コーヒーを飲みながら…
短編のつもりです。書いていた時には、かっこつけた雰囲気を出したかった…ような気がします。もう何年も前に初めて書いた小説です。正直、この頃から文章を書くのが上手くなったとは思えませんが、読み返すと恥ずかしいやら、懐かしいやら。つい思い出深いので、こっそりと残しておこうと思います。
曖昧な笑みは体を侵食している。
スプーンでまぜるコーヒーはブラックでその行為はほとんど意味をなさないが、単純な作業というのはその行動自体の安定感で人を安心させるものだと思う。
深夜のファミレス、ミサの座るその席は死角となる位置だったが、ミサの方からはまばらな店の様子がよく窺えていた。
真夜中ということもあるのだろうが客は少なく、ミサを除いてはカップルが一組と初老の男が一人、ミサから一番離れたテーブルでうつ伏せになっている(おそらくその格好から見て20代程の)青年くらいのものだ。
ウエイトレスがあくびをしながら初老の男のもとへ注文を取りに行くのが見える。ミサはゆっくりと視線を戻すと、カップを口元に運んだ。わずかに唇を濡らすとまたソーサーにカップを戻す。
静かな夜だ。ミサはそっとカップの中でスプーンをまわした。特別悪いことなんて起こりそうにもない、まったく。
しばらく窓の外をぼんやりと眺め続けていたミサは、はっとしたように窓に背を向けた。もっともそんなことで意識が手元へ戻ってくるはずなんてなかったのだが、これ以上見続けるのはよくない。飲まれないためにも。
ミサはカップを運び、唇を濡らす。そしてまたそのカップをソーサーの上に置く。思考はどこか、かなた遠くへ飛んでいて、繰り返す行為の最中ミサはほんの少し口元で笑みを形作り何かを埋めようとする。
水のように静かなものが店の中をずっと漂っているような気がしていた。きっと、しだいに全てその中へ溶け込んでゆくだろう。ミサはほほ笑んだ。
何も考えるまい。いや、・・・そこにはすでに何もないのだから・・・。
“でも気付いているだろう?”片隅から聞こえてくる声にミサは耳を貸さなかった。
“気づいているだろう?”ソーサーにそっと置いたはずのカップがカチリっと音を立てる。“気付いている。でも何に?”
時計がミサの視界に届かないところで午前3時を過ぎようとした頃、一組いたカップルは互いに何か囁き合いながらじゃれあって店をでていた。客は3人しかいない。
ミサは立ち上がってフリーサービスのドリンクコーナーへ向かうと温くなったコーヒーの代わりに新しいのと入かえた。初老の男がうなる。青年は酔いつぶれているのかまだ眠っていた。
時計は3時5分をさす。静けさは、守られた。
彼女は思う、緩慢なクラシックの流れるこの店の中で一体どんな存在であればこの静けさを破り、外程に時間を早めることができるのだろうか、と。ミサはカップを口元に運んだ。
時間はゆっくりと過ぎている。時計がこの場所で1分を刻む時間は異様に長い。
ミサは急に何かを思い出したかのように鞄を探りだすと、電源の切ってある携帯を取り出した。そして、ほとんど何の感情も入れずにその携帯の電源を入れる。
暗い画面にぱっと明かりがさすと、一件のメールが表示された。一行のメールにミサの表情は変わらない。こびりついたような笑みが・・・感覚は心臓に麻酔でも打っているように鈍い。
“別れよう。”彼女はコーヒーをほんの少し口に含む。メールは保存された。