第二十八話
裏門を固く閉ざす南京錠をバットで破壊して突破すると、林道に出た。穏やかな木漏れ日の中を駆け抜ける少年少女は、やがてY字路に到着する。
「どっち、どっちに行けばいいの⁈」
「……まっすぐ」
「ふざけてんのアンタ! どう見ても壁でしょーが!」
上の空の静馬の意見を一蹴して、あきらは右の道を選択した。遅れて走り出す静馬は、しかし逃げようという意思を持っていなかった。否、それ以前に、彼は今、何の意思も持ち合わせてなどいないのだ。
陰惨な少年期の体験と、それから連なる惨めで鬱屈とした彼の人生の中で、最も人間らしい幸せに満ち溢れていた時期を共有した最も大切な女性からの拒絶。既にいつ壊れてもおかしくなかった彼の心は今、まさに崩れ去ろうとしているのだ。
心の乱れようは、手を引く少女のそれとは比べようもない程に大きい。だが静馬は、彼女とは対照的に涙を流すことは無かった。その心にあるのは、悲しみでも無く、怒りでも無く、ただただ、虚無感であった。
やがて大きな道路に出ると、あきらは立ち止まってぐるりと周囲を見渡し、再び走り出した。
「大丈夫! もうすぐ私の家に着く! だからそれまで頑張って、静馬!」
平日とはいえ夕方にもなると人通りは増える。周囲の視線にさらされながら、しかしあきらはその足を止めることはしなかった。途中ですれ違った人の中には、見知った制服を着た高校生もいる。普段のあきらならば足を止めて立ち話と興じるところではあるが、今のあきらの精神状態はそれを許さなかった。
落ちていく日は徐々にその光を弱めていき、地上を赤く照らしていく。いつか教室で麻倉姉妹と見た夕焼けを思い出すと、追憶の中で微笑む二人の親友を想わずにはいられず、あきらは再び涙を零した。
夕焼けの赤い光が視界いっぱいに広がっていき、静馬はそれと同じように視界いっぱいに広がる血だまりを思い出した。その中心に横たわる父と妹を幻視して、僅かばかり吐き気をもよおしながら。




