもの落ち着きを取り戻せているのは、なぜか。

自問自答する紅河。

答えは明白だった。


…俺以外にも10人、凄い仲間がいるじゃないか。


フォーメーション、連携、場面場面での臨機応変なパス、一見、チームプレイをして来たように見える。

だが、これまでの紅河は、独りでプレイしていた。

独りで、出来ることはやり、出来ないことはなんとなく目を背けてきた。

それでも、チームは試合に勝てていた。

やっている事は、一つ一つの動作は、今までとさほど変わらない。

だが、その意識は、真逆だ。

自分が楽しむ為に。

自分の充実感の為に。

自分の気晴らしに。

もちろん、それも良い。

自利あっての、サッカーだ。

だが、それだけでは、狭い。

狭い自己満足。

井戸の中でスイスイと泳ぎ、満足するカエルだ。

紅河は今、この試合を通して、井戸の外へ、出た。

客観視とは、こういうことだったのか。

俯瞰視点とは、こういうことだったのか。

当たり前のように使っていた言葉が、その意味が、今頃やっと解るとは。


「ふっ、くくく…」

「なに笑ってんだよ、紅河。」

「え、いや、別に。」

「キャプテン、あれ、お怒りだぞ。」

「そうか?」

「じゃなきゃ、あんなサイン出さないだろ。」

「そうなのか?じゃあ、怒らせとけよ、ははは。」

「あ、そうだ、紅河。」

「ん?」

「あと2分だな。」

「それが?」

「レッドカード、取れ。決勝戦には、お前、出してもらえなくなるけどな。くくく。」

「ふん、休めて丁度いいぜ。」

「どうせなら、今まで邪魔した3番、5番、6番、全員に回し蹴りでも入れて来い。」

「お前がちゃんと勝ち越しの1点、取るならな。」

「もう疲れてんだよ。足、動かねぇ。」

「なんだよ、たった1点で終わりか、天才君。」

「るせーな、ほんと、紅河、お前、ムカつくわ。」

「あのドライブ、凄かったぜ。雨の中とは思えない切れだった。」

「おせーよ。フォローしても許さん。」

「あ、そ。」


桜南7番須崎と紅河は、センターサークルで、腰を曲げながら笑った。


それを見ていた東側メインスタンドの紅河ママは、寝てしまった光里ひかりの額の汗をハンカチで軽く叩きながら、軽く身を乗り出した。


…あら、淳、あなた、もしかして、やっと…


「…サッカー部に入部出来たのかしら?」


それを聞いた舞衣まい達四人が、紅河ママの方を一斉に見た。


「誰が?」

「誰?」

「え?」

「誰のこと?」


紅河ママは、穏やかに笑いながら、小首を傾げて見せた。


「誰かしらね。」


…なぞだわ。

…時々意味不明ママ。

…意味深ママ。

…ミステリアス紅河ママ。


紅河ママは思う。

大きな大会の試合は、出来る限り観て来た。

淳はいつも、真ん中で最初にボールを蹴る役。

上手にシュートを決めて、チームの皆からチヤホヤされている姿をずっと見てきた。

本人もそれなりに楽しそう。

でも、ちょっと上手くいかなかった時、チームの皆から、独りだけぽつんと、取り残される。

取り残される、と言うより、自分で見えない壁を作り、閉じこもる。

それでも、一緒に攻める三年生の先輩が一人、淳を励まし続けていた。

今は、あの7番の子が、それをやってくれている。

そうすると淳は、しばらく息を吹き返す。

でも、淳は、本人は、強さをくれる仲間の有り難さが、わかっていない様だった。

自分がやっているんだ、と思っている様だった。

それではいつまで経っても、サッカー部員とは言えないのに。


…あんな風に笑う淳、試合では初めて見たわ。


「辛さを乗り越えた子供の成長って、ドラマね。」


紅河ママの独り言に、再び一斉に振り向く舞衣達四人。

そして四人は直後、顔を突き合わせた。


「なんか名言ぽいの、またきたわよ。」

「ドラマだって、ドラマ。」

「紅河ママ名言集、作る?」

「意味がちょっと、さっきの、なんだっけ。」

「針のむしろに、力を与える、とかなんとか。」

「え、違うよ、力を与える何かを見なさい、だよ。」

「何かって、何?」

「それを試合で見つけなさい、ってことじゃない?」

「じゃ、未完成の名言だね。」

「あ、紅河さんの作り方、まだ返事もらってないね。」

「超人的身体能力の息子!育て方!」

「もしかして、鬼ママかな、毎日マラソン10kmとか。」

「きついね。」

「筋トレしないとご飯抜き、とか。」

「こわ。」

「こわ。」

「紅河さん、かわいそう…」

「普通に育てたらああはならないよ、きっと。」

「紅河家に、修行に行こうかな。」

「舞衣さんチャレンジャー!」

「チャレンジャー!」

「倒れないでね。」

「死なないでね。」

「うん、頑張る。」

「その前に、紅河淳の作り方、ちゃんと聞いてみよ。」

「そうだね。」

「そうね。」


舞衣は、紅河ママに、真剣な目つきで振り返った。

千恵も、京子も、愛彩も、真剣な目を紅河ママに向ける。


「あの!」


紅河ママが四人へ振り向く。


「なあに?」


舞衣が聴く。


「あの、息子さんの作り方、教えて下さい!」


紅河ママは目を丸くした。

そして、苦笑いしながら、答える。


「あら、まあ。高校生は、ちゃんと避妊しなさいね、駄目よ、遊び過ぎたら。」


