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小さな来客

 体にじわじわと染み入ってくる睡魔に、軽く瞼を抑えられるようにミサは瞳を閉じた。

だが、眠っているような、起きているような心地良さはそう長くは続かなかった。

「ねぇ、君起きてる?」

知らない男の声が聞こえ、誰かに肩を揺さぶられていることがわかると、ミサはゆっくりと、けれどもしっかり見開いた目で声のする方を振り向いた。

「君、今夜暇なの?ずっとここにいるでしょ?」

男がまるでミサの秘密を握っているようにそう囁いてくるのでミサは不快に思った。男はさっきまで酒に酔って眠っていた青年だった。

ミサはすぐさま反論しようとしたのだが、口を衝いて出た言葉は男の誘いを断りはしたものの、やわらかい調子になってしまった。

「用事があるの。」

あまりに頼りないこの言葉にミサは頭を抱えた。明らかに事実でないこの理由を補足する言葉をまるで小学生にでもなったように思いつかない。男はそれをさほど気にするようではなかったが、そう、と言ったきりしばらく黙りこんだ。

「いっしょに店をでない?」

次に男が口にした言葉は不純なものを感じさせないほど温かみを感じるものであったが、そのおかげで今度はきっぱりと断れた。男はそれ以上何を問うわけでもなく店をでていった。

悪い人ではなかったのだろう。青年はミサとよく遊んでくれた4,5歳年上の男の子に少し似ていたような気がした。


                 *

 今は何時なのだろうか。まだ外は暗い。

コーヒーはカップ一杯に注がれていて、数十分前から一向にへっている気配もない。カップを覗けば黒が、深淵の底には漆黒が・・・。ミサはコーヒーカップの底、黒い深淵の中をぼんやりとみつめる。

カップは二重になる・・黒は墨汁のように濃さを増す・・円は重なっていく・・・。

カップに吸い込まれるように、うつらうつらとしていたミサがふと目線を上げるとそこには“彼女”がいた・・・。

小さな少女は臆する様子もなく、入口からしっかりした足取りでミサのもとへとやってくる。あの子が私に用があるはずなんてない。だって私はあの子を知らないのだから。

少女はミサの正面の席にまで来ると、いかにも澄ました顔であいさつした。

「こんばんは、お姉さん。」

ミサはひどく戸惑っていて何をこの少女に言ってやるべきかわからなかった。なぜこの少女はたった一人でこんな夜中に出歩いているのだろう、少女の両親はどこにいるのだろうか。

ミサは子供が苦手だった。少女に悟られない程度に軽く溜息をつくと、少女の視線をできるだけ避けた。少女を見た瞬間からどうしようもなく体が重い。

「こんばんは。せっかくあいさつしてくれたところ悪いけど、あなたまだ小学生じゃない?」

少女はミサの言葉を聞いている風でもなくミサの前の椅子に腰かけた。

「小さな子供は家で寝ている時間じゃないの?」

少女が突然現れたことへの不信感を感じているミサの声は言葉に出してみると自分でも驚くほど自信なげだった。少女を一瞬目にしたときの不快感がしだいに波のように広がり、強さを増していっていた。

一度気持ちを落ち着けよう。自分は不安定に陥りすぎている。たかが一人の少女ではないか、こんな時間に街を出歩いているということ以外は。

ミサは少女をよく観察しようとした。少女の様子をゆっくりと窺いながら・・・ショートカットにかわいらしいピンクのワンピース、くっきりした目、5~6歳くらいだろうと思われる少女の外見・・・だが・・・少女の周りは、彼女のそんな外見に不釣り合いなほど冷淡な空気に覆われている。

落ち着かなければ、そうだ落ち着くんだ。こんな小さな子供に一体何ができるというのだ?

「あなたお名前は?今店の人を呼ぶから。とにかくこんな時間だもの、家に帰らなくちゃ。」

やっとの思いで出てきた言葉は少女を思いやっているようで機械的だった。ミサが奥に引っ込んでいるウエイトレスを呼ぼうとすると、とっさにそでをつかまれる。

「私の名前、お姉ちゃんは知っているでしょう。」

何でそんなわかりきったことを聞くの、というように一瞬ミサを小馬鹿にするような表情を浮かべると、さっとそれをかき消すように、にっこりとした笑みを浮かべて言った。

「私はお姉ちゃんとお話にきたの。」

ミサは席に腰をかけなおした。

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