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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第一章
107/292

スタジアムへ

「この学校、本当にサッカー部、力入ってるんだね。」

「ねー。あっさり、応援ならどんどん行きなさい、だって。」

「ほんだ。」


女子バス一年の三人、舞衣まい千恵ちえ愛彩いとあはサッカー部のインターハイ地区予選の応援に行くこととなり、京子を誘いに一年A組に立ち寄った。

だが、京子の姿が見当たらない。

舞衣がA組の生徒に聞く。


「え、京子、休んでるの?」

「うん、先生が病欠って言ってたよ。小林さんメールとかしないし、何の病気とかは誰も知らないけど。」

「ふーん。どもね。」


廊下にいる千恵と愛彩に振り返ると、舞衣は腕組みをした。


「んー、どうするかなー…」

「病気じゃ仕方ね。」

「でも珍しくない?小林さんが休むなんて。」

「そこなのよ。暗くて自閉症でよく泣くくせに、京子は休まないからなー、学校。」

「言い過ぎ。」

「言い過ぎ。」

「でもね、京子、ちょぉっとズルいとこもあってね、中学の時にね、カンニングしたことあんのよ、あれで。」

「読心術?」

「超能力?」

「いや、前の席の椅子の背中に書いてたらしい。テレパスがアナログなことしたもんだよ、うん。試験中に人の心読んでも何が何だか判らないみたいよ。」

「わもある。カンニング。英単語テスト。」

「おお、愛彩もか。」

「その言い方、もしかして、ちゃむも?」

「ううん、私はしたことない。しようと思った事は数知れず、だけど。」

「あははは。」

「ふふふ。」

「だから、ひょっとしたら、ちょっと疲れてるだけの仮病かも、と思って。」

「小林さんが仮病で休むかなぁ。お母さん厳しいんでしょ?」

「試合開始が10時だからまだ時間あるし、ちょっとお見舞いがてら、京子んち寄ってもいい?」

「ん、いがいが。」

「賛成ぇー。」

「何か買ってく?」

「金ね。」

「私も。」

「なんだよ二人ともしょうがないなー、私も無いわよ全然。」

「あはははは。」

「あははは。」


三人は学校を出て、京子の自宅へ向かった。

南土蔵駅から上り電車に乗り、ターミナル駅で乗り換え、別方面へ私鉄を少し下る。

最寄駅を降り、20分程歩くと、住宅街の中に小林宅が見えてくる。

庭が広く、和風の門構えの一戸建てである。

舞衣は、開いている木製の引き戸を潜り、玄関の呼び鈴を押した。

だが、いつまで経っても、誰も出てこない。


「おかしいね。」

「もしがしで病院?」

「え、やだ、重病なのかな…」


舞衣は声を出して呼んだ。


「こんにちはー!小林さーん!」


数分後、玄関のドアが少し開き、部屋着姿の京子が顔を出した。


「やっぱり舞衣さんか、おはよ…」

「なに、いるじゃん。どうしたの?ひょっとしてアレ?」

「ううん、アレじゃない。」

「京子軽いって言ってたもんね。風邪?」


首を左右に振る京子。


「どうしたの?昨日のこと?」

「舞衣さん、どうしよう…」

「何よ、どうしたの?」

「あのね、定期とお財布と携帯、生徒手帳も、湖洲香こずかさんが持ってるの…」

「ああ、そっか、そうだろうね。で、なんの病気?」

「健康…」

「健康?」

「うん…」


舞衣は勝ち誇った様に、千恵と愛彩へ振り返った。


「ほら見て、仮病よ!」

「なんだ、良かった。」

「あんつこどしたぁ。」


だが、病気では無いと知った舞衣は、余計に心配になった。

やはり湖洲香のことで気疲れが激しいのだろう。


「京子、私達ね、サッカー部の予選、スタジアムに応援に行くんだけど、どうする?無理しなくていいよ。」

「紅河さん。」

「紅河さん。」

「煽るねー、君たち。」

「小林さんの元気の元。」

「愛する王子様。」

「王子様じゃないなぁ。」

「愛しのエースストライカー。」

「んー、なんか、紅河さんてもっと泥臭い感じじゃない?」

「昼寝を愛する天才ナルシスト。」

「愛する、の使い方が変わってる。」

「あそっか。」

「不精な武将少年。」

「無理に韻を踏んで意味不明になってる。」


黙って伏せ目がちにオロオロしている京子をよそに、勝手に会話を重ねていく女子高生三名。


「あ、あの、あのね…」

「ちょっと待って京子、紅河さんのキャッチフレーズがまだまとまらないの。」


…それ、何の為?