舞衣達四人は、顔を赤くして一斉に言った。


「ちがーう!」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


県の切花卸売センターに到着した覆面パトカーの中で、押塚おしづかは、送られてきたメールの情報を読みながら、喜多室きたむろに言った。


「柴山生花店のライトバンのナンバー、頭に入れとけ。柴山徹しばやまとおるの顔写真、そっちにも行ってるか?」


喜多室は携帯電話のタッチパネルに指を走らせる。


「はい、来てます。」

「よし、聞き込みだ。行くぞ。」

「了解。」


二人は車を降り、喜多室は駐車場内の捜索へ、押塚は市場内へ向かった。

喜多室は淡緑色の『光の帯』を身にまとい、高次元クレヤボヤンスを発動している。

市場は、切花だけでなく、植木や関連グッズ等も扱っており、各種の観葉植物も並んでいた。

ビニールハウスの連なる栽培エリアと、商店街の様相を呈する販売エリアに大きく二分されている。

押塚は携帯電話の画像を見せながら、目撃者の捜索に当たっていた。


「ああ、柴山さんですね。うちのお得意様ですよ。今日は来ていませんが、そろそろ見えても良い頃ではありますね。だいたい、三週間に一度くらいの間隔で来られるんですよ。」

「そうですか。生花ってのは、寿命はどのくらいで?」

「花にもよりますが、小売店さんのように保存方法をご存知であれば、バラやカーネーションなら約二週間から三週間、アンスリウムの様な種類は一ヶ月以上保ちます。」

「なるほど。来るときは、いつも事前に電話などは?」

「あったり、無かったり、ですかね。あまり流通しない珍しい花を探されている時は必ず事前にお電話頂いてます。」

「ふむ。今日は?」

「お電話は…ちょっと待って下さいね。」


卸売店の主人は、バックヤードへ入って行き、1分くらいして戻ってきた。


「今日は、柴山さんからは誰も電話を受けていません。」

「そうですか。柴山さんがご利用になる店は、ここだけ?」

「基本的にはうちだけだとおっしゃってました。ですが、時期や仕入れのタイミングで、うちでは手配出来ない場合もありますので、市場内の切花取扱店は、一通り取引があると思いますよ。」

「そうですか、どうも。」


押塚は軽く会釈すると、卸売店を離れた。


…こりゃあ、空振りか?


販売店エリアの外で、押塚はタバコに火を点けた。

そこへ、喜多室が小走りでやってくる。

彼は、押塚に、横に首を振って見せた。

押塚は煙をフウーッと長く吐くと、喜多室に言った。


「一応、栽培エリアの従業員にも聞き込み、頼む。」

「了解です。」


離れていく喜多室の背を見つつ、押塚は柴山の行動根拠、その推理を整理し直した。


…何か抜け、見逃しは無いか。


柴山は子供がいない。

妻を亡くしている。

そこへ、11歳の、身元不明の少女。


…情が移るってことは、充分あるな。


服を買い与える。

珍しい食事をさせる。

教育生ラボの配膳食とは違う、栂井には目新しい食事。

遊園地へ連れて行く。


…ん。


もし、栂井翔子が、『母親がいる』とだけ柴山に話していた場合、栂井の実家に向かう、という事も…

押塚は、自分の偏った物の見方や、白楼ラボの教育生であるという先入観をなるべく廃し、頭を真っ白にして考え直してみる。

まず、柴山は、自分の行きたい場所と、栂井の行きたい場所、どちらを優先させるだろうか。

栂井の希望を優先させるなら、当然、どこへ行きたいか、或いは、どこへ帰りたいか、と聴く。

栂井は、それに何と答える?

押塚は、白楼で見た、あの泣き叫ぶ少女を思い起こし、想像する。


『どこにも帰りたくない』


そう答える栂井が、頭に思い描かれる。

そう言われた柴山は、どうするか。

良識のある、常識人の柴山。

警察に届けよう、と言う。

警察、というキーワードに、栂井はどう反応するか。


『いや!絶対に嫌!』


想像の栂井は、強く反対を示した。

柴山は困る。

そして、どうするか?


…柴山は栂井を着替えさせている。


やはり、遊び、娯楽施設か。

何処へ行きたい?と柴山が問う。


…いや、待て。


今日はここで寝ていなさい、と栂井を寝かし付け、自分の用事へ時間を使おうと考える。


…いや、いやいや…


迷走する押塚の推理。

何か、何かを見逃していないか。

状況証拠を、何度も何度も思い起こす押塚。


…ラボ教育生の服、それが柴山生花店に残されているということは、栂井は帰って来る、が前提の出先だ。


なぜ、ラボ服を持って出ない?

栂井の帰るべき場所を探しに出たなら、服も持ち出す。

なぜ、柴山宅に戻る?

今日の外出の目的は、柴山宅に戻る事が前提ということは、栂井を着替えさせたということは…


…柴山の知り合いの誰かに合わせる。或いは、連れて歩く子供として恥ずかしくない服装をさせたい、そんな場所。


「…ってぇ事は、柴山の希望で、柴山が設定した行き先。」


それはどこだ。

押塚は目を閉じ、更に深い推理に潜行する。

押塚の右手のタバコから、長く伸びた灰が、ポトリと落ちた。

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