第四十二話
満身創痍、それも片腕の動かない静馬に対して、心を失ったはずの改造人間達でさえ距離をとらざるを得ない。
静馬の義体は出力が限界を超え、既に全身は激痛に襲われていた。活動限界を知らせる痛覚信号を無視して戦い続ければ、やがて静馬は自壊することは目に見えている。
しかしそれでも、静馬から滾る憎悪の奔流はそんな現実をも飲み込んでしまうかのような錯覚を都筑に抱かせた。
「どうだ麻倉! 貴様が作り出した殺人衝動などとは比べ物にならんぞこれはぁ! いい、いいぞ、オリジナルの静馬以上の悪意かもしれん!」
くしゃくしゃと頭を掻きながら都筑は歓声を上げる。喜悦に歪むその顔を改造人間達の奥に覗いた静馬は更なる雄叫びと共に襲いかかった。
「つううぅぅぅづうぅぅきいぃぃいぃぃぃ!」
中破したものも含めて、残った総勢九人の改造人間が押さえ込むのと静馬が床を蹴ったのはほぼ同時だった。
だが、いくら精神的に圧倒したとしても、戦いにおける人数の差というものは簡単に覆る代物では無い。押さえ込みにかかった改造人間のうち三人の頭蓋を砕いたものの、静馬はその勢いを完全に殺され、再度床に叩きつけられた。
実質隻腕である静馬がひとたび防御にまわれば敗北は必至である。六人の改造人間の猛攻に、静馬は遂に力尽きようとしている。
やがて防御の姿勢をとることもできなくなり、完全に静馬が沈黙したことを確認すると、改造人間達は餌を喰い終わったカラスのようにさっと引いた。
残った六人の改造人間のうちの一人がそこから回れ右をして歩いて行く。その歩みの先には橘花音が横たわっていた。
「か……の……」
かすれた声で、静馬は恋人の名を呼ぶ。
もはやピクリとも動かない四肢に力を入れるも、その度に全身は激痛に襲われる。既に活動限界を迎えた義体は動かすことも叶わず、意識も朦朧としてきていた。
「別人になっても恋人を想うその気持ち……実にロマンに溢れるが兵器としては考えものだな。正式な採用の前に記憶を少々弄る必要があるかな?あまり触るのは良くないが……仕方ないか」
痛々しく横たわる静馬を眺めながら、あくまで自分の研究と出世しか頭に無いといった様子で都筑は思案にふける。
すぐ近くで燃え盛る町の炎に照らされて、静馬達のいる廃ビルもゆらゆらと照らされている。薄暗い室内に数十秒前までの喧騒とはうって変わって、まるでここが無人であるかのような静寂が訪れた。
真実、ここにいるのは改造人間ばかりである。生身の人間は、僅か三人しかこの室内に存在しない。
そう。『三人』しかいない。
「こっちだ化け物どもぉー! オレが相手だぁー!」
柱の影に潜伏していた一人が叫び、躍り出る。果たして佐条陽介である。
「あんたらがドンパチやりあってる間にこっそり忍び込んだんだけどさぁ…、まさか本当に気付いてなかったとか、注意が足りないんじゃないの?」
続いて姿を現したのは、不敵な顔をした佐条あきらである。思わぬ闖入者に、その場にいた誰もが驚きを隠せなかった。
「おのれぇ…ッ、お前達姉弟はこの計画の要素に含まれていないんだぞ!それなのにこんなところにまでしゃしゃり出て来やがってぇ…ッ!」
ギリギリと歯を鳴らして都筑は姉弟を睨みつける。実際問題、ここで彼らが登場したからといって都筑の計画に支障が挟まることは無い。しかし本来の計画には存在しなかった彼らの存在によってこの数日の間、余計な手間をかけさせられていた都筑にとっては、親の仇のように恨めしい存在であった。
「ここで会ったが百年目ェ! 改造人間共、橘花音は後回しだ! あの障害共を血祭りに上げろぉお!」
佐条姉弟の狙いである、『静馬と花音から狙いをそらす』ことは、都筑の想定外の反応のおかげもあって何とか成功した。
すぐさま倒しておいた自転車を立たせて、あきらと陽介はここに到着した時のように二人乗りで廃ビルの中を走り出した。改造人間達もそれに釣られて追いかけるが、あまりに突然のことだったので初動が大分出遅れている。
「姉ちゃん、改造人間ってマジだったんだな!」
「マジよマジ! っていうか喋ってないでとっとと漕いで!」




