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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第一章
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面会

翌日。

紅河淳くれかわあつしは、『テレポーテーションの二年生』を調べるため、昨年度の入学者アルバムを見ながらあたりを付けていた。


…多分、こいつだ。


写真付きだが、1年前の証明写真だけで断定するのは早計だ。


「先生、この彼、今、二年の何組ですか?」


紅河くれかわは写真を指差し、聴いた。


「どれ、皆月みなづき君ね、皆月君は…2年A組だわね。」

「あんがとございました!」


先生にアルバムを押し付けるように渡すと、彼は職員室を出た。


コソコソしても無駄だろう、と考えた紅河は、2年A組の教室に着くと、堂々と入り、中を見渡した。

教室内にいた生徒がざわつき始める。


「…あれ、紅河先輩じゃない?」

「…背、高ーい。」

「…かっこいいね。」

「…またサッカーの雑誌に載るかな。」

「…でもちょっと怖そうだね。」

「…喧嘩とか強いらしいよ。」

「…この前校門で知らない人ともめてた。」

「…近くで見ると結構イケメーン。」


紅河は気にせず、ズカズカと『彼』に近付いていった。


…間違いない。こいつだ。


皆月岸人みなづききしと

身長は高く、紅河より少し低い、といったところ。

頭髪はサッパリとしており、模範的に校則を守った髪型である。

目は細いが、整った賢そうな顔立ちをしている。


「よお。」


紅河は、特に表情もつくろわず、いつものダルそうなトーンで皆月みなづきに声を掛けた。


席に座って教科書を見ていた皆月は、無言で紅河を見上げた。


「昨日、ぶった切れた車、不思議じゃねぇかって聴いた時、『別に』って言ったよな。」


皆月は座ったまま、


「それが?」


と答えると、教科書を閉じた。


「切れたとこ、見たのか?俺、見逃しちゃってさ。」


紅河がそう聴くと、皆月は教室の時計に目を向け、


「もうチャイム、鳴るよ。」


と言うと、再び教科書を開いた。

紅河は、


「後で教えてくれよ、じゃぁな。」


と言い、教室を出て行った。


とりあえず、顔と名前は一致した。

後は、なぜ俺の周りをウロつくのか、だ。

単なる偶然か?

敵意のようなものは全く感じないが…。


紅河が三階への階段を昇っている途中で、始業チャイムが鳴った。


「やっべ…」


彼は走って自分のクラスへ戻った。

廊下を教室に向かっていた数人の教員が、同時に紅河へ振り向き、叫んだ。


「こら!走るな紅河!」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


昨日の『乗用車分断事件』は、ネットの動画にも上がり、話題となった。

新聞記事に載ったドライバーの証言内容は、


『車に乗車した直後、音もなく車体が後ろに沈み始め、ゴンッという衝撃とともにウイリーしたような姿勢になった。乗る時は気付かなかったのだが、車に戻ってきた時にはもう切断されていたとしか思えない。』


