第四十三話
「これは一体どういう…」
燃える町を突破して、廃ビルに辿りついた陽介が窓から中を覗いた時の第一声である。
「あいつら……きと、静馬が香織に言ってた財団の刺客だ。香織は寝てるし、静馬は……あれじゃあ長くは持たないか」
曇った窓に張り付きながら独り言を呟くあきらだが、彼女の中では急速に現状の理解が行われていた。
改造人間の編隊に袋叩きにあう静馬だが、一瞬でもこちらに攻撃の注意が惹きつけられれば、静馬にも勝機はある。確信と呼ぶにはあまりに根拠に乏しかったが、今のあきらにとっての最重要事項は、危機に瀕した静馬を救出することにほかならない。
火事場でススだらけになった顔を拭って、あきらは廃ビル内部に突入する覚悟を完了した。
だが、不明瞭な上にあまりに危険なこの現実に自ら飛び込んでいける程に、陽介は自分を捨ててはいなかった。
「待ってくれよ姉ちゃん、あの中に突っ込むつもりかよ? 改造人間って何かの比喩だと思ってたけど……アレは本物なのか?」
「あたしも未だに信じられないけど、静馬もあいつらも、見ての通りの馬鹿力……改造人間ってやつみたい」
曇ったガラス窓の向こうにまざまざと人間を超える速度と腕力で殺し合う静馬達の姿を見せつけられて、陽介は唖然とした。
姉を信じてここまでついては来たものの、まさかここまでとんでもないことに巻き込まれていたとは。そんな感情を隠しきれないといった様子の弟の肩に、あきらはその小さな手を乗せた。
「あたしだけじゃアイツを助けられない……。陽介――」
最後までは言い切らず、あきらは陽介の目をじっと覗き込む。あきらは弟に目で訴え掛ける。逃げるならこれが最後だと。引き返すなら今しかないと。だがそれ以上に――
「……そんな怯えた姉ちゃんを置いてオレが逃げるわけないだろ。大丈夫、それに姉ちゃんを助けるって言ったばっかりだしな」
――それ以上に、あきらの瞳は恐怖と不安に揺らいでいた。佐条あきらもまた、十六歳の少女なのである。静馬を助けるために飛び出した彼女の心の中にも、不安と後悔の念はずっと残留していたのだ。
燃え盛る町を横断した時も、あきら一人では心は折れていた。支えてくれる弟の存在を今一度確かめなくては、あきらは廃ビルに飛び込むことなど、できはしなかった。
彼女もまた、財団と改造人間の存在や都筑博嗣の思惑、桐谷静馬の出生にまつわる事の発端などの事情が絡み合う現状を理解できてはいないのだ。
だが不透明な現実の中で、あきらはあまりに多くの物を一度に失いすぎていた。
香織を失い、お互いに支えあってきた親友の佐条彩乃。
そんな彩乃の家族であり、時折交流のあった佐条一家。
住み慣れた町と、そこで暮らしていた親しい人達。
そして今まで信じていた、優しい幻想を。
「あたしは、あたしは縋るものが欲しかったの……誰かに助けて欲しかったの……! 静馬は、あたしに優しかった。今日一日だけの付き合いだけれど、あの人はあたしに優しかった……! だから陽介お願い」
震える足を踏ん張り、少女は幻想に背を向けて、現実と向き合う。
「あたしと一緒に、静馬を助けて!」




