第二十二話
平日の昼間の公園だというのに群がる野次馬の波を押し退けてたどり着くと、そこにはあまりにも凄惨な光景が広がっていた。足元にぶちまけられた血や脳髄を見て、西島はこの数日でやつれた顔を更に歪ませる。
「……どれだけ面倒事を抱えればいいんだ、俺は……」
監督不行届による部下の暴走、改造人間の脱走、挙句に一般人にまで被害が拡大。
格下げ等では済むはずがないのは、重々承知している。西島は名誉挽回を謳って静馬を派遣したが、実際には事実を知る者の口を封じることが目的だった。
桐谷静馬の口を永遠に封じることで自身の過失をうやむやにして、麻倉香織には適当に暴れてもらって情報をかく乱し、自身はどこへなりとも逃亡するつもりだった。
いそいそと荷物を担ぎ直して、西島は公園を後にする。どこにこの惨状を引き起こした下手人がいるとも分からない状況の中で、西島の精神はもはや限界に達しようとしていた。
企てた計画とて、計画とも呼べない代物である。逃げるにしても、そのあてなど無いというのが現実であった。照りつける日差しに数ヶ月早い夏を想起しながら、西島はフラフラと重い荷物を背負ってどこかへと歩いて行った。
夏を思わせる日差しにさらされながら、西島は少年期の夏の思い出を頭の中のスクリーンに上映していた。
厳格な父親によってろくに遊ぶことも許されず、日々フラストレーションを募らせる毎日を強いられていた西島少年が、唯一心の安らぎとしていたのが、血の繋がらない母との交流であった。
父の再婚相手であったその女性は、若くは無いものの落ち着いた大人の美貌を持ち合わせており、父に紹介された時、当時十代であった西島は胸を躍らせた。
勿論、異性としても魅力的に感ぜられたが、西島はそれよりも新しい家族としての彼女に心を惹かれていた。学校では周囲との競争を強いられ、家に帰っても安らぐことのない生活を送ってきた西島少年にとって、その出会いは新しい価値観を芽生えさせたのだ。
田舎ではあるものの、名の知れた名家の生まれである西島は、彼女との交流で自分がいかに小さな世界に囚われていたかを知り、いつか外に出ていくことを強く望むようになった。だが父はそれを許すことはなく、若き日の西島は募る不満を抑えることができずにいた。
絶望にうなだれる義子を見かねたのか、ある日彼女は二人で外出することを提案した。
訪れたそこは、灼熱の太陽とどこまでも青い海、そして輝く白砂に彩られた世界だった。水着を着るには歳を重ねすぎた、と寂しく笑う母だったが、しかし西島はそんな母を置いて海へ繰り出そうとはしなかった。この美しい景色を共に眺めるために。
十年後、父親が病死すると、今まで住んでいた家は他の家の人間に買い取られ、西島は母に連れられてさらに田舎へ引っ越していった。
しかしそれから数年後、西島はその家からも出て、上京して仕事をすることを決意した。年老いた母と、もう一度あの浜辺に行くために。
出発の日の朝、行かないで欲しい、ずっと一緒にいて欲しい、という願いの全てを飲み込んで見送ってくれた母。そんな母のもとへ帰りたい、という思いもやがて薄れ、出世欲にまみれ、道徳を忘れて生きるようになったのはいつからだろうか。西島は自嘲気味に、独り笑った。
ガラス戸をふと見やると、薄汚れた中年がこちらを見つめている。それが自分であると理解するまで、西島は少々の時間を必要とした。
そこにかつて母と語らった若き日の面影など微塵もありはしない。身を穿つ孤独に震え、西島は寂れた裏通りで嗚咽を漏らした。