というもので、切断方法は調査中、とされていた。

乗用車のすぐ横の歩道で見ていたという目撃者の証言は、


『ドライバーが戻ってきた時は、切れていなかったと思う。音もなくいきなり切れ込みが入った、という感じ』


となっている。

ネットでは『超常現象!?自然現象なのか!?』と騒ぎ立てていた。


現場検証の報告書とともに査定依頼書が回送されてきた特査班では、蓮田はすだ班長が頭を抱えていた。

もう、『この子が切れます』と若邑湖洲香わかむらこずかを差し出したいくらいだが、その切断…いや、分断の手段を説明できないのだ。


別件も含め、山積みとなっている査定依頼書を、検証テストが必要なものと、理論武装だけで報告書が作れるものとに仕分けしながら、蓮田は時計に目をやった。


「そろそろ着く頃か。」


今日は、県警の4名が、南條なんじょう探偵事務所を訪問する日であった。

4名とは、捜査一課の押塚おしづか警部、同じく崎真さきま警部補、特査班の赤羽根あかばね博士、同じく若邑わかむら班員、である。


本日の出張面会においては、主管者を特査の赤羽根博士としており、現場でのあらゆる判断権限を赤羽根が持っていた。


「いいですか、押塚警部と崎真警部補は、何が起きても黙って見てること。余計な発言をしたら、摘まみ出しますから。」


南條探偵事務所へ向かう覆面パトカーの中で、赤羽根が念を押すように言った。


助手席の押塚は言うまでもなく、運転席の崎真も、無言で思った。


…いちいちカンに触る物言いをする女だ。


後部シートで、三人の思考を読んでいた若邑は、一人、クスクスと笑った。

赤羽根が、人差し指を若邑の頬に当て、グリグリっと押しながら睨む。


…前の二人はコズカがテレパスだと知らないのよ。気を付けなさい。


若邑は頬に指を当てられながら、はいはい、と目配せを返した。


ほぼ時間通りに、探偵事務所のあるマンションに着くと、既にマンション一階のロビーで待っていた南條治信なんじょうはるのぶが、内側からオートロックのガラスドアを開け、迎えた。


「いらっしゃい、南條です。おや、女性お二人は随分お若いですね。」


軽い笑顔で出迎えながら治信はるのぶは、4人の容姿から洞察をした。


…60歳前後、これが警部か。強行犯を相手にしてきた特攻隊長、荒ぶれ系。

…崎真警部補、彼は知っている。

…クシを通してはいるが、ボサボサ頭。これが心理学の博士号を持つ女だな。

…こっちの女は若いな、二十歳はたち前後か?この娘の役目は何だ?何のために付いてきた?


治信は、弟の義継よしつぐと同じような読心術を持つ者が警察にいるとは考えていなかったが、この一番若い女性に対し、警戒をすることにした。


警察の4人がそれぞれ名前を名乗ると、南條は、


「携帯やボイスレコーダーの類いは、お持ちではありませんね?うちはコンサート会場よりチェック厳しいですよ。」


と言い、ボディチェックを要求した。


「失礼、…失礼、…」


と言いながらチェックを進めていくと、赤羽根あかばねの上着のポケットに丸いものの感触があった。


「ポケットの中のもの、何です?」

「ああ、これ、玉子です。」


赤羽根はポケットから玉子を出して、治信に見せた。


「どうして、玉子を?」

義継よしつぐさんにみてもらう『現象』に使います。」

「そうですか…玉子であれば、どれでも良いですか?」

「ええ、この玉子にはこだわらないわ。」

「あったかなぁ…」


そう言うと治信は携帯電話を取り出し、事務所に掛けた。


「あ、義継、冷蔵庫に玉子あるか見てくれ…お、そうか。」


治信は携帯を切ると、


「うちのを使いましょう。申し訳ありませんが、その玉子、お車に戻して頂けますか。」


と言った。

すると赤羽根は、玉子を両手で持ち、上を向いて自分の口元で割ると、ツルンと飲み込み、割った殻を治信に手渡し、言った。


「捨てといて、頂けますか。」

「これは、これは…。」


治信は思った。

…負けず嫌い、機転も利く、行動力もある、手強い心理学者だな。


探偵事務所に入ると、事務所のソファには、詰襟学ランの少年がいた。

来客だと言うのに、スマホをいじっている。

黒い髪の、切れ長の目が印象的な、端整な顔立ちの美少年である。


彼…南條義継なんじょうよしつぐを見た押塚おしづかは、イメージと違うな、と思った。

もっと乱れた服装の、茶色い髪の若者を想像していたからである。


「義継、お客さんだ。」


と治信が言うと、義継は上目遣いに警察の4人をチラチラと見回し、


「どうも。」


と言うと、またスマホをいじりだした。


この義継の挙動は、治信が指示した演技である。

服装や髪型も、治信が指定した。

なるべく気の弱そうな、頭の弱い学生を演じろ、と治信は前以て指示していた。


若邑湖洲香わかむらこずかは、これも指示通り、合図があるまで『光の帯』を封印しており、治信や義継の思考を、まだ読んでいない。


治信は、


「義継、携帯はしまえ。」


と言うと、警察の4人に言った。


「主に面談される方はソファへ、他の方はそちらの椅子へどうぞ。」


ソファに腰掛けたのは、赤羽根と若邑であった。

押塚と崎真は壁際の椅子に座った。

治信は、赤羽根達の向かい側に座っている義継の横に腰掛けた。


「では、お話をどうぞ。」


という治信の言葉を受けて、赤羽根が話し始めた。


「まず紹介を。私は特殊査定班という部署の赤羽根と言います。特殊査定班は、公にされていない部署ですが、こういった場ではもちろん普通に身分を明かします。知る人ぞ知る部署、というやつね。

