第八話
コンクリートの中から右腕を引き抜き、『ソレ』は天井を蹴る。圧倒的な性能を発揮して駆ける姿は、僅かに視界の隅に捉えた西島に、獲物を追う肉食獣を連想させた。しかし西島は恐怖はしたものの、パニックに陥ることはない。
経験から必要以上に敵の本質を察してしまった静馬とは対照的に、現状を『危険な改造人間に追われている』程度の認識しかしていなかった為である。西島としては適当な場所で改造人間同士の一体一の殺し合いを演じてもらい、その隙に逃走するのがベストであった。欲を言えば、何枚か写真を撮って財団に土産として持ち帰りたくもある。しかし現実にはそこまで上手くはいかないだろうと判断し、西島は自分を抱える佐藤と名乗った改造人間に声をかけた。
「おい、佐藤! 奴の運動性からして、貴様では逃げ切れん! イチかバチか、ここで迎え撃つぞ!」
しかしそのまま足を止めることは無く、西島達は窓を突き破って外に転がり出た。全身にできた掠り傷よりも、暴走する佐藤の方が忌々しく、西島は必死になって足をばたつかせる。バランスを崩した佐藤とともに地面に叩きつけられるも、すぐさま西島は立ち上がった。
「ハァ、ハァ、ハァッ…! クソ、ふざけるなよ、どいつも、こいつもぉッ……!」
悪態を吐きながらヨタヨタと走り出す西島。遅れて立ち上がる佐藤を置き去りにして、そのまま森へと逃げ出した。同じように投げ出された少女には、遂に気がつかないままで。