第四十一話
爆発するかのような、殺気の奔流。
物理的な干渉力をも持っているかのようなその強烈な殺意は、しかし対象を『殺す』だけで済むようなモノでは無かった。
まさに、都筑が求めた『悪意』そのものである。
「花音は……僕の大事な人だ。空っぽの僕を満たしてくれるかもしれない人なんだ。お前なんかにやるもんか」
「別に欲しくは無いぞ? それに何度も言うが、それは『桐谷静馬』の感傷であって、お前のモノではない」
「僕は僕だ! 勝手なことを、言うな!」
叫ぶとともに、静馬は花音を背負ったまま跳躍した。そのまま空中で反転し、天井を蹴ってさらに跳ぶ。
さながら弾丸の如く飛び込んだ先には、棒立ちの都筑博嗣。だが静馬の特攻は、都筑に到達することは無かった。
静馬が跳ぶと同時に動き出した改造人間達のうちの一人が、跳躍して静馬を蹴りつけたのだ。
花音を取り落とし、地を舐める静馬。だが遅れて着地しようとする改造人間に鋭い足払いを仕掛けた。
他の改造人間が邪魔をする前に、静馬は態勢を崩した一人の喉に指を突き立てた。人口気管を破壊され、窒息を待つばかりとなったその改造人間を捨て置いて、静馬は数メートル離れたところで倒れている花音に駆け寄った。
「きみが拒むのなら仕方が無い。お前達、その女を殺せ!」
花音めがけて、改造人間たちが殺到する。その数、十一人。静馬や花音に比べれば旧式だが、それでも数をなして襲いかかって来られれば、静馬に勝目は無い。
だが、動けない花音が標的である以上、森での戦闘のように逃げに徹することはできない。
「来いよ。お前ら皆ぶっ殺してやる」
横たわる花音の傍らに立ち、静馬は静かに呟いた。
絶望的劣勢であっても、静馬は諦めるつもりは毛頭無かった。花音を置いて逃げるのがベスト。まして片腕が潰れた現状ではどうあがいても無駄の一言に尽きるのは分かりきっている。
だが、失った人間性を取り戻せるかもしれない、唯一の希望である彼女をみすみす失うわけにはいかない。
悪意や殺意とは違う何かを漲らせて、静馬は襲い来る改造人間達と対峙した。
前方から接近する改造人間二人を鋭い回し蹴りでなぎ払い、後方から来る一人に肘打ちを叩き込む。だが真っ先に突っ込んできた三人は取り敢えず弾き返せたものの、倒れこむ仲間の影から飛び出してきた一人に静馬は跳び膝蹴りを食らわせられた。
「あぐッ……!」
続いて腕の動かない右側から突進してきた一人に姿勢を崩され、足元に滑り込んできた一人にアッパーをお見舞いされる。
一体多数の戦闘を強いられ、ものの数秒も経たぬうちに静馬はみるみるうちに痛めつけられていく。僅かな隙を狙って反撃を試みるも、多少のダメージを与えた程度では改造人間を止めることなどできないのは、静馬自身よく分かっていたことだった。
「がぁッ……、かの、ん……」
呻き、崩れ落ちる静馬。そんな静馬を容赦なく踏みつけ、さらなるダメージを与えていく。
押さえつけてくる足から静馬は横ローリングで転がって脱出し、起き抜けに蹴りを打ち込む。蹴りでよろめく改造人間の顔面に渾身の拳打を叩き込むと、人口骨格ごと中の脳を破壊した。続いて花音に手を伸ばしかけていた一人の横っ面に膝の仕込み針を打ち込み、静馬はそのまま蹴り飛ばす。
だが反撃は長くは続かない。間も無く背後から羽交い絞めにされ、前方から接近してきた改造人間に腹を殴られる。動けない静馬を容赦無く、何度も何度も殴る。静馬はその度に短い悲鳴を零しながら、確実に活動限界に近づいていく。
そして動けない静馬の視界の隅で、橘花音が改造人間の一人に持ち上げられた。だらりと垂れ下がった四肢はぴくりとも動かず、これから叩き込まれる拳打を為す術無く受け入れようとしている。
「ああ、ああああ、ああああああ――――!」
咆哮と共に静馬は自身を押さえ込む敵の腕を引きちぎり、行方を遮る改造人間たちをちぎった腕で弾き飛ばす。そしてその勢いのまま、花音を持ち上げるその改造人間めがけて拳を突き出した。
だが、あと数ミリ届かない。床にうつ伏せになった改造人間の一人に足を掴まれ、あと少し、踏み込むことができない。
足を掴む手を振り払って静馬が手を伸ばすのと同時に、改造人間の拳が橘花音に殺到した。
重く、湿った音を響かせて、花音が宙に舞う。
花音を殴った改造人間の頭部を一瞬で粉砕すると、静馬は打ち上げられた花音を抱きとめるべく跳びだした。
だが中空で無防備な体制であるこのチャンスを改造人間達が見逃すはずも無い。すぐさま静馬の脇腹に鋭い蹴りが突き刺さった。
急な衝撃によって静馬は姿勢を崩し、床に叩きつけられる。視界の中心から外れた花音を再び追うため立ち上がろうとすると、すぐさま別の改造人間に上から押さえつけられた。
「どけ、どけよ畜生ッ!」
静馬が組み伏せられるのに少し遅れて、花音もまた床に墜落する。意識の無い花音に受身などとれるはずもなく、力なく横たわるばかりである。霞む視界の中で、改造人間に殴られた箇所から僅かに改造人間特有である灰色の人工血液が滲んでいるのを見て、静馬はさらに理性を削られていった。
もはや呪いと呼べる程の悪意に身を任せ、静馬は組み伏せる改造人間を力ずくで払いのける。理性のタガが外れ、殺意と憎悪に染まりきった本性を剥き出しにして、静馬は吠えた。