「あのね、私も行きたいな、スタジアム…」

「お。」

「お。」

「あら。」

「煽った甲斐があったね。」

「やっぱり紅河さん、観ておかないとねー。」

「小林さんもいが。」

「うん、それでね、んと、さっきも言ったけど、お財布なくて、定期も、だから…」

「ああ。」

「あー。」

「お金が無いのね?」

「うん…」

「私、2000円くらいあるよ。」

「わ、1000円ぐれなら。」

「私は、4000円あるけど今月の全財産。」

「千恵、金持ちじゃん。さっき無いって言ったくせに。」

「全財産だってばぁ。」

「待って、スタジアムまでの電車賃調べるね。」

「みんな、ごめんね…」

「小林さん、かっちゃは?」

「お母さん、出掛けた。四時ごろまで帰らない。」

「チャンスだね、小林さん。」

「う、ん、でも見つかったら怒られる、凄く…」

「四時までに帰れば。つけっと。」

「そうかな…」

「南土蔵駅からだと、往復で一人740円だ。いけるね。」

「よし行こう、四人で。」

「あ、じゃ、着替えてくるね。」

「傘持ってきた方がいいよ。」


京子は自分の部屋へ戻り、冬用の制服を着て、湖洲香の携帯電話をポケットに入れた。

今まで、ベッドの中で重苦しい気持ちに押し潰されそうになっていた京子だったが、舞衣達の声を聞いて、驚く程心が軽くなっていくのがわかった。


…舞衣さん、いつも私を救ってくれる。


突然自宅まで来てくれたことも驚いたが、なんと言うか、心が闇に深く落ちそうになっている時に、ふわりと浮かぶように、手を差し伸べてくれる感覚、舞衣はいつもそれを京子にもたらしてくれる。

そして、千恵や愛彩の何気無い会話が、自分の居場所を教えてくれているような気がするのだった。


…舞衣さんを追いかけて、城下桜南高校に入ってよかった…


京子は足取りが軽くなり、ふくらはぎの鈍い痛みも、心なしか心地よくさえ感じていた。


「おまたせ。」

「愛と勇気の能面ジニアススコアラー、ってどう、京子。」


…まだやってたの?


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「来たぞ、喜多室きたむろ。」


白木接骨院から少し歩いたビル街の路地にある小さな公園。

その脇に車を停め、一晩張り込んでいた押塚おしづかと喜多室。

喜多室は押塚が指差す方へ視線を向けた。


「ご婦人お二人、ですね。」


マルタイは白楼から逃亡した栂井翔子とがいしょうこである。

喜多室には、あの婦人達が捜査とどう関係するのか、その繋がりが判らなかった。


「あれ、何してると思う?」


服装は、パーティにでも出るような派手な身なりをしており、この路地でキョロキョロと何かを探すような動作である。


「誰かと待ち合わせで人を探している、でしょうか。」

「んん?うん、じゃあな、あのご婦人達、これから何処へ行くと思う?」

「よそ行きの身なりからすると、パーティのような社交場、演芸場、コンサートホール、親戚と会食、といったところでしょうか。」

「ふん。もう少し絞り込め。今何時だ?」

「午前9時前です。」

「とすると?」

「寄席などは正午頃ですし、会食にも少し早い。10時前後に開演となるのは、クラシック音楽などのコンサートですかね。」

「おう、いい線いってるな。あの年代の女性が、この辺で開催されるコンサートに派手な服を着て行くとなると、何か足りなくないか?」

「何か?…そうですね、花束、でしょうか。」

「それだ。」


押塚はそう言うと、助手席のドアを開け、婦人二人組の方へ歩いて行った。

何か話し込んでいる。


…花束?…そうか、そういう事か。


喜多室もやっと気付いた。

押塚が戻ってくる。


「喜多室、県警に連絡して照合を掛けろ。『柴山生花店』の電話番号、所在地。『70代、柴山、男性』の住民票。」

「了解です。」


喜多室の照合手配を待ち、続けて押塚が言った。


「ほぼ間違いなく県内だ。柴山生花店がここにワゴン車の出店を置く曜日はランダムだが、朝は8:30頃から、夜は21:00近くまでここに店を出している。21:00頃ってぇのは、栂井が消えた時刻とほぼ重なる。」

「柴山の車付近で栂井が倒れた場合、連れて帰った可能性もある、と。」

「ああ、俺が思うに、おそらく栂井は倒れていない。柴山と何かしらの会話を交わし、柴山がどこに栂井を帰せばいいのか困った挙句、一旦連れて帰った、といった感じだろうな。」

