表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第一章
105/292

柴山生花店

「私は、待機させている『使い手』要員と教育生達に今後の指示を与え、深越ふかごしさんの容態を確認してから庁へ戻ります。雅弓まゆみさんの起床に合わせ、またここへ参ります。南條なんじょうさん、示談のご要求はお預かりしました。ご希望の情報共有の件も含め、明日また打合せさせて下さい。」


佐海さかいはそう言うと椅子を立った。

そして、治信はるのぶ義継よしつぐに頭を下げた。


「この度は大変ご迷惑をお掛け致しました。ご協力、有り難うございました。」


治信も椅子を立ち、頭を下げた。

義継はゆらりと立つと、アクビをしながら言った。


野神のがみさん、出来たら一度話をしたいんですけど。」

「彼は腕の経過を見て通常勤務に復帰させます。面会は可能ですが、どんなご用件です?」

「いや、多分さ、僕や喜多室きたむろさんに負い目を持ってるんじゃないかと思ってね。馬鹿が付くくらい真面目そうな刑事だったし。」

「そうですか。私から義継さんの面会ご希望を伝えておきましょう。お手数ですが、後日、警察庁刑事局の刑事企画課の窓口を訪ねて下さい。」

「ほい。」


佐海は足早に管理事務室を出て行った。

赤羽根あかばねも椅子を立つ。


「私はマユミと風見かざみさんの付き添いね。ここに泊まるわ。班長が亡くなった事で、今後の特査がどうなるのか、指示も待たなければならないし。」


赤羽根はチラッと義継を見た。

その心境には、湖洲香こずかが居る可能性のある場所を千里眼で当たって欲しい、という気持ちがあったが、それよりも義継に対する感謝と負い目の気落ちが強く、これ以上迷惑は掛けられないと考えていた。


「義継君、皆月岸人みなづききしとの襲撃ではコズカを、公民館ではマユミを助けてくれて、その度に大怪我を負って、本当に、なんと詫びたらいいか…」


義継は首の後ろ辺りをポリポリかいた。


「そう言えば風呂入ってないや。かゆいしベタベタするし…それ、どっちも、僕が勝手にやったことだから。」


治信が口を挟む。


「その事で、一つ疑問に思うことがある。」


赤羽根と義継は同時に治信を見た。


「公民館にSATが配置されていた。それと使い手が一名。公民館へ誘導されたのは伊織いおりさんと雅弓ちゃんですよね。だが、SATは義継対策だったらしい。」


赤羽根と義継は、あ、という表情をした。


「義継、喜多室さんと二人で雅弓ちゃんを追跡したのは、私からの連絡で動いたんだよな?」

「うん。」

「刑事局の捜査課は、なぜ義継が公民館へ、雅弓ちゃんを追って来ることを知っていたのだろう。」


義継が首筋をかいていた手をゆっくり戻しながら、顔を少し右に傾け、斜め上に視線を向けた。


「兄貴、SAT配備って、プランから指示、実働まで、時間、どれくらい掛かるもの?」

「正確に把握していないが、SATは災害対策も請け負うから、装備設定と出動指示までなら、さほど時間を掛けない訓練はなされているだろうな。出動申請から承認までの事務的なリードタイムが主な時間だろう。」

「僕達の車が首都高の入り口で『灰色』に襲撃されたのも、どこから情報が行ってるのか不思議だった。」


赤羽根が視線を泳がせながら言う。


「あの日の、喜多室さんと義継君の動向をリアルタイムで受信していたのは県警の捜査一課と特査です。喜多室さんの小型マイクは常時オンラインでしたから。」


治信が目を閉じて言った。


「この件の情報漏洩も蓮田はすだ班長か…とすると、佐海局長から国家公安までの承認を取り付けた、庁内で申請をした人物、つまり蓮田とグルの者、こいつを知っておく必要があるな。」


