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灰色男と恋わずらい  作者: 榊原啓悠
惨劇の序章
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第三話

 少女たちが幽霊屋敷を目指して雑木林を進んでいた頃、屋敷の中で桐谷静馬は携帯電話を拾い上げた。屋敷の暗い廊下で静かに点滅していたそれの使い方を、静馬はほとんど知らなかった。どうしたものかと少しだけ困るふりをした後、携帯の見た目からしてここにいた人間の落し物でないことに気付いた。控えめに散りばめられたアクセサリーや、小猿と思わしきマスコットのキーホルダーから、持ち主は女性だろうと察した静馬だったが、彼には女性の携帯電話を勝手に覗くという行為に何の躊躇いも持たなかった。ついついと画面を指の腹で撫でるうちに、静馬は着信履歴を開くことに成功した。

「お、なんだなんだ? こういうのはどうにも勝手が掴めないなぁ……」

表示された名前の一番上に、【おねえちゃん】と書かれているのを見て、静馬はかつて妹がいたことを思い出した。

「おねえちゃん、ね……やなこと思い出させるなよ、ホント」

 背中に縋る小さな手の感触を振り払い、静馬は呼吸を整えた。独りでこんな寂しい処にいるからこんな風に昔を思い出してしまう。だからさっさと出て行ってしまおう。そう自身に言い聞かせても、静馬の中にはもう少しここで休んでいきたいという気持ちがあった。

 

 気味が悪いほど整った顔立ちを苦悶に歪ませながら静馬はその場に座り込む。これまでの人生の中で、彼は安らぎというものをほとんど得たことが無い。数年前にアルバイト先でできた恋人とのひと時でさえ、ついに彼を癒すことは無かった。恋人は静馬を愛したが、静馬はその恋人を最後まで愛し続けることができなかった。

 他人を大切にすることを、静馬は苦手としていた。少年期に愛とは対極の感情によって何度も傷つけられた経験が、静馬から人を愛するという機能を奪っていたのだ。かつて恋人として傍にいた彼女はそれを承知の上で自分に寄り添っていてくれていたのだということに気づいたのは、彼女に別れを告げてからしばらく経ってからだった。

「ありがとうって、伝えられたらいいのだけれど、この顔じゃ分からないかな」

 かつて彼女が撫でてくれた頬を触りながら、静馬は呟いた。この寂寥感が愛からくるものだとしたら、どんなにいいか。

愛してる、と優しくも残酷な嘘を吐き出した夜を思い出し、静馬は大きく息を吐いた。


 帰る場所は無く、それでも何かに突き動かされるように静馬は明日を目指す。失った何かを取り戻すためさ、とおどけて誰かに言ったことを思い出しながら静馬は立ち上がった。携帯電話の持ち主か、あるいはここの人間を皆殺しにした誰かか、どちらにしても相手にするつもりは無いが、万が一接触した場合どういったリアクションをとるのが正解かは考える価値があるだろうと静馬は結論づけた。

 そもそも両者が同一人物である可能性もある。携帯電話は預かっておくべきか、否か。熟考の末、静馬のとった選択は携帯電話を預かることだった。落し物は持ち主に返すべきであるという常識――無論、知識として知っているだけで、静馬は良識など持ち合わせてはいない――、こちらに害を為す素振りを見せたら即座に逃げ、かつ逃げきれるという自信から導き出した結論だった。しかしそれ以上に、考えるのが面倒だったことが、静馬に結論を急がせたのだ。もともと物事を考えて行動するタイプでは無い静馬は、まぁその時はその時だろうと思考を打ち切って、携帯電話をポケットにしまいこんだ。

「持ち主に会えなかったら……、まぁ駅にでも置いとけばいいか。わー僕ったらなんて優しいんでしょ」

何の感情も感じられない声と表情で一息に言い切り、静馬は廊下を歩き出した。

手術を受ける前より小さくなった体にも慣れてきていた静馬は、手術の成果がどのように反映されているかを知りたいとふと思った。しかしそれ以上に面倒くさいとも思ったため、結局振り上げた拳を収めることにする。願わくば、この拳を振るうような局面に遭うことなく、平穏無事に生きていたい、というのが彼の数少ない願いの一つだった。

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