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灰色男と恋わずらい  作者: 榊原啓悠
惨劇の序章
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第五話

 柱の影に隠れながらこちらの様子を伺うその男は、服の上からでも分かる豊満なその肉体を揺らしながら歩み寄ってきた。件の改造人間かと一瞬静馬は警戒する。しかし男の様子からしておそらくそれとは別物だろうと判断し、臨戦態勢を解除した。無論、怪しい動きを見せれば即座に男の頭部を磨り潰すことができるように警戒は怠らない。

「おっさん、ここの人間? ……その割には随分小綺麗なスーツを着ているけど」

「フンッ……商品風情が、偉そうに私に口を聞くな!」

 明らかに不機嫌そうな男はこちらを見ながら悪態を吐く。しかし罵声を浴びることに慣れきっていた静馬は動じることなく、男の挙動を観察することにした。

「くッ、まあいい。ここの職員を根切りにしたのは貴様でないことは分かっている。その上で問うが、貴様、何者だ?」

「名乗るのは構わないが、それが人に物を聞く態度とは思えないな。そっちが先に誰かを名乗るのが筋じゃないのか?」

 挑発をかけて冷静な思考を奪い、嘘を吐かせないようにさせようという静馬の目論見は、思いのほかうまくいった。

「黙れこのクズがッ! この私を誰だと思っている! 貴様ら改造人間を造ってやっているんだぞ、私は!」

「……いや、失礼しました。礼を失していたのは僕の方でした。僕は佐藤太郎といいます。確かに僕は改造人間ですが……、商品、とはどういうことでしょう?」

 当然、本名は語らない。有名人という訳では無いが、こういった手合いに本名はホイホイ口にするべきではない。静馬は顔色一つ変えずに偽名を男に伝えた。

「ああそうだ。適当にフラフラしているような奴を拉致して改造し、傭兵や用心棒として売り出すのが我々の仕事だ。大して社会の役にも立たないクズを我々は商品とし社会復帰させてやっているのだ……!」

 一息で言い切り、言いすぎた、と男はその顔をわずかに曇らせる。静馬は音もなく距離を詰めた。

「それはどうもありがとうございます。おかげでこんな素晴らしい体が手に入りました。……でも、僕の聞いていた話と随分印象がちがいますねぇ。この体を造った技術は、元々大戦中にドイツ軍が研究をしていたものであったと、ここの人達から聞かされていましたが……。てっきり戦争でも始めるつもりだったのかと思っていました」

 なるべくフレンドリーに、自分は大したことのない愚物であると思わせ、情報をできる限り引き出す。静馬は笑顔を浮かべながら身振り手振りをしつつ男に訪ねた。

「……確かにきっかけはそうだった。だがそれだけのことだ。いくらこんな片田舎の森の奥に引っ込んだとしても、人体実験なぞしていればいやでも目立つ。ここの老人たちはすぐに我々財団の人間に取り押さえられ、代わりに我々が研究を引き継いだのが今から五十数年前のことだ。それから幾星霜もの時を経てその体はついに完成したのだぞ。」

 財団という聞き慣れない言葉を耳にして、静馬は作り笑いを一瞬崩しかけた。想像以上にスケールの大きな話になってきたという心境を隠しつつ、さらなる情報を得るべく男に穏やかに語りかけた。

「へえぇ……でも、僕が目覚めたら、ここの職員さんたち皆地下室で惨殺されていましたよ? あなたは職員にも改造人間にも見えませんが……何者なんです?」

「私は財団の本部の人間だ。ここのスタッフが何やら不穏な動きを見せていたからな……調査に来てみたんだが、あの有様だ」

「では、あの地下室を見た上で、ここまで引き返していたと?」

 男はでっぷりとした腹をさすりつつも、どこかやつれた印象を思わせる顔色で、小声で静馬に語りだした。

「正確には、地下室を直接見たわけでは無いのだ」

「どういうことです」

「女の声だった……。争うような音がしたから、私は護衛に中を確認させた。するとどうだ、『よく来てくれた。歓迎するわ』と、騒音の中で、確かに女の声がしたのだ……」

 恐怖を思い出したのか、先程怒りで紅潮していた男の顔がみるみる青ざめていくのを、薄暗い屋敷の廊下でも静馬は知覚できた。たどたどしく語る男の背中をそっと撫でる。安心感を与え、男が黙らないように静馬は遠まわしに男を急かした。

「護衛達の短い悲鳴とともに、部屋からは物音一つしなくなった。私は急いでその場から逃げ出した。結局その女は私に気付かずにしばらく屋敷内を物色して、そのまま出て行った…。だがな、私とて子供の使いではないのだ! 『部下達が怪しいので調査に行ったら、謎の女に皆殺しにされていました』では本部に帰れん! 改造人間の研究などという、財団の汚れ仕事のそのまた末端である今の地位からすぐにでも脱却したかったのだ、私は…!」

 ギリギリと歯を鳴らす男を眺めながら、静馬は冷静に状況を分析した。

「それで、屋敷内を一人でずっと調べまわっていた?」

「ああ……、いや、違うな。私は途方に暮れていただけだ。死体を調べられるような知識も度胸も私には無かった。もう、財団に私の席など無い……」

 頭を抱える男を視界から外し、静馬は周囲を見渡す。やはりこれまで通り、地下室以外は古びてはいるものの、争ったような形跡は残されていない。考えうる最悪のケースを想定しつつ、静馬は男に問いかけた。