彼は目を閉じたまま、胸のポケットからタバコを取り出した。

泳いでいた赤羽根の瞳が止まる。


カサ…


「ん…」


赤羽根が治信のタバコを取り上げた。

治信が目を開くと、彼女の目は、笑っていた。


「ちょっと、伊織いおりさん…」

「所構わず、なによ。」

「いや、考え事をしていると、ついクセで…」

「吸うなとは言いませんけど、喫茶店でお会いした時は、もっと気を遣って下さってましたよね。まぁ私なんか、女性として扱われてはいないのでしょうけどね。」

「あ、いえ、その、まぁ…」


義継がニヤッと笑い、付け加えた。


「『伊織さんはもう家族みたいなものだからな』だっけ?」

「おい義継、そんなこと言ったか?」

「言った。ま、赤羽根さん、兄貴が気を許せる数少ない人ってことですよ。」


それを聞いた赤羽根の顔が、みるみる赤くなっていく。

彼女は黙ってタバコを治信へ返すと、スタスタと管理事務室を出て行った。


「義継、俺もここへ泊まるつもりでいるんだ。気まずい事言うな、馬鹿。」

「珍しいよね、兄貴。」

「何が。」

「なかなか手を出さないなんてさ。」

「人聞きの悪いこと言うな。」

「僕から見ても赤羽根さんはカッコイイ女性だよ。サバサバしてるのに、湖洲香さんや雅弓ちゃんに対して愛情深いしね。」

「そうだな。」

「来年30歳でしょ。そろそろ落ち着いた方がいいんじゃないの。」

「余計なお世話だ。」


治信はタバコを一本くわえた。


「いや、禁煙だから、ここ。」

「ここは全館禁煙だ。俺にとっては呼吸できない水の中みたいなもんだ。」

「難儀だねぇ。」


治信は火をつけ、フゥーと煙をはいた。


「そうだ、義継、もうすぐ義乃めぐのさんの誕生日だろ。墓参り、今年は?」

「うん、一人で行ってくるよ。」

「俺も行く。」

「八月の命日だけでいいですよ。なんて言うか、誕生日は二人だけで祝いたいんだ。」

「そうか。」


義乃めぐのとは、義継の母親の名であり、治信と義継は異母兄弟である。

父親は同じ徳田将司とくだまさしで、治信の母親、義継の母親、両名を自殺に追い込んだ殺人罪で無期懲役、現在刑務所にいる。

義継は、改名前の戸籍名を徳田和義とくだかずよしといい、治信の改名前が徳田信一とくだしんいち

二人とも、改名前の名付け親は母で、治信は『信』の文字を、義継は『義』の字を大切にし、現在の改名としていた。

南條という苗字は、治信の母方の姓である。


治信は、ふと思った。

遠熊所長の文献、『能力媒体』発現トリガーにある『亡き親近者の幽体に引かれて発現するケース』が事実だとすると、自分に『光の帯』が発現していないのは、後妻である義乃めぐののおかげかも知れない、と。


