第三十一話
溢れる自分、上から覆い被さる自分、泣く自分、喜ぶ自分、怒る自分、叫ぶ自分、そして、そんな自分に押しつぶされていく自分。
爆発し続ける衝動に身を委ね、荒れ狂う『自分』の嵐の中、少女は叫び続ける。
浮かんでは消える、異なる二つの人生のフラッシュバックをかき消そうともがく手足は、ただいたずらに周囲を破壊するばかりだった。
午後十時を回り、次第に眠りにつこうとしていた田舎町は、暴れ狂う少女によってまさに惨状と化していた。
コンクリート壁を容易く砕くその暴力の嵐を前にして、住民達は逃げ惑うことしかできない。しかしそんな住民の悲鳴が、少女の中のフラッシュバックを加速させる結果となり、さらなる惨劇を呼んでいた。
へし折った電柱で周囲をなぎ払い、自動車を踏み潰し、逃げ遅れた子供や老人を挽き肉に変えていく。それでも収まらないのか、少女は大きく咆哮を上げて、駐車してあるトラックを蹴り飛ばした。
耳をつんざく音と共にトラックは横倒しになり、数秒のタイムラグを置いて、轟音と共に車体から炎が吐き出される。やがて燃え盛る火炎は周囲の民家へと燃え移り、更に火の手は早くなっていく。
未だに都市化の進まないこの田舎町では、古い木造建築が多く、その多くが密集している。結果、町は轟々と燃え盛り、逃げ惑う多くの人々がその火炎に道を塞がれるのに、そう時間はかからなかった。
未曾有の大火災を眼下に、田舎の風情に合わないこのビジネスホテルもまた、突然の混乱に酷く怯えている。従業員の一人が消防署に電話を掛けると、すでに対応はしていると電話越しにも分かる程苛立った様子で告げられた。
逃げ惑う市民の混乱が、鎮火の妨げになっているのだ。パニックに陥った人の波の中で命を落とす者もいる。誰も彼もが、恐怖と混乱に包まれていた。
※※※※
怒号と悲鳴が木霊する町から少し離れた駅のホームで、西島は電車を待っていた。
「あの様子では、静馬の奴しくじったな……」
チラチラと顔を覗かせる火柱が、街の惨状を雄弁に物語っている。いよいよもって財団に詰め腹を切らされる恐れを募らせて、西島は恐怖におののいた。
財団は徹底した秘密主義の下に今まで存続してきたのだ。だから、それを一夜にして台無しにしてしまった責任を負わなければならない。人気のない小さな田舎駅で途方に暮れる小太りの中年という、絵にならない光景ではあるが、当事者からすればこれは生死に関わる問題にほかならない。
「クソッ、みすみす殺されてたまるものか……!」
ガリガリと剥き出しになった前頭部を掻きむしりながら、西島は呻くように自分に言い聞かせた。
「いーえ、死にますよ、あなたは」
朗々と西島に死刑宣告を告げたのは、白衣をまとった男だった。背後には、無表情の男達が幾人か控えている。
瞬間、西島は悟った。
「貴様…財団の手の者か…!」
「そうでもあるし、違うとも言える」
掛けた眼鏡を中指で直しながら、男は回答をはぐらかす。睨みつける西島の殺気など、歯牙にもかけてはいない様子だった。眼鏡の奥のその瞳でさえ、眼前の西島を写してはいない。男は、もっと別の何かを見つめていた。
「私は財団の命でここに来ているわけではありません。あくまで、個人的な理由です」
「じゃあ助け」
「しかしあなたには死んでもらわなければいけない。これ以上のシナリオの加筆修正は御免被りますからね」
言い終わるや否や、脇に控えていた無表情の男達が西島に歩み寄っていった。
何の武器も持たないその男達は、それぞれが取ってつけたような別々の服装をしてはいるものの、誰も彼もが全く同じ顔をしていることに西島は気が付いた。
「改造人間……!」
ジリジリと後退する西島をゆっくりと追い詰めていく改造人間達にも、それを指示した男にも、一切の慈悲は介在してはいない。あるのは計画遂行のための手順を踏む段取りだけ。
深夜の田舎駅に重く湿った音がしばらく響き、やがて男達は来た時には無かった荷物を一つ抱えて、速やかに去っていった。




