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桜は城下いとあはれ  作者: 木漏陽
第一章
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プロローグ

紅河淳の『少年の〜』シリーズと、小林京子・房生舞衣の『ちょっと〜』シリーズの続編として描くSF小説です。

舞台は現代の日本。『超能力』と言われる特別な力の正体と、能力者の欲望や葛藤が引き起こす事件を描く連載小説。

時に1591年 ー 天正19年、2月。


城下町から南へ伸びる街道に、一人の野武士の姿があった。

襦袢じゅばんはもはや茶黒く汚れ、ほころびでボロボロの直垂ひたたれは、幾多の斬り合いを繰り返してきたことを物語っている。


太閤秀吉勢による城攻めに敗走し、落ち延びた彼は、帰る場所を失い、脇差し一本と己の剣の腕のみを頼りに、盗み、強奪によって飢えを凌いできた。


「美しいの…。」


ここはかつて自分が仕えていた城の城下。

街道の両側に立ち並ぶ桜、その八分咲きの優雅な景観に、彼は独り言ちた。


「思いも掛けず、また戻ってしもうた。」


彼は桜並木の美しさに、思いがけず、涙した。


もう略奪の毎日は嫌だ。

こうまでして生き延びている自分が嫌だ。

願わくば、これまで奪ってきた命の供養に、残りの人生を費やしたいものだ。

自分に、坊主のような真似事が出来るだろうか…。


彼は、街道の脇にある大きな岩に近寄り、懐から懐刀を取り出した。

そして、しばし桜を見上げた後、その岩へ『句』を刻み始めた…。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


荒ぶれど

駆けたる道は

望郷の

桜は城下

いとあはれなり


2014年、4月。

先日、高校の入学式を終えたばかりの小林京子こばやしきょうこは、学校 ー 私立城下桜南高等学校 ー の正門に続く桜並木の途中で、気になっていた石碑の文字を見ていた。


石碑の前には小さな石台が置かれているが、お供え物の類いはない。

風雨にさらされ文字の凹凸が削られて読みにくかったが、中学まで書道を続けていた京子にとって草書体は馴染み深く、なんとか読むことが出来た。

短歌のようだが、詠人の名が無い。


「京子ぉ!」


背後で呼ぶ声がした。

京子は声で誰だかすぐに判った。


「あ、舞衣まいさん、おはよう。」


同じ中学出身の房生舞衣ふさおまいである。


「何見てるの?」


舞衣は京子が見ている石碑に近付き、覗き込んだ。


「なんかね、和歌が書いてある。」

「へぇ。読めるの?」

「うん。」


舞衣も読もうとしたが、所々ひらがなが解る程度だった。


「…れ…たる…の…んー読めん。」

「ふふ。なんかね、乱暴な人が、故郷がこいしくて、多分ここが故郷で、桜がきれいだ、っていう短歌。」

「ふぅん。有名な人の短歌?」

「んと、初めて見た歌。和歌、詳しくないから。」

「そっか。あ、遅れないかな、学校。」


舞衣は携帯電話を取り出し、時間を見た。

その時、背後から声をかけられた。


「すみません、学生さん。」


二人が振り向くと、スーツを着たサラリーマン風の男性であった。

清潔感のある身だしなみで、歳は30前後に見える。

京子は身を硬くし、下を向いた。彼女はもともと人付き合いが苦手で、人見知りが激しい。

舞衣が応じた。


「はい?」

「申し訳ないのですが、電話を貸してもらえないでしょうか?携帯を忘れてきてしまいまして。」

「はあ、あまり長電話されると、学校遅れちゃうので…。」

「すぐ済みます。大事な商談のアポ時間を確認するだけです。掛けた時間分のお金、払いますよ。」

「あ、いえ、お金はいいです。短めに…。」


そう言うと舞衣は携帯電話を差し出そうとした。

すると、京子が舞衣の腕をグッと掴み、首を左右に振った。


「え?なに?」

「…だめ、貸しちゃ。」

「え?」


うつむいたまま舞衣の腕を掴み引き止める京子に、サラリーマン風の男が笑顔で言った。


「1分も掛かりませんから。」


再び首を左右に振る京子に、男は声を強めた。


「大事な商談なんだよ。すぐ終わるから!」


そして男は、舞衣の手から携帯電話を取ろうとした。

京子は掴んでいた舞衣の腕をグイっと引っ張り、自分の方へ引き寄せると、


「詐欺。」


とつぶやいた。

京子の引っ張る力があまりにも強かったため、舞衣は目を丸くした。

京子のつぶやきは男の耳にも入った。


「あ?詐欺だ?変な言いがかりつけるんじゃねぇよ!」


男の言葉が急に品を無くした。まるで脅しのような言い方だ。

危険を感じた舞衣は、


「遅刻しちゃうんで!」


と言うと、京子と二人そのまま学校の正門へ向かって走り出した。

走る二人の背後で、「てめぇ!」と怒鳴る男の声がした。

舞衣は走りながら京子に聴いた。


「ね、なんで変な人だって気付いたの?詐欺って?」


京子は何も言わず、下を向いたまま走っている。

知っている人なのだろうか?舞衣は不思議に思いながら、携帯電話を制服のブレザーのポケットへしまった。

二人は正門まで走ると、立っていた教員に挨拶をし、昇降口へ歩いていった。


「ふぅ。」


舞衣は一息ついて京子を見た。

小中学校とずっとバスケをしてきた舞衣にとっては大したことない距離だったが、京子はそうとう息が上がっていた。

彼女は汗をかき、顔が少し青い。


「平気?京子。」


京子は呼吸を乱しながら、コクリと頷いた。

だが、様子が尋常ではない。


「京子、さっきの人のこと、後で教えて。時間、もうないよ、急ご。」


そう言うと舞衣は上履きに履き替え、自分のクラスへ急いだ。


京子は、意識をあの男に向けていた。

追ってはこないが、私達の顔を思い返している…

怒りが私達に向けられている…

どうしよう、怖い…


小林京子は特殊な能力を持っている。

人の心が読めるのだ。


この能力が自分だけの特別なものであり、知られれば気味悪く思われることを経験で知っている。

房生舞衣は中学三年の時に生まれて初めて出来た『友達』であり、

気がねなく話せる数少ない大切な存在だ。

高校も同じ学校に通いたくて、志望校を合わせたのだった。

こんな気味の悪い自分を知られて、失いたくはない。


京子は『意識の手』を引き戻し、うつむいたまま自分のクラスへ向かった。

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