「なるほど、倒れている栂井を見つけたのであれば、警察か病院に通報しますからね。」

「そういう事だ。」

「ご婦人達の様子から、柴山生花店の出張販売をあてにしていた、とすると、なぜ今日は現れないのでしょうね。」

「柴山は腰が悪いそうだ。おそらく体調の都合でランダムな営業になるんだろう。」

「そんなことまで聞き出せたのですか。」

「ああ、さっきのご婦人は常連さんだ。柴山は花言葉なんかにも詳しく、適当な花を選ぶのが上手いそうだ。」


一抹の不安を、喜多室が口にする。


「栂井が凶行に及び、柴山が殺害されているようなことは…」


押塚はタバコに火を点けた。


「無い、とは言い切れんな。だが、安眠できる場所を提供してくれた老人を、意味もなく殺すとも思えん。こりゃあ俺の推測だが…」


フゥ…と長い煙を、押塚ははいた。


「栂井翔子は、誰かに指示されたり、自分に害を与えると感じた者のみを殺害している傾向がある。てぇことは、柴山は、生きているだろうな。」

「そう、でしょうか…」

「栂井がとどめを刺さなかった相手、深越美鈴ふかごしみすずが、何かヒントを持っているだろうな。」

「はい。」

「とりあえず県警に向かえ。柴山生花店の情報が入ったらそっちへ向かう。」

「了解です。」


喜多室は、まだ半信半疑であった。

なぜ押塚は、柴山生花店の車がマルタイを連れ去ったと断定しているのだろうか。

状況証拠としては推理の一つとして成り立つが、物証が無い。

もし栂井が別の逃走経路を行き、その先で殺人を犯していたら…

だが、今は、有力な手掛かりとして柴山生花店を追うことは間違っていない、という事も理解出来る。のだが…


…警部、何か私が見落としている手掛かりがあるのなら、教えて頂きたい。


喜多室は、押塚のここまでの行動を思い返しながら、アクセルを踏んだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「若い子は焼き魚なんか食べないのかも知れないが、体には良いんだよ。」


生卵とご飯、それと味噌汁だけにしか手を付けなかった翔子に、柴山は穏やかに言った。


「これ美味しかった。」


翔子は、空のお椀を見て言った。


「そうか、味噌汁は好きか。まだあるよ。」

「ごちそうさまでした。」

「ほお、礼儀正しいな。お粗末様でした。」

「トイレの掃除をいたします。」

「ええ?いやいや、そんな事やらんでいい。」

「しなくていいの?」

「ああ、なんだい唐突に、気にしないで、テレビでも見ておいで。」

「そっか、いいのか。」

「ショウコちゃん、君は昨日までどこに住んでいたんだい?」


翔子はしばらく目を伏せていたが、食卓の椅子からピョンと降りると、言った。


「帰りたくない。」

「ふむ…」

「あ!ああ!」

「ん?」


翔子は食卓の隅に置いていた一輪挿しの赤いアネモネを見つめ、感嘆の声を上げた。

シワが出来、しなだれていた花びらが、みずみずしく起き上がっていた。


「ははは、なあ、少し元気になったろう。」

「おじさんすごーい。ふししししし。」


柴山は席をそろりと立ち、食事の済んだ食器を流台へ運ぶ。


「うん、やっと腰が落ち着いたな。」


食器を洗いながら、時計に目をやる。


…間に合いそうだな。


「ショウコちゃん。」


翔子は食卓のアネモネをじっと眺めている。


「今日な、私は県のサッカースタジアムに行こうと思ってる。高校サッカーが見たいんだ。どうする?ここで花を見ててもいいし、テレビを見てもいいし、寝ていてもいいよ。」


翔子は答えず、アネモネの一輪挿しを両手で持つと、トントントン、と二階へ駆け上がって行った。


「ま、いいか。こんな時でないと見に行けないしな。一人で行こう。」


タンタンタンタン…


翔子が二階から駆け下りてくる足音だ。


「行く。私も。ししし。」

「お、そうかい?では、服をなんとかしないとな。婆さんの服しか無いが、これ洗ったら着替えような。」


見ず知らずの少女だが、少女と二人で大好きなサッカー観戦に出掛ける日が来るなど、柴山は夢にも思っていなかった。

子供が出来なかった柴山は、老人福祉センターへの入居費の心配ばかりが募る毎日に、花を買いに来る客との世間話だけが生きがいのようになっていた。

腰も悪くなる一方で、趣味や娯楽など楽しむ暇も無かった。


…神様がくれた最後の贅沢だろうか。


柴山は、今日の高校サッカー県内予選に出場する選手で、サッカー雑誌が取り上げていた数名の選手に思いを馳せた。


…去年二年生だった城下桜南の17番、今年は10番だったか、あんなに誉めたてるような選手か観てやろう。

…聖美陵学園の24番、今年は4番か、あの守備力を、城下桜南は突破できるかな。


空には相変わらず灰色の雲が折重なり、重々しく、スタジアムの方へと流れていた。

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