第六話
西島久治の人生は、あまり幸せと言えるものでは無かった。必死になって勉強して国公立大学に入学し、彼は念願の大手企業に就職。そこまではよかったのだと西島は自嘲気味に笑う。実際、その後の転落ぶりが、彼の人生の不運ぶりを演出していた。
就職後昇進し、企業を束ねるその財団の存在を知った西島は好奇心から
首を突っ込んで、財団の人間の怒りを買うことになり、ほどなくして西島
は閑職に飛ばされた。
やがて西島は、財団が進めている【裏の事業】にあたる部署に配属された。
旧ドイツ軍が極秘に研究を重ねていた技術の一『人体改造』――最初は悪い冗談だと西島は思った。ある種オカルト的ですらあるそんな物の存在を、西島は容認することが出来なかったのだ。しかし、現実はそんな彼をさらに追い詰める。生きた人間を素材に行われるその研究のあまりの残酷さ、それを指示する罪悪感、そういったものが徐々に西島の精神を蝕んでいった。しかしそれでもなお、西島を支えたモノ。それは自身のプライドだった。どんなに身を堕としたとしても、いつか必ず返り咲いてみせるという執念が、西島の生きる原動力となっていったのだ。やがて人体改造という、かつて悪魔の業と忌み嫌っていたその行為に対して後ろめたさを失
い、西島久治は完全に己のために生きるようになっていった。
そこに、若き日の西島久治の姿は無い。かつて人々の役に立ちたいと青い理想に燃えていたその青年は、逆境の中で精神を磨り減らし、遂に畜生の道へと堕ちていったのだ。
自身の過去を振り返るうち、田舎に置いてきた母親の後ろ姿をふと思い
出し、歩調を緩めた。後ろに続く静馬もそれに合わせて速度を落とす。
懐かしさと罪悪感に苛まれながら、それでも西島は歩を止めない。一方、
畜生に堕ちても歩き続けることを選んだ西島と対照的に、静馬の精神は歩くことを止めている。
「佐藤」
「何です」
「お前、人でなしと言われることはあるか」
「ええ、よく」
「そうか、私もよく言われる。まぁだからといって私と貴様が似ていると
いう訳では絶対に無いぞ」
「ですよねぇ。安心しました」
口の減らない男だ、と吐き捨てて、西島は不愉快そうに鼻をならした。
「でも、僕はあなたみたいな人、嫌いじゃないですよ」
「胸の悪くなるようなことを言うな。貴様ごときに好かれたところで何も
嬉しくないわ。分かったら黙っていろ、クズめ」