私の隣にいるのが、同じく特査の若邑、私の助手みたいなものです。

あちらが、捜査一課の押塚警部。

その隣が、同じく捜査一課の崎真警部補です。」


義継は「ども。」と言ったきり、名乗りもしない。

治信は、黙って見ている。


「南條義継さん、ですね?」


赤羽根の問い掛けに、コクリとうなずく義継。


「では、早速、あ、玉子、あります?」

「ああ、はいはい。」


立ち上がりかけた治信の袖を義継が掴み、反対の手に持っている玉子を差し出した。


赤羽根は、

…いつの間に!?いじっていた携帯をテーブルに置いて、その後…?

と思いながら、隣にいる若邑の顔を見た。

若邑の目は『何も動きなし』と言っている。


義継の玉子出しは、単なる子供騙しの手品のようなものだった。

学ランの袖に隠していただけである。


この、赤羽根の一瞬の挙動と表情を見て、義継は確信した。


…若邑とかいう女も能力者だ。

…僕が能力者かどうかを確かめに来たんだ、間違いない。

…警察などに悟らせるものか。


義継は、警察に対し、保護を求めたにも関わらず母を見殺しにした役立たず、という認識を持っている。


赤羽根は、義継の表情の変化を見逃さなかった。

この義継という少年は、我々に敵意を抱いている。

そして、かなり狡猾だ。


厄介だ、と思いつつ赤羽根は、


「あ、ありがとうね、義継クン。」


と言い、受け取った玉子をテーブルの上に置くと、


「義継クン、この玉子、よく見ていてくれる?」


と言い、若邑の肩をポンと叩いた。


そして…

義継の想像していた通りのことが起こった。


若邑湖洲香の右手の先から、透明の帯の様なものがユラユラと伸び出す。

それは、所々がヌメヌメと赤く明滅している。

予想外だったのはその色くらいだ。

義継の『光の帯』は白く明滅する。


義継は『見えている』ことを悟られないよう、瞳を動かさず、ジッと玉子を視界の中央に入れていた。


『光の帯』は玉子を掴み、寝ていた玉子を立てた。

能力者以外には、玉子がひとりでに自立したように見えただろう。


「む…」

「あ…」


押塚と崎真は、それぞれ驚きの声を漏らした。


赤羽根が義継に問う。


「義継君、どうかしら。どうして玉子が立ったか解る?」


義継は、立った玉子を右から覗いたり左から覗いたりしてから、


「さぁ。」


と言った。

治信は黙って成り行きを見守っている。


赤羽根は強行手段を取ることにし、若邑の肩をポンポンと二度叩いた。


…ごめんなさいね、義継君、演技を破らせてもらうわ。


「!」


玉子を見ていた義継の背筋が凍りついた。

玉子を支えていた赤い『光の帯』が、義継の頭に向かって伸び出したのだ。


…なんだと!まずい、思考を読まれる!