「名前を教えてくれませんか?」

「……西島久治にしじまきゅうじだ」

「では西島さん、あなたの護衛は改造人間でしたか?」

「当たり前だろう。無論、護衛用に造られた義体だから貴様のものより性能は上だぞ。」

「何人があなたの護衛をしていましたか?」

「6人だ。全員破壊されたがな」

「それだけの人数の改造人間を撃破するだなんて、その女とやらは破格の性能を有している改造人間と見て間違いなさそうですね」

「それぐらい私にだって分かっている! もともとここに来た当初の目的は、指示してもいない新型の義体の開発にここの連中が予算を割いていた疑いがあったからだ。そうでなければこんな僻地に来るものかよ」

「そして恐らく西島さん達は間に合わなかった……」

 暴走した新型の義体の女改造人間が職員もろともタイミング悪く居合わせた西島の護衛を虐殺、後に逃亡――次第に明らかになっていく現状が、ひたすらに危険を告げているのを静馬は感じていた。

「そういえば重要なことを聞き忘れてました。事件が起きたのは、いつですか?」

「いくら帰りにくいといっても私がこんな所に長居すると思ったか? コトが起きたのは昨日の晩だよ」

 それでもこの屍臭漂う屋敷にまる一日潜伏していたのは大したものだ、と静馬は鼻を鳴らす。恐らくほとんどの間、物陰で気絶していたのだろうが。青い顔の西島から一歩距離を置いて、静馬は何気なくポケットに手を突っ込んでみる。その灰色のパーカーのポケットの中の硬い感触が、先程拾った携帯電話のものであることに静馬は一秒遅れて気が付いた。

 携帯に表示された最新の着信履歴は昨晩七時過ぎ。電話の相手は【おねえちゃん】。どうも臭い、と静馬は顎に手を当てた。

「西島さん、昨日の何時に事件が起こったか、覚えてます?」

「確か六時過ぎだったように覚えているぞ。……ああそうだ、言い忘れていたことがある」

 ふと思い出したように西島は顔を上げた。

「昨日の晩、積荷の裏に隠れていると、八時頃だったかな、正面玄関の方から誰かが入ってきた。私はもちろん隠れ続けたから女の顔はもちろんその来訪者の顔も分からん。声色から察するにそいつも女らしかったがな。しばらく話し合った後にそいつら、こともあろうか屋敷の中を追いかけっこだ。ハッ、生きた心地がしなかったね」

 どこか自虐的な笑みを浮かべる西島を尻目に、静馬は携帯電話の持ち主はその来訪者だったのではないか、と考えた。これまで出揃った証拠から思考を展開し、昨晩ここで起こった事件を再現VTRのように頭の中で再生する。事件が起きたのは六時過ぎ、携帯に着信があったのは七時過ぎ、そして電話を受けてここにその女がやって来たのが八時頃。

 ならば導き出される回答は明白だ。

【おねえちゃん】がこの惨殺事件の下手人である改造人間で、西島と自分を除いたここの人間すべてを抹殺した後、来訪者である女を殺害した――

 静馬の手持ちの荷物は全てこの屋敷に保管されていた。【おねえちゃん】の携帯電話もここにあったと考えて恐らく間違いはない。【おねえちゃん】は携帯電話を屋敷の物色中に回収し、その後来訪者の女を屋敷に電話で呼び出して、ここで始末した、というのが静馬の仮説だが、裏付けを取るにはその来訪者――つまりこの携帯電話の持ち主を発見しなければならない。

「西島さん、地下室以外で死体を見かけませんでしたか?」

「いや、見ていない。……来訪者の女のことか。あいにくと追いかけっこはすぐに終わってしまってな。その後玄関から扉が開閉する音がして、それっきり何の気配も無い」

 では、携帯の持ち主は殺されずに気絶させられ、この屋敷のどこかに隠されたか、あるいは【おねえちゃん】にそのまま拉致されたか。状況は芳しくないが、この仮説が正しいとすれば『ハイスペック殺人マシンと化した【おねえちゃん】との直接対決』という最悪のケースを避けることが出来る。静馬はホッとため息をついて、その場に座り込んだ。

 死ぬのが怖いわけではないが、目覚めてすぐに周りの人間を皆殺しにするような狂人に出くわしたくない。静馬はそんな心境を胸のうちに置いていた。

 速やかに

 そし何の抵抗感も抱かずに

人を殺せる

 そんな人間と対峙することで、自分も【そういう人間】である、と自覚することが、静馬は自分が死ぬことよりも恐ろしく感じられた。十数年前、初めて人の命を奪った、あの時のように。


「おい、おい佐藤!」

偽名で呼ばれていたため、すぐには自分のことと認識できず、静馬は対応が遅れた。

「生き残りが一体でもいたなら儲けものだ。貴様は一応ステルス機能を搭載した最新型だからな。貴様の有用性を本部でテストし、新たに技術者と生産工場をあてがってもらうぞ。そら立て、近場のホテルで一泊したらすぐに本部へ向かうからな!」

 座っている静馬を無理やり起こして、西島は廊下をのしのしと歩き出した。

「え、西島さん、逃げ出したあの改造人間はどうするんですか?」

「本部に報告してすぐに消してもらう。なぁに、いかに強力な改造人間とて、財団にかかれば虫けら同然。個人の力で組織を圧倒できるのはドラマやアニメの中だけだ」


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