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灰色男と恋わずらい  作者: 榊原啓悠
アイデンティティー・クライシス
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第三十九話

 煌々と燃え盛る火炎は町から離れたところにあるこの廃ビルをも照らしている。かつては多くの企業戦士が職務を全うしていたこのビルも、既に三年以上前から取り壊しが決まっていた。耐震構造の施されていない古い建物ではあるが、それでも堂々とした立ち姿を今もなお、住人に見せつけている。

 橘花音の暴走によって秩序を失った町のはずれに位置するそんな廃ビルで、桐谷静馬は白衣の男と、男の率いる改造人間達と向き合っていた。

「こんなところまでわざわざ連れて来てくれてどうもありがとう。じゃあ早速質問していいかな」

 不敵に笑う静馬は花音を背負ったまま男に声をかけた。

 火事場からここまでお互い守り続けていた沈黙をいとも簡単に破った静馬をちらりと見やり、白衣の男は口端を釣り上げてみせた。

「まぁまぁ、そう急くな。これから全て私が説明してやる。きみの質問もそれで解消されるだろうし」

 白衣を軽く直し、男はわざとらしく咳払いをしてみせた。

「まず自己紹介だな。私の名は都筑博嗣つづきひろつぐ。見ての通り科学者だ。医師免許も持ってる」

 気さくな風を装って、都筑博嗣はフランクに語りかける。薄暗い廃ビルの、かつて玄関だったのであろう広い空間に朗々とした声だけが響いた。

「きみ達の周りで起こったこの数日の騒動は全て把握している。まぁそもそも、全ての立役者はこの私なのだからね」

「―は?」

 眼前の男は、都筑博嗣は、自分こそが全ての元凶だと言った。予想を遥かに超えた都筑の言葉に、静馬はただ驚くことしかできなかった。

「馬鹿な、元凶はあんたじゃなくて麻倉幹久……」

「麻倉は私の狙った通りに動いてくれたよ。おかげで予定通りに計画は遂行された。きみを中心に、ね」

「僕を、中心に――?」

「麻倉幹久は、私の計略によって財団内での力を失った。その失った権威を回復させる起死回生の策こそが、最強の改造人間による財団内のパワーバランスの変革だったのだ。そこまではきみも知っての通りだよ」

 こつこつと靴音を立てて、都筑は静馬の周りを回りだした。それに合わせて改造人間達も音もなく静馬を囲むように展開する。妙な動きをすれば、即座に静馬を解体できるように。

「だが、奴は最強の改造人間の創造のため、素体の洗脳の過程に『殺人衝動』などという不純物を混ぜ込むことを思いついた。私にしてみれば、とんでもない愚策だがね……。奴はソレのテストに実の娘を使い潰すなど、多くのミスも犯していたからな」

 静馬を中心に、半径5メートル程の円を描きつつ一周する。目で追いながら、静馬は都筑の話に耳を傾けた。そんな静馬の正面に到着したところで、都筑は歩みを止めて、これ以上ない程に愉快そうな顔をしてみせた。

「だがなぁ、私は奴のその浅はかな計略を利用させてもらうことにしたのだよ。私の研究のためになぁ」

「研究……?」

「私の財団内での役割は、改造人間の素体の洗脳でな。ヒトの精神にまつわる研究は麻倉も行っていたが、私の方が遥かに進んでいた。だが何事にも万が一というものが存在する。粗末な設備でも、ひょっとしたら私の地位を脅かすような研究成果を麻倉は出してくるかもしれない。だから私は、研究に一切の妥協を許さず、日々を送っていたのだ」

 懐かしむような口ぶりに、麻倉幹久と都筑博嗣の因縁を感じ取って、静馬は二人の関係をなんとなく理解した。

「そんなある日、私はある素体と出会った。彼はこれまでに取り扱ったどんな素体とも違う精神の持ち主だったよ。感情らしい感情のほとんどが壊死して、激しい憎悪だけが残っていた。彼の在り方は、まさに、この世を呪う悪魔そのものだった。……『殺人衝動』などの刷り込みより、彼のその在り方こそが最強の改造人間の素体にふさわしいと私は確信した」

 追憶の中、拘束された素体と語らうかつての自分を幻視して、都筑は笑った。その素体との会話は、当時の彼には何よりの楽しみだったのだ。

「だが、私は麻倉と同じミスを犯した。……私はその彼を、実験の過程で死なせてしまった。無理な投薬を繰り返したせいだ。アレさえ無ければ、そもそもこんな計画をしなくて済んだものを……」

 己の野望の為とはいえ、否、だからこそであるが、今回の事件を引き起こしたことで都筑は多大なリスクを背負うことになった。指令を無視したばかりか、その財団の方針である徹底秘匿に背いて町一つを生贄に捧げ、挙句に改造人間の義体の研究開発チームを壊滅させたのである。

 この責任を問われれば、まず間違いなく財団によって都筑は消される。それだけのペナルティを覆せるだけの見込みがあればこそであるが、今回の計画実行に際して、都筑は相当の覚悟を決めていた。

「……話が逸れたな。私は何としても麻倉より早く、奴とは違った、最強の改造人間を創り出し、それを使って財団での地位をさらに磐石にする必要があった。だが、最強の改造人間になりえる可能性があった彼はもういない……。だから私は、残った彼のデータ……つまり、抽出できた分の彼の全ての記憶を洗脳によって刷り込ませた『第二の彼』を創りだす必要があったのだ」

 鼻で笑って、静馬は眼前で語り続ける男に言い放つ。

「さっきから『私は麻倉とは違う』みたいに言ってるけどさ、やっていることは麻倉幹久とそう変わらないよ。あんたも地位が欲しいだけの俗物じゃないか。そのあんたが死なせたヤツのことだって、花音に娘の意識を植え付けた麻倉の所業となんら変わりは無い。なんだよ、『第二の彼』って。麻倉幹久もあんたも、どんぐりの背比べしてる、ただの下衆だ」

 毒づく静馬を一瞥して、都筑は一瞬の硬直の後、にやりと顔を歪めた。

 喜悦に歪む顔を貼り付けたまま、都筑博嗣は声を出して笑い出した。虚ろな廃墟に高笑いが木霊して、静馬は思わず全身の緊張を強めた。

「きみに言われるとは、これは傑作だな。いやはや自覚が無いとはいえ、実に運命的じゃないか」

 都筑の不可解な言葉に、静馬は怪訝な面持ちで視線を送る。くつくつと低い笑い声を漏らしながら、都筑は堪えきれないといった様子で切り出した。

「この騒動はきみのために私が用意したモノなのだよ。そこの女を倒し、名実共に最強の改造人間となった私の可愛いモルモット。行き詰まっていた私の研究を救ってくれた彼の代役…」

 都筑博嗣の妄執が瘴気のようにたちこめ、虚ろな廃墟が底知れない悪意に満たされていく。その根源たる白衣の男は、うっとりとした様子で、少年の姿の改造人間に告げる。


「きみは、桐谷静馬の記憶と人格を写した、私の人形に過ぎないのだよ」


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