義継は考える。

どうする、どう切り抜ける!?…


義継の額に汗が浮かんできた。


「それまでだ!」


義継のただならぬ様相に、治信が叫んだ。

若邑は『光の帯』を一旦止めた。

赤羽根が口を開く。


「どうされました?」


押塚と崎真は事態が飲み込めず、押し黙っている。

治信が言った。


「赤羽根博士、あなた、心理学者のくせに、義継の表情が解らないのか?苦悶の表情をしているじゃないか。」

「ですから、立った玉子がどうして…」

「おとぼけはその辺にして下さい。若邑さん、義継に何か仕掛けていますね?私の目には何も見えないが、義継の様子の変化は尋常じゃない。」

「あ、あの、えと…」


若邑は助けを求めて赤羽根の顔を見た。

コローン…と玉子が倒れて転がった。


赤羽根は下を向き、少し考えてから、何かを覚悟したような目をして言った。


「義継君、いや義継さん、どうか教えて下さい。赤い透明の帯のようなもの、見えていますか?お願いします、どうか、どうか教えて下さい!」


しばらく、沈黙が流れた後、義継は静かに首を横に振った。


赤羽根は落胆し、肩を落とした。


若邑はもう気付いていた。

義継には『光の帯』が見えていることを。

義継の頭から30cm手前まで『光の帯』が近付いた時点で、義継が、


『思考が読まれてしまう…この光の帯をどう回避する…』


と必死に考えていたことを読み取っていた。

つまり、今回の面会の第一目的は、既に果たされたことになる。


警察に『保護』され続ける若邑には、義継が能力を隠し通そうとする気持ちが、痛いほど解る。

この能力を持たない者…この世のほとんどを占める『普通の人』にとって、超能力は恐るべき驚異なのだ。

隔離か、利用か、或いは抹殺しようとするのが普通だ。

自分の平穏な生活を脅かす凶器と、平然と共存しようなどという方がおかしいのだ。

だから、隠す。

自分も皆と同じ、普通の人間だ、と演技する…


沈黙を破り、若邑が言った。


「あの、赤羽根博士、少し、義継さんとお話ししても良い?」

「…情報の漏洩は困る。」


若邑は目を釣り上げた。


「そんなことを、いつまでもそんなこと言うから、義継さんだって言いたくないよ!こっちから言わなきゃ、違いますか!?赤羽根博士!」


赤羽根は黙っている。

治信が口を開いた。


「赤羽根さん、若邑さん、私が、今回の面会に応じる条件として提示したのは、『私も同席すること』『個人情報や個人事情の質問をしないこと』『一切記録を取らないこと』です。条件を満たしているなら、どうぞ義継と話してやって下さい。それが例え…」


治信は義継の顔を見て、こう続けた。


「…例え、我々には聞こえない会話であっても、ね。」


若邑は表情を明るくし、


「ありがとうございます、お兄様。」


と言うと、スルリと『光の帯』を義継の方へ伸ばし、心で語り始めた。

義継の脳に、微電流が流れ始める。


『義継さん、聴くだけでいいわ。

私は人の心が読めます。

直接触らずに物も動かせます。

遠くにあるものや、壁の向こうのものを見ることも出来ます。

生まれた時から、持ってる力みたいです。

2歳の時、私は…』


義継は、若邑湖洲香の思念が、少しづつ悲しみを帯びていくことを感じていた。


『…2歳の時、私は、お母さんを殺してしまいました。』


『え!?』


『一緒にお布団で寝ていただけだった。

お母さんの体が温かいな、と思っただけだった。

私は、光の帯を出してしまい、お母さんの心臓を…

握り潰してしまったの…』


若邑の思念は、泣いていた。

義継は、そのあまりにも悲しい思念に、肉眼に涙を溢れさせた。


『その時、お母さんは、心不全という死因とされて、私は孤児院に入った。

まだ、周りの大人達は、私がお母さんの心臓を潰したなんて、考えてもいなかった。

3歳の時に、

孤児院でとても優しかった保母さんが居て、

皆月陸子みなづきむつこさんという保母さん。

お昼寝の時間に、添い寝をしてくれた。

私は、嬉しくて、もっと寄り添いたかっただけなの。

もっと、温かさを感じていたかっただけなの…

なのに、なのに…』


義継はボロボロと涙を流した。


『…皆月陸子さんが亡くなった時、

心臓が私のお母さんと同じ状態になっていたことに気付いた警察は、

私を隔離した。

それ以来、私はずっと警察関係の施設で過ごしてきた。

義継さん、

あなたは自由に生きてね。

あなたは人を殺めたりしてないし、

これからも平和の中を生きていくのよ。

私みたいにならないように、

警察に拘束されることのないように、

私が、

義継さんの自由を守るわ。

約束する。

今日はありがとう。

怖い想いをさせて、ごめんなさい。

あなたに会えて良かった。』


スッと、赤い『光の帯』が消えた。

若邑が言った。


「義継さんとのお話、済みました。」


義継が、右手の平で涙を拭うと、言った。


「赤羽根さん、赤い『光の帯』、見えました。性質をお調べなのでしょう?若邑さんには気付いていないこともあるかも知れない。協力します。僕も『光の帯』については、もっと知りたいことがある。情報の交換が条件ですよ。」


そのハキハキとした物言いは、最初の礼儀知らずな学生とはうって変わっていた。


それを聞いた治信は思う。

義継を守るための、警察との闘いは、これから始まるな、と。

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