治信の母親亡き後、すぐに義乃を娶った徳田将司は、その虐待の矛先を治信の母親から治信へと変えた。

義継が生まれるまでの間、虐待を受け続けた治信を護っていたのが義乃である。

そして義継誕生後、治信への虐待は弱まり、義乃が犠牲者となった。

サイコパスである徳田将司の虐待は、人間を人間扱いとはしない筆舌に尽くしがたいものであった。


…義乃さんが護ってくれなかったら、或いは私も『能力者』になっていたのだろうか。


そして悔しさが込み上げる。

後妻である義乃を死から救えなかった自分の弱さと、義乃が亡くなった時の絶望感に打ち拉がれた小学生の義継の顔に。

義乃が亡くなった2006年8月…義継に白い『光の帯』が発現した。


「お前、どうする、容疑は晴れたから帰って大丈夫だぞ。」

「うん。ちと心配なヤツを、明日見てこようかと思ってね。帰る。」

「心配?誰だ、小林さんか?」

「いや、紅河くれかわクン。」

「ほお。義継、変わったなお前。」

「何が?」

「他人の心配など、今までしたことあったか。」

「無いねぇ。いや、ほら、紅河クン、インターハイ予選でしょ。心配事抱えて、試合でボロ負けするとこ見て笑ってやろうと思ってね。くくく。」

「お前がサッカーの試合観戦ね…雪でも降らなきゃいいがな。」

「いや、降った方がもっと面白い。」

「魔法は使うなよ。」

「テレポート出来れば楽なんだけどな。」

「マジでやめとけ。後で話すが、霊能力系は死のリスクが付きまとう。」

「霊能力系?」

「テレパシーとクレヤボヤンスの進化系みたいな能力さ。」

「ふぅん…ま、興味ない。」

「その方がいい。」

「あ、それと、」

「ん。」

「兄貴には言っときます。個人的に湖洲香さん探しに動く。」

「止めても無駄だろ、無理するなよ。」

「無理は大嫌いだ。」

「よく言うよ、この無理の権化が。」

「んじゃ、イオリさんに宜しく。いきなり子供出来たとか、笑い話待ってまーす。」

「さっさと消えろ、不良少年が。」


二人はニヤッと笑い、義継は管理事務室を出て行った。

だが、すぐさま義継は戻ってきて、言った。


「兄貴、ここ、どうやって出んの?」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


県内某所。

畑と民家が疎らにあるのどかな街に、その花屋はあった。

黄色地に赤文字で柴山生花店と書かれた看板は、風雨に曝されて色褪せている。

朝4:30。

70代半ばの初老の男は、痛む腰に堪えながら、なんとか布団から起き上がった。

雨戸を開けると、暗い空にはまだ雨雲があったが、降ってはいなかった。


「あてて…」


湿度の高い気候のせいだろうか、今日はやけに腰が痛む。

彼は腰をさすりながら、廊下へ出て、隣の部屋の襖をそっと開けた。


…よく寝てるな。


畳敷きの六畳間に布団が敷かれ、小学生くらいの少女が寝息を立てている。

その部屋には本棚と小さな三面鏡の鏡台があり、そこに置かれている化粧品類は、男の妻が亡くなった時のままであった。

男は襖を静かに閉めると、朝食の準備をしに一階への階段を降りようとした。


「つつ…ん、無理かなこりゃ…」


腰の痛みに、階段を降りることを中断し、男は再び自分の部屋へ戻った。

とうの揺り椅子に腰を下ろし、昨日の夕刊の天気欄を見る。


「今日も雨のち曇りか。」


そう呟き、スポーツ欄にも目を通す。


「高校サッカー予選は今日準決勝か。城下桜南は常連だな。聖美陵学園に、緑瀬北、代沢中央か。城下桜南と聖美陵は事実上の決勝戦だなぁこれは。」


学生時代にサッカーをやっていた男は、たまにはスタジアムに見に行きたいと考えていたが、売れ行きの落ちる一方の生花業にあり、一人で切り盛りする忙しさの中、なかなか機会が得られずにいた。


「6点も7点も入ってるようじゃ、まだまだだな。」


県内予選のこれまでの試合結果に、自分なりのサッカー好ゲーム論を独り言ちる。


「しかし参ったな、あの子が起きる前に朝飯用意しないと…」


だましだまし、揺り椅子から立つ。

腰がある角度になると激痛が走り、その姿勢から固まったように動けなくなる。

それを我慢し、徐々に姿勢を起こす。


「ん、ん、む、ん…」


昨晩の無理が祟ったのかも知れない。

なにせ、女の子を抱き抱えて階段を二階に上がったのだ。

上がりきった時、男はしばらく動けなかった。

一階は店舗となっており、台所と風呂、それにトイレ以外に部屋が無いのだった。

まさか台所に女の子を寝かせる訳にはいかない。


「む、ん、むっ、んん…ぐ、あ、ああ…」


ドスン!


「うわたたたあぁ…」


男は立つことが出来ず、転げてしまった。

幸い、畳に敷いたままの布団の上に転げ落ち、怪我は無かったが、しばらく腰の痛みに動けない。


スラ…


男の部屋の襖が開いた。

彼が見ると、寝ていた少女が立っている。


「あ、おお、起こしてしまったか、これはすまん。」

「どすんて音がした。」

「すまんすまん。ちょっと待っててくれ、腰が言うこと聞かなくてな…」

「朝の訓示斉唱は?ここどこ。」

「ん、訓示?ここは私の家だよ、あつつ、ほら、帰るところが無いと言ってたからな。」


少女、栂井翔子とがいしょうこはキョロキョロと廊下や部屋を見回した。


「トイレ行ってもよろしいでしょうか。」


突然の丁寧な言い回しに、男は不自然さを覚えたが、なんとかよたよたと起き上がり、腰を押さえながら言った。


「そこの、階段の正面のドアだよ。」


翔子は階段の方を見ると、無言でトイレへ行った。


「あれ。」


彼女はトイレの中で、自分の右腿に絆創膏が貼られていることに気付いた。

トイレから出ると、階段の手すりに掴まり動けなくなっている男が目に入った。


「んん、む…」

「痛いの?」

「お、おお、腰がちょっとな…」


翔子は男の腰の辺りを見た。


「血、出てない。」

「ん、ええ?腰痛は血は出ないさ…ふっ、む、んん…」

「どうすると治るの。」

「ん、ああ、しばらく動いてれば、ん、この姿勢のまま行ければ、痛くないんだが、曲げたり、起こしたりすると、ん、ちょっと、な…」

「そのままがいいの。」

「んん、ああ、今日は特に、参ったなこりゃ、ん…」


翔子は男に近付き、男の下側にまわると、左手を男の背中にまわし、右手は男の左腕を掴んだ。

降りる一階に背を向けて、男の胸に顔を押しつけるような姿勢になる。


「お、すまんな、だが、危ないからいいよ。私が転んだら、君まで怪我する。」

「だいじょぶ。しししし。」


妙な笑い方だったが、男は初めて少女の笑うところを見た。


「優しい子だな。名前は?」

「翔子。いししし。」

「ショウコちゃんか、良い名だな。」

「重い。」

「おお、そうだろう、もういいから。」

「だいじょぶ。先生の名前は?」

「ええ?私は先生なんかじゃないさ。柴山徹しばやまとおるだ。」

「キラキラは何色?」

「ん、キラキラ?なんだい、花の色か何かかい。」

「出せないの?」

「ええ?何がだい?」

「そっか、先生じゃないんだ。」

「ああ、ただの花屋だよ。」

「花屋?幸せ?」

「ええ?どうだろうな、貧乏だが、まぁ、一人で何とかやってるさ。」

「うしししし。」

「重かろう、悪いな、ショウコちゃん。」

「幸せって、どんなのかな。」

「なんだい急に。」


二人は階段を降り切り、翔子はフゥ、と息をつくと、薄暗い店舗が見える間口に気付いた。

花の良い匂いが漂ってくる。


「あ。」


タンタンタンタン…


翔子は、降りてきた階段を、また駆け上がった。


「おお、いいなあ若い子は。」


柴山は駆け上がる翔子を見て頷くと、台所へ向かった。

お米をとぎ、炊飯器のスイッチを入れると、魚を焼きながら味噌汁を作り始める。

そこへ、翔子が入ってきた。

右手には、萎れかかった赤いアネモネが一輪握られている。

昨晩、柴山が翔子に渡した花だった。


「おじさん、これ、こんなになっちゃった。」

「ん、どれ、ああ、うん、ちょっとこっちへ持ってきて。」


柴山はガスの火を止めると、店舗の方へ向かった。

翔子も着いて行く。

店内の電気をつける。


「あひゃ…」


店に並ぶ様々な花に、翔子は目を輝かせた。

柴山はポリバケツに水を汲んだが、持ち上げようと腰を屈めて、また動けなくなった。


「あてて…ショウコちゃん、そのアネモネをこっちへ。」


駆け寄る翔子。

彼女はアネモネを差し出した。


「ほら、ここが、ショウコちゃんが握ってた部分だな。ここから水切りする。」

「切るの?」


翔子が怯えた声を出した。


「昨日も言ったろう。これは花の手当てだ。貸してごらん。」


パチン!


柴山はアネモネの茎を水に浸け、茎にハサミを入れた。


「ひ…」


ビクッと震えて後退る翔子。

柴山は、側に置いてあったプラスチック製の一輪挿しを取ると、そこに水を入れ、水切りしたアネモネを挿した。


「はい。ご飯を食べ終わる頃、花びらも少しは元気に戻るよ。」


翔子は震える手で、柴山から一輪挿しの赤いアネモネを受け取った。

柴山は翔子の怯え様を見て、どんな生活を送ってきたのか気になった。

訓示斉唱という言葉、トイレの時にいきなり丁寧な表現になった言葉遣い、昨晩聴いた「またいじめられる」という言葉、全てが気になる。


「ショウコちゃん、今日は少し腰が調子悪い。都内の出張販売はやめにする。何か思い出したり、帰りたくなったら言うんだよ。」


翔子は黙って、萎れたアネモネの一輪挿しを、祈る様な目で見続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